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小学生の頃から、教科書で正午の太陽は南に来ると習ったと思うのですが、最近ちょっと疑問に思うようになりました。
地球の地軸が傾いていなければそれでいいと思うのですが、傾きがあればそうとも限らないのではと思いうのですが、どうでしょうか?
春分、秋分の日の太陽は真東から上り、真西に沈みますよね?そして、お昼は太陽は真南ですね?夏至や冬至も太陽はお昼には真南でしょうか?
初歩的な質問で恐縮ですが、ご教授願えませんか?よろしくお願いします。

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A 回答 (9件)

#1です



#5の回答に補足します

公転速度が不均一であることや公転軌道が正円でないこと自転速度が不均一であることももちろん南中時刻がふらつくことの原因ですが
自転軸に傾きがあることは、時刻基準点と観測地点との差(太陽の動きから見た)が季節によって異なる原因です
春分・秋分の日前後は経度差そのものです
春分・秋分の日は太陽は経線と直角方向に移動するが、春分・秋分の日から離れるほど、経線との角度が小さくなります、夏至・冬至のとき最も小さくなります
冬至の頃は時刻基準点との南中時刻の差が小さく、夏至の頃は大きくなります

文章での表現は難しいですが、地球儀で片方から光を当て(太陽光線)その光の当たり方を見れば実感できます
(当てる方向を変えれば春夏秋冬に対応します)

たとえば東京と福岡の日の出の時刻を調べれば、冬至の頃と夏至の頃では時間差が異なることが判ります(もちろん緯度による影響もあります)
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この回答へのお礼

>自転軸に傾きがあることは、時刻基準点と観測地点との差(太陽の動きから見た)が季節によって異なる原因です
→これが難しいのですが、独楽のように回転しながら軸も上から見たら、円周上を回転しているように見えるということでしょうか?これも私には疑問だったのです。はい。

何度もご回答を頂き、誠にありがとうございました。

お礼日時:2006/10/12 07:34

>南半球の世界になるみたいですね



No.7ですが蛇足です。
北回帰線より南で赤道までの地域では、北半球ですが北半球の夏至前後太陽はやや北に見えます。ほとんど真上でしょうが。
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この回答へのお礼

>北回帰線より南で赤道までの地域では、北半球ですが北半球の夏至前後太陽はやや北に見えます。ほとんど真上でしょうが。
→分かりますよ。(^^) 「南半球の世界になるみたいですね
」という書き方がまずかったですね。「南半球の世界みたいになりますね」のつもりだったんですが。ごめんなさい。

再度のご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/12 20:29

春分、秋分の日では公転向きが180度ちがーよね。

^_^
これでは12時間狂ってしまいます。

太陽は実際は、23時間56分で地球を一周します。
地球は一日に365/360度公転します。(4分)

これを足すと24時間になります。

4分X180度=720
720分/60分=12時間
これで狂いも無く運行可能となります。

そう!円運動ならば!!

実際は地球は1日に365/360度の動きをしません。
一定の速度で運行しています。

楕円が長いと1度移動しない。南中は早くなる。
楕円が短いと1度以上移動する。南中は遅くなる
(4分の修正が狂う)

累積すると、どんどん狂います。

さらに、1年の狂い、4年に1度の狂い(1/4)
1分/365日も1日に狂います。

こんな説明でわかるかな?^_^;
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この回答へのお礼

>地球は一日に365/360度公転します。(4分)
→うん?これって、365÷360 ですよね。逆ではないですか?360÷365=360/365 ではないですか?それと、どうして4分になるのか分かりません。(^^;) 教えて下さいませんか?
>楕円が長いと1度移動しない。南中は早くなる。
楕円が短いと1度以上移動する。南中は遅くなる(4分の修正が狂う)
→なんとなく分かったような気がするのですが・・・。公転軌道上を動くということは、見かけ上太陽が地球の周りを回るのが遅く見えるということですね?違いますか?
>さらに、1年の狂い、4年に1度の狂い(1/4)
1分/365日も1日に狂います。こんな説明でわかるかな?^_^;
→分かりませーん。
ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/12 20:26

NO.5NO.6の方で、誤差が生じる理由の答えが出尽くしているような気がします。

標準時間経度からずずれ、地球軌道の楕円等々。
が、1つだけ蛇足。「北回帰線以南で南中----」の趣旨の説明がありますが、この地域では、太陽が北に見える可能性もあります。北中という言い方あるのかどうか。
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この回答へのお礼

>この地域では、太陽が北に見える可能性もあります。
→そうですね。南半球の世界になるみたいですね。私は残念ながら、北にある太陽を眺めたことがありません。でも、ああ、北に太陽があるというようには実感できないでしょうね。いえ、出来ますよね。ずうっと見ていると、太陽は右手から左手へ移動するはずですよね。北半球では左手から右手へ移動しますから。おもしろいですね。

ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/12 07:40

質問者様、太陽の方角と高度をごっちゃにしてません?


真南でも夏と冬では高度が異なりますね。これは分かり
ますね。地軸の傾きのせいです。

次、1番さんの謂われる南中時刻が動くのは、地軸の傾
きが原因では在りません。主に、公転速度の不均一が
原因です。

そして、2番さんの回答は何がカン違いして居られます。
一年を通じて、南中高度が90度の日が、少なくとも一日
存在する地域が南北両回帰線の間です(南半球なら南→
北と読み替えて下さい)。
序でに、世界の何処へ行っても、通年で太陽高度の変化は
47度にて、お間違えの無い様に。
赤道上なら夏至は南から67.5度。冬至は北から67.5度。
春秋分に南中90度です。北極点なら、夏至は23.5度。
冬至は地平線下23.5度に在ります。

話が脱線..本題です。
地球の公転軌道が楕円の為、公転速度に微妙な増減が
生じます。これに比べて自転速度は未だ正確なので、
すると、南中から次の南中までが正確に24時間に成
りません。夏至の頃は最大18分早く南中し、冬至の
頃は最大22分南中が遅れます。明石市で観測すれば
南中時刻、つまり太陽が真南の子午線を横切る時刻が
11:42~12:22分の間で変化します。
すると逆に、(明石市で)毎日正午に観測する太陽の
位置は真南から外れる事に成りますが、平均すれば、
正午に南中と謂う訳です。

次。上の観測を、例えば千葉県市川市や秋田県能代市
(ほぼ東経140度)でやれば、明石市から5度ほど
東に位置するのだから全体的に20分早く成ります。
通年平均の南中時刻は11:40。夏至の頃は11:22分に南
中し、冬至の頃は12:02に南中します。

この観測で緯度は無関係です。基準になる太陽の高度
が異なるだけですから。

質問者様の疑問はこれだと思いますが..
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この回答へのお礼

>質問者様、太陽の方角と高度をごっちゃにしてません?
→はい、そうでした。ちょっと混乱していましたが、もう大丈夫です。(^^)
>序でに、世界の何処へ行っても、通年で太陽高度の変化は47度にて、お間違えの無い様に。
→これは南北回帰線のそれぞれの緯度を足したものですよね?
>赤道上なら夏至は南から67.5度。冬至は北から67.5度。
→これは、ひょっとして66.5度ではないでしょうか?
>地球の公転軌道が楕円の為、公転速度に微妙な増減が生じます。これに比べて自転速度は未だ正確なので、すると、南中から次の南中までが正確に24時間に成りません
→難しかったのですが、よく考えたら分かったような・・・。たぶん、地球が太陽から遠いときには速度が遅い?これって確かケプラーの法則というのではなかったですか?
>夏至の頃は最大18分早く南中し、冬至の頃は最大22分南中が遅れます。
→へえー、そうなんですか。
痒いところに手が届くように、とても親切に分かり易く教えて頂き、大変ありがとうございました。

お礼日時:2006/10/11 22:50

>地軸の傾きは北回帰線の南側でも北側でも同じではないでしょうか?


 混乱させちゃって申し訳ない。
 えと、北回帰線よりも南側の、日付基準線上の都市では、その地点と太陽の角度がぴったり一致し、お昼の12時ちょうどに太陽が南中するタイミングがあるということです。(あー、よく考えたらそのタイミングは地球上のどこででも発生するかも……)

 でも地球は常に公転していますから、そのタイミングは数年に1回しかないかもしれないし、夜の間にその場所をスルーしてしまうかもしれません。
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この回答へのお礼

>でも地球は常に公転していますから、そのタイミングは数年に1回しかないかもしれないし、夜の間にその場所をスルーしてしまうかもしれません。
→南北回帰線の間にあれば、一年に二回太陽がお昼に真上に来るのではないでしょうか?

再度のご回答を頂き、ありがとうございました。

お礼日時:2006/10/11 22:29

このずれのことを「均時差」といいます。



均時差 のキーワード  か



下のサイト など で ご確認下さい。

参考URL:http://koyomi.vis.ne.jp/directjp.cgi?http://koyo …
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この回答へのお礼

とても良いサイトを教えて頂きました。デスクトップにアイコンを置いて、時々利用しようと思います。

ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/10 12:51

 おっしゃるとおりです。


 教科書に書いてあるのは「理想的な環境ではほぼ真南」ということで、現実的な描写ではありません。
 また、正午に正確に太陽が南中する可能性があるのは、北回帰線よりも南側にある都市で、日付の基準線上にあるところだけです。
 もっともその誤差は「日時計を使うのに困らない程度」の小さなものであることは確かですが……。

 教科書のそういう文面はスルーで流しておきながら、いざ学力が落ちるとワーワー騒ぎ出すマスコミには、ときどき嫌気が差します(^_^;
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この回答へのお礼

>また、正午に正確に太陽が南中する可能性があるのは、北回帰線よりも南側にある都市で、日付の基準線上にあるところだけです。
→ごめんなさい。よく分かりませんが、地軸の傾きは北回帰線の南側でも北側でも同じではないでしょうか?あっ、分かりました。南側は太陽の高度が大きいのでずれが修正されるということですね?
>いざ学力が落ちるとワーワー騒ぎ出すマスコミには、ときどき嫌気が差します(^_^;
→マスコミは自分たちの間違いを反省しませんね。マスコミのレベルがその国のレベルと言っても過言ではない気がします。

ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/10 12:44

まず、時刻ですが


日本では、東経135度の地点(兵庫県明石市の天文台)で太陽が南中する時が午前12時(午後0時)です(日本標準時)(厳密には原子時計等で精密に測リます)

太陽の南中ですが(日本時間では)
東経135度より東の地点では、午後0時より早く南中します(南中時刻は、季節により若干異なります)
逆に、西では、午後0時より遅くなります

南中時刻が動くのは、地軸の傾きよるものです

標準時と地軸の傾きで、南中時刻は一定ではありません
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この回答へのお礼

>標準時と地軸の傾きで、南中時刻は一定ではありません
→まとめて頂きました。簡潔で分かり易いです。

ご回答をありがとうございました。

お礼日時:2006/10/10 12:37

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基本的には答えは「YES」です。

日本の標準時間は、明石を通る東経135゜の子午線を基準にして決められています。
しかし厳密に言うと明石でも1年中毎日正午に太陽が真南に来るかというと、そうではないようです。

詳しくは↓URLに出ています。

http://www.astroarts.co.jp/alacarte/kiso/kiso01-j.shtml

参考URL:http://www.astroarts.co.jp/alacarte/kiso/kiso01-j.shtml

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太陽は正午に南中しますが、なぜ365日くるわないのでしょうか?
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なぜ南中時間だけはくるわず、正午なのでしょうか?
この方面に詳しい皆様方からのご回答を、暇な時で構いませんのでお待ちしています。

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地球の地軸は、公転面の法線に対して、約23.4度傾いているのは知ってますよね。
つまり、地球は太陽に対して常に約23.4度傾いて地球は自転しています。

日本における夏では北半球側の地軸の中心(北極)が太陽側に向いていて、逆に冬は南半球側(南極側)が太陽に向いていることになります。
なので、北半球側にある地域は、必然的に光が当たる時間が長くなります。
これは地軸の中心に近づけば近づくほど長くなりますよね。北側の地軸の中心は、常に太陽を向いているわけですから。つまり、緯度によって太陽の当たる時間が変わるわけです。
なので、逆に太陽側に南半球が向いている冬は、日のあたっている時間が短くなります。

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これは、地球が常に同速度で自転しているから当然なのです。

つまり、地球は常に一定の速度で自転しているから、太陽が真上に来る時間は常に一定間隔でやってきます。だから、南中時間は狂わない。
でも、地軸の傾きによってギリギリ太陽の光が届く場所が変わってしまうので、日の出、日の入りの時間は変わってしまう。

言葉だけだとちょっと難しいかも知れませんが、そう言うことです。
ご参考まで。

地球の地軸は、公転面の法線に対して、約23.4度傾いているのは知ってますよね。
つまり、地球は太陽に対して常に約23.4度傾いて地球は自転しています。

日本における夏では北半球側の地軸の中心(北極)が太陽側に向いていて、逆に冬は南半球側(南極側)が太陽に向いていることになります。
なので、北半球側にある地域は、必然的に光が当たる時間が長くなります。
これは地軸の中心に近づけば近づくほど長くなりますよね。北側の地軸の中心は、常に太陽を向いているわけですから。つまり、緯度によって太陽の当...続きを読む

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恥ずかしい質問になりますが、宜しくお願い致します。
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  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

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方位磁石の取り扱い方を教えてください。
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 南北が全くわからなくなる事は通常考えられないのですが、色の付いている方が北です。太陽が出ているか、出ていなくてもおよその位置がわかれば、その時の時刻で、およその方角はわかるものです。
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 もうひとつ気をつけなければならない事は、磁石の周りに金属製のものとかが無い所で使わなければいけない事です。何も無いと思っても土の中に金属があるかも知れないし、岩も磁性を持った物がありますから、ちょっと場所を移動して変化がなければ実用上は問題ないでしょう。

参考URL:http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/publish/text/koyomi/105.html

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すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

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 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

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国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

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「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q太陽が真上に来るときってありますか?

太陽が真上に来るときって1年中のうちでありますか?
どの季節の12時が、どの地点かで、太陽が真上に来るときがありますか?

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 表題の通りです。

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 ヤフ○の辞書で検索してみましたが、違いが分かりません。

 ことばは時代毎に用法も変わっていくものなので、特に明確な基準などはないのかも知れませんが、
特にどちらかが間違っているという訳ではないのでしょうか?

 正しい用法を知りたいと思うので、明快なご回答をお待ち申し上げます。

Aベストアンサー

 幾つかのポイントを立てて考えてみました。
1.こもる(自動詞)
隠もる(中に入って出ないでいる)、籠もる(社寺に泊まって祈念する)。
2.こめる(他動詞)
籠める(集めて中に入れる)、罩める(霧などで辺りが一杯になる)、込める(入れ物などに詰める)。
3.こむ(古語)
「こもる」と「こめる」の意味を担って、「こむ」には、自動詞と他動詞、また活用も四段と下二段の四通りに拡大し、「籠む」の他に、「進む意味を表わすシンニョウに、入を加えて、積極的に物を入れることを表わす」(「角川 漢和中辞典」)ための国字(和製漢字)「込」が用いられるようになった。
4.…こむ(接尾語的用法)
多くの動詞の連用形に付いて、様々な複合動詞として用いられる。
5.込み…(補助動詞を伴う)
他の動詞を補助的に伴って複合動詞を作る。

以上、ざっと見たとおり、「込む」という動詞は極めて多様な役割を持って来ています。
6.ラッシュアワーの訳語
"rush hour"という英語は、1898年(明治31年)に出現しているようです。(「ランダムハウス英和大辞典」)
角川小辞典「外来語の語源」によれば、この邦訳語は田中一郎編「新しい外来語の辞典」に「混み合い時間」として、英語出現の26年後である1924年(大正13年)に現れています。
では何故「込み合い」という字を使わず、「混み合い」という、当時の辞書にはない用法を採用したのか。
こみあふ【込合】直(ヒタ)ト群ガル。雑(マザ)リ集マル。雑沓。(大槻文彦「言海」)
ここで、小学館「国語大辞典」の「込み合う」の項の(三)に、「異性に手を出す/ちょっかいをかける」という意味が出ています。例文「宿屋の女にこみやふ位は大目に見てくれてもいい訳だ」(歌舞伎綴合「新著膝栗毛」)。
もしかすると、ちょうど「待ち合い」にもそのような意味があるように、当時はまだそのへんの意味も生きていたので、あえて造語風に「混み合い」という、いわば無機的な意味をのせたのではないでしょうか。

その5年後(1928年(昭和3年))には、「混雑時間」(竹野長次監修「音引正解 近代新用語辞典」)や「混雑する通勤時間」(国語研究会編「新外来語辞典」)など「混雑」という言葉の用いられ方が現れています。
日本で電車が運行を開始したのは1909年(明治41年)からであり、この年末には内閣鉄道院が設置され、いわゆる院電(後の省線電車)が走り出します。やがて、サラリーマン(月給取)(大正13年)、ホワイトカラー(職人階級以上の人)(昭和6年)といった新用語も生まれています。

以上のようにして、おそらく院電(省線電車)関係者か、時のサラリーマン通勤者、もしくはそのラッシュアワーの酷さを報道するマスコミにおいて、「混み合う」という新用語や「混雑」の新たな用法が広まって行ったと見てはいかがでしょう。
言い換えれば、交通機関(電車や道路)や集合場所(広場や浴場)「混雑」「混み合う」以外では、これまでの辞書用例どおり、「込む」で十分なのではないでしょうか。
電車に人がどんどん乗り込み、ますます込んでくると、もはや身動き取れないほどに中は混み合ってしまって、息もできないほどだ。

 幾つかのポイントを立てて考えてみました。
1.こもる(自動詞)
隠もる(中に入って出ないでいる)、籠もる(社寺に泊まって祈念する)。
2.こめる(他動詞)
籠める(集めて中に入れる)、罩める(霧などで辺りが一杯になる)、込める(入れ物などに詰める)。
3.こむ(古語)
「こもる」と「こめる」の意味を担って、「こむ」には、自動詞と他動詞、また活用も四段と下二段の四通りに拡大し、「籠む」の他に、「進む意味を表わすシンニョウに、入を加えて、積極的に物を入れることを表わす」(「角川...続きを読む

Q日中、午前中の太陽の向きがおおよそ東で、午後の

太陽の向きがおおよそ西と考えて良いでしょうか?


もちろん、日本で晴天の日とします。方角が分かりにくい正午前後を除き、太陽だけでおおよその方角(東西)を判断するものとします。この点でいえば、春分・秋分が一番、正確なのでしょうが、それ以外の時期だと真東真西からけっこうずれてしまうのでしょうか。

Aベストアンサー

日本付近,特に本土では,太陽が真東や真西に位置することはありません。
春夏秋冬,午前午後を問わず,必ず幾らかは南寄りに見えます。
正午,冬至には太陽は最も低く見え,夏至には頭上近く見えますが幾らか南寄りです。
現地時刻での正午には,太陽は必ず真南に位置します(これを『南中』すると言います)。
現地時刻とは,日本標準時刻(東経135゜,兵庫県明石市における時刻)から,経度1゜あたり4分増減した時刻です。船橋付近では約20分早く,11時40分頃が現地の正午です。長崎付近では標準時より約20分遅れ,12時20分頃現地の正午です。
以上を念頭に,現地の午前は東寄りに,午後は西寄りに太陽が位置します。
午前か午後かを判断して,季節による太陽の傾きを考慮すれば,方角の見当は付きます。


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