鉄を作る技術が日本に伝わったのはいつ頃のことなのでしょう。そして鉄の道具が伝わったのはいつ頃なのでしょう。誰か教えて下さい。よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

安来にある日立金属が、たたらの保存に尽力しています。




[たたら]の話
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/

[砂鉄の道]・・・これもご覧下さい!
http://www.ne.jp/asahi/oda/kaze/siba/satetu.htm


安来市和鋼博物館http://fish.miracle.ne.jp/suga/riz1.html

参考URL:http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。返事が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。ご紹介いただいたホームページ、大変参考になりました。

お礼日時:2001/11/22 03:21

鉄が伝わったのは弥生時代です。

外国は青銅器文化がありそのあと鉄器文化に入るのですが日本は弥生時代に青銅器と鉄器同時に入ってきました。
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この回答へのお礼

簡潔なお答えありがとうございました。返事が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。

お礼日時:2001/11/22 03:21

鉄器は紀元前1,200-1,500年ごろヒッタイ帝国で作られたといわれます。

わが国へは古代朝鮮半島から6-7世紀に渡来人が製鉄技術を伝えられたとされますが、完成品の鉄器は更に古くから輸入されていたようです。時期に関しては諸説があるようですが、古代の鉄は砂鉄と木炭を使用した「たたら」という製法で作られました。現在でも日本刀はたたらで作られた鉄を用いるそうです。たたらは「もののけ姫」に登場し有名になりました。

参考URL:http://www.web-sanin.co.jp/orig/news2/9-1014a.htm
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。返事が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。ご紹介いただいたホームぺージ、大変参考になりました。

お礼日時:2001/11/22 03:19

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Q鉄のフライパンのお手入れ

先日、友人のお家で鉄のフライパンを使用して、洗剤を付けて洗っていたら、
洗剤は、使わないで、タワシとお湯だけで洗って!とのことです。
なんとなく、洗剤を使いたいのですが。。。。それで、錆止めに、薄く油をひいて、保存したいのですが・・・・。
みなさんは、どのようにしていらっしゃいますか?教えて下さい!!

Aベストアンサー

毎日のように使うのなら、お友達の言うようにした方がいいでしょう。洗剤を使うと、せっかく使い込んだのが台無しでいわゆる「油のなじんだ」状態が失われます。薄く油をひいてからしまうのも問題です。毎日使うにしても、ひいた油が酸化するのは避けられず=つまり体に悪い、たまにしか使わないなら、油をひいたせいで汚れやすくなります。タワシとお湯で洗ったら、赤くなるまで火にかけて焼いておく、というのが正しいでしょう。熱くなって片付けるのに時間がかかりますが、毎日使うなら出しっぱなし、という人も多いのでは。

Q金さんや朴さんのように、韓国人の姓が1字になったのはいつ頃から? そして日本で最初に姓をもった人は誰?

今の韓国人の99%以上の人の姓は1字で表しますよね。 ごくたまに日本人のように2字の姓をもった人がいるようですが、ほとんど見かけないようです。

金や朴、あるいは李といった姓が多いと思うのですが、これは数百年前 (?) に当時の中国王朝の真似をして1字の姓をもつようになったから、という話を聞いた事があります。 それ以前にはこのような姓は朝鮮半島には存在しなかったようです。

質問ですが、彼らが姓を1字にするようになったのはいつ頃の事ですか?

それ以前の古代朝鮮人の一般的な姓にどのようなものがあったのでしょうか?

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今の韓国人の99%以上の人の姓は1字で表しますよね。 ごくたまに日本人のように2字の姓をもった人がいるようですが、ほとんど見かけないようです。

金や朴、あるいは李といった姓が多いと思うのですが、これは数百年前 (?) に当時の中国王朝の真似をして1字の姓をもつようになったから、という話を聞いた事があります。 それ以前にはこのような姓は朝鮮半島には存在しなかったようです。

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Aベストアンサー

朝鮮の1文字姓は、新羅(前57-676)ですでに見られるようです。
日本書紀には、帰化人の名前で、1字姓ではない人も見られますが、それ以後はほとんどいなくなるようです。
その頃、百済では「扶余豊璋(ふよ・ほうしょう)」とか「鬼室福信(きしつふくしん)」という名前がありました。

日本が1字姓を取り入れなかったのは、儒教を制度のみ取り入れたからだと思います。
当時の中国は、すでに何千年も文化の栄えた大文明国でした。
朝鮮も日本も自分の国を立派にするために、何でも取り入れることをしていました。(平安京も東大寺大仏も、当時の日本の国力では相当無理して作りました)
しかし儒教はその本質に、祖先祭祀「孝」という考えを持つために、日本の婚姻制度に合わなかったようです。
なぜかというと祖先祭祀のためには、名前を絶やすことが出来ず、そのため父と母の名前が違うのが当然になります。(現に韓国・中国は今でもそうです)また、血統が絶えるのが一番困るので、親族での婚姻は絶対のタブーとなりました。(韓国では今でも名字・本貫が一緒だと結婚できない)
それに比べて日本は、いとこ同士が結婚するのは当たり前のような婚姻体系(源氏物語ですね)でしたから、そのまま儒教的なものを取り入れるのが困難だったのではないかと思います。

ちょっとこの文字数ですべてを書けないのですが、とにかく祖先祭祀のためには、家系を残すシステムを作らなくてはならず、そのために1文字性を取り入れるのが一番簡単なのですが、そんなことをすると、やっと出来た大和朝廷(貴族社会で親族婚)が崩壊してしまうために、取捨選択をして、ほかに取り入れなかった文化と共にあっさり捨ててしまったのでしょう。
しかしこれは当時としてはとても勇気のいる選択です。だって2文字以上の名前は野蛮人だといっているようなものですから、せっかく平安京などを作っったのに、当時の文明国からはそうとうバカにされたはずです。

その後日本の名字は、地名や官職などから多岐にわたっていきます。豊臣秀吉の刀狩以後、農民身分は名字を使うことを禁じられますが、もともとはみんな名字をもっていたのです。

日本最初の姓はだれかというとむずかしいですね。姓とか名字とかいう概念は、村程度の集落が出来れば、親戚を表すために必ず必要になります。家名が同じ集落なら、ミドルネームで上田んぼの○○さん、などと表現しますので、これもそのうち名字として認めれられていきました。
強いて言えば、日本武尊(やまとたけるのみこと)あたりなのでしょう。

朝鮮の1文字姓は、新羅(前57-676)ですでに見られるようです。
日本書紀には、帰化人の名前で、1字姓ではない人も見られますが、それ以後はほとんどいなくなるようです。
その頃、百済では「扶余豊璋(ふよ・ほうしょう)」とか「鬼室福信(きしつふくしん)」という名前がありました。

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Q鉄のフライパンを探しているのですが…。

テフロンのフライパンがダメになってしまったので、長く使える
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他に、魔法のフライパン並みに使いやすい鉄のフライパンは
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ベルフィーナをお勧めしたのは取っ手の付け根がみそ
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http://fryingpans.jp/index.html

Q鉄仮面の正体はルイ14世の異父兄ですか?ご回答よろしくお願い致します。

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いろいろな説がありますよ
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Q錆びない・熱しやすい・軽い・手入れ簡単なフライパン

   
錆びない・熱しやすい・軽い・手入れ簡単なフライパン を教えてください。

最近まで鉄のごっついフライパンを使ってましたが
・料理の仕上がり、味はまあまあだったと思うが熱伝導が悪いので電気代かかった。
・錆びやすいので手入れが面倒だった。
・重すぎて手首を傷めた。

なため、買い替えを検討しています。

フライパンの材質も、鉄、アルミ、ステンレス、銅と言ったところですがそれぞれの短所で
・鉄 錆びやすい、熱伝導が悪い
・アルミ 焦げ付きやすい
・ステンレス 熱伝導が悪い、高価
・銅 高価、他は?

私としてはアルミが第一候補ですが、手入れをしないとやはり黒ずんだりとかはするようですが
見た目(銀色)の清潔感とかも大事にしたいので。
コンロは電気です。

Aベストアンサー

フライパンや鍋に使用されている金属の物性を見ると何が良いか明らかです。

素材           熱容量 J/g/K(2)・熱伝導率 W/m/K (1)・比重 g/cm3(3)
アルミニウム Al     0.9         237            2.70
ステンレス  SUS304  0.44        83             8
鉄       Fe      0.449        80            7.87
チタン     Ti      0.552        22            4.4

 フライパン・鍋の性能は(1)均一に加熱され(熱伝導率が高く、底が厚いと均一になりやすい)、(2)温度変化が少なく安定した温度で調理できる(熱容量が大きく、厚い)で決まります。(3)更に軽くて扱いやすい(比重が小さい)方が実用的です。もうひとつの最も重要な要素は金属種とは関係ない(4)コーティングの性能です。
 表を見て判ることはアルミニウムが他のいかなる金属と比べても(1)(2)(3)の点で際立って優れていることです。ステンレスと比較して熱容量は205%、熱伝導率は286%、比重は34%です。フライパン・鍋の為に生まれて来た素材とも言えるほどです。省エネのためには小さい熱伝導率でなければならないサッシには使ってはいけない素材なのです。
 なぜ鋳造品が良いか。蓄えられる熱量は重量に比例して増加します。したがって、全体が厚いほど良いですが、特に熱を蓄える底(熱底と呼ばれる)が厚いことは優れたフライパン・鍋の重要な条件です。一般的には6mm~9mmが良いとされています。

コーティングの良し悪しはデンマークの科学技術局認定の表が参考になります。
http://eurokitchen.jp/SHOP/GSTSSP00841.html

フライパンや鍋に使用されている金属の物性を見ると何が良いか明らかです。

素材           熱容量 J/g/K(2)・熱伝導率 W/m/K (1)・比重 g/cm3(3)
アルミニウム Al     0.9         237            2.70
ステンレス  SUS304  0.44        83             8
鉄       Fe      0.449        80            7.87
チタン     Ti      0.552        22            4.4

 フライパ...続きを読む

Q表札の普及はいつ頃から。

庶民の住宅に表札を出すようになったのはいつ頃からですか。
多くの庶民が手紙を出すようになってからだと思うのですが、調べてもよく分かりません。
東京、大阪、京都など大都市の例を希望しますが、その他の都市でもよいですから教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

再度、失礼致します。

ネット検索では既回答者様のおっしゃるとおり、
例えば『郷土史大辞典 下/歴史学会編/朝倉書店/2005』
…日露戦争に際して兵士を送った家でその旨を記した貼り紙を出したころから、
これにならい姓名を玄関に書き出す風習が広まったという。
その後、1923年(大正12)の関東大震災により人口の移動や住宅の建て直しが盛んになり、
表札は本格的に普及していく。
…などの情報一色の感は否めないですね。

上記の歴史学会に逆らう意図はありませんが、大規模災害だったのは確かだとしても、
関東大震災は地域限定であることと、以前から表札掲示の素地(=普及)が無いことには
新築&表札セットにも結び付かないと思います。

なので、更に追加検索を試みましたところ、下記のような訓令がありました。

・『福岡県警察法規類典.第1巻/帝国地方行政学会編/帝国地方行政学会/昭和10』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1444005/728
<728/1019>(1377頁)
●一般人民門戸標札 明治二十二年一月訓令保第八號
一般人民ニ於テ宅地番號氏名標札ノ門戸ニ釘付可致義ハ明治十二年四月甲第六十二號
長官御達モ有之候處間ニハ名刺ヲ貼付シ或ハ規定ノ寸法ニ違ヒタル標札ヲ掲ケ
又ハ門戸ヲ有スルモノニシテ戸口ニ釘付スル等全ク標札ノ効用ヲナサシメサル者
往往有ノ哉ニ相聞ヘ甚タ不都合ニ付能ク規定ニ從ヒ標札ノ効用ヲ失ハシメサル様
執行注意セラルヘシ

上記の「明治十二年四月甲第六十二號長官御達」が何処の省庁・官職を指すのか
確認未了ではありますが、明治22年当時、名刺貼付・規定外表札・門戸不掲示(戸口掲示)に
対する注意喚起は有るものの、表札自体の不掲示には言及されていないところをみれば、
少なくとも福岡県では相当程度に表札が普及していたと考えられます。

また、上野毛村では表札27戸分等を纏めて注文なんて事例もありますから、
徴兵・納税などに対する反発を理由に不掲示の例外も考えられますが、
お上のお達しである以上、多くの庶民は隣近所に合わせるのが普通だったと思います。
(都合の良い解釈との御指摘を受けるかもしれませんが…)

下記は前投稿と同様です。
・『山口県警察規程.上/山口県警察部/明29.12』
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/791261/147
<147/698>(270・271頁)
〇甲第二十號(明治十二年一月二十日本縣布達)
〇乙第二十四號(明治十二年一月二十日本縣達)

以上 現時点では各府県の表札普及が明治期の何時かまでは限定出来ないものの、
私見を翻すほどの根拠も見出せません(少数派意見に過ぎないかもしれませんが)。

再度、失礼致します。

ネット検索では既回答者様のおっしゃるとおり、
例えば『郷土史大辞典 下/歴史学会編/朝倉書店/2005』
…日露戦争に際して兵士を送った家でその旨を記した貼り紙を出したころから、
これにならい姓名を玄関に書き出す風習が広まったという。
その後、1923年(大正12)の関東大震災により人口の移動や住宅の建て直しが盛んになり、
表札は本格的に普及していく。
…などの情報一色の感は否めないですね。

上記の歴史学会に逆らう意図はありませんが、大規模災害だったのは確かだとしても、
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Q育て甲斐ある鉄のフライパンを教えて。5000円以下

最近調理に少し凝りだしまして、小道具も少しずつ揃えています。
それで、フライパンを買いたいのですが、鉄がいいらしいので鉄のフライパンを探しています。
鉄は手入れが面倒なようですが、育てると焦げ付きにくく長く使えるそうなので
自分もチャレンジしてみようかと思っています。

5000円以下で育て甲斐のある鉄フライパンを教えてください。
たくさん教えていただけると選ぶ楽しさもあっていいなと思います。

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

テフロンは便利なのですが、使えば明らかにだんだん劣化しますからそのようなものを長く使う気にはなれません。でも鉄製は使うほどに味が出て愛着が持てるようになります。ご質問者さんは良いところへ目をつけられました。

「鉄製」でネットを調べてみましたら10店舗以上クリックした後にここに出会いました。
http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E9%8B%B3-24012-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B324/dp/B000IAAE3U/ref=pd_sim_sbs_k_2

ポイントは素材の分厚さと取っ手です。見たところかなり深いので玉子焼きなどでは過剰品質かなとも思えますが、このような取っ手に出会い、納得してお薦めします。パイプを縦割りしたような形状の取っ手とか木製で如何にも使いやすそうなそぶりをしているものなどが圧倒的に多いのですが、持てばさぞ手が痛いだろうなと思ったりやがて炭化するだろうななどと思ってしまいます。私はほとんど素手て取り扱いますから(調理時間が長くない料理だと全く問題ありません)このように取っ手も分厚くてその分比熱が高く熱が伝わって来にくく劣化も少ないものがお薦めです。

この商品を使った上でのお薦めではない事はお断りしておきますね。

実はほとんど毎日フライパンを使っています。自分が使っているフライパンを気に入っている理由は上述のように分厚さと取っ手の断面形状が丸っこくて手に柔らかいからで、もう10年以上使っていますから黒光りしているのと、鍋の内面以外にこってりへばりついた炭化した滓を丁寧に削ぎ落としたのとで愛着は深まるばかりです。反省もあって今は料理が終わればそのままこれだけはすぐにタワシで水洗いしています。熱いうちなら洗剤など不要です。

テフロンは便利なのですが、使えば明らかにだんだん劣化しますからそのようなものを長く使う気にはなれません。でも鉄製は使うほどに味が出て愛着が持てるようになります。ご質問者さんは良いところへ目をつけられました。

「鉄製」でネットを調べてみましたら10店舗以上クリックした後にここに出会いました。
http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A9%E9%8B%B3-24012-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%B324/dp/B000IAAE3U/ref=pd_sim_sbs_k_2

ポイントは素材の分厚さと取っ手です。見たところかなり深い...続きを読む

Q日本では、ガラスはいつ頃から使用?

江戸後期、つまり幕末頃には、日本家屋においても、板ガラスを窓ガラスとかガラス戸に使用し始めていましたか? 大きな町、例えば、江戸から大阪、京都においてのことだとは思いますが。なにかご存知の方は教えていただければ幸いです。

Aベストアンサー

日本の木造住宅に板ガラスを初めて用いた記録は、元禄時代、伊達綱宗が江戸品川の居宅の障子に高価な輸入品の板ガラスをはめ込んだのが最初といわれています。

日本木造住宅産業協会のHPの「木心エッセイ」の中の「すまいの発明王」に記事があります。
http://www.mokujukyo.or.jp/index_user.html

幕末に欧米人が住んだ洋館には、ガラス窓が入っていますが、日本家屋であっても、豪勢な商人の居宅にも輸入品のガラスを使った建具が使用されていたと思います。

板ガラスの国産化は失敗の連続で、やっと成功したのは明治末です。
だから、ご質問の「日本家屋」を一般の民家と解釈しますと、ガラスの建具が使用され始めたのは、大正に入ってからということになります。
それも地方の素封家や成功した実業家の居宅に使用されたくらいです。
地方の上流階級の家で外まわりまでガラス戸にするのは、昭和10年ごろだといわれています。
一般の民家は、ほとんど何十年かで建替えられるから維新前後の家で現存している例は少なく、また記録に残すことも少ないから、正確なことは分かりませんが、大きな町と同じように雪国の家にもガラス建具は普及していきました。
http://www7.ocn.ne.jp/~kita3079/nanao-no-rekishitekimachinami.htm

朝日選書の小泉和子著『道具が語る生活史』に少し載っています。

日本の木造住宅に板ガラスを初めて用いた記録は、元禄時代、伊達綱宗が江戸品川の居宅の障子に高価な輸入品の板ガラスをはめ込んだのが最初といわれています。

日本木造住宅産業協会のHPの「木心エッセイ」の中の「すまいの発明王」に記事があります。
http://www.mokujukyo.or.jp/index_user.html

幕末に欧米人が住んだ洋館には、ガラス窓が入っていますが、日本家屋であっても、豪勢な商人の居宅にも輸入品のガラスを使った建具が使用されていたと思います。

板ガラスの国産化は失敗の連続で、やっと...続きを読む

Qフライパンのお手入れ方法を教えてください!

柳宗理のフライパンを使っているのですが、数回使用したら表面がはがれたようになり、鉄のような臭いがするようになってしまい、その後使用すると焦げ付きやすくなってしまいました。もう使えなくなってしまったのでしょうか?もし、同じものをお持ちの方、また、フライパンのお手入れ方法などに詳しい方がいらっしゃったら教えてください。お願いします!

Aベストアンサー

現物を知らないので何とも言えませんが、どうも鉄製のようですね。お手入れはどうなさっていますか?

もし洗剤を使って洗っているのでしたら、それは間違いです。せっかく油を含んだ表面が洗剤分でだめになってしまします。水分でさびる事もあります。

鉄製のフライパンは調理後、水洗いだけで十分です。たわしか、同様なもので汚れを落としてやれば、次にも油は少量で使えます。

今、鉄さびのようなモノが出ているとすれば、揚げ物をして下さい。別に鉄は害ではありませんから、気になるのなら、さっと洗って火にかけて水分を飛ばしてください。その後、揚げ物をします。そうする事で、フライパンの表面に油膜ができます。

油分がフライパンの外に固まったら、そこをガスの直火で焼き、こそげ落とせばいいです。そしてまた、同様に揚げ物をして、油分を補給します。

水洗いの後で気になるのであれば、薄く油を塗っておけばいいです。

以上、昔コックだった父がしていた話です。お役に立てれば幸いです。

Q男女別の衣類って一体いつ頃から?

今では男女別のファッションが当り前になっていますよね。 中にはユニセックスという同じ物を着るファッションがあるようですが、一般的には世界中どこでも男女の区別があると思います。

でも考えれば、人類が初めて衣類らしき物を身に付けた時は、「これは紳士用、あれは婦人用」 なんて発想は無かったはず。

おそらく動物の毛皮のような物を防寒具、あるいは怪我などからの防具として男女とも同じように使ったと思います。

という事は、どこかの時点で男女が身に付けるものを区別し始めたはずなのですが、それは一体いつ頃からでしょうか?

エジプトの壁画には既に男女が違う衣類を身に付けているように思うのですが、それよりも前の時代でしょうね?

それと、男女とも性器を隠す意味で腰回りに必ず何か着用していますが、これも一体いつ頃からでしょうか?

性器を見せるのは恥ずかしいという考えは、ずっと後の時代の価値観や倫理観だと思うのですが ・・・

Aベストアンサー

日本人を中心に考えて見ますと
日本の一番古い明石原人は、50万年前男女とも洞窟で生活し毛皮を身に着けていただけでした、
マンモスを追いかけて狩猟をしていたころ20万年前も男女とも同じ
毛皮を身に着けていましたが、毛皮から麻や棉も使われるようになった時代狩猟する男と家で木の実の管理をする女では服装に若干の変化がでてきました、決定的に着るものに変化が出てきたのは
2万年前頃の縄文前期、農耕により住居を構え定住して
土器に食料を蓄え始めたころ、生活に余裕が少しでてきて
男女の服そうに変化がでてきました、URL参照
このころが、回答の第一の候補だと思われます、

http://www.tamagawa.ac.jp/SISETU/kyouken/jomon/fuku.html

http://www.kodai-bunmei.net/blog/2007/01/000100.html


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