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大航海時代の「商業革命」と「価格革命」における西ヨーロッパと東ヨーロッパの関連について説明せよ。という問いがあるのですが、どのように説明すればいいのか、さっぱり分かりません。どのようなことを書けばいいのか教えてください。お願いします。

A 回答 (2件)

西欧と東欧の関係ですから、まずは地中海貿易が衰退したと言うことではないでしょうか。


東欧(トルコ)との貿易で中間利益を得ていたイタリア諸都市が衰退がはじまりましたからね。おまにドイツのアウグスブルクで銀山を独占していたフッガー家も没落しましたよね。
つまりヨーロッパにおける海上貿易の中心が地中海から大西洋に移ったわけです。
次に西欧諸国で世界貿易や商工業の発達が進む中、東欧諸国では、やがて西欧諸国に大量の食糧を供給するために農奴制が強化されていくようになります。これを再版農奴制と言います。
つまり、東欧諸国は西欧諸国の食糧供給地に変わっていくのです。
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まず、商業革命とは、新航路と新大陸の発見で貿易圏が地球規模に拡大して、飛躍的に構造変化したことで、価格革命とは、新大陸から大量の銀が流入したことによって貨幣価値の下落と物価高騰を招いた事態だということを把握しましょう。


次に西ヨーロッパと東ヨーロッパの関連という点ですが、西はいいとして、東の方が分かりにくいですが、ここでいう東ヨーロッパはトルコとか南ドイツ、北イタリア諸港のことでしょう。
ポーランドなどの東欧の意味じゃないと思います。木材・小麦輸出ぐらいしかないですから。
だから一般的な地理上の発見の影響を整理すればいいと思います。
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