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宮部みゆきさんの著書で、「震える岩―霊験お初捕物控」という本があります。
江戸時代の「赤穂浪士討ち入りの事件から100年後」が舞台となっています。

この物語の中に「りえ」さんという女性が出てきます。
確か身分は武士の奥方でした。
読んだ当時、りえさんとはまたハイカラな(笑)名前をつけたなあと思った記憶があります。

そこで質問です。

1.実際に江戸時代に「りえ」という現代風な名前をつけることはあったのでしょうか?

2.これ以外に現代風な名前があるとしたら、どんなものがありますか?

3.作中の「りえさん」は武士の奥さんでしたが、(結婚前の身分は覚えてないです。下級武士の娘かもしれないし、商人の娘かもしれない)
商人以下の身分で、現代風な名前をつけることもあったのでしょうか。

というのは、作中で「りえさん」は最初名前のみが分かっている、物語の鍵となる人物で、登場人物たちが「『りえ』という名前なら、きっとどこか名のある家の娘さんだろう」と話していた気がするので、武士階級で流行したのだろうかとも思ったからです。

現在手元に本がないので、もしかしたら記憶が間違っているかもしれませんが、よろしくお願いします。

ちなみにアマゾンでの紹介はこうなってます↓。
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A 回答 (2件)

江戸期ではありませんが、歴史を専門に勉強した者です。



1についててですが…
赤穂浪士の討ち入りは、元禄15年12月14日ですから、西暦では1703年のことですね。
その100年後というと1803年。
江戸時代後期(安永九年(1780年)生まれ)に頼山陽という儒者がいますが、その人の奥さんの名前が「梨影」と書いて「りえ」さんでした。
この女性は、もともと「りえ」という名前らしいのですが、出自は不明のようです(結婚する際に、親友小石元瑞の養女として入籍しています)。
「りえ」に「梨影」という漢字をあてたのは頼山陽のようです。

2については、現代風かどうかは分かりませんが、「瑠璃」や「美緒」などの名前はあったようですね。
#1さんの「あぐり」は、「安久里」の字が当ててあるものを文献で見たことはあります。

参考URL:http://www.marute.co.jp/~hiroaki/sakusya/rai-san …
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りえについてはわかりませんが、あぐりならありました。


また、江戸時代の名前は生まれてから死ぬまで同じではなく、それぞれの場面でふさわしい名前をつけましたから、その「りえ」さんにしても最初から「りえ」だったかどうかはわかりません。
たとえば秀忠の娘の東福門院和子も入内するまでは別の名前でしたし、もし町人の娘が武家に嫁ぐとき(じっさいには武家の風習をよく知っていないと武家の妻は務まりませんのであまりありませんが。)は、まず他の武士の養女にならないと嫁げませんでしたが、そういう場合は名前を変えました。
また嫁いでから自分の意思で、あるいは夫の命で名前を変えることもめずらしくありませんでした。
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Q江戸時代の女性の名前

江戸時代の女性の名前について質問させていただきます。
よく名前の前に「お」をつけた名前が女性の場合多いのですが、それは愛称だと聞きましたが、それ以外に「お」をつける理由はあるのでしょうか?

また、江戸時代に女の子に名前をつける場合、どういう付け方をしていたのでしょうか?現代ですと名前をつける時、本で姓名判断をしたり流行の名前をつけたり等の選択肢がありますが、江戸時代の人たちはどういった経緯で名前を考えて命名していたのでしょうか?

どなたかご存知の方がおられましたら、御回答の程よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 おっしゃる通り、江戸時代に「お○○」という女性の名前はよく見かけます。
 しかし、本当の名前に全部が全部「お」がついていたのかどうか、疑わしいところがあります。
 他人が呼ぶ場合に、丁寧、尊敬の接頭辞の「お」、あるいは質問者さんがおっしゃる愛称的な「お」がついている場合が多く、書き残された史料で見る「お○○」さんの本当の名前は、単に「○○」の場合と「お○○」の場合の両方があると見た方がよろしいでしょう。
 下のURLには明治生まれの女性名前が出ています。江戸時代風の名前も多くあります。この方達には「お」はついていませんが、お互いに呼び合うときには「おとくさん」のように「お」をつけて呼んでいたことが多いと思われます。また明治生まれの人で、実際に戸籍上「お○○」の人もいました。
http://www.vill.miho.lg.jp/pr/back/2001/10/000.htm
 江戸時代に姓名判断が流行ったということについては存じません。
 また名前に流行があったかどうかも不明です(明治の末頃から「○○子」という名前が流行りはじめましたが)。
 親は子供の長寿や幸福を願って「ツル」、「カメ」、「ふく」、「まつ」、「たけ」、「うめ」など縁起のいい名前や、生まれ年の干支「トラ」、「タツ」、「トリ」など、その他誰かにあやかるとか、いろいろあったと思います。
 まあ、現代人のように、名付けに凝るということは、あまりなかったような感じがしますね。
 

 おっしゃる通り、江戸時代に「お○○」という女性の名前はよく見かけます。
 しかし、本当の名前に全部が全部「お」がついていたのかどうか、疑わしいところがあります。
 他人が呼ぶ場合に、丁寧、尊敬の接頭辞の「お」、あるいは質問者さんがおっしゃる愛称的な「お」がついている場合が多く、書き残された史料で見る「お○○」さんの本当の名前は、単に「○○」の場合と「お○○」の場合の両方があると見た方がよろしいでしょう。
 下のURLには明治生まれの女性名前が出ています。江戸時代風の名前も多くあ...続きを読む

Q女性の名前

現在大奥がやっていますが、
内山里名さん扮する主人公の名前が
「安子」ですよね?
ドラマ自体が史実歪曲が多いので、
また検索してみると「安」の一文字の場合も
あるので事実とは違うかもしれませんが、
例えば柳沢吉保の側室の飯塚染子などにしても
そうなんですが、「~子」というのはもともと
公家の女性の名前であって、武家の女性である
安子や染子が「~子」と名乗るのは変ですよね?
そういえば幕末の13代正室も、「敬子」や「篤子」
ですよね?近衛家の養女になってから「篤子」に
改名したのはわかるのですが、なぜ島津の分家時代
から「敬子」だったのは何故なんでしょう?
北条政子や日野富子は元々公家だったからわかるのですが、
江戸時代は武家の女性でも「~子」と名乗ることは
多かったのでしょうか?
それとも「~子」が公家の女性特有の名前というのは
私の勘違い?

Aベストアンサー

江戸時代以前は名前もそう厳密ではなく時と場合によって使い分けました。
ですから本来の名前は「安」だとしても格式ばったところでは子をつけて「安子」としたり、あるいは別の名前を名乗ることはよくありました。
戸籍に登録されているわけではないので別に大げさに改名したりという手続きはふまなくても簡単に名前を変えていました。
ただ、正式に幕府に届けている子女の場合は、改名したら届けるということは必要でしたが、これもすべての子女を幕府に届けているわけではありませんし、生まれてすぐに届けているわけでもありませんのでどうにでもなりました。
特に女子の場合は、正室の子か他の大名家と縁組する場合以外は届けないことが多かったようです。

Q明治の女性名はなぜ二文字のカタカナなのですか

明治の女性名はなぜ二文字のカタカナなのですか
明治の女性の名前を見ると、セツとかトセとかコノとかチカとか、カタカタ二文字の名前が多いですが、
何か意味があってカタカナ二文字なのでしょうか。
明治時代に漢字の名前だった女性もいると思いますが、例えばどんな名前でしょうか。

Aベストアンサー

江戸時代から続いた男尊女卑の影響と漢字の読み書きが出来なかった事情があったと思います。
江戸時代の武家は、篤子や雪子のように女の子に漢字を使ってましたが、民百姓(一般人)に苗字はなく、漢字の読み書きすら教育されてませんので、カタカナぐらいしか読み書き出来なかったのです。
男の子には〇左衛門や〇之助のような漢字を苦心して名付けたようですが、女の子の名に漢字は恐れ多いと思う一般人が多かったのだと考えられます。
キンさんギンさんのような名前は、おキンさんやおギンさんのような呼ばれ方をしてました。
しかし、江戸時代に武家に育った親は漢字の読み書きが出来たので、節子や竹子のような名前を付けてました。
医師でもあり文豪でも有名な森鴎外は、長女に茉莉(まり)次女は杏奴(あんぬ)と名付けてます。


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