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 太平洋戦争の本を読んでおりますが、珊瑚海海戦のところで疑問に思うところがありました。
 昭和17年5月7日、夜間攻撃隊に選ばれて瑞鶴・翔鶴から飛び立った精鋭が敵の空母を見つけることができずに引き返したところ、運悪く米戦闘機と遭遇してしまい、魚雷や爆弾を抱えたまま苦戦した末にようやく帰路についたものの、いざ着艦しようとしたのが、最悪のヨークタウンだったという場面です。
 結果論かもしれませんが、どうして貴重な魚雷や爆弾を、彼らは途中で捨ててしまったのでしょうか?持ち帰れば次の作戦で使えるのではありませんか?

A 回答 (3件)

(1) 艦爆隊が、敵空母の位置を見失った所で敵戦闘機隊に遭遇し、爆弾を投棄したようです。

これは、重い爆弾を捨てて身軽になり、敵戦闘機から逃れるためです。99艦爆は、爆弾を捨てれば戦闘機に準じる運動性能を持つと当時言われていました。

(2) 空母への着艦と言うのは、素人には想像がつかないほど難しいことだそうです。その際に爆弾や魚雷を抱えて着陸するのは非常に危険なことです。ですので、着艦する前に爆弾や魚雷を投棄するのがルールでした。空母艦上で事故がおきれば、下手すれば空母そのものが沈み、乗員1,000人が犠牲になってしまいます。
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この回答へのお礼

詳しい解説ありがとうございます。
身軽になって運動性能を選んだこと、
着艦するのにはそういうルールがあったのですね。
たいへん勉強になりました。

お礼日時:2005/09/17 21:30

空母への着艦には危険が伴います。


爆弾や魚雷を抱えて失敗した事を考えれば、捨てるしかありません。
魚雷の場合、重量は800kg位あったという事です。
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この回答へのお礼

全然知りませんでした。
魚雷は、いわば使い捨てだったのですね。
丸腰で帰ろうとしたのが敵空母だったのに、それでも
半数以上が帰還したそうですから、よほど
熟練したパイロットだったのでしょうね。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/17 21:35

あいての位置が判らず飛び立っていったわけですから、ぎりぎりまで探して引上げようと決断した時点で燃料不足になった為では無かったかな。


それで重い物を捨てて燃費を稼ごうと、爆弾を捨てて帰還にかかった直後にアメリカの機動部隊を発見し、手も足もです、おまけにその後は母艦と間違えてアメリカ空母に着艦したと言うことでは。
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この回答へのお礼

残りの燃料や、積荷のことを考えないとならなかったのですね。実際の戦闘はいろいろな条件が関わってくるのがわかりました。
ちなみに私の読んだ本では、着艦したわけではなく、猛烈な対空砲火を浴びたと書いてありました。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/17 21:28

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