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普通、やりたいことって自分にも出来そうなものですよね。
なのに、出来そうも無いことを逆にやらなきゃって気持ちになります。
そして、結局なーなーになってしまいます。
最近は、出来ないことは行動に移す気にはなりませんが
楽なこと(得意なこと)をすると罪悪感に似た気持ちになります。

ようは自分の心に嘘をつく癖があるのでしょうか?
仕事選択する上でも(現在20歳です)、出来そうもないところを「逆に」狙いたがります。
行動には移すまでには至りませんが、自分が苦しくならないと罪悪感があります。
そしてその職業が頭から離れません。
「この職業は○○○が出来るから、何とか努力しなきゃ」・・(心の声)っと自分に都合のいいことばかり考えて客観的に見たら全然やりたいことでもなく、自分でも合ってないって思ってるのに
その気持ちを削除しようとしています。
なぜでしょう?
自分は今までも嫌なことを率先してやってきました。
そして、それが努力しているんだっと思っていました。
心の舵取りが上手く言ってないのでしょうか?

A 回答 (2件)

こんにちは~。



>楽なこと(得意なこと)をすると罪悪感に似た気持ちになります。

「お前は楽しいことをしてはいけない。楽をしてはいけない。」という悪魔の囁きのせいです。(勿論、実際に悪魔がいて囁いているわけではありませんよぉー!)

「悪魔の囁き」=質問者様が幼少期からの他者によって送られ植えつけられたメッセージ。

「困難なことに果敢に立ち向かい、逆境をモノともせず、ハードルを高くして頑張って努力する人間こそ(だけ)が価値のある立派な人間であり、楽を求める人間は生きる意味のないダメダメ人間なのだ。」というふうな。(それもかなりはっきりと二元論的に。)

悪魔の囁きに心を囚われている人の多くは、自分が出来ることをしようとせずに、出来ないことをしたがる傾向がとても強いのです。


人間は、自分が出来ることを(対社会&対人のために)やりながら、楽しいことや自分の好きなこともいっぱい経験し幸福になる生まれて来たのですし、人は誰でも平等にその権利を有しているのです。

悪魔の囁きは、所詮、人間の心を蝕み苦しめダメにしようとする戯言です。

貴方の人生の舵を悪魔なんかに取らせては、ゆめゆめなりませんよっ!!
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自分本来の興味の方向というのがまずあり、その上に他者から


押し付けられた価値観、ものの見方がかなり強く植え込まれている
ときにそういった状態になると思います。心の舵取りがうまくいってない、とありますが、自分で直感的に自分について感じることは、ほぼ間違いなく正しいです。

楽なこと、自分(あなた)でも出来そうなことをやっている誰かについて、
『あの人は、自分に出来ないことはやらないねえ』とか
『あいつはせこいねえ』だとか、『度胸がないねえ』とか、
とにかくマイナスになるような言葉をあなたのそばにいる親しい他人(親、兄弟も含む)から何度となくしゃべられたりすると、"自分に出来ること
をやるのは恥ずかしい"という歪んだ価値観が植えつけられます。

また、あなた自身がじぶんにできることをやっているときに、
誰かに「楽なことばっかりやってるね」とか言われたりしても、
間違った感じ方を植えつけられます。

そのようなことを言う人(親、兄弟含む)は、情緒的に未成熟な人、あるいは自我の未形成な人といって、一見すると常人でも他人に迷惑をかける人間たちです。すぐに誰かの悪口をいったり、他人をけなす人の価値観の押し付けに気をつけましょう。やりたくもないことをやらされて人生をめちゃめちゃにされます。やりたくもないことをやったとしても、
あまりうまくいかないし、仮にうまくいっても実は他人からの尊敬は
得られてはいません。むしろ陰で軽蔑されます。自分に合っていることをやっているときには、陰で他人はそれを尊敬しています。
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