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この言葉についてどう思いますか?もちろんアイヌや蝦夷のことを考える上で
の題名なんですが・・・・。
自分的にはこう言い切ってしまってそんなに悪いことだとは思えません。世界
は征服の歴史の上に成り立っていることは明白です。別に迫害しようとかそん
な気はさらさらなく、むしろ彼らの自己主張をきいてみたいとすら思うのです
が。そのようなことがあるのを聞いたことがない(もちろん細かく探していけ
ばあるのでしょうが普段意識するレベルで)ので上記のような発言にいたりま
した。感情的にならずになぜそうなのか?を歴史的、政治的に説明してくれる
人を求めています。
また、この問題についてはあまり知らないので、できればアイヌや蝦夷につい
ての本(ルーツや今はどんな状況にあるのかナドナド)がありましたらお教え
ください。

A 回答 (12件中1~10件)

民族とは何なのか?


1・わかり易い例でユダヤ人は遺伝子的に同質ではなく、文化的(宗教)に同質な方々です。
2・現在とほぼ同様の遺伝子を獲得した人々
3・ある特定の遺伝子を持つ人たち。(日本人なら縄文系のD系統など)

質問者の意図からしておそらく2か3だと思います。ここでまず3の場合、アイヌも日本人も同民族となります。これは日本人もアイヌもD系統が高く両者を遡れば簡単に合流してまうためです。(日本人はアイヌ含め等質性が高い民族であるためです(台湾50、韓国70、日本80))

次に2ですが、ふだん民族と言う場合はこれであることが多いように思われます。
まず日本人であれ中国人であれ朝鮮・台湾人であれ他民族の影響を受けてない民族はありません。

日本民族については、まず縄文系の方々が北方または今の朝鮮半島辺りから入ってきました。これが日本人の基礎であることに反対の人はいないと思います。
現在半島に縄文系の遺伝子を持つといえる民族がいないことから、縄文人は北方から進入したか、半島からも進入したが半島に残った人は後発の民族に駆逐されたと考えられます。

次に紀元前10世紀頃(年々年代が古く更新されてますが)に弥生人と呼ばれた方々が合流したと考えられます(縄文=弥生説は他の方を参考にしてください)。この方々の特徴として、陸稲に変わって水稲を持ち込んだことや農耕中心・弥生土器にみられるよな特徴があります。昔から稲作の伝播が学会でも焦点になってきたのは、民族の成り立ちに直結するためです。水稲の伝来については、大きく分けて中国北部、中国南部、朝鮮半島の三つがありましたが現在は、半島の稲作が日本より後発だったことから、中国、特に中国南部からというのが定説に変わりました。
これらを踏まえ弥生人は南から来たというのが現在最も支持されています。遺伝子的には弥生系の遺伝子は日本・中国・朝鮮・台湾・タイなど多くに見られるものであり、漢族に圧迫され中国の中・北部から南下し分散した古中国人に当ります。タイ民族・日本民族・朝鮮民族などに強い影響が残っています。分散後は陸路タイ・ベトナムや海路日本・中国北東部・朝鮮半島に移動しました。以前は稲作にしたがって半島→列島に移動したと考える学者が多くいましたが、近年、それが逆転したため半島への流入は更に後年になってから大陸や列島から移動したと考えられています。

紀元元年頃になると、中国では後漢が成立し、半島では朝鮮民族が南下し4世紀中頃には新羅が中国系民族国家として高句麗・百済が成立します。この頃になると教科書でも詳しい年代つきで辛く余り興味のない暗記をしいられたのではないっでしょうか?

倭人についてはこの時期列島に引きこもっている感がありますが、実際には新羅の成立前後から半島に対し度々軍征をかけ勝利していました。朝鮮で作られた三国史記(中国の三国ではない、作られたのは後年になってからですが)では新羅地域に対し数十回にわたる遠征を行いその勝利の度に戦利品や利権を手に入れたとあります。また、任那や百済・新羅では支配層に倭人が多数おり、当地に帰化・定住しました。

当時の半島は多民族地域であり、現在の朝鮮民族だけ(厳密には少数民族含む)ではなく、倭人や中国系民族等人種のるつぼでした。このあたりも征服した民族がしだいにその地域で多数派を形成していきました。その後は、朝鮮人主体の新羅が半島を征服し現在イメージしやすい半島・民族に繋がります(ただし、朝鮮民族については一般的な2に従うと元などのモンゴルや他の中国系との混血後(13世紀頃)成立となります。)

主に百済を中心とする中国系の渡来人については、百済滅亡時に亡命者が列島に受け入れられました。現在の朝鮮人にD系統がわずかであることを考えると、当時半島にいた倭人は渡来人として再度日本に帰化したか半島で朝鮮人に殺されたかのどちらかになりますが、この時期の渡来人の影響は日本民族の遺伝子プール構成にほとんど影響を与えていないそうです。

参考までに、現在の漢民族と呼ばれ方々は、遺伝子の等質性が低く(他民族と合流を繰り返し地域により偏りが大きい)2よりむしろ3の概念に近い民族だと思われます。

答えとして正確性を求めるなら、現在の日本は周辺国家よりは単一民族国家的であると言えると思います。

(政治については、戦前の日本は民族主義的要素がありました。戦後はその反動として反日本人主義的な中国・韓国に迎合する要素があり、近年は更にその反動が現れている様に見受けられます。これは例えば、在日朝鮮人の自己アイデンティティ獲得のため主調であったり(帰化人→渡来人に修正させた)、日本人によるそれに対する忌避であるのだと思います。民族うんぬんは、考古学と遺伝子に任せておけと言うのが持論です)
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沖縄人は日本人ではない



参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/i/a-001/shoseki/shinok …
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本州日本人のミトコンドリアDNAタイプを調べると多民族の混血民族であるのは明白です。


ゆえに単一民族と主張するのは無意味かもしれませんね。(混血民族だから)
なぜなら旧(原)日本人である縄文人は中国、朝鮮からの移民と縄文人の混血である弥生人に戦に負けて政権を譲ってしまったようですから。
そして後の大和政権(=天皇の朝廷)となったという説があります。
DNAから考察するに、さもありなんと思えます。

http://www.kumanolife.com/History/dna.html
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#8で書き忘れましたが・・・


piyopiyo-zzzさんの質問に答えていませんでしたね。
>「日本は単一民族だ」この言葉についてどう思いますか?

についてですが、答えはNoです。

裁判所の判例でも認められていますし、新しい法律、アイヌ文化振興法により、それが認められているから、少なくとも、単一ではないと言えます。勿論、アイヌの人たち以外にも、色々、民族が存在しているといえますよ。

これから、更に増えるでしょう。
だって、海外からの流入を増やさないと、日本の人口が減る一方で国力を維持できないし。
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数年間ですがアイヌ語を勉強していました。


北海道にも足を運び、色々聞いてきたことが在ります。
正確なことは専門ではありませんし、今、手元に書籍がありませんので、ざっとの記憶で書きますので、正確ではありませんが、概ね間違ってもいないはずです。

おっしゃるとおり、人類の歴史は征服の繰り返しですが、だから良いとは言えないのが、今日の価値観ではないでしょうか。

アイヌ民族についてですが、明らかに別の価値観、言語、習慣を保持してきました。

和人とアイヌとの間で、幾度も戦いがありましたが、ゲリラ戦を得意とするアイヌ側に有利だったようですが、和睦の酒宴でアイヌ側の代表シャクシャインが毒殺されたと言われています。

明治政府の樹立のさいに、アイヌ側の了解なしに北海道も日本というこで、国境を宣言しました。
(細かいいきさつはロシアの影響を恐れた、幕府、明治政府の動きとも絡みますので、専門書をお読みください)
もちろん、アイヌに国という統一した基盤がありませんでしたので、誰に了解を取るという物でもありませんが、日本に組み入れられた際に、彼らの言語、文化も取り上げられました。
アイヌ語の使用も禁止され、名前も和風に改められました。また、彼らは狩猟採集生活がメインでしたが、その主たる食料でもある鮭の捕獲も禁止、山も土地などの生活圏も取り上げられ、強制的に稲作を押し付けられました。

また、相当に差別も酷く、公平な教育も国から受けさせてもらえず、いじめなんか当たり前でした。
故に、アイヌ民族であることを、自分の子供には伏せて育てた家も多かったようです。そうでなければ、生活が成り立たなかったでしょう。

そういう事実を多くのアイヌの人は口をつぐんで話そうとはしません。もちろん、反発した者も主張した者も居ましたが、piyopiyo-zzzさんのおっしゃるように、彼らの自己主張を聞いてみたいと言う、質問自体が礼を失していると言えてしまうぐらいの歴史だったと言えるかと思います。

旧土人保護法という、名前事態が差別用語であり、保護と証しながら権利を束縛する法律が数年前まで日本に存在していたことを知っていますでしょうか。
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No.6の補足です。



NHKの番組(日本人はるかな旅)について、既に放送されている分について
書籍が出ていました。

本の題名を忘れましたが、たぶん番組名と同じ内容かと。

本屋に行って新刊本をチェックしてみてください。
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明らかに誤解であり、幻想です。



「日本人が単一民族だ」という幻想がいつから始まったかはハッキリとは
知りませんが、おそらく太平洋戦争の前後かと推測しています。

資料名を忘れてしまいましたが、明治時代の学者は日本人が複数の民族が
混じり合って構成されているということを、認識していたようです。

最近では、遺伝子科学の発達により、日本人のルーツがよりハッキリして
きています。NHKの番組にもなっていますね。(参考URLを参照)

簡単にいうと、最初に日本列島に到達したのはシベリアから南下してきた
人たちです。それから、黒潮に乗って南方から沖縄経由で人がやってきて、
最後に大陸・朝鮮半島から来た人たちが混血して日本民族が形成された
ようです。

詳しくは、参考URLかNHKの番組(日本人はるかな旅)を見てください。

参考URL:http://www.inpaku.nhk.or.jp/nihonjin/schedule_1. …
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今年に入ってから、北海道出身の国会議員が御質問のようなことを


言って、アイヌの方々から抗議を受けましたね。

私が以前接する機会のあったおばあちゃんが、錯乱状態?になったとき、
「アイヌだからって馬鹿にするなっ!」と、叫んでいました。
とっても、穏やかな方だっただけにびっくりしました。
苦労された時期があったのだとあとで知りました。
差別されていた時期があったことは事実です。

少数民族であるアイヌの方たちの声は、なかなか隅々には聞こえないのでは
ないかと思います。
きっと、いろいろな意見を持っているのでは・・・
ウタリ協会のホームページがありましたので、見てください。
http://www.ainu-assn.or.jp/index.html
こんなページもありました。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8729/

私もよく知らないので、こんな回答になってしまいました。
回答になってませんね。ごめんなさい。
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> なぜそうなのか?を歴史的、政治的に説明



「アイヌの人々はなぜ、独立した民族としての強い自己主張を行わないのか?」
というご質問だと理解していいのでしょうか?

わたしも(?)そのことについて時折考えることがあります。
根本的な説明にはなりませんが、
古くは隼人のような人々や(苦笑)、アイヌ・琉球の人々が、
強い民族的自己主張を行わない(行わなかった)理由のひとつとして、
彼らが日本語を話す(=日本の文化に組み込まれる=民族として日本の内に吸収される)ことを、
「自ら選んだ」(望むべくしてそうしたのか、はたまた、
結果的にそうせざるを得なかったのかはともかく)から、
ということがあるのではないかと考えています。

(慎重に喋ってないとツッコまれそうな話題ですね(^^;)

>アイヌや蝦夷についての本(ルーツや今はどんな状況にあるのかナドナド)

わたしは蝦夷(えみし)のことを専門にやってる者ではないので、
ご紹介できるような書籍名を具体的に挙げることはできない(知らない)のですが、
アイヌをはじめ東北以北の "日本人" のルーツについては
未だに研究途上で、よく解明されていませんので、
もしこちらでどなたからも参考書籍のご紹介がなかったなら、
書店サイト等で「蝦夷」とか「アイヌ」を検索されて、
なるべく刊行年月の新しい本を選ばれることをお勧めします。


ところで(以下は雑談と思ってください)。
わたしはネオ・アイヌ説というのについてよく知らないんですが、
この説では、蝦夷(えみし=いまの東北地方に住んでいた "日本人"たち)の中に
アイヌ民族の祖先となった人々がいたと言っているようです。
(これはおそらく、少し前に奥州の藤原氏のお墓で、遺伝的なことを調べて
 出た結果を根拠としているのだと思っていますが、)
もしこの説が "正しいとすると" 、アイヌは、少なくとも人種的には、
古い時期に大和国家の人々とは異なる生活様式を取るようになった日本人、
て言えるんでしょうかね?
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>歴史的、政治的に説明してくれる人を求めています。


ネット上では意見交換できませんが、適材の人物がいます。
「民族文化映像研究所」(略称:民映研)の姫田氏が適任だと思われます。
この方は、学者ではなく、日本の民族文化を映像に撮り貯めている、日本の第一人者です。
アイヌに関する映像も多く撮っていますし、私も何本か見せていただきました。

アイヌの文化の伝承に努めている方々との交流も深いので、まじめにアイヌの研究をされたいのでしたら、
『生』のアイヌに触れてみるのが一番だと思います。

そこまではまだ踏み込めないという場合は、民映研の上映会で定期的にライブラリーを上映しているので、問い合わせて、映像で見てください。
民映研の上映会組織は各地にありますので、民映研でお近くの上映組織を紹介してもらうとよいでしょう。
民映研の所在地は新宿です。
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