日清・日露戦争について調べているんですが、2つの戦争によって朝鮮に残された傷跡というものは、どのようなものがあるんでしょうか。色々調べてみたんですが、皆様の意見も参考にしたいと思いまして。よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

『日本の戦争』著者:田原総一朗/小学館


も参考になります。

なぜ戦前の日本が無謀な太平洋戦争へと突っ走ったかについて詳しく
紹介している本ですが、その前段階として日露戦争から韓国併合まで
の歴史も詳しく記述されています。
なぜ日本が韓国併合へと走ったかのかや、初代朝鮮総督であった伊藤博文が
実は韓国併合の反対論者であったことなど、歴史の背後の様々な事実が
紹介されています。


ただ『日本の戦争』は少々詳しすぎて、日清・日露戦争について
いくらかの基礎知識がないと、難易度が高いかもしれません。

日清・日露戦争を始め明治という時代についての基礎知識を得るために
『坂の上の雲』司馬遼太郎/文春文庫
を最初に読んでおくとよいでしょう。
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やはり「安重根(アンジュングン)」に関する本が参考になるのではないかと思います。



日韓それぞれの「勘違い」の原点、ですね。

文春新書の「韓国併合への道」も冷静な良書ではないかと思います。
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Q東郷平八郎は常識?

こんにちは~!

今の30代、40代の人にとって、
東郷平八郎の知識があること、知っていることは常識でしょうか?
(名前、功績など、ざっくりでも、ああ、あのあたりの時代のひとね!レベルでも)

それとも、それって日本史に詳しい人が知っているレベルの知識だと思いますか?

私は日本史の流れとして、あのすごい海軍の軍人さん!レベルでも
ざっくりしたレベルの知識を持っているのは常識だと思っていたのですが、
知り合いの人が知らずに、「歴史に詳しいんだね~!」というコメントをいただき、
言葉につまってしまいました。 

ちなみに私は日本史は全く詳しくありませんし、東郷平八郎の事を語れば
10秒程度で終わってしまいます。

気になったのでちょっと質問させていただきます。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

まあまあ知ってます。

トルコ人の方が知ってる率高いかもしれませんね。トーゴーって名前を子供につけるくらいだから。

丁字戦や秋山真之も含めて、日本を守った英雄としてもっと知れ渡っていてもいいはずなんだけど、日露戦争の勝利から国民の勘違いや軍の助長が進んで、太平洋戦争敗戦の結末につながります。東郷平八郎自身も日露戦争以後の海軍に悪影響を与えています。

また「戦争はよくない、日本は悪い事した」って安易な結論にするには、明治維新から日露戦争あたりの日本が一番頑張った時代を無視する傾向にあるのかも知れませんね。

日本の近代史を多くの日本人にもっと知って欲しいです。司馬遼太郎「坂の上の雲」も最近NHKでやりました。小説やドラマはあくまでフィクションを含んでいますが、入口としてはいいかと。

Q日清戦争や日露戦争は海外ではどのような評価がされているのでしょうか

最近コミックの影響もあり日清戦争や日露戦争に興味お持ち、少し調べたのですが、当然日本側からの見方が大半でした。相手側つまり現在の中国、ロシアはどのようにとらえているのか、特にその国の教科書などではどのように書かれているのか知りたいのですが、
ご存知の方がいらしたら教えてください。

Aベストアンサー

中学校の歴史の時間に聞いた話ですが,ロシア人は割と好意的にとらえているらしいですよ.悪い為政者を追い出した日本ということで.
その先生は旅行好きで,現地の人たちともよくコミュニケーションをする方でしたので,信憑性は高いのでは?
中国は分かりません.

Q東郷平八郎

東郷平八郎さんは、どうして亡くなったのですか?

彼は、連合艦隊の司令長官だったのでしょうか?

あと、船に乗ろうとした時に打たれて死んでしまったのは、どなたでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

昭和9年に喉頭がんで亡くなっておられるようです。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~bosou/izinkenkyuu/tougouhe/tougouhe.htm

>あと、船に乗ろうとした時に打たれて死んでしまったのは、どなたでしょうか?

広瀬武夫中佐です。
第二回旅順港閉塞作戦で商船福井丸を沈没させようとして被弾・戦死します。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E6%AD%A6%E5%A4%AB
http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/heisoku2.htm

http://jp.youtube.com/watch?v=RlWMfRydU28

http://jp.youtube.com/watch?v=RlWMfRydU28

Q(+_+) 日清・日露戦争は、イギリスのかわりに戦った代理戦争?

 日清戦争と日露戦争は、イギリスのかわりに日本が戦った代理戦争、という説があるようですが、これは定説になってるんでしょうか?
 司馬遼太郎さんは明治時代のことにとてもくわしかったそうですが、そのへん、どう見ておられたんでしょうか?

Aベストアンサー

日清戦争についてはその様な事は全くありません。日露戦争については多少その側面があったと言えます。というのは当時イギリスは清国領土内に多大な権益を有していましたが義和団事件以後のロシアの満州不法占拠等の露骨な極東に対する侵略的行動により、それらの権益を脅かされていたからです。その為に光栄有る孤立政策を捨ててまで日英同盟を締結し日本の後ろ盾となったのです。しかしながら日本の戦争目的は朝鮮の安全、ひいては日本本土の安全を確保するというものでした。結果的にはイギリスの権益を守ったという事にもなりましたが、たとえ英国の権益が無くても日本はロシアに対し開戦せざる終えなかったと思われます。但しイギリスとの同盟の存在がが日本にとってこの戦争に踏み切る決断の際大きなウェートを占めた事、またバルチック艦隊の航海を陰に陽に妨害するなど戦局に有利に作用したことは間違い有りません。
司馬遼太郎氏は日清日露両戦争とも帝国主義時代の中で日本が独立国として生きようとしたぎりぎりの状況のなかでの戦争であると考えておられたと思います。代理戦争という捉え方はほとんどされていなかったように思われます。
小説ですが”坂の上の雲”(司馬遼太郎)を読まれたらいかがでしょう。
とのことです。(歴史に詳しい家族より。)

日清戦争についてはその様な事は全くありません。日露戦争については多少その側面があったと言えます。というのは当時イギリスは清国領土内に多大な権益を有していましたが義和団事件以後のロシアの満州不法占拠等の露骨な極東に対する侵略的行動により、それらの権益を脅かされていたからです。その為に光栄有る孤立政策を捨ててまで日英同盟を締結し日本の後ろ盾となったのです。しかしながら日本の戦争目的は朝鮮の安全、ひいては日本本土の安全を確保するというものでした。結果的にはイギリスの権益を守った...続きを読む

Qレーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

レーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

1905年に日露戦争はロシア帝国の敗北により終結しました。
これ以降、ロシア帝国は弱体化に拍車がかかり、ロシア革命の遠因に
なったとされています。
さて、革命の父と言えばレーニンですが、レーニンはこの日露戦争を
どのように評価しているのでしょうか?
日露戦争に対して、レーニンはどんなコメントをしていますか?

Aベストアンサー

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったことに対して、無邪気に喜ぶというものではありませんでした。同時に反政府的思想を持っていたにもかかわらず、敗北という現実の前に止めようのないナショナリズムが湧いてきた、トルストイのような複雑な感情も持ち合わせてはいませんでした。

 レーニンは日露戦争開戦直後からこの戦争の本質と推移、そして戦後の変革を冷静に見つめ、これをいかに自己の思想闘争に活かし、なおかつ利用しようかということを分析し研究していたといってもよいでしょう。

 日露戦争は当時のヨーロッパやアメリカのインテリゲンチャと同じく、弱小国対強大国の戦いといった単純な見方ではなく、帝国主義的的植民地主義者たちの闘争であって、アメリカやヨーロッパ諸国の反動的ブルジョアジーたちの間に将来起こりうるであろう、新しい形の戦争の初期段階的なものであるとみなしていました。

 日露戦争開戦直後の小規模な戦闘でロシア軍が敗北を続けたとき、ロシア社会主義民主労働党中央委員会での労働者への呼びかけの中の一節です。
「戦争が始まった。日本人はすでにロシア軍に一連の敗北をもたらし、いまやツァー政府はこれらの敗北復讐を果たすために全力を注いでいる」とし、これらの結果がロシア人労働者、農民たちに新たな苦難を招き、人民やその家族に大きな惨禍をもたらし、さらなる税の過大なる負担を強いるであろう、と続けています。

 そしてレーニンはそこにツァー政府の将来的な破滅と崩壊を予想し、革命の実現という現実的な姿を見たのです。

 レーニンは前述したように戦争中、各戦闘の経過と結果について詳細に分析・研究を行っています。そしてその結果の原因の主なものに必ずツァー政府における官僚や軍人の腐敗性と、農民大衆の無教養や無気力などを挙げて、「露日戦争の仮借ない教訓によって、惰眠をむさぼるだけの広範な農民大衆を目覚めさせる」と結んで、巧妙にアジテートしています。

 さらにレーニンは機に乗じて日本をたくみに利用しており、あるときは帝国主義者、あるときは進歩的勢力と呼び、自身のイデオローグに効果的に組み込んでいる点でもしたたかな人物でした。

 日露戦争に関してのコメントしての集大成というなら、「新しい大戦争、専制制度に立ち向かう人民の戦い、自由を求めるプロレタリアートの戦争が近づいていることを意味していることに、この戦争の全世界的・歴史的意味がある」というのが、最もふさわしいかもしれません。

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったこ...続きを読む

Q日清戦争と日露戦争

日清戦争と日露戦争には相互に関連はあるのでしょうか?

関連があるのでしたらどの様なことですか?

Aベストアンサー

ロシアの南下政策を阻止したい日本が緩衝地帯として、朝鮮半島を自陣に引き込もうとしたのを清が気に入らなくて起きたのが日清戦争。
朝鮮半島を緩衝地帯にし損なった日本が南下するロシアと直接ぶつかったのが日露戦争。

つまり、「南下するロシア」がキーワード。

Q結局 ざっくりいって、、 朝鮮半島の奪い合い←日清戦争 満州の奪い合い←日露戦争 日露戦争勝利→朝鮮

結局
ざっくりいって、、
朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
満州の奪い合い←日露戦争
日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、

という図式でよいのでしょうか?

Aベストアンサー

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られたら、日清戦争と
同じになります。



日露戦争勝利→朝鮮半島いただき、、
   ↑
いただいていません。
満州から追い払い、朝鮮半島を守りました。
それもこれも、安全保障の為です。

元寇は、朝鮮半島経由で日本を侵略しています。
繰り返しますが、半島は日本防衛の要なのです。


結局ざっくりいって、、
  ↑
ロシア脅威から日本を防衛するためです。
事は、明治維新から続いているのです。
上海で、中国人が列強の奴隷になっているのを
目にした、高杉晋作らは、なんとしても列強の
植民地にはさせない、ということで明治維新を
おこし、日清日露となったわけです。

朝鮮半島の奪い合い←日清戦争
 ↑
そうです。
しかし、どうして朝鮮半島を奪い合うことに
なったのか。
それは朝鮮半島は日本の安全保障の要だ
からです。
朝鮮半島に敵国の軍隊がいたら、日本の
安全は脅かされるからです。

キューバにミサイル基地が出来る、ということで
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖に出ました。
隣国とは、安全保障にとってそれだけ重要なのです。



満州の奪い合い←日露戦争
   ↑
満州がロシアに取られたら、次は朝鮮です。
ひとたまりもありません。
そして朝鮮がロシアに取られ...続きを読む

Q日清戦争、日露戦争について

日清戦争、日露戦争について詳しく書いてあり、分かりやすく解説されたホームページを教えてください。
また、分かりやすく解説してくださる方、ご回答お願いします!

Aベストアンサー

日清・日露の遼戦争を歴史の流れから理解し、戦争の推移、展開を概観することは必須ですが、私はこれに加えてこの両戦争を個々の日本国民がどう戦ったか、を是非勉強してほしいと思います。
 ひとつの方向として、戦争中の指揮官や一兵卒が残した戦争の一局面やここの兵士の意識などです。これらの一局面から戦争全体を眺め「帰納法的」なアプローチが、次の意味からも面白いと思います。

 日清戦争の「勇敢なる水兵(黄海開戦)」や日本軍が北京を目指して進軍した際の「雪の進軍」、日露戦争では「橘中佐」「広瀬中佐」「水師営の会見(乃木大将)」など、物語風に作られた素晴らしい「文部省唱歌」があり、感動させられます。これらの唱歌からは兵士たちのいじらしいほどの国を思う気持や意識が伺えます。「年表」だけの戦争では、なんともつまらないと思います。
 今に起こる愛国心の議論なども、我々の先人が日清・日露の戦争をどんな思いで戦ったのか、しかっり見据えた上でやってほしいものです。

Q日露戦争の意義

日露戦争はアジアの小さな小国日本が列強のロシアに勝利した戦争ですが
日本がロシアに勝利したことはどれほど他の国に影響を与えたのでしょうか?
また、日露戦争は第零次世界大戦とも呼ばれているらしいのですが、それは他国(イギリス・フランス・ドイツ)が日本やロシアに協力していたからでしょうか?

あらためて、日露戦争の重要さを調べているのですが、どれほどの存在になるのでしょうか?

Aベストアンサー

日露戦争が世界史に与えた影響は案外大きいものがあります。

まず、19世紀末から20世紀半ば(第二次大戦終了時)にかけて世界は帝国主義時代となっておりますが、ロシアが負けたことにより、ヨーロッパでの対立軸がイギリス対ロシアからイギリス対ドイツに変わります。英仏露(日)による三国協商側と独墺伊三国同盟側の対立が中心となります。

続いて、勝利した日本は軍事的な強国の一つとして認められ、朝鮮を植民地として獲得して帝国主義に進みます。この流れは第一次大戦にイギリス側として参戦することで国際連盟の常任理事国となり、五大国の一つとして認められることに繋がります。

また、植民地とされていたアジア諸国やその周辺国家にとってアジアの国が先進欧米国家に勝ったということで独立運動・民族運動に希望を与えると共に東南アジア諸国から日本への留学生などが増加します。

もし、日露戦争が無く日本が勝つことが無かったならば、世界はいまだにヨーロッパ中心でまわり、アジア・アフリカの植民地の独立も困難であって現在のように独立国が200もあるようなことにはならなかったでしょう。

なお、「第零次世界大戦」という題名の小説がありますが、日露戦争をそのような観点で見ることは一般的ではありませんし、おそらく歴史観としても納得がしがたく射程の小さなものでしかないと思います。

日露戦争が世界史に与えた影響は案外大きいものがあります。

まず、19世紀末から20世紀半ば(第二次大戦終了時)にかけて世界は帝国主義時代となっておりますが、ロシアが負けたことにより、ヨーロッパでの対立軸がイギリス対ロシアからイギリス対ドイツに変わります。英仏露(日)による三国協商側と独墺伊三国同盟側の対立が中心となります。

続いて、勝利した日本は軍事的な強国の一つとして認められ、朝鮮を植民地として獲得して帝国主義に進みます。この流れは第一次大戦にイギリス側として参戦す...続きを読む

Q(日清)日露戦争について

以前日露戦争について議論したことがあるのですが
私は角田順氏の本や黒羽茂氏の本などを読んでいたので、私は
「日露戦争は本土防衛のための戦争であり、日本は安全保障上の理由から開戦にふみきった」と主張しました。
すると相手の方に「それは右翼的で歴史修正主義に通じるものだ」と言われました。
そこで大江志乃夫氏や稲葉千晴氏などの著作を薦められ、大体は読みつくしました。
確かにこの学者様の論調は冷静で「なるほど。確かにそうだ」と納得のできるものでした。
しかしながら自分の有する考えを否定することもできず、前者の立場を肯定するような本も読んでいます。

色々読んでいるのですが読めば読むほど分けが分からなくなってしまうのです。最近では両派の主張は全くベクトルの違うことを論じあっているのではないか?とも思うようになりました。
いったいどちらが正しいのでしょうか?
(私個人には帝政ロシアは信用できない等の先入観はあると思います)

もうひとつお聞きしたいのですが、自国の立場から歴史を考えるというのは間違っているのでしょうか?
やはり歴史は多様性を持たせるべきなのでしょうか?
そして前者が自由主義史観(自慰史観)につながり、後者が進歩史観(自虐史観)に通ずるのでしょうか?

日清日露戦争はセットで考えるべきだと思います(両方とも朝鮮半島問題が起因している)ので()付けにしました。

分かりにくい文章ですみません・・・
ご回答いただけたらと思います。

以前日露戦争について議論したことがあるのですが
私は角田順氏の本や黒羽茂氏の本などを読んでいたので、私は
「日露戦争は本土防衛のための戦争であり、日本は安全保障上の理由から開戦にふみきった」と主張しました。
すると相手の方に「それは右翼的で歴史修正主義に通じるものだ」と言われました。
そこで大江志乃夫氏や稲葉千晴氏などの著作を薦められ、大体は読みつくしました。
確かにこの学者様の論調は冷静で「なるほど。確かにそうだ」と納得のできるものでした。
しかしながら自分の有する考え...続きを読む

Aベストアンサー

 質問者さんは歴史に対する知識も認識も、すばらしいものを持っていると思います。だから私の意見はアドバイスとしてちょっと耳を傾けてくれるだけで結構です。

 歴史というのも立派な科学だと思います(歴史学)。そして科学の目的は何かと言えば、究極的には「人の役に立つ」ことだと思います。だからこそ国がお金を払ってそれを発展・維持させているわけです。その目的に合致しないものは「非科学的」と認識されて、学問にはなり得ないですよね。哲学が軽視される傾向にあるのも、そういう意識があるためなんだと思います(即効性がないだけで、思想的に大いに役立っているが)。ですから、

>自国の立場から歴史を考えるというのは間違っているのでしょうか?

 この質問は、自国の利益を追求する人にとっては「OK」だと思います。それは政治家や公務員などですね。また一般国民だって、自国の利益を追求する状況や、意識をもっていれば、当然「OK」なんだと思います。
 しかしこの場合、科学(歴史)の目的を、国のためという狭い範囲に限定しているために、その汎用性が少ない、つまり他国では通用しないわけです。
 より客観的な歴史認識(例えば利害関係のまったくない第3国が認めるような)を求めるためには、国益という限定を外して、「日露両国が2度と戦争を起こさない」という目的に広げなければならないと思います。たとえば、

>地政学的に考えて朝鮮半島は日本にとって地政学上非常に重要な土地であるので明治日本にとっては朝鮮半島の安定確保(敵対する可能性のある第三国の勢力の進入を許さない)が必要であったのではないでしょうか?

 その通りだと思います。日本は朝鮮半島南部が不安定、もしくは第三国の勢力の手に落ちると、国防意識が一気に高まり、西日本を要塞化してきた歴史があります(白村江の戦い後、元寇)。清国に甲申事変でやられて軍備を増強したり、朝鮮戦争で警察予備隊(自衛隊)が発足したり。だからこういう事は、日本の国益上は当然の措置なわけですよね。しかし相手国の国益にとっては当然ではない。だから「2度と戦争を起こさない」という目的に歴史学を用いることはすごく難しいんだと思います。両方が妥協しなければいけないのですから。

 私は、質問者さんの言う、「自由主義史観(自慰史観)」が相手国の妥協を重視する立場、「進歩史観(自虐史観」)が自国の妥協を重視する立場、という風に認識しています。どちらも歴史から学んでいる点では共通していると思います。どちらが正しいのかは未来を見なければわかりません。ちなみに南京虐殺で30万人殺されたとか、従軍慰安婦問題での「奴隷狩りのような強制連行」などは、歴史学の厳正な手続きを通過できていなため却下せざるを得ないでしょう。これは歴史を学ぶことの大前提にあることだと思います。

>しかしながら自分の有する考えを否定することもできず

 この意見には激しく共感しますね。これは日本人である以上、自然な感情なんだと思いますよ。

 質問者さんは歴史に対する知識も認識も、すばらしいものを持っていると思います。だから私の意見はアドバイスとしてちょっと耳を傾けてくれるだけで結構です。

 歴史というのも立派な科学だと思います(歴史学)。そして科学の目的は何かと言えば、究極的には「人の役に立つ」ことだと思います。だからこそ国がお金を払ってそれを発展・維持させているわけです。その目的に合致しないものは「非科学的」と認識されて、学問にはなり得ないですよね。哲学が軽視される傾向にあるのも、そういう意識があるため...続きを読む


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