私の積年の疑問です。もしここOKWebと出会わなかったら多分墓場まで持っていくだろうと、思っていました。
私の友人が、ある時ある女性とホテルにしけこみ、さあいよいよムフフというところでシャワーから出てきた女性を見て「ギャー!お、お、おまえは誰だ!。」といったそうです。
そこで私のこの疑問を持ったのです。
女の人は化粧(化けて装った)後の自分を好きになって欲しいのでしょうか、私の考えでは、むしろ逆の方が格好いいのではないか。つまり普段ぜんぜんラフな格好で化粧もしない女性が、いざというときにビシッと決めていたら、すごく格好いいと思うのですが、、、
それから例えば動物は一般的に雄の方が華やかだといいます。例、孔雀でも羽がきれいで派手なのは雄の方ですよね。これはやはり雌の気を引くためでしょうか。
またテレビでよく所謂秘境の地の部族の方(注、決して私は彼らに対して差別や偏見をもっているわけではありません一応念のため)を見ますとやはり派手な化粧や装飾品を身につけているのは男性の方だと思います。
すいませんアバウトな質問で、色々な角度(切り口)からの見解が、あると思いますが、あなたなりの見解をお聞かせ下さい。どうかよろしくお願いします。

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A 回答 (12件中11~12件)

 これは、人間の本能の問題です。

まず、もともと
雄は、雌の見かけを重視します。SEXも雄は雌が興奮
するのを見て、発情するものです。しかしながら、雌
はそうではありません。(ホルモンのバランスで、そ
うでない女性もいますが)

 相手の何を重視するかというアンケートなどでは必ず、男性は、1番が見た目 女性は、性格
 になりますよね。これは、人間のもっている基本的な
生理によるものですので、万年、変わるものではないのです。

 そして、愛情が続くのは、2.3年で、そのあとは、
いっしょにいたい、離れたくないという感情が支配
するのです。

 ですので、1度好きにさせてしまえば、(悪い言い方
をすれば、化粧などでだましてしまえば)こっちのもの
というわけです。

 今回の場合は、その女性が、素顔をさらけ出すのが
早すぎたんですね。

 余談ですが、この基本的な男女の関係が、逆になったら
この世は終わりになるような気がします。

 医学的な観点から、お話しましたが、お役に立てましたか?

この回答への補足

素早い回答有り難うございます。cool104様。
つまり平たく言うと、雄は雌の見かけを重視する。
(もちろんそれは雌も知っている)
だから化粧して少しでも見かけを良くして、より雄にもてたいと。ということですか?いや実はわたしもそうかなと常々思っていたのですが、それだと質問でも書いたように
秘境の方は、男の方が派手であるということは、どう解釈すべきでしょう。本能と言う言葉をを持ち出すのならば、彼らの方がよりそれに近い部分で生きていると思うわけです。(なんせ私たち完全に文明に侵されきっているわけですから)その辺の説明もいただけたら有り難いのですが、、、
生意気に聞こえたらすいません。

補足日時:2000/12/17 13:57
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こんにちは。

しゃっくりはまだ帰ってきませんか?(笑)

いろいろな見解があるでしょうが、私の見解を…。
私が何故化粧をするかというと、社会的なものへの意識(会社にノーメイクではなかなか行けませんし)、少しでも綺麗に装いたい(見せたい)、そんなところだと思いますが、私はノーメイクでもキレイな人に憧れますね。私の友人でいつもノーメイクでいる人が居ますが、ノーメイクでいられる=自分を飾ることを必要としない=自分に自信がある…ということだと思うので、ある意味尊敬と憧れを持っていて、素敵だなと思っています。自分もそうなれたらいちばん良いのでしょうけど、まだまだ見栄を捨てられないんでしょうかね(笑)。
ですが“雄の為”ではなく“自分の為”であると思っていますが…。でも家の中では化粧をしませんし、もし外に他人が居なかったら、化粧もせずパジャマで買物に行っちゃったりするかもしれませんよねぇ。(それも楽そうでいいですね~) ということは、やはり他人の目を意識して化粧をする…というのが先ですね。

ご質問の中にありましたが、化粧をした自分を好きになってもらいたいのか…の部分は、私は素顔の自分を気に入ってもらいたいですね。といっても化けて装うという程の「化粧」はしてませんので(当方ナチュラルメイクです)、化粧をしても落しても、それほど大差はないと自分では思っておりますが…。(?)
「化粧を落して素顔になっても、美しさが変わらない人がホントの美人だ」という言葉を聞いたことがありますが、その通りなんでしょうね。また美人の見解もいろいろあるのでしょうが…。

男性にしても女性にしても“派手”というのは、あまり個人的には好みません。なにごとも『シンプルイズベスト』だと思っているので…。特に外見にこだわって一所懸命お洒落をする男性は、私はちょっと引きますね。単純にファッションを楽しんでる方もいらっしゃるんでしょうけど…。

以上、長々と書きましたが、少しでも参考になれば幸いです。

この回答への補足

早速のお答え有り難うございます。kojo様
もちろんです。すごく参考になりました。
ちょっと思ったのですが、女の人は一生のうちで、どの位のお金、時間、労力、を化粧に費やすのか?
またトータルすると何本の口紅を食べるのか?
それに見合うだけのなにか見返りのようなものでもあるのか?とか思うわけです。
例えば、料理の味が良くなる口紅とかあるのかなあ?
昔イチゴ味、バナナ味の子供はみがきってあったけど。
例えば、彼がkissしようとして、
「おっ!口紅変えたの?」
「そうよ、今日は、かつお風味にしてみたの」
「君の唇おいしいよ」ってか。
すいません。あほです。

補足日時:2000/12/17 13:20
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Q女性は、なぜ、化粧をするのでしょうか?

私のようなものぐさは、女性の化粧を見ると、毎日毎日大変だなぁ。男に生まれてよかったなぁなどと思ってしまいます。それで、ときどき、思うのですが、女性は、なぜ化粧をするのでしょうか?

「男性を惹きつけるため」でしょうか? もし、そうなら、なぜ、男性は、女性の容姿に惹かれるのでしょうか? 本能でしょうか? もし、本能だとすると、進化論的には説明がつかないように思います。というのは、容姿が良い女性の子孫が増えても、人類が生き残る上で何もプラスなるとは思えないからです。むしろ、仕事のできる女性、頭の良い女性、あるいは、元気もりもり、筋肉ムキムキ女性に男性がひかれる方が、子孫繁栄にはプラスのように思います。

「男性が、女性の容姿に惹かれる」のが本能でないとすると、それは、社会的に育まれたのでしょうか? そうだとすると、そこには、どのような理由があるのでしょうか? 社会的に考えても、容姿に惹かれるよりは、仕事ができる、頭が良い、人付き合いが良いなどの性質に惹かれる方がメリットがありそうですが?

ということで、よくわかりません。ご回答よろしくお願いします。

私のようなものぐさは、女性の化粧を見ると、毎日毎日大変だなぁ。男に生まれてよかったなぁなどと思ってしまいます。それで、ときどき、思うのですが、女性は、なぜ化粧をするのでしょうか?

「男性を惹きつけるため」でしょうか? もし、そうなら、なぜ、男性は、女性の容姿に惹かれるのでしょうか? 本能でしょうか? もし、本能だとすると、進化論的には説明がつかないように思います。というのは、容姿が良い女性の子孫が増えても、人類が生き残る上で何もプラスなるとは思えないからです。むしろ、仕...続きを読む

Aベストアンサー

もう話は化粧とは随分遠いところに来ていますが…

>「死を感じさせる生物性」を最も認めたくないのは、「自分についての死を感じさせる生物性」であって、「他人についての死を感じさせる生物性」ではないはずだと思うのですが、現実は逆になっています。

kobareroさんが質問力のある方で非常に嬉しいです。なにしろ目のつけどころがいいですね。
実はそこが哲学の醍醐味とも言えると私は勝手に思っています。
哲学の道に入らない人の多くは、「自分のことは自分が一番よくわかっている」と思いこんで日々生活をしているのですが、哲学の道に入ると、「自分のことほど自分はわからないのかもしれない」と思うようになります。そもそも、哲学発祥の地ギリシアの神殿での標語(のようなもの)が「汝自身を知れ」ですから、自分とは何者なのか、という問題はとても大きな謎なのです。
一般の人はわかりきったふりをしていますが。

例えば自分で自分の目や後頭部を直に見ることはできません。顔などは一番大事なところと言えるでしょうが、鏡などの力を借りなくては見ることができないのです。
(このことも案外化粧する理由に関係するかもしれませんね)
さて、ここで問題にするのは「自分の死」です。
私の考えでは、自分は自分の死を体験することができません。
これは今までいろいろな哲学者も言っていることですが、死とはつまり感覚を失うことであって、理屈の上では「感覚を失う瞬間は感覚できない」のです。
「他人の死」に直面することはあっても、自分の死は体験できない。しかし他人が死ぬなら自分も死ぬと類推されるのです。案外他人の死の方が、自分の死よりもなまなましく感じられるものなのかもしれません。

また、自分を知っていると思い込んでいる人たちは、自分を知らないということを恐れてそれを意識しないようにします。そのような人たちは、自分の体臭が多少きつかろうと、つとめて意識しないようにするのです。
そういう意味では、自分を知っていると思い込んでいる人たちで形成される社会は、「オレ悪くないからな」という、責任のなすりつけ合いになります。

あまりこういう俗っぽい言葉を使いたくないのですが、無意識的に「死を感じさせる生物性を持っていること」から目を背けようとしているのだという風に私は考えます。
また、これらの行為をするにあたっても、「社会的なルールを守った上であれば生物的なものと見なさなくてもよい」というように考えられるところがあるのかもしれません。つまり、マナーを守るということが、その生物的な行為から死の臭いを浄化する、いわゆる「脱臭の儀式」なのかもしれません。
まあ、自分のすることは悪くない、という強引な自己正当化をしたくて、そのために「脱臭の儀式」を権威にしているという方が合っているのかもしれませんが。

化粧も「脱臭の儀式」の一種と言っていいと思います。

もう話は化粧とは随分遠いところに来ていますが…

>「死を感じさせる生物性」を最も認めたくないのは、「自分についての死を感じさせる生物性」であって、「他人についての死を感じさせる生物性」ではないはずだと思うのですが、現実は逆になっています。

kobareroさんが質問力のある方で非常に嬉しいです。なにしろ目のつけどころがいいですね。
実はそこが哲学の醍醐味とも言えると私は勝手に思っています。
哲学の道に入らない人の多くは、「自分のことは自分が一番よくわかっている」と思いこんで日々...続きを読む


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