No.3ベストアンサー
- 回答日時:
戦国時代の軍制(部隊の編成)では馬は各部隊に知行に応じた頭数を割り当てており、馬上何人と呼びました。
馬を飼える身分ですから上級武士で指揮官に当たります。従って騎兵といえるものは各部隊毎に分散して組み込まれていてこれを集団として運用するには無理があり、特別に乗馬部隊を編成して訓練しなければなりませんでした。
当時馬は高価で多数揃えることは財力のある者でなければ出来ません。 また馬の産地が近いかどうかも影響しました。
山之内一豊が良馬を見つけて高価な為諦めようとした時、妻が隠していた持参金をだして購入させ、馬揃えで信長の目にとまり、出世の糸口となった話は有名ですが、それ位入手が難しい時代でした。
従って身分の高い部将がその指揮下の馬上を集めてせいぜい十数騎の集団を編成する位で、集団突撃しても威力はしれています。
武田の騎馬軍団も戦闘時は下馬した乗馬歩兵というものでした。
伊達の乗馬鉄砲隊は領地が馬産地であり、多くの鉄砲を集め集団で行動する訓練をして、接近して乗馬のまま停止し発泡するという戦法をとったのが有名に成ったものです。
従って各大名家でも同じような事情で数十騎程度の騎馬隊を編成は出来たでしょうが追撃戦のような場合を除いては活用出来なかったと思います。
騎馬武者の武器は多く短槍ですから槍騎馬隊と呼ぶことはできますが・・・
No.2
- 回答日時:
長槍は歩兵の武器ですが、騎兵用の槍はまた別にあります。
そもそも日本における槍の登場は
南北朝時代の菊池千本槍が初めとされています。
これは半分伝説のようなものですが
筑紫川の合戦で竹竿に短刀をくくり付けたと
伝承されていて菊池神社などで今も展示されています。
それまでは長刀、弓、太刀などが主流で、突く武器は
日本では使用されていませんでした。
これは基本的に戦闘が個人戦だったためで、南北朝のころから集団戦に以降して槍のほうが一般的になっていきました。
戦国時代の騎兵の武器は槍です。どこの大名家でも一般的です。
戦国時代には弓を主用武装とする騎兵は姿を消します。ちなみに中世においては騎兵の主武器は弓です。
No.1
- 回答日時:
騎馬武者のみを集団運用した例は、戦国時代の日本には無いと思います。
そもそも、槍は歩兵の武器です。足軽に集団運用させてこそ威力を発揮するのです。
参考URL:http://ww3.tiki.ne.jp/~yang/c-2.htm
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