大和朝廷の時代、中国や朝鮮から日本へ移り住んだ技術者たちを渡来人と言うそうですが、彼らは用水路や古墳を作る技術、鉄器や青銅器を作る技術、養蚕・機織の技術などを伝えたと聞きました。

では仏教は渡来人が伝えたのだと言い切ってもいいのでしょうか?

A 回答 (3件)

仏教が伝わってきたのには公伝と私伝とがあります。

つまり国家が要請して伝えてもらう、というのと、そうでなくて誰かが持ってきた場合。
前者については百済聖明王から、ということで百済からの伝授です。つまり朝鮮経由。
ですがその前に明らかに私伝があります。つまり向こうから来た人が伝えたものです。これは当然ながら渡来人によるものです。
その後ある程度の知識と信仰が背景になって改めて国家が要請して経典や仏像、さらに僧侶そのものを招来することになります。さらに発展した段階でこんどは人を留学させて、勉強させて、という形になります。この場合は渡来人とはいえないでしょうが、少なくとも最初の私伝、そして公伝もある段階までは渡来人によるものと言い切れますね。
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この回答へのお礼

公伝と秘伝という考え方が大変面白く、参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/15 22:35

538年(元興寺縁起)、あるいは552年(日本書紀)に百済の聖明王の使者が欽明天皇に仏典などを献上しました。

これが「公式」な仏教の伝来とされていますが、それ以前に渡来人の一部や子孫、その周囲などに仏教徒がいたらしいと考えられています。

しかしそれ以外にも、東シナ海を中心として中国沿岸や朝鮮半島、日本の九州などを行き来していた人々が仏教を伝えていたという可能性はあるでしょう。
後世の倭寇は種子島以前に日本に鉄砲を少数ながら持ち込んでいましたが、それと似たような状況が起きていなかったとは断言できません。
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言い切っても良いと思いますが。



最初から布教の目的で僧侶が渡ってきたのか?
あるいは、いわゆる渡来人(亡命者や外交使節)の中にたまたま僧侶が含まれていたのか?

何れにしろ、中国大陸から(朝鮮半島経由で)伝わったのですか
当初、教典や教理を持ち込んだのはそれらの地域の人々であると思いますが。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。自分でもより深く調べてみようと思っています。参考になりました。

お礼日時:2005/04/15 22:38

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○○○○う○

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Aベストアンサー

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 「切れ味良く物を切る」には鋭利さが要求されることから、鋼の性質が求められます。これに似ているのは石器時代に黒曜石で造られた打製石器があります。ガラス質の鉱物を打ち欠くことで造られる薄くて鋭利なナイフ状のモノがあります。刃物の性質からいえばカミソリの刃に近い性質です。もしかしたら金属製品にこの鋭利さを求めたのかもしれません。
 金属には刃物用素材を高温(ハガネの場合1060~1100度)に熱し、それを冷却することで金属の成分(鉄やその他の特殊元素)を活性化し、素材をより細かく接合することでより硬度が増す性質があります。この性質を利用した作業を「焼き入れ」と呼び、日本では古来より幅広く用いられてきた手法です。


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