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芥川龍之介「地獄変」について質問です。
「堀川の大殿様」っていう人が冒頭から出てきますが、
この人のモデルになった人とは誰なのでしょうか?

宇治拾遺物語「絵仏師良秀」の方には出てきません。
「横川の僧都様=源信(恵心僧都)」が出てくることをみると
西暦900年頃の話だと思います。

900年頃と言いますと平安時代ですし、京都なので大名でもないですよね・・・。
芥川龍之介が創作した「重要な役職についていた堀川に住む一貴族」と考えてよろしいのでしょうか?
それとも「源のナニガシ」とか氏名を持ってる人なのでしょうか?

ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご回答よろしくお願いします。

A 回答 (1件)

 推測です。


 堀川大臣といわれた藤原基経かその長男で本院大臣といわれた藤原時平ではないでしょうか。
 基経は836年にうまれ、891年に亡くなった平安時代の政治家です。彼の邸宅は現在の京都府京都市中京区二条油小路町辺りにあり、「堀川院」と言われていました。
 時平は基経の長男で871年にうまれ、909年に亡くなった政治家です。彼の邸宅は現在の現在の椹木町通の北側、堀川通の東側一帯にあり、「本院」と言われていました。
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この回答へのお礼

堀川大臣ですか!
そのように呼ばれる方がいたとは・・・。
もう少しその辺りを探してみます。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2007/01/21 21:34

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Q芥川龍之介「地獄変」の娘と密会した人物

芥川龍之介「地獄変」の十三章で大殿様に仕える絵師の娘は、ある夜屋敷で何者かと密会します。
襲われたのか、言い寄られたのか、男か女かも不明で、話者が問いかけても娘は返事をしません。
この人物は大殿様だったのでしょうか?
それとも絵師良秀でしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

『地獄変』には、多義的な解釈を誘うべく、いくつかの仕掛けがほどこされています。というのも、語り手である「堀川の大殿様…に二十年来御奉公」してきた「私」(老侍)は、いわゆる〈信頼できない語り手〉で、好んであいまいな、多義的解釈を可能にする言説を採用しているからです。

良秀の娘が「袿の袖を噛んで、しく/\泣いて居りました」というのも、直前では
「娘の方は父親の身が案じられるせゐでゞもございますか」
といいながら、そのすぐあとに
「大殿様が良秀の娘に懸想けさうなすつたなどと申す噂が、愈々拡がるやうになつた」
と語り、その上で
「元よりさやうな事がある筈はございません」
と打ち消してみせる。さらに
「色を御好みになつたと申しますのは、恐らく牽強附会の説」
「跡方もない嘘」
と重ねることによって、逆に読者の脳裏に疑いを生じさせる。このような語りを持つことによって、『地獄変』という短い作品が、謎と奥行きを備えていきます。

十二から十三にかけては、良秀の娘のエピソードが語られていきます。この「慌しく遠のいて行くもう一人の足音」は誰なのか。

これに関しては、質問者さんもご指摘のように三通りの推測が可能でしょう。
(1)大殿である
(2)良秀である
(3)それ以外の男性である

この十二の最初、事件が起こる前に、まず語り手は
「又一方ではあの娘が、何故かだん/\気鬱になつて、私どもにさへ涙を堪へてゐる容子が、眼に立つて参りました。」
とわたしたちの推理をある方向に誘っていきます。それに続くのがこの文章です。

「初はやれ父思ひのせゐだの、やれ恋煩ひをしてゐるからだの、いろ/\臆測を致したものがございますが、中頃から、なにあれは大殿様が御意に従はせようとしていらつしやるのだと云ふ評判が立ち始めて」

ここまでなら、それに続く事件の中心人物は「大殿」である、と考えてまちがいない、と言えるでしょう。ところが語り手は、その評判をも

「夫れからは誰も忘れた様に、ぱつたりあの娘の噂をしなくなつて了ひました。」

と打ち消してしまうのです。噂をしなくなったのは、それが根も葉もないことだったから、という可能性も生まれてしまいます。反面、それが事実となって、うかつに噂もできなくなってしまった、と考えられなくもない。蓋然性としては(1)が高いかと思いますが、決定的ではありません。

つぎに「良秀」説、これは近親相姦を意味するのですが、この読解では八で良秀が夢を見ながらうなされる場面が「伏線」となっていきます。

「なに、己に来いと云ふのだな。――どこへ――どこへ来いと? 奈落へ来い。炎熱地獄へ来い。――誰だ。さう云ふ貴様は。――貴様は誰だ――誰だと思つたら…(略)…誰だと思つたら――うん、貴様だな。己も貴様だらうと思つてゐた。なに、迎へに来たと? だから来い。奈落へ来い。奈落には――奈落には己の娘が待つてゐる。」

来い、来いと招いている「貴様」は、奈落にはおまえの娘が待っているから来い、と言っているようです。この「貴様」も地獄の「異類異形」なのか、それともこの世にいる人物(たとえば「大殿」)であるのか、いくつかの可能性があるかと思いますが、いずれにせよ、良秀の娘は「炎熱地獄」にいる。娘は炎熱地獄に落とされる罪を負っている、と良秀は考えているのです。「炎熱地獄」というのは五戒を破った者が落とされる地獄ですが、「五戒」の中には「不邪淫」も含まれる。

こう考えていくと、「足音」の主は「良秀」であるという解釈も成り立つのです。

さらに、娘には密かな恋人がいた、という可能性もあります。彼を逃がすために「唇をかみながら」という演技をした、という。そうして恋人の存在が「大殿」の知るところとなったために、やがて車の中に入れられることになった、という見方もできるのです。

たとえば十七に
「私と向ひあつてゐた侍は慌しく身を起して、柄頭を片手に抑へながら、屹と良秀の方を睨みました。」
という箇所があります。 
この侍は、良秀があばれるのを取り押さえるために柄頭に手を掛けたのか。それにしては立ち上がった良秀を押さえようとはしていません。彼自身、まったく知らず、父親である良秀が事態を了承したものとして、驚き、柄頭に手をかけたのではないのか。
語り手はいったい何のためにこの一言を言ったのでしょうか。

このように、「足音の主」についてはさまざまな可能性があり、逆に決定することもできません。というのも、作品の中にいくつかの空白を作者である芥川が設けており、決定的な読解を妨げているからです。
どうして芥川はそんなことをしたのでしょうか。

芥川の『侏儒の言葉』の「鑑賞」という項目では、このようなことが書かれています。

「 芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。云わば鑑賞家は一つの作品を課題に彼自身の創作を試みるのに過ぎない。この故に如何なる時代にも名声を失わない作品は必ず種々の鑑賞を可能にする特色を具えている。しかし種々の鑑賞を可能にすると云う意味はアナトオル・フランスの云うように、何処か曖昧に出来ている為、どう云う解釈を加えるのもたやすいと云う意味ではあるまい。寧ろ廬山の峯々のように、種々の立ち場から鑑賞され得る多面性を具えているのであろう。」

「種々の立ち場から鑑賞され得る多面性」というと、映画にもなり、ひとつの言い回しともなった『藪の中』が有名ですが、この『地獄変』においても同様の仕掛けがほどこされています。ですから読者は、自分が思う「真相」を見つけるべく、芥川に「協力」して作品を丁寧に読み直し、伏線を見つけていくことが求められているのではないでしょうか。

『地獄変』には、多義的な解釈を誘うべく、いくつかの仕掛けがほどこされています。というのも、語り手である「堀川の大殿様…に二十年来御奉公」してきた「私」(老侍)は、いわゆる〈信頼できない語り手〉で、好んであいまいな、多義的解釈を可能にする言説を採用しているからです。

良秀の娘が「袿の袖を噛んで、しく/\泣いて居りました」というのも、直前では
「娘の方は父親の身が案じられるせゐでゞもございますか」
といいながら、そのすぐあとに
「大殿様が良秀の娘に懸想けさうなすつたなどと申す噂が...続きを読む

Q芥川龍之介の『地獄変』について考え聞かせてください。

『地獄変』の語り手について考えています。この作品は、「堀川の大殿様のような方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらっしゃいますまい」の一文に始まり、物語は大殿に「二十年来御奉公」してきた使用人の「私」という人物によって語られています。「・・・ございます」「・・・ございません」「・・・ございました」「・・・ございましょう」という丁寧語を連発させ、それでいて文末を微妙に変化させて単調さを破って行く語りの手法は、芥川龍之介ならではのものだと感じます。作者ならぬ語り手が物語を語り、それを巧みにつづる綴り手(書き手)が存在するとも言えるのかもしれません。
 読み進めると、語り手は芥川龍之介では?と思います。
自身の「芸術と人生」を形象化したもの?
 文学については、ほとんど無知で根拠となる考えができません。
教えてください。

Aベストアンサー

No.2です。


>この作品は、死者を見舞う役割を果たしている感じもします。

文学作品に正解は無いので、読み手によって、解釈が異なってもいいんですよね。

私の場合、この作品は、超越について芥川が模索していると感じました。
あくまで私の受け取り方です。


極端な悪はその先は善になり、極端な善のその先は悪という理論が、成立するか? とチャレンジしたのかな?とも思えます。



>では、芥川は主人公の良秀に自分を重ね合わせたのでしょうか?

芥川龍之介が、どのような思想を持っていたのか、残念ながら知りません。

いくつかの作品を読んで、死ぬまで極楽 あるいは出口を探してさまよっていたのではないか と思います。


良秀。
彼は憑かれたかのように、だんだん行動に狂気を帯びてくる。
もう 誰も「何をしているのだ」と止めに入るのをためらうぐらいの、圧倒的で崇高な狂気。


狂気も度がすぎれば、神聖なものと捉えられかねない。



芥川龍之介の場合、統合失調症をわずらっていたのではないかといわれています。

統合失調症で思い出すのが、ドストエフスキーの罪と罰に出てくるラスコーリニコフ。

彼は、踏み越えようとした。
踏み越えるというのは、別な言い方をすれば、人間を超越すること。
すなわち神になること。


ラスコーリニコフはこう考えた。
ナポレオンは大量殺人を犯したが、英雄とされる。
ナポレオンは人民に踏み越えたことで、人民に恵みを与え、英雄として賞賛された。


だから誰もが死んでくれと願う金貸しのばあさんを殺せば、自分は英雄として崇拝されるに違いない。
と、ラスコーリニコフは都合のいいように解釈し、殺人を善だとしようとした。


頭痛と混乱の中で、せっつかれるように ある意味使命のように感じ、絶対にやってはならないこと すなわち 人殺しをやった=踏み越えた。
とうとう やった 踏み越えた と思ったが、、、

誤算があり、人々に愛され、高利貸しの老婆にいいように使われていた老婆の妹まで殺してしまった。

もし、このアクシデントが無ければ、彼は苦悩しないで自分は、自分はついに人間を超越した、神になったと思ったのでしょうか。


地獄変では、本来なら、自分の娘を焼き殺す行為は殺人なので、罪人として処刑されるわけですが、一番目の中に入れても痛くない娘を、焼き殺し、その代償として、芸術作品を書き上げようとした、壮絶な芸術家の執念を感じ取り、これはもはや人間の裁ける領域ではない アンタッチャブルなものだ として、人々はそのすさまじさに圧倒され言葉を失い、理解不能なこの現象を、人知では計り知れない何かしら崇高な行為だと捉え、そのことによって人々は敬虔な気分になった としているのではないか と。


果たして人間は本当に実際そうなれるか?
それが芥川龍之介のこの作品のテーマだと思えるのですが、作品でいくら人々の心が厳かな平穏な気分になったと描写できたとしても、現実こんなことが起こったら、とてもじゃないが、敬虔な気持ちになどなれません。

あくまで空想の中でのみ成立する理論。
芥川龍之介は、リアルではそれは駄目だと知っており、だから空想の世界のみにとどめてくれたんじゃないかと。

空想のみにとどめず、本当にやってしまっていたら、芥川賞なんてできず、狂気の末殺人を犯した作家って歴史に残ってしまいます。


彼は理性がブレーキをかけ踏み越えたい衝動をとどめたため、欲望は成就せず、体内に残り苦しかったと思いますが、作品に描くことで、欲望を外に排泄したのではないか と思います。


彼の作品はサディスティックな描写があまりにも多い。
人の残虐性をテーマにしていたんじゃないか とも思いますが、もしかしたら、彼の内に秘めた残虐性が、この世をゆがめて彼に見せていたため、こういうサディスティック 無常の世界を次々発表できたのかもしれない。


彼の作品の主人公は、超越した存在となろうとしていますが、そう考えると、芥川自身が超越を望んでおり、だから主人公に自分をだぶらせ、作品の中で主人公に自分の代わりに超越させたのかもしれないですね。

No.2です。


>この作品は、死者を見舞う役割を果たしている感じもします。

文学作品に正解は無いので、読み手によって、解釈が異なってもいいんですよね。

私の場合、この作品は、超越について芥川が模索していると感じました。
あくまで私の受け取り方です。


極端な悪はその先は善になり、極端な善のその先は悪という理論が、成立するか? とチャレンジしたのかな?とも思えます。



>では、芥川は主人公の良秀に自分を重ね合わせたのでしょうか?

芥川龍之介が、どのような思想を持...続きを読む


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