プリン+醤油=ウニみたいな組み合わせメニューを教えて!

一杯のかけ蕎麦という話が昔流行りましたが。当の本人達はそれで幸せだったのでしょうか?
日本人は少ない量でも分け合って食べることこそ幸せだと決めつけますが。
自分の知ってる人に幼少期にポテトチップス一袋を兄弟三人で分け合って食べてた人がいましたが。それを幸せとは思ってなかったと言ってました。だから大人になってからポテトチップスを1人で一袋食べれた時は幸せだったと言ってた人がいましたが。
一杯のかけ蕎麦が、そんなに良い話でしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

当の本人たちは幸せなはずは無い 選択肢が無い。


ただ家族で助け合って生きてゆく姿を 知った人は共感し店の対応を褒め称えただけの話。
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あくまでファンタジーだと思います

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・亡き父親をしのぶ


・貧乏でも喜びを分け合う
・店主が優しい対応をする
・だんだん息子が大きくなり一人前になる
・それでも家族は一つ

情の濃い話ではある。

これが天そばではなく かけそばである事も 「ああ 父親も質素な中で暮らしてきたのだな」と思わせる。
ポテチなど娯楽品を買えるような暮らしは出来ないだろう。

むろん 子どもには「もっと贅沢したい」と願う心があるはずだが この子供たちは豊かになっても 亡き父の質素さの中に優しさを持った気持ちを大切にしている。

幸せとは「大切なものをしっかり胸の中で抱えて生きる」ことにあるという話だよ。
「貧乏だったけど金持ちになって贅沢した 俺ラッキー」という話でも 「貧乏人に恵んでやった 俺ってエライ」という話でもない。

むろん 価値観は人によって違うから 何を良しとするかも自由ではあるがね。
自分も出来る事ならこういった「優しい大切さ」を持った人々を支え 見守っていきたいものだ。
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この話の本当の意味は、


亡くなった人(夫であり父親)の偲ぶそばを残された母子が
想いを寄せるそばです。

母は夫が好きだったこのお店のそばを食べて供養する。
息子2人は父の好きだったそばを食べて居ない父を想う。

死者へ思い出を大切にすることです。

自炊すれば腹いっぱい食べられるとかふざけたツッコミをして
タモリなどいましたが、話をちゃんと聴かない残念な人が間違った
解釈を広げた。
創作でも、故人を偲ぶ事は貧富とか関係ないです。
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あの家族にとっては、年に一度のご馳走がかけそばだったという話です。


普段はアワやヒエのおかゆと野草でも食べてたのではないでしょうか。
そりゃあもちろん腹いっぱい食べたいけど、食べるだけの金が無いから、分け合って食べたという話です。

他の食品に置き換えたらわかるのでは?

ある年の正月の話
閉店間際のスーパーに3人家族が店に入ってきて、「カニを一杯だけいただけますか?」と、毛ガニをレジに持ってきました。
その家族は一杯の毛ガニを分け合って食べました。

ある年のクリスマスの話
閉店間際の中華料理屋に3人家族が店に入ってきて、「フカヒレスープを一杯だけいただけますか?」と言いました。
その家族は一杯のフカヒレスープを分け合って食べました。
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タダで食べさせてくれる場所が見つかっただけでも幸せです

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貧乏人はかけ蕎麦を外で食べません。



麺を買って来て家で作れば、3・4杯は食べれます。

外食出来るのは贅沢で、まだまだ貧乏ではありません。作者はどん底の生活を知らなさすぎます。
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貴方はもっと歴史を含め、経済を勉強すべきです。


一杯のかけ蕎麦の話の時代から考えて、ポテトチップスの様な高級おかしを食べることはあり得ない経済状況から見直すべきです。
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あなたはこのお話しの内容を知らないね?


分け合うことが幸せだなんて趣旨のお話しじゃないよ。

だって途中は2杯になって、最後は3杯頼みました。ってお話しだもん。
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「一杯のかけそば」は童話、あくまでも作り話。


食材買ってきて家で作れば3人が腹いっぱい食えますw
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