大阪市東住吉区にあるJRの貨物駅で「百済」というのがありますが、
何と読むのでしょうか。
よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

「くだら」じゃないですか?

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この回答へのお礼

すばやい回答ありがとうございます。

3分で解決!でき、今までいろいろ調べたのが無駄でした。

お礼日時:2002/01/10 13:07

 「くだら」でよいと思いますが。

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この回答へのお礼

これまた、すばやい回答ありがとうございます。

こんなに早く回答してもらえてとてもうれしいです。

お礼日時:2002/01/10 13:11

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貨物 駅」に関するQ&A: 日本全国の駅の数は?

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Q百済記

最近何冊か古代史のエッセイ等を読んでいて「百済記によると」とか「百済記は資料性が高い」とかいう記述を見かけました。「百済記」は現存していない書で「日本書紀」によく引用されているとされています。ではこういう歴史書を書いた人たちが「百済記」を資料として取り扱っているのは結局は「日本書紀」からの孫引きなんでしょうか?それともほかに「百済記」を引用している古代の書が現存するんでしょうか?

Aベストアンサー

日本と韓国・朝鮮の間で見解が分かれる問題でしょう。
No. 1 の方が書かれているように、百済本記他の記述は日本書紀の引用によってしか知ることができません。
朝鮮の史書である三国史記や三国遺事は12世紀の成立ですから、720年成立の日本書紀に比べれば資料価値は格段に落ちます。
したがって、日本書紀に引用された百済本記の価値が高いわけですが、日本書記には造作が多いとする立場では百済本記他は創作で信用できないとします。
ある小説家が書いていましたが、紀記の内容は創作だとする学者は小説を書いたことがないのだろう、と。何か依拠する資料があってそれを改造するならともかく、全く何もないところから創作するのは至難だそうです。

Q京都市左京区上高野上荒蒔町の“上荒蒔町”って、なんて読むんですか?

京都市左京区上高野上荒蒔町の“上荒蒔町”って、なんて読むんですか?教えてください。もしかして、素直に読んだらいいのかもしれないですが・・・。

Aベストアンサー

「かみあらまきちょう」
ですね。
下記URLを参考のこと。

参考URL:http://mokuji.jp/yuubin/kyoto/kyoto/sakyo/kagyo.htm

Q百済、新羅などの発音

英語の本に、Baekje(百済)、Silla(新羅)などの単語が出てきましたが、発音がわかりません。
単語を入力して発音が聞けるサイトで調べてみましたが、これらの単語ではスピーカーマークが出てこず、守備範囲外のようでした。
上の二つと、Goguryeo(高句麗)の発音をお分かりの方、教えて下さい。一般に使われている発音記号で表記していただければわかるかと思います。

Aベストアンサー

これはですね、ハングルの英字表記の決まりに則っているような気がします。
それをそのまま英語に取り入れるようになってきているようですね。

少し話がずれますが、中国語の発音を英字で表記する方法として中国では「ピンイン」と言うものが使われており、
通常の英語としてのスペリングならばQのあとにはセットのようにuを挟んでから別の母音字が来るのが大原則ですが、qiで「チー」というようなある意味で特異な綴りをします。
北京というのは以前は英字表記する際はPekingというのが使われていたそうですが、これは英語話者が原音に一番近い形で"英語式に"何とか綴れないものかと考えた苦肉の策のようです。
しかしピンインではBeijingと綴るために、原音とかなりかけ離れた感覚を与えてしまいます。
そのため、近年ではピンイン表記をそのまま重視するように変わってきたようです。北京五輪でもそうでしたね。
実際は中国語の音韻体型やピンインの規則からすると、子音字bというのは有声音のバ行ではなくて「無気音のパ行」になります。
日本語では「清音と、それに対応する濁音/半濁音」というように一部の子音が対立して存在しますし、英語でも「有声音と、それに対応する無声音」として一部の子音が対立して存在します。
しかし中国語では、声の有無(声帯の振動の有無)ではなく"息の有無"によって「有気音と無気音」と言う形で一部の子音が対立して存在するため、カナで書くと区別できなくて同じパ行とするしかないものをbとpで区別して表記します。

話がかなりそれましたが、それと似た感じでハングルも英字で表記する際に独特の表記の決まりがあります。
またハングルでは、日本語とも英語とも中国語とも異なる独特の子音の対立関係(平音と激音と濃音)が存在しますし、母音も日本語よりも遙かに種類が多く、カナでは正確に書き分ける事も難しいです。
激音というのは、息を激しく出しながら発音するもので中国語で言うところのpの方の有気音となり、表記も常にpで行います。
濃音というのは、のどを締め付けるようにして音が詰まったような感じになるのですが、敢えて言うと日本語の「切符」と言う時の"ップ"に近い感じですが、日本語の促音が語頭には立たないのに対してハングルの濃音は語頭にも立つ事が出来るという違いがあり、英字ではppと綴ります。
で、残る平音なのですが、コレが意外とたちが悪いと言いますか、実際の発音は同じにも関わらず、後ろに母音が続く場合はbで綴り子音が続いたり何も続かず音節末(パッチム)になっている時はpで綴るという規則があります。
しかし、前後を母音で挟まれた場合は有声化して発音するなどという厄介な面も持ち合わせています。
ペ・ヨンジュンさんのペが発音の面では濁らずに"ペ"となるのに、Baeと綴られるのもそのためです。
また、母音のエも口の開きの違いで2つあるのを区別するためにaeとeを書き分けています。
他にも、カナで書くとオとしか書けない母音も2つあって口の開きが大きい、敢えて言うとアとオの中間に位置する英語のboxの時の母音のような感じのオの方はeoと書き、
もっと口をハッキリと丸くして突き出しながら出すオの方をoで綴ります。韓国の首都ソウルをSeoulと綴るのもそのためです。

一般に使われている発音記号でとのことですが、これらの独特な音韻体型を英語の感覚での発音記号で表記する事も難しいのです。
有気音/激音を表すために子音の右肩に小さくhを数学の指数のように添える表記もあるようですが、PCではそうそう簡単には表示できないとも思いますので。
更に、音節末子音パッチムの発音の変化の決まりもなかなか厄介だったり、特にダブルLの音はかなり特殊でハングル学習者にとってはある意味で鬼門ですw
また子音s+母音を作り出す際に、英語の感覚だとsiはスィでしょうが、ハングルも日本語と同様にスィとは言わずにシと音が変化します。
逆に言うと、英語のsiともshiとも異なる発音をしています。

各々の大体の発音の目安はもう既に下の方々が示されていますが、正しい発音というのは、ハングルの音韻体型や英字表記の決まりが分かっていないとダメでしょうねぇ。
英語話者が正しく発音できる事はかなりまれでしょうし。

これはですね、ハングルの英字表記の決まりに則っているような気がします。
それをそのまま英語に取り入れるようになってきているようですね。

少し話がずれますが、中国語の発音を英字で表記する方法として中国では「ピンイン」と言うものが使われており、
通常の英語としてのスペリングならばQのあとにはセットのようにuを挟んでから別の母音字が来るのが大原則ですが、qiで「チー」というようなある意味で特異な綴りをします。
北京というのは以前は英字表記する際はPekingというのが使われていたそう...続きを読む

Q「コンクリート示方書」などの「示方書」は何と読むの?

専門が電気・電子なのですが、土建の業務を現在していて表記の文書にたどり着きました。「示方書」は何と読むのでしょうか? 辞書にも見当たらずで困っています。

Aベストアンサー

「しほうしょ」です。
道路橋示方書は略して「道示(どうし)」などと言ったりします。

Q百済人と現在の韓国人

百済が滅亡したとき、百済の人は日本に逃亡した人以外は殺され、百済人と現在の韓国人は無関係という説があるようですが、本当ですか。

Aベストアンサー

http://www26.atwiki.jp/crescent_castle/pages/58.html

上記資料のどの程度正しいかわからないが、
百済系
王族系:百済扶餘氏→扶餘徐氏(希少)
官僚系:旌善全氏、天安全氏、幸州奇氏

というように、積極的に百済系と名乗っているようですから、指導層全体が族滅されたわけではないものかと。

Q読む者が書物を選んでいるのではなく、 あらゆる書物が、読む者を選んでいる。 やはり、そうですよね

読む者が書物を選んでいるのではなく、
あらゆる書物が、読む者を選んでいる。


やはり、そうですよね?

Aベストアンサー

その人の能力に応じて、書物の見え方は異なる。

書物が、人の読み取る力に応じて、示す意味を変える。

書物は、人を選んで、伝える内容を変える。

Q「天皇家は百済系の血が濃い」という俗説・「高野新笠」が皇后として認められなかった理由

1、天皇家は百済系の血が濃いという話を聞いたことがあります。
具体的にどう濃いのかを調べてみたら、全然濃くなかったのです。逆に薄いくらいでした。
天皇家に入っている百済系の血は、たった一人だけです。
桓武天皇の母親が百済王族の末裔の帰化人(国籍は日本人)の「高野新笠」だけです。
具体的に人物を調べてみると、天皇家に血を分けた百済系帰化人は「高野新笠」一人だけでした。
それなのに、どうして世間では「天皇家は百済系の血が濃い」と言う俗説を言う人がいるのでしょうか?

2、百済王族の末裔の帰化人の「高野新笠」は生きている間は皇后として認められていませんでした。(死後、皇后となる。)
生きている間に皇后と認められなかったのは異例です。
これは、当時の帰化人の扱いの低さを物語っています。(実際、大和朝廷内での帰化人の扱いは低かった。)
当時の人々が「百済系帰化人の末裔などは国籍は日本人でも、皇后として認められない」という行動をとった証拠でしょう。
「高野新笠」の夫と息子は天皇です。
「高野新笠」が皇后と認められない理由は他に何かありますか?

3、桓武天皇の父であり、「高野新笠」の夫である、白壁“王”(のちの光仁天皇)は、天皇を継ぐ立場ではありませんでした。
当時、天皇を継ぐ可能性がある者は“親王”を名乗ります。
“王”は一応、皇族ですが、天皇を継ぐ可能性は低いです。
白壁“王”はまさか天皇になるとは、夢にも思っておらず、また周囲も白壁“王”が天皇になるとは思っていなかったので、百済系帰化人の「高野新笠」との結婚を認めたのではないでしょうか?
そして、天武系皇族が度重なる粛清で途絶えたために、天智系の白壁王が62歳という高齢で天皇になった。
仕方なく、(血の問題で)天智系の白壁王を天皇になったとしても、百済系帰化人の「高野新笠」を皇后として認めるわけにはいかない。
当時の人々はそう考えて、「高野新笠」を皇后として認めなかったのではないでしょうか?

4、「百済が滅亡した時に、大和朝廷は多数の百済系王族を帰化人として受け入れたから、天皇家は百済系の血が濃いのだ」と言う人がいます。
果たしてそうでしょうか?
百済系帰化人は最初は一応、それなりの地位(貴族など)を与えられましたが、百済系帰化人はすぐに人民に降下しました。
大和朝廷が百済系帰化人に関東に土地を与えて移民させた話などが残っています。
当時の大和朝廷には、資金的な余裕もなく、例え貴族でも天皇から血が離れていけば臣籍降下します。
具体的には、在原業平などがそうです。
在原業平の父は平城天皇第一皇子の阿保親王。母の伊都内親王は桓武天皇の皇女です。
在原業平は平城・桓武天皇の孫にあたります。
祖父が天皇でも臣籍降下するのに、百済系帰化人がいつまでも貴族でいたというのは間違いです。
従って、「百済が滅亡した時に、大和朝廷は多数の百済系王族を帰化人として受け入れたから、天皇家は百済系の血が濃いのだ」というのは間違いでしょう。
具体的に天皇家に血を分けたのは「高野新笠」一人だけですので。
いかがでしょうか?

5、天皇家がどこから来たのかは諸説あり謎です。
元々、大和に住んでいた者なのか?九州から来たのか?中国から来たのか?朝鮮半島から来たのか?
(私は九州から来たと思っています。)
中国歴史書に書いてあるのは、「百済は支配層と民衆の言語が違う」、「百済の住民の多くが漢人や倭人」、「倭人が頗る多い」
(百済王族は最初は扶余姓を名乗り、しばらくしてから“余”と1文字に略した。余豊璋など。)
例えば、朝鮮半島の百済の王族(扶余族=騎馬民族)が日本を支配したとしたら、それは騎馬民族征服説になります。
(扶余族は、中国三国時代に満州に住んでいた民族で、万里の長城より北、南は高句麗に、東は挹婁に、西は鮮卑接する範囲に住んでいた。)
私は騎馬民族征服説などと言うトンデモ説は信じていません。
ここで天皇家は朝鮮半島から来た=騎馬民族征服説を論ずるのはやめておきましょう。
※「騎馬民族征服説は正しいから天皇家は百済系の血が濃いのだ」という理由なら、申し訳ないですが回答はご遠慮して下さい。

1、天皇家は百済系の血が濃いという話を聞いたことがあります。
具体的にどう濃いのかを調べてみたら、全然濃くなかったのです。逆に薄いくらいでした。
天皇家に入っている百済系の血は、たった一人だけです。
桓武天皇の母親が百済王族の末裔の帰化人(国籍は日本人)の「高野新笠」だけです。
具体的に人物を調べてみると、天皇家に血を分けた百済系帰化人は「高野新笠」一人だけでした。
それなのに、どうして世間では「天皇家は百済系の血が濃い」と言う俗説を言う人がいるのでしょうか?

2、百済...続きを読む

Aベストアンサー

No.3ですが、ちょこっと横槍入れます。

No.6,10,11の方が、No.11で

>歴史には多くの記録がありますから、先に自分の中で結論を決めて
>おいて、それに都合の良い資料だけをピックアップしたのでは、どんな
>結論にも導けます。

と発言していますが、私に言わせれば

>奈良時代に日本の貴族階級に加わった外部の血としては、百済が最大と
>結論付けてほぼ正しいと言えるのではないでしょうか。

という意見について、十分な資料の裏付けもない中で、その結論に導こうとしているところは、かなり作為的なものを感じます。

百済滅亡後、百済から多くの遺民が日本に渡ってきたのは事実ですが、同じ頃、日本にきたのは百済出身者だけでなく、新羅や高句麗出身者もかなりいました。
そして彼らの多くは、当時は未開の地が多く残っていた日本各地に移住しています。
高麗神社・百済神社・新羅神社などの名前をもつ神社が、日本各地に点在していることからも、そのことは十分うかがえます。


No.3で考察したように、私はむしろ奈良時代においては、百済出身者は政権から冷遇されていたのではないかと考えています。
しかし、古代においては百済だけでなく、新羅や高句麗からも日本への移民は来ていたのですから(国を無くしたという点では、高句麗も同様の立場)、百済だけでなく他の国からの多くの移民がきていたはずです。

その中で、百済出身者だけが日本の貴族階級に食い組んでいったというのは、推測にしかすぎないと思います。
むしろ、政権を握っていた天武天皇が親新羅派とすれば、政権近くに食い込む機会が多かったのは、新羅出身者であることも十分考えられます。

天智天皇の子孫であった光仁天皇が、百済王家の血をひく女性を娶ったのは、祖先の天智天皇が親百済派だったという縁からきたと考える方が自然かと思います。

私もかなり推測に推測を重ねた考察をしていますが、どちらにせよしっかりとした歴史資料、もしくは考古学的な発見が無い限り、当時の貴族社会において百済出身者の血が多く混ざっていたというのは、単なる仮説にしかすぎないと思います。

No.3ですが、ちょこっと横槍入れます。

No.6,10,11の方が、No.11で

>歴史には多くの記録がありますから、先に自分の中で結論を決めて
>おいて、それに都合の良い資料だけをピックアップしたのでは、どんな
>結論にも導けます。

と発言していますが、私に言わせれば

>奈良時代に日本の貴族階級に加わった外部の血としては、百済が最大と
>結論付けてほぼ正しいと言えるのではないでしょうか。

という意見について、十分な資料の裏付けもない中で、その結論に導こうとしているところは、かな...続きを読む

Q何と読むのでしょうか  遥けきも

    氷河の歩みにも似た遅々たる変化ではあるが、
  遙けきも遠く来るものかなとの感があると
 ご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

gooの辞書で検索。

はるけ・し 【▼遥けし】

(形ク)
(1)空間的・時間的に遠くへだたっている。はるかである。
「人めゆゑ後に逢ふ日の―・くはわがつらきにや思ひなされむ/古今(物名)」
(2)心が遠く離れている。
「もろこしも夢に見しかば近かりき思はぬ仲ぞ―・かりける/古今(恋五)」

「氷河のようにゆっくりではあるけれ、随分と来たもんだ」

という感じでしょうか?
「はるけき」でいいんじゃないでしょうかね。

Q高句麗、百済、任那(加羅)、新羅についての質問

1.これら4か国とも民族は違うのですか?

2.これら4か国のなかで絶滅してしまった民族もいますか?

3.これら4か国の民族は今は何人と呼ばれている人たちなのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どの質問も無意味です。その時代に民族という概念は成立していない。どの国も民族国家ではない。

Q何と読むのでしょうか?

おそらく中国の方のお名前だと思うのですが「蛮」という漢字の下半分「虫」が「鳥」に入れ変った漢字を何と呼ぶのでしょうか?通常のパソコンの漢字には無いのでしょうか?ご存知の方教えてください。

Aベストアンサー

 日本語では「らん」です。「蛮」という字は、「蠻」とも書きますよね。つまり、「亦」は「糸言糸」の略字です。そうなると、「糸言糸」の下に「鳥」を書いてみてください。そしたら、親鸞の「鸞」になるでしょ。

 中国の場合は、現在ほとんど略字で表現しているので、そのような字になっているわけです。ただ、中国語で何と発音するかは分かりません。


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