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安藤貞雄「現代英文法講義」の中から現在時制について質問いたします。
安藤貞雄「現代英文法講義」のP91
「これまで、やや詳細に見てきたようび、現在時制の時間指示は、一見、現在、過去、未来の3領域にわたっているように見えるが、どの用法においても、発話時が基準時となり、かつ、その基準時は事件時と重なっている事実に注意しなければならない。(図省略)
3つの時点が1つに重なっていることが、現在時制使用の条件である。そこで現在時制の本質的意味は、次のように特徴づけることができる
現在時制の本質的意味「ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す」」

「3つの時点が1つに重なっていることが、現在時制の条件である」ことについては理解できるのですが、その後の「そこで」以降が理解できません。
なぜ3つの時点が1つに重なっている ことから 現在時制の本質的意味(ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す)を導くことができるのでしょうか?

A 回答 (4件)

>>現在時制の本質的意味


>>「ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す」

安藤氏は
「現在時制は、~であるという話し手の判断を表す」
と言っているのであって
「現在時制は、~であるということを表す」
とは言っていません。つまり
「現在時制は、それが事実であると言っているのではなくて、それが事実だというふうに話してが考えているのだ、ということを表しているのだ」
と安藤氏は言いたいのだと思います。

だからこそ、その p. 91 の最後の行で、次のように書いているのです。

>>My new shoes hurt me.
>>(今度の靴は履くと痛い)[現在、履いていなくてもよい]

つまり、その靴が「今の瞬間に」私に痛いと思わせているのではなく、今は履いていないかもしれない。でも、昨日は履いていたかもしれない。そのときに足が痛いと感じた。そのときに痛かったのだから、今もこの靴を履くと痛いに違いない
「という話し手の判断を表す」
ということになるのです。

*********

こういうことは、そもそも日本語についての読解能力の問題というよりも、英語そのものを読んできた経験量が物を言うのではないかという気がします。もし仮にこの安藤氏の言っていることが頻繁にわからなくなるのであれば、読者の英語力がまだまだ安藤氏の文法書を読めるほどにまでは至っていないということだと思います。

英語というものは文法書で覚えるものではなくて、まずは英文をたくさん読んだり聴いたりして、蓄積された英語データを整理するために、仕上げの意味で読むものだと思います。だから、安藤氏の文法書は、一般の日本人が12歳から英語を勉強し始めたとしたら、30年以上にわたって英語修業を重ねたあとに読み始めるとよいと僕は思っています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私は安藤さんが高校生向けに書かれた文法書を読んでより詳しく書かれた本を読んでみようとこの本を読みました。

現在時制が「事実だと話し手が思っていることを表す」のは現在時制の例文を読んでいても納得はできます。ただそれが
 「3つの時点が1つに重なっている」なので 「ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す」と言われるとどうやってその結論に至ったのか分からなくなります。

お礼日時:2023/03/09 11:48

なお、



英語:5文型説の誤り ― 形式主義文法論の混迷
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=9503 …

も参照下さい。■
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>>現在時制の時間指示は、一見、現在、過去、未来の3領域にわたっているように見えるが、どの用法においても、発話時が基準時となり、かつ、その基準時は事件時と重なっている事実に注意しなければならない。



「発話時が基準時となり」というのが本質的な誤りです。
小説の文、文章の発話時とは一体いつのことを指しているのでしょうか。

時制が「ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す」と云うのは全くの誤りです。ノンフィクションは想像、空想であり発話時に「事実である」などとは作者自体考えていません。「時制」は「話し手の判断を表す」ものではありません。

こうした誤り、誤解は安藤貞雄「現代英文法講義」の機能主義/形式主義的な誤った言語理解に起因するもので”be”動詞/助動詞他の理解にも表れています。

時制とは話者と対象の相対的な時間関係の認識の表現で、それゆえに「一見、現在、過去、未来の3領域にわたっているように見える」だけです。
歴史的現在とは観念的な話者と対象が常に現在の関係にある表現ということです。

過去の事態、事象と話者が対峙するには話者は観念的な自己分裂により対象と現在として向き合わなければなりません。こうした、観念的な自己分裂を捉えられない現在の機能主義/形式主義的なの言語学、英語学の欠陥を露呈したものです。

詳しくは、

”be”<動詞>と<助動詞>混同の誤り ― 形式主義文法論の混迷
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=9866 …

<代名詞>という誤り
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=9873 …

他を参照下さい。■
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現在形の用法についてここ(↓)に例文とともにあげられているので参照されたい。



https://eigo.plus/grammar/study-ing

・現在形の用法は「自分に関することーどこに住んでいるか、趣味、仕事等々」「事実・決まり事」「習慣」「決まっている予定」の4つに分類される由。
・これら4つがが「ある事柄が発話時において事実であるという話し手の判断を表す」に当てはまるかどうか考えてみたら。あなたの文法書の説明は漠然としているので、私はむしろここの4つを例文とともに覚えた(暗記する必要はないが。。)ほうが役立つように思える。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!。

お礼日時:2023/03/09 11:40

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