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仏教でいうところの信仰とは何を信じることを指すのですか?
しかし大乗仏教の浄土教では阿弥陀如来を信仰するとか、
釈尊をご本尊として信仰するなどがありますが、
本来、釈尊が創始した当初の「原始仏教」では、
何を信仰していたのですか??

A 回答 (5件)

当初の「原始仏教」でも、釈迦の四十余年の教えにも、明かされていません。

絵像も木像も本尊もないもです。
そのため、それ(信仰の対象)を(究極の法)を(空)を悟るために修行するのです。
しかし、ついに機が来たり、釈迦は悟りの実態を解くのです
法華経を説くための準備として直前に説かれた経典(開経)
無量義経に「四十余年には未だ真実を顕さず」とあり
釈迦は、いよいよ真実を解きますよ、と言い法華経を説いたのです
最も頭の良い舎利弗すら理解できない程の、難解な説法に
5000増上慢の輩が釈尊の説法を聞く必要がないと座を立ち、
去ったと言うエピソードは有名です
すなわち
法華経にその信仰の対象があると示された訳です
法華経が信仰の対象の所詳細な説明書、となる訳です
無量義経の冒頭に出て来る『無量義とは一法従(よ)り生ず』の
一法を悟る事こそ、知る事こそ一大事であり肝心であり目的(成仏)なのです。

その一法が分からず座禅を組んだり、阿弥陀仏だと言ったり、
はたまた釈迦像や大日如来だったり、いまだに迷走していますが
現在、大聖人により「一法」が明かされ、示されました。
「一法」が明かされたならば、難行苦行はいらない訳です
瞑想にふける修行もいらないわけです。札所参りも不要なのです。
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> 仏教でいうところの信仰とは



結構難しい質問だと思います。

高野山真言宗のサイトには、[わたしたち高野山真言宗は、高野山奥之院・弘法大師御廟を信仰の源泉とし、壇上伽藍を修学の場所として、真言密教の教えと伝統を今日に伝えています。]と書かれていますが、[信仰]がどのようなもの・行為・想いのようものかは説明されていません。

天台宗のサイトには、[昔から天台山は聖地として信仰されていました。]と書かれていますが、[信仰]がどのようなもの・行為・想いのようものかは説明されていません。

日蓮正宗のサイトには、ちょっと長いですが、次のように書かれています。
[日蓮大聖人は信仰を実践するに当たり、信・行・学という3つの大切な意義を示されました。
 1)信 ・・・ 御本尊に対する絶対の信仰心
 2)行 ・・・ 信仰を確立するための修行
 3)学 ・・・ 日蓮大聖人の仏法を正しく学ぶこと
 このうち「行」には、自ら南無妙法蓮華経の題目を唱えていく等の自行と、他の人々に仏法のすばらしさを伝えていく化他行があります。 個人や家族の幸せはもちろん、社会の浄化などは、正しい御本尊に対する信・行・学の実践によって得られるのです。 現在、日本国内をはじめ、世界約50ヵ国に日蓮大聖人の仏法を信仰する人々がいます。
 日蓮大聖人は、多くの人が妙法を信ずることによって、真の世界平和が実現すると教えられています。 日蓮正宗の信徒は、この信仰をもとに正しい人生観を身につけ、世界の各地において希望と幸せに満ちた日々を送っています。]
信仰の実践として[信・行・学]を重視しているとのことです。この[信]は[御本尊に対する絶対の信仰心]となると、では[信仰心]とは何なのと、ぐるぐる回りになってしまいます。 どうもこのサイトを見る限りでは、[信仰]がなんであるかは分からないです。

大谷大学のサイトには、[今から二千五百年ほど昔、インドで悟りを開いたブッダは、ガンジス川の中流域を旅して、人々に苦しみから解放される道を説きました。「激流」という言葉で表されるのは、具体的には雨季に増水したガンジスの危険な流れですが、ここでは人間を溺れさせる苦しみのもとである煩悩の喩えになっています。「激流を渡る」ということは、苦しみに飲み込まれることなく、向こう岸にたどりつくことです。どうしたら溺れずに渡り切れるのかというと、それは「信仰による」とブッダは言います。ここで「信仰」というのは、落ち着いて真実の言葉に耳を傾け、信じることです。]と書かれていて、釈尊が創始した当初の信仰は【落ち着いて真実の言葉に耳を傾け、信じること】と言うことだそうです。

[信仰を捨てよ]というようなこと、祭祀や特定の個人や偉人、始祖のような存在を崇めるようなことは[止めなさい]と、釈迦が教えていたと文書で残っているそうです。 大事なのは、真実と世の法理にたいして、精励・勤勉になることと思っていたらしいです。
「仏教でいうところの信仰とは何を信じること」の回答画像4
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そもそも何を信じていたのか。



苦しみに満ち溢れている現実を
なんとかできる、
ということを信じていたのだろう
と思います。
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>本来、釈尊が創始した当初の「原始仏教」では、何を信仰していたのですか??



原始仏教には「信仰」という概念はなく、あるのは苦しみから解放される「解脱」だけでした。

釈迦が説いたのは「この世の苦しみから解放されるための解脱の方法」で、原始仏教は宗教というより精神鍛錬の道場またはサロンのようなものだったのです。

しかし「解脱」は個人が行うもので、その個人が解放されても周りのたくさんの人は救えません。また解脱のための修行も食べ物に困らない富裕層しか行うことができず、貧困で苦しむ庶民をすくうことができないわけです。

そこで出来たのがいわゆる上座部仏教と大乗仏教で、上座部仏教は「一部の解脱できる人たちが、庶民の幸福のために祈る。庶民は彼らを信じ、釈迦の解脱の教えの一部でも行って徳を積むことで救われる」という考え方をします。

なので、上座部仏教の僧侶の地位は非常に高く尊敬されています。

日本には大乗仏教の経典が多く輸入され、高野山などで修業した空海などが「念仏を唱えれば庶民でもすくわれる」という考え方を広めました。
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原始仏教は自ら修行の末に悟りを開き、それに従って生きることで終わりです。

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