哲学に詳しい方、暇な時に回答お願いします。
デカルトの言う「物質は延長である」というときの「延長」とはどういう意味なのでしょうか。入門書などを読んだのですがいまいち腑に落ちないのです。
「野球中継が30分延長した」とかいう時の「延長」とは違うのですよね。素人にもわかるように説明いただけますでしょうか。

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A 回答 (2件)

空間的広がりのことです。


デカルトの二元論において、物質は空間的広がりを持つもの、
精神は空間的広がりを持たないもの(思惟するもの)とされています。

もとの語はextensionですか。
「延長」という訳語は多少わかりにくいですが、
要するに、四方八方に延びているというイメージです。
野球中継は時間的に延びるわけですが、
ここでは空間的に延びる(というか、延びを持つ)ことを言っています。
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この回答へのお礼

わかりやすいご回答をありがとうございました。
「空間的広がり」という意味と、日常で使う「延長」という語の持つニュアンスのつながりがイマイチしっくりこなかったのですが、よくわかりました。
最近、近代の政治思想関係の本を読んだりしているのですが、良くも悪くもデカルトの影響の大きさを感じます。これからいろいろ勉強していこうと思います。

お礼日時:2005/04/23 21:53

哲学って、理解しようとするとき、一つの言葉の意味を


一生懸命考え出すと、つまづいてしまいます。
私は大学で哲学ゼミでしたが、ほんとうに意味がわからないことだらけの本を読むことが多く、
理解するには、言葉一つ一つの意味より、文章をとおして全体的なフレーズで意味をつかむ という方法で一生懸命読みました。ほんとうに辛かったです(´▽`*)

ここでいう「物質は延長である」は、そこだけ抜き出して考えると意味が全然わからない言葉になるでしょう。
でも、何を述べる部分で出てきた言葉なのかといえば、世界の仕組みはこうだ、と説明したいデカルトが考え出した理論、「二元論的認識論」という理論を説明する時にでてきた言葉ですよね?(´・ω・`)

全体的な意味は、世界は物と精神の二つ(二元)からできているということです。
物は そこに存在するようになってから→壊れ→朽ち果てる など、様々な様態を取りながら変化してゆく存在であるという意味で、最初の時点からの延長という意味でその言葉を使ったのだんだと思います。。たぶん。。

デカルトを理解したかったのでしょうか?
それともこの 延長 という言葉の意味が気になっただけでしょうか?
がんばってください(*^-^)
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この回答へのお礼

早速のご回答&あたたかいコメントありがとうございます。
そうですね。「哲学は文章をとおして全体の中で意味をつかむ」ということは大切だと思います。
私は哲学の基礎的な訓練を受けていませんので、どうしても入門書的な視点から、目先のフレーズやキーワードを手っ取り早く理解することばかり考えていました。
これから勉強していく上で、参考にさせていただきます。

お礼日時:2005/04/23 20:41

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Qデカルトの「物体の延長」

質問はタイトルについてなのですが、端的に言いますとデカルトの
延長に代わる物質のもっとも一般的な概念を考えてみたいのです。

デカルトは物体が占有する長さ・幅・高さを「物体の延長」と呼び、「私の存在」と同程度に理性が明晰判明に理解できるものだと考えたそうですが、このため真空の存在を否定することになりましたよね。
その後の科学の世界を踏まえた上での、上述の質問のような概念を今考えています。

皆さんのご意見をお聞きしたいです。

Aベストアンサー

回答になっているかどうかは、わかりませんが、参考までに、現在の物理学的な「真空」概念について。。。

1.物理学的に「真空」という概念は、以下に述べる概念に基づき、そこにおいて両側の世界が分断されるようなもの(たとえば「無」とします)ではない。
2.宇宙全体が一つの時空連続体として「存在」している「塊」として考えるなら、その内部にある「もの」を「完全に切り分けて」考えることは不可能。
3.なぜなら、二方向に分裂して飛んでいく量子は、「空間」を隔てて「まさに一塊」として扱われるべきであることが示されているし、
http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/sakai_g/epr/
4.また、「真空」内部には無数の量子レベルの揺らぎが内在されている(たとえば、「カシミール効果」など)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8A%B9%E6%9E%9C
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%A9%BA
5.さらに、エネルギー保存則など、「真空」であっても「物質内部」であっても、「時空連続体」内部の性質として記述可能な法則は、その基本に「対称性」があり、ネーターの定理と呼ばれる数学的な法則と密接に関連している。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa316948.html
6.したがって、「時空連続体」が分断されているような「無」が介在しているとすれば、その領域をまたいだ「対称性」は保たれ得ないが、「真空」と呼ばれる領域は、まさに、そういった「対称性」を保つような性質を含有する「空間」として「存在」している。

以上です。

回答になっているかどうかは、わかりませんが、参考までに、現在の物理学的な「真空」概念について。。。

1.物理学的に「真空」という概念は、以下に述べる概念に基づき、そこにおいて両側の世界が分断されるようなもの(たとえば「無」とします)ではない。
2.宇宙全体が一つの時空連続体として「存在」している「塊」として考えるなら、その内部にある「もの」を「完全に切り分けて」考えることは不可能。
3.なぜなら、二方向に分裂して飛んでいく量子は、「空間」を隔てて「まさに一塊」として扱わ...続きを読む

Qデカルトの身心二元論、わかりやすく教えて!

デカルトの身心二元論をわかりやすく説明してください。
特にわからないのは、
「物(身体)は延長を本質とし,心(精神)は非延長的な思考を本質とする」
という考え方です。ここでいう「延長」とはなんのことなんですか?
急ぎの用なので本を読む時間がありませんでした・・・
至急お願いします!!!!!m(._.;)m

Aベストアンサー

デカルトが流行ってらっしゃるのでしょうか^^;
心身二元論については下の方の質問にも答えているので
それを参考にして頂けるとありがたいのですが、
さらに「延長」について説明します。

延長は、物体を語るうえで重要な概念です。(観念論じゃなくてよかった^^)
物体を定義しろ、という時に何を思い浮かべます?
重さはないけれど、物があるってことありますよね。真空とか。
で質料とかもかなり微妙ですし、不可入性とかも言われたりしますが、
まず何よりも先に立つのは延長です。
延長は広がりとか言ったりしますが、要するに、縦、横、高さ(3次元なので)
があることです。1つでも2つでもいいんですが。
でもどれもないってことは物体である以上ありえないですよね。
どれもないものは、だから精神なわけです。

延長というのは物体が空間の中に存在する以上、必然のことであり、
空間を一定の量占めて、そこにあるという存在の形式でもあります。
デカルトはこれを実体「物質」の属性(本質)とします。
これはスピノザやロックも受け継いでいきます。

分かってしまうと何でもないことなんです。少なくともデカルトにおいてのみ言うなら^^;
ただいかにも専門用語!といった感じなので戸惑われるかもしれません。

「方法序説」なんかは薄いし、肝心のところさえ読めばすぐです。
意外と分かりやすいので、気になるようでしたらご一読を。

デカルトが流行ってらっしゃるのでしょうか^^;
心身二元論については下の方の質問にも答えているので
それを参考にして頂けるとありがたいのですが、
さらに「延長」について説明します。

延長は、物体を語るうえで重要な概念です。(観念論じゃなくてよかった^^)
物体を定義しろ、という時に何を思い浮かべます?
重さはないけれど、物があるってことありますよね。真空とか。
で質料とかもかなり微妙ですし、不可入性とかも言われたりしますが、
まず何よりも先に立つのは延長です。
延長は広...続きを読む

Qカントでの、理性と理念の関係

 カントでの、「理念」の、「理性」との関係がよく分かりません。 感性→悟性→理性の展開に対応して、その先験的形式面として、時空→カテゴリー→理念という展開を考えてよいのでしょうか?
 よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

長たらしい割には内容のない回答を丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。
哲学カテで回答する際は、質問を機に、読み直し、整理し直し、独りよがりな考え方をしている部分がないかどうか見直す機会にしているので、補足をくださるのは大変ありがたいです。
ちょっと曖昧なところもあったので、久し振りに『純粋理性批判』を引っ張り出してみました。

まず(1)に関して。
理解の道筋として、正しいと思います。

先に(3)に関して。
まず、この「制約」とは、辞書で見る
「(1)制限や条件をつけて、自由に活動させないこと。
(2)物事の成立に必要な条件や規定」(「大辞林 第二版」)
の(2)にあたります。

だから、前の回答で
>(ここからここまで、という制約がないと、体系づけることは不可能です)。
と書いたのは、間違っていますね。
ごめんなさい。
誤りの訂正も含めて、もう少し「制約」について、詳しく見ていきます。

理性の推理とは、具体的には三段論法です。

「各三段論法においてわたくしはまず悟性によって、ひとつの規則(大前提)を考える。
次に判断力を媒介として、ひとつの認識(小概念)をその規則の制約(媒概念)のもとに包摂する(小前提)。
最後にわたくしはその規則(大前提)の述語(大概念)によって、わたくしの認識を規定する(結論)」(B361)

具体的に考えてみましょう。
いわゆる定言的推理というやつです。
すべての人間は死ぬ。…大前提
ソクラテスは人間である。…小前提
ソクラテスは死ぬものである。…結論
このとき、「人間であること」にあたるものが「制約」です。

あるいは、諸判断が与えられて(タレスは死んだ、ソロンは死んだ…)、ここから結論的な判断(ソクラテスは死ぬものだ)が導き出せないかどうか見るときは(帰納)、結論の含む客観(ソクラテス)が制約(人間であること)のもとに包摂されるならば、普遍的な規則(人間は死ぬものである)にしたがって、結論を見出すことができる。
このように、理性は、演繹を帰納に導入することによって、きわめて多様な悟性の認識を、最小限の原理に帰着させ、最高の統一を与えようとする。

つまり制約ということに関していうなら、理性は、ソクラテスを、より一般的な「制約」である「人間というもの」のもとに包摂していき、さらに人間を、より一般的なものに包摂せしめるような「制約」を求めていく。

その一切の概念の根幹にあるのが「無制約者」です。
ただ、この無制約者は、現実に見出し得るものではありません。
それでも人間の理性は、求めることを止めることはない。
そのために理性には、先験的理念という形で「無制約者」の表象、つまり無制約者の概念はあるんです。
この先験的理念は与えられてはいないけれど、求めていくことが人間には課せられている。

与えられていると誤解すると、先験的仮象という誤りに陥ってしまう。

たとえば思惟する主観の無制約者は霊魂です。
思惟する主観、の一番根幹というと、通常は、「われ思う」の「われ」と思いがちですが、この「われ」は実体として認識されないんです。なぜかというと、「われ」は論理的な判断主体ではあっても、私たちは「われ」の直観を持っていない。
霊魂について考えること(心は単一な実体であるとか、非物質であるとか)は、「実体」としての「われ」を基礎にして初めて成り立つものであるから、誤謬を犯している(先験的誤謬)。

同様に、世界についての先験的仮象は二律背反として、神の理念の先験的仮象は純粋理性の理想として、これまでの形而上学のあり方を批判していきます(ここらへんは岩崎武雄の『カント』がかなりよくまとまっています)。


最後に(2)に関して
>悟性と感性の間を仲立ちする「図式」のように、理性と悟性の間を仲立ちする。

「制約」は、理性が多様な悟性認識を統一しようとする時に、媒介となる条件である、とまとめることはできないでしょうか。

わかりにくい部分があったら、ご指摘お願いします。

長たらしい割には内容のない回答を丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。
哲学カテで回答する際は、質問を機に、読み直し、整理し直し、独りよがりな考え方をしている部分がないかどうか見直す機会にしているので、補足をくださるのは大変ありがたいです。
ちょっと曖昧なところもあったので、久し振りに『純粋理性批判』を引っ張り出してみました。

まず(1)に関して。
理解の道筋として、正しいと思います。

先に(3)に関して。
まず、この「制約」とは、辞書で見る
「(1)制限や条件をつけて...続きを読む

Qカントの考える自由

カントは義務に基づいた行為(道徳性をもった行為)をしなければならないとした。
もし義務を果たせなかったとしても
「果たすべきだったのに果たせなかった」と良心の呵責を感じる。
そしてそのとき自分は義務に従うことができたという自由を自覚する。
人間としてどういう風に行為すべきかと神剣に道徳法則に直面して
初めて自由の存在を知る。

・「義務に従うことができたという自由を自覚する。」

・「道徳法則に直面して初めて自由の存在を知る。」

この「自由」の意味がよくわかりません。道徳法則という束縛(?)の中で
自由を知るとはどういうことなんでしょうか?

Aベストアンサー

「自由」という言葉を辞書で引いてみると
1.自分の思い通りにできること
2.拘束がないこと
大きく分けて、このふたつの意味があげられていると思います。

一般に、自分がしたいからする、というのは、自由意志に基づく行動である、と考えられています。
けれども、ほんとうにそうなのか。
感情や気分というものは、そのときどきの情況に左右されるのではないか。

さっきまで出かけようと思っていたのに、雨が降っているのに気がついたとたん、出かけたくなくなってしまう。
ある本を読もうと思っていたのに、友だちから「良くなかったよ」と聞かされたとたん、読む気が失せてしまう。
日常ではよくあることです。

カントは、道徳的な行為の規則を作ろうと考えていました。
いつ、いかなるときであっても、世界中の誰でも従わざるを得ない、そのような規則です。

普段ならそれでよくても、道徳的な行為しようとするときに、こうした「自分が~したい」という気持ちは邪魔になります。
ですからカントは「性向に依存したもの」として退けたのです。

一方、しなければならないからする、というのは、どうでしょう。

明日試験だから、勉強しなければならない。
約束してしまったから、行かなければならない。
ここにはどこにも自由など存在しません。
こうした自分以外の要請から起こす行為を、カントは「他律」としてやはり退けます。
道徳的な規則の根拠を、こうした他からの強制に求めるのは間違いである、と考えたのです。

ならば、どのような規則ならば、誰もがすすんで従うことができるのか。
すすんで従うことが、喜びになるような規則は存在するのか。

人間と動物を分けるものは何か、というと、それは理性である、とカントは考えました。
動物は本能に支配されて生きている。
けれども人間は、理性を持つことで、本能から自由になっている。
カントのいう「自由」の中味はそれです。
自らの内側にある理性に従って生きることこそが、人間だけに与えられた自由である、と。

本能や欲望や欲求に惑わされず、理性の声に耳を傾ける。すると、自分が何をしなければならないか、ということが、おのずと明らかになってくるはずだ。
これが、カントの言う「義務」なのです。

どのような行動を自分がとらなければならないのか。
何をしなければならないのか。

このように自分に問いかけることによって初めて、人間は本能や欲望や欲求から自由になることができ、しなければならない、と、自分の理性が命じる行動をとることこそが、真に自由になることである、とカントは考えたのです。

こうしたことは『人倫の形而上学の基礎づけ』(岩波文庫その他)
という本の中にあります。
カントの中では比較的読みやすい本ですので、もっと詳しいことがお知りになりたければ、ご一読ください。

「自由」という言葉を辞書で引いてみると
1.自分の思い通りにできること
2.拘束がないこと
大きく分けて、このふたつの意味があげられていると思います。

一般に、自分がしたいからする、というのは、自由意志に基づく行動である、と考えられています。
けれども、ほんとうにそうなのか。
感情や気分というものは、そのときどきの情況に左右されるのではないか。

さっきまで出かけようと思っていたのに、雨が降っているのに気がついたとたん、出かけたくなくなってしまう。
ある本を読もうと思っ...続きを読む

Q本のタイトルは『』に入れる?

大学入試の日本語による小論文指導を想定した場合に、本のタイトルを本文中で表記する場合には、単なるかぎ括弧(「」)ではなく二重かぎ括弧(『』)を用いるのがよろしいかと思うのですが。
(1)この理解でいいでしょうか?

もし、そうだとしたとき、この約束事の背景には文部省(あるいは文科省)なりどこかから指針のようなものが出ているのでしょうか? 句点について知り合いに以前に聞いたところでは、文部省から戦後に何か指針のようなものが出ているという話でした。
(2)本のタイトルに二重かぎ括弧(『』)を用いる背景なり根拠なりは何なのでしょうか?

Aベストアンサー

『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』
(昭和21年、文部省教科書局調査課国語調査室作成)
では、

 「 」(カギ)、『 』(フタヘカギ)
   カギは、対話・引用語・題目、その他、特に他の文と分けたいと
   思ふ語句に用いる。これにフタヘカギを用ひることもある。

として、とくに書名は『 』を使うとは定めていません。

ただし、新聞や書籍では『 』を使うことが慣例になっています。

■標準 編集必携 (日本エディタースクール)
 『 』二重かぎ.「 」のなかにさらにかぎを用いたい場合,書名・雑誌名をくくる場合.

■最新 用字用語ブック (時事通信社)
 引用符の中に出てくる列車名、船名、航空機名、書籍・映画等の題名などには『 』を用いる。

■記者ハンドブック 新聞用字用語辞典 (共同通信社)
 (書名・作品名などは『 』を用いる)

■最新版 毎日新聞用語集 (毎日新聞社)
 作品名などに。 [例]「漱石の『草枕』を読んだ」

■朝日新聞の用語の手引 最新版 (朝日新聞社)
■読売新聞 用字用語の手引 (読売新聞社)
 … 朝日と読売は、『 』の項で書名・作品名などのくくり方には触れていません。

『くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)』
(昭和21年、文部省教科書局調査課国語調査室作成)
では、

 「 」(カギ)、『 』(フタヘカギ)
   カギは、対話・引用語・題目、その他、特に他の文と分けたいと
   思ふ語句に用いる。これにフタヘカギを用ひることもある。

として、とくに書名は『 』を使うとは定めていません。

ただし、新聞や書籍では『 』を使うことが慣例になっています。

■標準 編集必携 (日本エディタースクール)
 『 』二重かぎ.「 」のなかにさらにかぎ...続きを読む

Q時間と空間、カント&ベルクソン

どうも、前にベルクソンの持続についてここで質問したんですけど、今ジャンルと時間と空間について論文を書いています。そこで更にカントの時間と空間哲学と、ベルクソンのいう持続と同質と異質について考察しています。そこでよく解らない事があります。カントの『純粋理性批判』のなかで『Form』と『Matter』についてふれていますが、これはアリストテレスいう形相と資質と同義なんでしょうか。

カント---"The undetermined object of an emprical intuition, is called phenomenon. That which in the phenomenon corresponds to the sensation, I term its matter; but that which effects that the content of the phenomenon can be arrenged under sertain relations, i call its form" (Kant, 1969, pp.41)

カントの言う『現象/phenomenon』についても不鮮明なんですが(訳:経験的直感の中の未知の物体を現象と呼ぶ)、これがどう時間と空間に関係してくるかがよく解りません。この後カントは空間について現象とアプリオリの関係について述べています。

"Space then is a necessary representation a priori, which serves for the foundation of all external intuitions... a representation a priori, which necessarily supplies the basis for external phenomena" (Kant, 1969, pp.43-44)

カントの言う外的直感と外的現象につて解ることがあれば教えてください。長い英語混じりの文章で申し訳ありません。

どうも、前にベルクソンの持続についてここで質問したんですけど、今ジャンルと時間と空間について論文を書いています。そこで更にカントの時間と空間哲学と、ベルクソンのいう持続と同質と異質について考察しています。そこでよく解らない事があります。カントの『純粋理性批判』のなかで『Form』と『Matter』についてふれていますが、これはアリストテレスいう形相と資質と同義なんでしょうか。

カント---"The undetermined object of an emprical intuition, is called phenomenon. That which in...続きを読む

Aベストアンサー

さて、"The proposition"以下を読んでいきましょう。

ただ、「命題」とありますが、ここでは論証をやっているわけではない。論証はこの前の形而上学的究明と超越論的的究明の箇所でやっていて、それをまとめる、という流れです。
あらっぽく論旨を追うとこうなります。

命題「あらゆるものは空間中に並存する」
これは無条件で妥当するとは言えない。
その条件(ここでのlimitation は「限界」「制限」ではなく、「制約」、つまり命題の条件ということです)は、「これらのものがわれわれの感性的直観の対象と考えられる」である。
 ↓
したがってこの命題は「外的現象としてのあらゆるものは空間中に並存する」(all things, as outer appearances, are side by side in space)と言い換えることができる。
 ↓
そう言い換えれば" the rule is valid universally and without limitation."(この規則は普遍的に、かつ無制限に妥当する)。
 ↓
ここからふたつのことが言える。
1.空間は経験的実在性(empirical reality)を有する。
2.空間は超越論的観念性(transcendental ideality)を有する。

つまり、空間は「経験的実在」であり「超越論的観念」である、と言っているわけ。
これがこの部分の結論です。

さてさて厄介なものが出てきました。「経験的実在」「超越論的観念性」ってなに???

まず荒っぽく言うと、「観念」の反対が「実在」です。

素朴実在論(Realism)というのは、もの、たとえば山にしても机にしてもコップにしても、そうした事物は人間の知覚から独立して存在する、と考える。

これに対し、観念論(Idearism)は、「在る」ということを、人間の意識を通じてとらえます。
「存在する」とは知覚されることである、と言ったのがバークレー。バークレーは物体が知覚されないとき、わたしの心に存在しないときは、それらの物体は存在しない、とまで言います。

カントの哲学は超越論的観念論ともいわれるように、バークレー流の観念論とはちがって、経験における実在を認めるわけです。かなりおおざっぱな説明ですが、とりあえずそんなふうなものだと頭に入れて。

カントがここで言っている「経験的実在性」とは、外的直観の対象は空間において直観される通りに現実にも存在する、ということ。
「超越論的観念性」とは「そのような性質や関係は現象であるから、それ自体存在するものではなくて、われわれのうちにしか存在しえないものである」ということ。

ここはそういうことをいっているわけです。

主観・客観とのからみでいうと、カントがやろうとしたことを黒崎さんはこんなふうにまとめています。
-----(『純粋理性批判入門』p.30)
一.主観が世界を成立させる。
一.その世界は物自体の世界ではなくて、現象の世界である。
一.現象の認識は客観的だが、物自体についての認識は主観的なものである。
------

どうですかね。うまく整理がつきましたか。

カントも読むのが久しぶりで、ひさびさに読むと頭が筋肉痛だ……。

さて、"The proposition"以下を読んでいきましょう。

ただ、「命題」とありますが、ここでは論証をやっているわけではない。論証はこの前の形而上学的究明と超越論的的究明の箇所でやっていて、それをまとめる、という流れです。
あらっぽく論旨を追うとこうなります。

命題「あらゆるものは空間中に並存する」
これは無条件で妥当するとは言えない。
その条件(ここでのlimitation は「限界」「制限」ではなく、「制約」、つまり命題の条件ということです)は、「これらのものがわれわれの感性的直観の...続きを読む

Q日曜って銀行振り込みできますか?

 土日祝日って銀行振り込みできますか?
 あとやっぱり平日でも振込みができるのって5時までですか?

Aベストアンサー

 他の方が答えているとおり、普通の銀行は送金手続きは出来るけど、着金は翌営業日(月曜)と言うのが普通です。平日の午後3時以降の扱いも同じで、送金手続きは出来るけど、着金は翌営業日。

 ジャパンネットバンクは、ジャパンネットバンクに口座を持つ同士。郵便局は、郵便局に口座を持つ同士の振り込みは、土日祭日に付いても平日と同じく、振り込みと着金が即日に実施されます。


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