よく聞くんですけれど、中世暗黒時代って、いつ、どこの地域でのことなんでしょうか?

暗黒ってどいうことなんでしょう?
やっぱりなんか民衆にとって嫌な時代だったんですか?

お願いします。

A 回答 (3件)

お話を西欧のことだと想定してお答えします。



中世と暗黒時代の関連性は,
ルネサンス期のヒューマニスト(ペトラルカ等)によって作られたものです。
自分たちを新しい時代の創始者とし,
そのモデルをギリシャ・ローマのいわゆる古典時代に求めた彼等は,
その間に挟まった文化衰退期(と考えていた)を指して,
「暗黒の時代」と呼ぶようになります。
そこで,聖アウグスティヌスらが用いていたとされる
「中世(=真ん中の時代
:キリスト復活と最後の審判の間の期間を指す宗教用語)」
という言葉が,現代のように近代と古代の間の期間を意味するようになります。

また,16世紀のプロテスタント歴史学者たちは,
当然カトリック教会の支配していた時代を「暗黒時代」と呼び,
意図は違えども,上記のヒューマニストと同一の見解に達します。

つまり,「中世暗黒時代」というイメージは,
新しい文化を担った(と思っていた)人たちによって
作られたものであると言えます。
近代と古代の間に挟まる,「断絶の時代」ですね。
こうした見解は,現在では少数派ではないでしょうか。
また,一概に民衆の視点から発生したものではないでしょう。
この時代,古代からの奴隷制,原始共同体制から,
農奴制を基礎とする封建制へと経済は一応の発展を見せてますし,
自由都市,都市経済の成立も起こります。

ところで西欧の歴史研究において,未だに解決されていない問題があります。
時代区分としての「中世」がいつ始まり,いつ終わるのか
という疑問です。
一般的には5世紀末~6世紀から,15~16世紀初期までを指すと思うのですが,
終点にはルネサンスがあるとして,始点の定義には様々な説があります。
経済,政治,文化,社会形態などの各分野から考察すると,
それぞれの言い分が出てくるようです。
ここら辺をお調べになると,
いかに「中世」という概念が曖昧であるかが分かり,
ご質問にも関係して非常に面白いと思いますよ。

長文失礼しました。では。
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この回答へのお礼

『「中世暗黒時代」というイメージは,
新しい文化を担った(と思っていた)人たちによって
作られたものであると言えます』

これは、興味深いですね

『中世』の定義自体へのお話の広がりは面白いです

御丁寧なご回答どうもありがとうございました

お礼日時:2002/01/30 22:16

 中世と言うと,やはり,フランク王国のカロリング家でシャルルマーニュ(カール)大帝が登場して以降のことを指すと思うのですが・・・。


 songbookさんの言うとおり,民衆にとっては大変な時代だったようですね。
 しかし,それも,現代に生きる目から見た話であって,ヨーロッパ中世を「暗黒」であったと,ひとくくりにしてしまうのはおかしいのではないかという議論もあるようです。
 カトリックによる教会文化言ってもいいのかもしれませんが,それはそれで,一つの豊かな文化だったわけで(日本でも平安や江戸時代にこそ,独自の文化があったように),現在,ある種ノスタルジックなロマン(これ自体変な用語ですが)があったのではないでしょうか。
 でも,やはり,同時期のイスラム文化に遅れをとり,産業革命の声を聞くまでは,諸科学の発展は遅れたようです。
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この回答へのお礼

『暗黒』という響きばかりにとらわれてしまうのは、良くなさそうですね

なかなか暗い時代であったことには変わりはなさそうですが。

ありがとうございました

お礼日時:2002/01/30 22:08

やっぱり、ヨーロッパで、十字軍が繰り返されて以後のしばらくのことではないでしょうか?



宗教や呪術が混在し、政治的な成長は停滞、文化も停滞。もちろん経済も。悪い病気は流行するし。
魔女狩りなんてのも行われ、ヨーロッパは、呪術への決別が行われるころまで、世界ではいろんな面で遅れてしまったと言われています。

民衆にとっても、あまりよい時代ではなかったといえるのでは?
すみません、全く確証なしです。
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この回答へのお礼

確かにそんな時代だったら、『暗黒』ですよねー

ありがとうございました

お礼日時:2002/01/30 22:04

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「我が旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、 こんな安い値で小家畜か駄獣かの様に(同胞の日本人を)手放す我が民族への激しい念に燃え立たざるを得なかった。」
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けど、ポルトガル人が直接日本人狩りをしていたのではなく、奴隷狩りをした日本人から買っていただけです。
この構造は、アフリカの奴隷狩りもいっしょで、現地アフリカの有力者(王だったり)が他の部族を攻撃して奴隷として西欧人に売っておりました。

ちなみに、戦争後の奴隷狩りを「乱取り」と、言いまして
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%B1%E5%A6%A8%E5%8F%96%E3%82%8A
勝ったら 乱取り自由というのが当時の常識。
勝った後、殺戮などという不経済な行為をやるわけ無いと思うのです。若干の抵抗する人間への殺戮はあっても。

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ANo.1です。
下のURLから中世の風呂屋の絵がみられます。 当時の風呂屋とは今のエステサロンや美容院、病院の役割をしていたそうでしたので、貴族や金持ちの市民が通える様なものだったのでしょう。
http://www.google.de/images?q=Mittelalter+Badehaus+bilder&rls=com.microsoft:de:IE-SearchBox&oe=UTF-8&rlz=1I7ACAW_deDE354DE354&redir_esc=&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=n1RWTOiPLZSVOOq7kZ4O&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CC0QsAQwAA

商人と言えばハンザ同盟が11世紀ころから現れますが、彼らは今でもハンザ都市を見ても分かるように貴族の様に豊かな生活をしていました。 中世の話ではありませんが、その内容はトーマスマンの『ブッデンブローク家の人々』からも伺い知れます。 もう一方、商人と言えば、ユダヤ人やジプシーが居住区や市壁の外に住まわされていていました。 航海する船乗りたちは陸上生活者たちより汚れていたことでしょう。 

家の台所などで行水や髪を洗っていたのは家に水道が引かれていない頃からです。 
身体を清潔に保つことは教会でかなりきつく指導されていたようで、日曜学校などに行く前などには身体を洗い、身奇麗にして教会行ったそうです。
また、現在レストランや飲み屋でのチップの習慣。 現在ではウエーターの「飲み代」の意味ですが、元々は、中世の頃、「風呂代」として与えられたのがはじまりだそうです。

宿屋などの寝室には洗面器と水汲みがおかれ、それだけの水で朝の洗面を行います。(猫のつくろいのような感じです。)一説では、ルイ14世がパリ市民のあまりの臭さに、猫のように洗面しろと命令したとか。 ですから、ヨーロッパの現在の洗面台も洗面器の役割の名残の形をしていています。 身に着けたシャツを月に2回以上洗濯するようになったのは17世紀に入ってからのことだそうで、それまでは、月に1度くらいしか洗わなかったそうです。 

ヨーロッパの戦前に立てられた家などの地下には洗濯部屋(場)があり、雨水をためる槽が置かれていました。 また、ビデー(洗面器で又を洗う)習慣もあり、70~80年代にはその名残で浴室にビデーを造るのが流行しました。日本でいうウォシュレットの単独の様なものです。

髪の手入れについては、中世では陰暦、月の満引きで髪の毛を洗う日、髪を切る日などがあったそうで、それは、今でも習慣が残っています。

男性で髪を伸ばせるのは貴族だけで、髪に振りかけられるのは米の粉、全身を浴槽につけられるのは1年に2~3回で、ノミや虱は想像以上のもので、人前で掻くのは下品とされ、象牙で出来た孫の手の様な物が作られたそうです。

ANo.1です。
下のURLから中世の風呂屋の絵がみられます。 当時の風呂屋とは今のエステサロンや美容院、病院の役割をしていたそうでしたので、貴族や金持ちの市民が通える様なものだったのでしょう。
http://www.google.de/images?q=Mittelalter+Badehaus+bilder&rls=com.microsoft:de:IE-SearchBox&oe=UTF-8&rlz=1I7ACAW_deDE354DE354&redir_esc=&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=n1RWTOiPLZSVOOq7kZ4O&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CC0QsAQwAA

商人と言えばハンザ同盟が11世紀ころから現...続きを読む

Qヨーロッパ暗黒の中世について

ヨーロッパの暗黒の中世は、どうして暗黒の中世と言われるのでしょうか?
ペストが流行したからでしょうか?
キリスト教が盛んで、とても信心深い時代で、私にとっては魅力的に思えますが。

Aベストアンサー

中世ヨーロッパが、暗黒の時代と言われるのは、ローマ帝国末期に沢山の異民族の侵入・略奪などにより、それまで蓄積された文化、技術、知識が失われ、さらに、都市の衰退、交通の遮断などによる貨幣経済が衰退し、自給自足経済へ移行してしまった事によります。

経済的、科学的な面からの言葉で、キリスト教やペストとは無関係です。

これら科学・技術は、ビザンツ帝国やイスラム世界には保存され、これら世界では、暗黒の中世は存在しません。

西ヨーロッパが、復活に向かうのは、フランク王国(カロリング朝)の成立のころで、これをカロリングルネッサンスといいます。

本格的に回復に向かうのは、第4回十字軍によるコンスタンチノープル占領以後です。
第4回十字軍によってもたらされた財宝・知識が、イタリアにおける都市の発達、科学・芸術の発展につながり、コンスタンチノープルが陥落した後、加速度がついてゆきます。

キリスト教に関しては、中世は、堕落した時代でした。
宗教権力は、世俗権力を確保する事に積極的に関与し、叙任権闘争を引き起こします。
そんな宗教界を改革すべく、托鉢修道会の設立も活発化します。
本来財産を否定するはずの托鉢修道会も、知名度が上がるにつれ、修道会自身の財産確保によって、堕落してゆきます。
中世ヨーロッパにおいて、宗教は、カトリックしかありえず、カトリックを信仰しないと、生活自体が成り立たないため、一種の独占企業のような存在でしたから、だれも堕落を止めらないため、起こった事です。

カトリック教会が、本格的に改革を始めるのは、トルコの脅威と、プロテスタントが生まれた後です。

中世ヨーロッパが、暗黒の時代と言われるのは、ローマ帝国末期に沢山の異民族の侵入・略奪などにより、それまで蓄積された文化、技術、知識が失われ、さらに、都市の衰退、交通の遮断などによる貨幣経済が衰退し、自給自足経済へ移行してしまった事によります。

経済的、科学的な面からの言葉で、キリスト教やペストとは無関係です。

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Q中世ヨーロッパの戦争映画でおすすめ

中世ヨーロッパの迫力ある映画でお勧めなのはありますか?
ナポレオンの時代くらいまでで
(ナポレオンは中世かな?)

Aベストアンサー

自分が見た事があって、思い出せるところだと、

「ジャンヌ・ダルク」監督:リュック・ベッソン
タイトル通りのジャンヌ・ダルクの話、戦闘シーンは、恐ろしく生々しい。(煮えた油を頭からかけるってのはリアルではあるが)

「ジャンヌ 薔薇の十字架/愛と自由の天使」監督:ジャック・リヴェット(2部構成)
少し大人しくなるが、大河ドラマになる。

「グレート・ウォリアーズ 欲望の剣」ポール・ヴァーホーベン
欲望のままに動くルトガー・ハウアーと疫病の描写

「エリザベス」監督:シェカール・カプール
エリザベス1世の大河ドラマ、迫力はある。

「華麗なる激情」監督:キャロル・リード
ミケランジェロとローマ教皇とシスティナ礼拝堂の天上壁画をめぐる話。お勉強にもなる。

「レンブラント」監督:シェルル・マトン
目を開いたまま死んだと言われる画家レンブラントの生涯。

「ジェヴォーダンの獣」監督:クリストフ・ガンズ
ルイ15世の命により、フランスの地方で起きた猟奇事件を博物学者ビュフォンの弟子が調査する。何故かカンフー・アクションではるが。

「カストラート」監督:ジェラール・コルビオ
伝説的なカストラート(去勢した男性歌手のこと)の歌手、ファリネッリの半生を描く。

「リディキュール」監督:パトリス・ルコント
サロンを舞台にエスプリ(説明は難しいけど、ウィットとか冗談に近いか?)を武器に成り上がる男の話。

「ノストラダムス」監督:ロジャー・クリスチャン
トンデモ映画の部類ではあるが、ノストラダムスの背景は、中世らしい雰囲気。

「宮廷料理人 ヴァテール」監督:ローランド・ジョフィ
ルイ14世の時代の実在の料理人の物語、晩餐会の話だったかな?

「アマデウス」監督:ミロス・フォアマン
有名だけど、一応、モーツァルトの話。

「オルランド」監督:サリー・ポッター
ヴァージニア・ウルフ原作、数世代を超えて男女に変わりながらも生きる主人公の話。最初はエリザベス1世の治世。

「娼婦ベロニカ」監督:マーシャル・ハースコヴィッツ
許されぬ恋を求めるために、仕方なく高級娼婦になる女性の物語

自分が見た事があって、思い出せるところだと、

「ジャンヌ・ダルク」監督:リュック・ベッソン
タイトル通りのジャンヌ・ダルクの話、戦闘シーンは、恐ろしく生々しい。(煮えた油を頭からかけるってのはリアルではあるが)

「ジャンヌ 薔薇の十字架/愛と自由の天使」監督:ジャック・リヴェット(2部構成)
少し大人しくなるが、大河ドラマになる。

「グレート・ウォリアーズ 欲望の剣」ポール・ヴァーホーベン
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Q大正時代の民衆の風呂・洗髪の頻度

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都会だったら内風呂が無い家が多いから銭湯ですよねえ。
いろんな人の小説(後の時代から戦前などを振り返ったもの)だと、毎日、入ってるように見受けられますが、実際にはわからないです。
いますぐに思いついて手元にある本だと山崎豊子の「花のれん」では大正期、子持ちのおばさん(大阪)は当然のように毎日、子供連れて銭湯行ってます。
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