旅先で恋に落ちたくなる?思わぬ運命の恋に巡り合う映画

魚屋の一心太助は実在の人物なんですか?それとも脚色なんですか?

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A 回答 (4件)

三省堂の「日本人名事典」には「生没年不詳。

江戸前期の魚屋」また「講談の主人公・・・」とあります。つまり実在したらしいが、明確な証拠はない、といったところでしょうか
なお、塩原太助は別人です。岡山県の由加神社に太助が寄進したものがあります。確か石の垣根だったと思います。ただ寄進者の名は塩原多助になっているとか聞きましたが、太助に違いないそです。

この回答への補足

証拠は明確ではないが実在したらしいのですね、どうもありがとうございます。

補足日時:2005/12/18 16:13
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この回答へのお礼

出生の情報まで回答いただきありがとうございます。

お礼日時:2005/12/18 16:10

一心太助と塩原太助は別人ではないでしょうか。


塩原太助は愛馬「青」との別れが有名な講談になりました。茨城県新治村の出身ですが 1743-1814 だそうですから、彦左衛門とは時代が違います。
これとは別に岡山に同名の人がいたかも知れません。
回答になってなくてすみません。
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この回答へのお礼

出生の情報まで回答いただきありがとうございます。

お礼日時:2005/12/18 16:12

 こんにちは。


 中学で、一心太助は「塩原太助」という名だと先生に教えてもらった記憶があります。岡山の由香山の神社に寄進していて、石柱?(正しい呼び名がわかりません)は、今でも名前が読めます。
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この回答へのお礼

岡山にも同名の人がいたのですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/12/18 16:08

一心太助は良質の史料には出てこず、講談の類にしか出てきませんので、実在した証拠はありません。


最初に一心太助が出てくるのは「大久保武蔵鐙」という本ですが、そこへ出てくる一心太助は今ドラマで見るような威勢のよい帽手振りではなく、魚屋は魚屋ですが浅黄縮緬の長股引に秩父小紋の単物を着て、足には5枚裏の雪駄を履き、町を売り歩くのは売り歩くのですが、魚は供の男に持たせて、自分は売り声を上げるだけという、現在のイメージとは全然違う姿でした。
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この回答へのお礼

講談の類で証拠がありませんか、どうもありがとうございました。

お礼日時:2005/12/18 16:07

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