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現代日本語で反実仮想表現のための形式はないのでしょうか?

例えば英語における過去時制の使用や、日本語古語における”未然形”と”已然形”の使い分けなどがありますが、今我々が使う言葉にそのよなハンディーなものはないのでしょうか?

もしないのであれば、何故それが失われたのか、大変興味があります。形式的に仮定(仮想)か確定(事実)か判然とさせられないのは、個人的には、すこぶる不便という感がぬぐえないのです。

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A 回答 (3件)

「反実仮想」とは、多分英語で習った「叙想法(仮定法)」に似たものでしょう。


「もし~であったなら、~したであろうに」、たとえば「私が鳥であったら、あなたの所に飛んでいったであろうに。(実際には、鳥ではないので、飛んでいくことはできなかった)」すなわち、事実とは違うことを仮に思い、結果的にそうはならなかったという表現法です。
 古文においては、「~ましかば」(仮定条件)+「~まし」(帰結文)が典型的な形でしたが、前半が「ませば」「せば」等に変化したり、また省略されてしまうこともあります。後半も「まし」以外に推量の助動詞が使われることもあります。

 現代語は「仮定条件」も「確定条件」も仮定形を使うようになりましたから、(古文では「仮定条件」は未然形接続で「~たなら」を表し、「確定条件」は已然形接続で「~ので」)仮定か確定かわかりにくくなったというのは、質問者のおっしゃるとおりです。
 したがって、反実仮想の場合は「もしも、~であったなら、きっと~したであろうに」のように、回りくどい言い方が必要になるのでしょう。

 なお、No.1の人に回答対する補足を読むと、質問者は単に「仮定条件」のことを言っていらっしゃるのではありませんか。命題が真・偽のいずれであるかは、論理の問題で、文型とは関係ないと思うのですが、いかがでしょう。

この回答への補足

文法的に整理していただきました。歴史的に見てその辺が曖昧なっていった推移とか、あるいは相即的に、そういう変化と並進してゆく言語空間自体の変容をどう記述できるのかという興味がありますね。

個人的に仮定と確定を形式で弁別しづらい不便を嘆く一方で、言葉の問題ないし世界観の問題としてあえて俯瞰するとき抱く興味でもあるわけです。

私自身、言葉の変化を事実として受け入れるとき(我々はもう投げ込まれてるので)、自分の意図を聞き手側に押し込もうと回りくどい言い草になることも、ときに仕方なしとあきらめています。

先の補足ですが、これは誰もが真と認める論理的事実(<1+1=3>は真でない)にうったえて「公然たる」反実仮想の例としようとしたものであります。翻ってこれが聞き手が見たこともない演算に関する言明であったなら、彼(女)にとって反実か否かははたちどころに判らなくなる。用いた例文は、その落差の鮮明さを、はなしの前提の齟齬ない了解・共有へと活用したいという心算からのものでした。

ちなみに事実(ファクト)に関する言明は、歴史的な事象にも形式論理的な事象にもおこなわれますし、またある種の物理法則の命題のように、歴史的蓋然性からも、形式的恣意性からも懸隔した性格を帯びさせられた「事実」群もあります。

かりに、真偽判断の共有が比較的困難とされる「歴史的事実」が前件であっても、聞き手が話者側の歴史認識を(肯定しないまでも)把握してない場合、話者の意図が反実にあるか否かは彼(女)には不分明でしょう。例としては、話の腑分けに若干骨を折りますが、他のタイプの事実の場合と類比的であろうと考えます。

例の適切さへの弁護が、その例によって闡明しようとしたところの論点自体を先取するという仕儀に陥ってないか、客観的には判定しかねます。ただそういう面があったところで、それ自体は仕方の無いこと見当をつけてます。どうでしょうか。

補足日時:2005/07/02 16:31
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この回答へのお礼

下に補足をつけさせていただきました。舌足らずな例示に、遅まきながら立ち入った註を与えるためには、格好のご質問をいただきました。ありがとうございます。

お礼日時:2005/07/02 16:41

純粋に文法形式の問題として考えるため、次のような例文を考えてみました。



A「もし君の前提が正しいなら、君の結論は正しいだろう。」
B「もし君の前提が正しかったら、君の結論は正しかっただろう(に)。」

Bの場合、「君の前提」は正しくないので、「君の結論」は正しくない、という反実仮想であることが明示されています。

Aの場合は、「君の前提」の真偽が不明であれば、単なる仮定か、反実仮想か決定できません。

ここまでが質問の前提の確認です。

さて、ご質問の
>現代日本語で反実仮想表現のための形式はないのでしょうか?
については、

○Aの形式で反実仮想を明示できない場合は、Bの表現を用いればよい。

とお答えすれば良さそうです。私個人としての意識では特に不便は感じていません。
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たとえば、「~たなら、~たろうに。

」が反実仮想の典型的な表現でしょうが、「~なら、~ろう。」でも反実仮想を意味する場合があるのが不便ということですね。

なぜ不便なのかわかりにくい感じもしますので、不便と感じられる具体例を挙げて質問していただければ考えやすいと思います。

この回答への補足

「もし命題<1+1=3>が真ならば、君のやった計算は正しいことになる」=>先行する知識(足し算の定義)から前件が反実仮想だとわかるが、形式からは未決定。かりにこれが聞き手にとって未知の演算だったら、反実か否か不明。

それから、~なら~ろうという形ではないですが、例えば、
「学校を休んだのは学校が嫌いだからではなくて、病気だったからだ」=>学校が嫌いなのか否かは不明、もしくは誤解の余地を残す。

補足日時:2005/06/30 10:26
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この回答へのお礼

例を挙げてみました、どうでしょうか。ありがとうございます。

お礼日時:2005/07/02 16:42

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Q「反実仮想」(もし~だったら、…だろうに)

 日本語を勉強中の中国人です。助動詞の「まし」の意味のひとつなのですが、古典文法の参考書の『「反実仮想」(もし~だったら、…だろうに)』という説明が理解できません。

 「反実」の読み方と意味を教えてください。「だろうに」はどういう意味でしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.反実仮想(もし~だったら、…だろうに)

「反実」は、「現実とは反対の」という意味なのでしょう。
つまり、【実際に起こったのと逆のことに対する仮想】になります。
「事実に反することを仮定し、その仮定のもとで推量し、またはそれについての意向を示す」
と辞書では説明されています。

(ex)
「玉の枝を手折らでただに帰らざらまし」は、
『もし、玉の枝を折って手に入れていなければ、帰ってこなかったでしょう』
という意味になります。
実際には「手に入れたので帰ってきた」わけです。

2.ためらい(…しようかしら)

(ex)
「これに何をかかまし」
『これに書くとしたら何を書こうか(書こうかしら)』

3.実現不可能な希望(…たらよいのに)

「実際はそうではないが~であったらよいのに」という願望です。
1が、【実際に起こったのと逆のことに対する仮想】であるのに対し、
3は、【実際にはできない(起きない)ことに対する希望】です。
(ex)
「吾[あ]を待つと 君が濡れけむ あしひきの山のしづくに ならましものを」(万葉集)は、
『私を待つと言って あなたが濡れていたという 山の雫に (私が)なれたらよいのに」
という意味。


「に」は詠嘆を表す助詞だろうと思います。
 

1.反実仮想(もし~だったら、…だろうに)

「反実」は、「現実とは反対の」という意味なのでしょう。
つまり、【実際に起こったのと逆のことに対する仮想】になります。
「事実に反することを仮定し、その仮定のもとで推量し、またはそれについての意向を示す」
と辞書では説明されています。

(ex)
「玉の枝を手折らでただに帰らざらまし」は、
『もし、玉の枝を折って手に入れていなければ、帰ってこなかったでしょう』
という意味になります。
実際には「手に入れたので帰ってきた」わけです。...続きを読む


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