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今のように電気の照明があれば一晩中起きている人も少なくないと思いますし,就寝時刻や起床時刻はバラバラだと思いますが,例えば日本の江戸時代前のように電気の照明がない時代の人たちがどんな生活をしていたのか,そんなことを紹介しているページをご存じの方がいらっしゃいましたら教えていただけるでしょうか。一番関心があるのは就寝時刻と起床時刻が何時くらいだったのかという点です。(今ほどバラツキがなかったのではないかと思うのですが)そんな点についてご存じの方(あるいはそういう国・地方で生活をされていた方など)がおられましたら情報をお知らせいただけるとうれしいです。

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A 回答 (4件)

東南アジア、インドシナ半島におきまして、カレン族の村


で少しばかり生活していたことがあります。
電気、ガス、水道、トイレ、電話等一切無し。
この村において「夜のはじまり」とは、日没のことを指しておりました。午後八時頃は「深夜」となります。日没とともに就寝し、夜明け前に起きる、というパターンでした。
従って、季節によって就寝時間や起床時間は異なります。
そもそも村には時計がありませんでした。
客人が来たときには、日本で言うところのキャンプファイヤー
のようなことをしておりました。
村の子供達の健康的な笑顔が印象的でした。

この回答への補足

早速の回答をありがとうございます。午後八時頃が「深夜」ということはおおむね6~7時くらいには床に着いてしまうイメージでしょうか。電気がない場所では火が照明代わりというのは予想がつくところですが,お客さんが来た時などは今と同じで,ちょっとだけ寝る時刻が遅くなるわけですね。貴重な情報に感謝いたします。

補足日時:2007/05/12 20:33
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これは東北の貧しい農村から、徴兵されて軍隊に入った人の感想です。


“軍隊に入って生まれて初めて、日が昇ってから起き、日が沈んだら寝ることができた”(岩波新書『日本の軍隊』より)
つまりそれまでの生活は、日が昇る前から起きて、日が沈んでも働かなければならなかったのでしょう。昭和初期でもそんな生活でした。

 さて、「お江戸日本橋七つ立ち」と歌われるように、七つ(午前4時)には町は動き始めていたと思われるでしょう。歌川広重の『東海道五十三次』のうち「日本橋」の情景も、朝日が昇る前から大名行列や桶をかつぐ魚屋などが描かれていますね。
 もっとも、当時は太陰暦ですから夏と冬では日照時間が大幅に変わります。しかし、農耕においては春・夏は昼が長く、秋・冬は短くても不都合ではありませんね。

 照明は灯明(灯台やあんどんなど)が中心でした。ろうそく(和ろうそく)はあくまでも仏事・神事などの儀礼や祭礼用であり、日常の照明ではありません。ですから、当時の人にとってろうそくの灯りは、もの凄くまぶしく感じたそうです。ろうそくが日常に用いられるようになったのは、洋ろうそくの技術が導入されて大量生産されるようになった明治以降からです。灯りに慣れた現代人にとって薄暗く思える光でも、当時の人には明るくみえたのでしょうね。
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この回答へのお礼

貴重な情報をありがとうございました。たいへん参考になりました。

お礼日時:2007/05/14 22:51

 江戸時代のことは詳しくは知りませんが、子供の頃「大田舎」で育ち、大人になって東京大手町の会社に勤め、今は「中田舎」で隠居暮らしをしています。

その経験から一言。
 日没=就寝 日の出=起床 というNO.1、2さんのお説に賛成します。
 私も登山の経験がありますが、山の行動の朝と晩は大変早いものです。暗くなる前に目的地に着かなければ危険な目に遭いかねません。ですから、一日のスケジュールは全て前倒しで、早め早めということになります。
 江戸時代の人々の生活は、これと同じか、夕暮れの危険度は山登りのようなことはないでしょうから、少し後ろへずれるくらいでしょう。
 子供の頃の大田舎の生活ですが、電気はもちろんありましたが、部屋の中には60ワット(その頃は60燭と呼んでいました)の電燈が一つくらいで、今から考えると随分と暗いところで生活をしていたものと思います。
 農作業の手伝いをしていましたが、人々の朝は 日の出=起床 でした。夜間は電燈やラジオもありましたので、江戸時代よりは寝るのは遅かったと思いますが、それでも翌朝が早いですから9時頃には寝てしまっていたと思います。
 停電がよくありましたので、ランプや蝋燭をよく使っていました。夜間家の外へ出るときは真っ暗ですので、提灯やランプも使いました(懐中電灯もありましたが、我が家のは壊れており、新しいのを買おうとしても高価でした)。
 ランプのホヤがススで汚れますので、ホヤ磨きが子供の仕事でしたが、手が小さいうちはホヤの中へ手が入りますので磨きやすかったですが、中供?になってきますと入れた手が抜けなくなったりして困ったことを覚えています。
 今でもたまに部屋の蛍光灯を消して、蝋燭や明治時代の骨董品のランプに火を点して楽しんでいますが、目が慣れてきますと灯火の近くでは字が読めます。新聞の見出し程度の文字は老人の私でも楽勝です。
 ただ電燈と違いますのは、明るさももちろんですが、燃える灯火は炎の揺らめきがあります。そして蝋燭も油も点けていると減ることです。
 今の電気はメーターが家の外ですので、電気を使っていても電力を消費していることが目に見えにくいものですが、蝋燭やランプの石油はじりじりと減っていくのが目に見えます。貧乏性の私にとりましては大変気になるところです。
 江戸時代には、蝋燭も菜種油も安いものではなかったと思いますので、無駄遣いをせずに早めに寝てしまったと思います。囲炉裏の火の経験は私にはありませんが、明かりとしての効果はどの程度であったのか知りません。
 江戸時代の労働は外の作業が多く、夕暮れになると仕事になりません。
 今でも、オフィス街と違って工場は8時始まりのところが多いと思います。これは屋外の作業を伴うことが多いので、日のあるうちに作業を終えてしまう必要からだと思います。
 蛇足ですが、テレビの時代劇の夜のシーンは明る過ぎると思います。部屋の中の場面では周りのライトを暗くして、行灯や蝋燭の光を浮き出させたほうが、陰影がくっきりとした横顔や炎の揺らぎが感じられて、もっと迫力が出ると思います。
 
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この回答へのお礼

貴重な情報をありがとうございました。たいへん参考になりました。

お礼日時:2007/05/14 22:52

こんにちは 


>一番関心があるのは就寝時刻と起床時刻が何時
以前同僚約十名と谷川天神小屋に泊まりました。登山がそうであるように太陽が登ると起床しました。太陽が沈むとランプでした。
暗いので皆で山の歌を歌いたぶん8時頃には寝ました。
電気の照明の無い生活は太陽、たき火、ろうそく、ランプ、ガス灯
電灯の順で進歩したようです。時刻は文化の進歩で変わったようです
昔の本を時代ごとに読まれると良く分かります。

この回答への補足

貴重な情報をありがとうございます。たいへん参考になりました。「昔の本を時代ごとに読まれると良く分かります。」とのご指摘,確かにその通りだと思います。ガス灯以前の,ろうそくやランプの時代に関して知る上で,何かお勧めのもの(質問の内容を知る上で役立つ書籍)を教えていただけるとうれしいです。

補足日時:2007/05/13 08:21
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Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? ...続きを読む

Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q江戸時代の夜の街の照明事情について

 時代劇などでは江戸時代の夜の花街を描写する時、決まって現代の繁華街のようにそこらじゅうが明るくて歩くのにも何不自由ないような場面をよく見ます。

 しかし、実際のところは菜種油などを燃料とした照明はかなり暗かったのではないでしょうか?
 資料を見ますと遊郭も結構遅い時間まで営業していたようですが、店をひやかしつつ歩きまわるにしても暗くて遊女の顔も良く見えなかったのでは?などと余計な心配までしてしまいます(笑)
 本当のところ歩くにも不自由ないくらいの照明であったのでしょうか?

 江戸時代に詳しい方のご教授をお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>資料を見ますと遊郭も結構遅い時間まで営業していたようですが、店をひやかしつつ歩きまわるにしても暗くて遊女の顔も良く見えなかったのでは?などと余計な心配までしてしまいます

遊郭では、百目蝋燭をふんだんに点していましたので、遊女の顔や衣装は、けっこう明るかったので見ることができした。
大門は、基本的には、明け六ツ(午前6時)~夜四ツ(午後十時)までですが、横に木戸があり、ここから客は出入りをしていました。不夜城は吉原だけでした。


>>本当のところ歩くにも不自由ないくらいの照明であったのでしょうか?

江戸では、夜になると「戒厳令」がしかれており、夜の外出はよほどのことがない限り、外出はできませんでした。
そして、必ず1軒には少なくとも1貼りの提灯を常備することが「義務付け」られていました。
夜の外出では、必ず提灯を持つことも「義務付け」られていました。
提灯を持たずに外出した際、夜盗と間違えられて切り殺されても文句は言えなかったのです。

また、道を歩くだけであれば、月夜の晩などは、月の明かりだけでも十分歩くことができました。
現代の我々のように街路灯に慣れてしっている人々からは考えられないくらい、夜は暗くて当たり前だったのです。

従って、提灯一つあれば十分な明かりだったのです。


>>実際のところは菜種油などを燃料とした照明はかなり暗かったのではないでしょうか?

屋内では、江戸時代中期(元禄年間)頃より行灯が大変に普及しました。
これは、受け皿に灯心を灯しただけよれも、その四方に紙を貼ることで、明かりが集中して照らしてくれるようになり本も読めるくらいの明るさになったのです。
ただし、菜種油を使用できるのは、武家や商家など裕福層に限られており、庶民は「魚油」を使っていました。
魚油は臭いもきつく、また、煤がたくさん出ましたが、庶民にとっては安い魚油で我慢しました。
「暗くなったから、寝るぺーか」
が、常識だったのでしょうね。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>資料を見ますと遊郭も結構遅い時間まで営業していたようですが、店をひやかしつつ歩きまわるにしても暗くて遊女の顔も良く見えなかったのでは?などと余計な心配までしてしまいます

遊郭では、百目蝋燭をふんだんに点していましたので、遊女の顔や衣装は、けっこう明るかったので見ることができした。
大門は、基本的には、明け六ツ(午前6時)~夜四ツ(午後十時)までですが、横に木戸があり、ここから客は出入りをしていました。不夜城は吉原だけでした。


...続きを読む

Qもしも、電気が使えなくなったら、どういうことに?

日本だけでもいいですが、世界中で電気使用不可になったらどうなるでしょうか?

日本なら、江戸時代のようになる?

海外は?

また、紛争・戦争起こるのでしょうか?起きないと思いますが。

それとも、ハッピーエンドでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

都市はあっという間に廃墟になります。マンションはエレベータが停まり給水が止まるので真っ先に住めなくなります。上水処理・下水処理も止まるので都市で生活するのは不可能になります。スーパー・コンビニは暴徒に襲撃されて空っぽになります。冷蔵庫が止まるので食品は腐敗し悪臭を放ちます。信号が止まり交通事故が頻発します。食べ物と水を求める暴徒はどこに向かうでしょうか。都市から彷徨い出した窮民集団と近郊農村の自警団の熾烈な戦争が起きるかもしれません。まさに地獄絵図です。

Qガス灯の仕組み

明治、大正の頃のガス灯は、どういう仕組みで灯っていたのでしょう。石炭ガスとか、アセチレンガスが使われていたそうですが、誰が、いつ、どうやって充填し、どうやって灯していたんでしょう。当時、ガスボンベなんてあったんでしょうか。ガスなんて気体を持ち運びする、というのが不思議で仕方がないのですが。

Aベストアンサー

記録に残ってる一番古いガス燈といわれているのは、江戸時代、嘉永末から安政初めにかけて点灯した島立甫(玄澄)のようです。
造船に必要なテール(コールタール)を取る為に発生したガスを利用し、自宅の柱に竹管を取り付けて点灯させたとのことです。 しかし、これは評判にはなったものの普及することはありませんでした。
また、薩摩藩の島津斉彬は、安政4年(1857)に石炭を乾溜してガス発生の実験を行わせ、別邸の石灯籠の点火を成功させたということです。

近代型のガス灯が設置されたのは明治維新後で、「高島易断」で有名な高島嘉右衛門が、フランス人技師アンリ・プレグランを招き、伊勢山の下の石炭倉庫跡(現在、中区花咲町の本町小学校)にガス発生炉、ガスタンク等もつ日本初のガス工場を完成させました。
この石炭ガスをガス灯まで送る配管を設置し、1870年(明治5年)9月29日、日本初の本格的な街灯としてのガス灯がともったわけです。
つまり、現在と同じガス管で送っていたというのが質問の答えです。

この高島嘉右衛門のガス灯会社は、やがて経営不振に陥って、1873年(明治8年)、横浜町会所に移管され、瓦斯局と名を変えました。そして、1892年(明治25年)、横浜市に委譲され、さらに、 1944年(昭和19年)、東京瓦斯会社に吸収され、今日にいたっています。

http://masuo.co.jp/history.html#atama

記録に残ってる一番古いガス燈といわれているのは、江戸時代、嘉永末から安政初めにかけて点灯した島立甫(玄澄)のようです。
造船に必要なテール(コールタール)を取る為に発生したガスを利用し、自宅の柱に竹管を取り付けて点灯させたとのことです。 しかし、これは評判にはなったものの普及することはありませんでした。
また、薩摩藩の島津斉彬は、安政4年(1857)に石炭を乾溜してガス発生の実験を行わせ、別邸の石灯籠の点火を成功させたということです。

近代型のガス灯が設置されたのは明治維新後...続きを読む

Q平安時代の照明について。

平安時代室内照明に油が用いられたのは、いつ頃からですか。油のない前は何を用いていたのですか。
また、庶民が油の照明を用いたのは貴族社会より遅かったのでしょうが、どうなのでしょう。
平安前期、中期、後期といった分け方でおねがいします。小説を書いているものですから、何卒よろしくお願いします。すみません。

Aベストアンサー

この質問と、2つの回答、No.2の回答に対するお礼を読みました。 その上で、No.1の回答と質問文を読んで、質問に対しては、「No.1の回答が良回答」と感じました。
質問文に、「庶民が油の照明を用いたのは貴族社会より遅かったのでしょうが、どうなのでしょう」とあるのが、妙です。お礼に「御年75歳の好奇心だけは旺盛な青年です」とあります。
「庶民が油の照明を用いたのは貴族社会よりも早かった」という思考や問題提起は、どうした認識によるものでしょうか。昔から照明用灯火に油脂が使用されていたのであれば、庶民と貴族では前後がないのでしょう。仏教文化として入ってきたのなら寺院から貴族という順でしょう。輸入品・到来物・その代用国産ということなら、「庶民が油の照明を用いたのは貴族社会よりも早かった」という思考や問題提起は起きないでしょう。
質問文に、「小説を書いているものですから、何卒よろしくお願いします」とありますが、平安時代の庶民と貴族の食糧や調理、住居、衣服、冬季の対処、夜間の生活、寝具、照明などの生活、あるいは社会生活上の朝から夜までの習慣や労働の仕方、役目役割分担、幼少期から死亡までをそこそこにイメージしないと、小説は書けないでしょう。 「分からないことばかりの迷い人」なら、こういうところで質問してなんとかしようとするのは、ちょっと信じがたいことです。
"こういう資料は自分で探しています。その中から自分の気に入った部分を更に詳細に調べて、小説に反映させています。少なくとも、自分の調べた範囲は間違いないと自分は信じられます。こういうところで、嘘か本当か判断できないような判断力で答えを求めてそれがなにの役に立つんでしょうね?油の無い時は木片しかないですね。" 
炭(燃え残り・炭化したもの)とか、油(油脂成分が多いもの)の利用は、農耕民、狩人、木こり、漁労民でも、非常に昔からあったでしょう。ただ、通常、よほど特殊な状況がない限り、昼間に労働し生活し、暗くなっている夜間は、特に照明などせずに暮らしたでしょう。 灯明を神事などで使うとしても、数ルクスあれば十分に用は足せたと考えるのが自然です。

ここは質問サイトですから、直接の回答も並記します。
このサイトのPDFをご覧ください。
https://www.city.hasuda.saitama.jp/bunkazai/kyoiku/bunkazai/tenjikan/documents/h26akari.pdf
東京都街路照明基準  地域別街路の平均照度を次のように定める。 0.3ルクス以上
http://www.aist.go.jp/science_town/standard/standard_03/standard_03_04.html
◆0.2ルクスあれば転ばない程度に歩ける。
◆2ルクス以上あれば場所を認知するのに不自由しない。
夜中に印刷活字を読むのでなければ、ゆっくり行動するのが普通の内部や物のだいたいの位置を知っている室内でもほとんど明かりはいらない。 コントラストが重要だが、生活上では夜間の自分が住む室内では照明そのものを使わずに済む。
http://siboono.web.fc2.com/candela.htm

江戸や明治期の農山村、漁村で、屋内に照明具があったとても、その照明器具の設置場所は限られていて、ほとんど無照明でも、歩行や寝起きはできていた。

書こうとしている小説が、平安期を取り上げるのであれば、どんな生活をベースにしているのか考えることですね。 貴族だって、寝室などに灯りはともさないでしょう。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000052/files/5021_11107.html

この質問と、2つの回答、No.2の回答に対するお礼を読みました。 その上で、No.1の回答と質問文を読んで、質問に対しては、「No.1の回答が良回答」と感じました。
質問文に、「庶民が油の照明を用いたのは貴族社会より遅かったのでしょうが、どうなのでしょう」とあるのが、妙です。お礼に「御年75歳の好奇心だけは旺盛な青年です」とあります。
「庶民が油の照明を用いたのは貴族社会よりも早かった」という思考や問題提起は、どうした認識によるものでしょうか。昔から照明用灯火に油脂が使用されていたのであれば、庶...続きを読む

Qアメリカのギャングってどの位危険なんですか?

アメリカのギャングは日本の悪の比じゃないと聞きます。
一般人は夜中ギャングがいるから夜道歩かない程危険なんでしょうか?

例えば黒人ギャングがたまってるとこにいって中指たてて”黒は嫌いだ”って言ったらどうなりますか?
想像の回答ではなくアメリカ事情に詳しい方にお聞きしたいです。

Aベストアンサー

基本的に、黒人のギャングがいる所はハーレムなどだったりするので、別の人種は立ち入らないと思ったほうがいいでしょうね・・・  大体、町に住んでいると、この辺りはこの人種のギャング、この辺はこの人種のギャングが多いとかわかりますので、夜は近寄りません。  もしその地域を車で通らなくてはいけなくても、通り過ぎるのみですね。  赤信号等でとまらなくてはいけないときは、ちょっと周りを注意します。  ヤバイかもって思ったときは、止まらないように右折してみたり、減速・加速をしてみたりします←つけられてるかどうかの確認^^; このときは出来るだけ大きな通りのみを通るようにします。

嫌いだと発言する前に、命が無いと思ったほうが良いでしょうね、まず。

誤って黒人街に入ってしまった白人が殺されたという話を聞きましたし、反対の場合もあります。

松井選手がアメリカに到着した時に使った空港のある町は独特なものでした(あえて名前は言わない)。  私が滞在したところは黒人街で、夜出かけたときはある意味印象深かったです。 友達は黒人でした。 後ろから二人組みの男の人が来まして、通り過ぎました。 片方が映画でよく観た、でかいラジカセを担いでいました。 友達は、私に金品すべて渡してきまして、もし何かがあったら、彼がどうにか留めておくので、すぐ走って逃げること、バス等が通っているところに着たら助けを呼ぶことと言われてかなりびびりました。  後日、近所に買い物に行った際、数名の黒人が固まっていました。 この時も、彼はかなり慎重になってましたね。  お店に入ったのですが、同じく入ってきたのです。  彼らは出て行きましたが、出て行った方向などすごく慎重でした。 なにもこれも、私がアジア人だから狙われる確立が大きいとのこと。

白人色が強かった地域でも似たようなものでしたね。 生きた心地しなかったですよ。  昼間でもかなり殺気を感じましたから・・・・  このエリアで、車で襲われかけたときがありました。 何も無い田舎道だったので、かなりビビりました。 近くに民家を見つけたので、夜中だったけど、車から飛び出して助けを呼びに行き、家からは誰も出てこなかったけど、車がすぐ去ったので大丈夫でした。  後日、知り合いも似たような車に襲われかけたと話を聞きました。 そのときは、車のトランクからライフルを出してきたと言ってましたね。

LA暴動が一番強かったエリアにあった日本人経営の民宿?に泊まった時も、そこはコリアンタウンとハーレムの境目だったのですが、午後3時から危険な匂いがしましたので、一人での外出はしませんでした。 夜中、よく銃声が聞こえました。

心理学ととっていた時に、未成年を更正させる仕事をしている方がゲストとしてきましたが、彼の話ですと普通は人種によってギャングを構成しますが、私がいた州は人種を関係なしにギャングを構成するので凶暴化しているといっていました。  ちなみに、先生はアジア人のギャングはすぐ頭を狙って撃ってくるので一番怖いといっていました。

どこにでもギャングがいるというより、明暗が分かれるかのごとく、治安が比較的いい場所、悪い場所がはっきりしています。  繁華街のネオンがなくなった辺りが結構危険です。  知らない土地にいった時は、一応地元の人に聞いてみたりしますが、大体夕方辺りから空気が変わってくるので、注意して行動します。

基本的に、黒人のギャングがいる所はハーレムなどだったりするので、別の人種は立ち入らないと思ったほうがいいでしょうね・・・  大体、町に住んでいると、この辺りはこの人種のギャング、この辺はこの人種のギャングが多いとかわかりますので、夜は近寄りません。  もしその地域を車で通らなくてはいけなくても、通り過ぎるのみですね。  赤信号等でとまらなくてはいけないときは、ちょっと周りを注意します。  ヤバイかもって思ったときは、止まらないように右折してみたり、減速・加速をしてみたりし...続きを読む

Q古い時代に癌はあったのか

なんとなく子供の頃疑問に思っていたことです。
ちょうど?僕が子供の頃から癌がメジャーになってきた感じなのですが
たとえば昔の人で「癌で死んだ」という人は聞いたことがありません。

癌というのは近代の人間の乱れた?生活習慣から最近出てきた病気なのでしょうか?
それとも癌そのものは存在したが癌になるより早く他の病気や戦いで命を落とす人がほとんどだ、ということなのでしょうか。

くだらない質問かもしれませんが、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

古い書物に高麗人参の薬効として「痛みをともなって動く塊を治す」
というような事が書いてあるそうです。

 私も他の人達と意見が一緒です。癌になるまでなかなか生きれない時代が長かったのではないでしょうか。
 現在死因は癌が3人に一人という大変多いようですが、世界最長寿国の理想に近い姿かも知れません。

 癌の原因に免疫の弱りがあります。高齢になると当然免疫力が衰えます。若い人はめったに癌になりませんが、若い人で癌になる人には共通点があるようです。ほとんどは性格的にストレスを溜やすいとか、不眠をともなうような強いストレスがあった後起こりやすいようで、緊張するホルモンが免疫を落としてしまう事が原因になる事が多いようです。

 昔でもストレスを溜やすい性格の人は居たでしょうし、理屈から考えて、当然昔からあった病気でしょう。しかし癌が増えてくる年令まで生き延びる事が至難の業の時代でしたから絶対数は少なかったのでしょう。

Q江戸時代の娯楽

江戸時代の代表的な娯楽というとどんなものがあったのでしょうか?

素人の私が思いつくのは歌舞伎や浮世絵、本(小説)、落語とかそんなものです。

Aベストアンサー

前の回答者の方々、いろいろあげてありますね。こういう娯楽もあったようです。『お江戸の意外な生活事情』(中江克己 PHP文庫 2001)をもとにご紹介します。

○芝居 相撲(庶民だけでなく大名も熱中) 吉原(遊郭)

○隅田川の花火  両国橋の上流が「玉屋」、下流が「鍵屋」。化政年間には、仕掛け花火で庶民の人気を競った。

○寺社の境内などで上演される大道芸
  曲独楽 品玉(玉の芸) 居合い抜き 声帯模写 軽業 など
  両国橋のたもとでは、異国の動物(孔雀、ダチョウ、駱駝、豹、オランウータン、ライオン、なまけもの、など)が見世物として庶民の好 奇心を集めた。享保13年には、ベトナムから象が「来日」、将軍吉宗に「拝謁」した。街中では「象双六」など様々な象グッズが売り出された。

○見立番付  相撲番付の形式をまねて、著名人・美人・諸国の名物や食べ物など、さまざまなものを東西の番付で競った。値段は一枚   4文(100円)と庶民にも求めやすいランキング表ですね。

○音曲   三味線、尺八、琴、胡弓など。唄では、長唄、端唄、小唄など

○歌舞伎 浄瑠璃

○本   滑稽本(ユーモア小説) 
     洒落本(遊郭を素材に) 
     人情本(男女の恋愛) 
     読本(伝奇物 今で言うミステリー、ソフトホラー) 
     好色本(その名のとおり)
     子供向けに「赤本」(≠受験問題集 表紙が朱色の絵本)

○和算(数学)  複雑な図形の面積、問題を解くことを競った、現在でいうパズル・クイズ

○女子の遊び  羽根つき 手毬 小倉百人一首 いろはかるた など

○子供の遊び  かくれんぼ 鬼ごっこ かごめかごめ 凧揚げ 雪合戦 貝独楽(ベイゴマ) など

○コレクション  石(珍しい石、奇妙な石の収集) 珍書、コイン、菊など

前の回答者の方々、いろいろあげてありますね。こういう娯楽もあったようです。『お江戸の意外な生活事情』(中江克己 PHP文庫 2001)をもとにご紹介します。

○芝居 相撲(庶民だけでなく大名も熱中) 吉原(遊郭)

○隅田川の花火  両国橋の上流が「玉屋」、下流が「鍵屋」。化政年間には、仕掛け花火で庶民の人気を競った。

○寺社の境内などで上演される大道芸
  曲独楽 品玉(玉の芸) 居合い抜き 声帯模写 軽業 など
  両国橋のたもとでは、異国の動物(孔雀、ダチョウ、駱駝、豹、...続きを読む

Q「黙示録」って何ですか?

カテが分からないのですが、「黙示録」ってどういうものですか?

Aベストアンサー

 黙示はギリシャ語で「覆いを取り去る」「隠されていたものが明らかにされる」つまりは啓示を意味していて、紀元前3世紀頃から紀元後数世紀のいわゆる後期ユダヤ教の内外で起こった文学運動を「黙示文学」といいます。一番有名なのは、新約聖書にある「ヨハネの黙示録」なのですが、旧約聖書の「ダニエル書」も黙示文学として分類されています。

 現代において「○○黙示録」などと使われる場合、終末的な記述や人間の絶望的な状況の記述がある場合に用いられていることがよくあります。それは「ヨハネの黙示録」の影響が少なからずあると思いますが、厳密な意味での黙示文学とはほとんど関係ないと考えていいと思います。

Q【脳・頭・意識】一瞬落ちる。一瞬グラっとする。

一瞬落ちたり、一瞬グラっとする感覚です。。。

初めてなったのが3年前くらいです。ベンチに座ってタバコをすいながら友達と会話をしていたとき、自分が話しているときに起きました。その時、会話は継続してできていました。友達の声も聞こえています。なので意識と書きましたが、はっきりしていますので、意識は落ちていません。
時間は0.3秒くらいです。
頭をグンッと絞めるような感覚で、周囲の音も声も絞られるような感じでした。
エレベーターを一階分落ちるような感覚が身体に感じました。
周囲は暗くなっていません、見えています。
お風呂でのぼせる現象に近いですが、時間があまりにも短いし、下に落ちていく感覚がありますので、あきらかに「のぼせ」とは違います。
金縛りの経験は数年前に2回ありますが、あきらかに違います。
身体は倒れこんだり、座り込んだりしません。体勢はしっかりとしています。
3ヶ月に一度くらい間隔で起きます。
現在まで、20回程度です。

おそらく自分では脳に関係している病状だと思います。
自分が一番気になるのは「エレベーターを一階分0.3秒の一瞬で落ちるような感覚」です。
いずれ医者に行こうかと思っていますが、その前にこの症状に似ている病名、考えられる病名を知りたいと思っています。
また、同じような経験者様の声や、家族の方で同じ症状が居るというかたの話が聞きたいです。
とても一瞬なので周囲の人にはわかりません。(気づかれません)


【症状説明】
*エレベーターを一階分落ちるような感覚
*会話をしていたり、テレビを観ていたりしていて一瞬体が落ちる感覚。
*頭がグラッと落ちる感覚。
*周囲の音が一瞬絞られるような感覚。
*症状が一瞬(0.3秒くらい)
*意識はある。
*症状の最中も会話はできている
*音も聞こえる
*吐き気・頭痛はまったく無し。
*倒れない。
*3ヶ月に一度くらい(20回程度)
*脈は正常
*どうき・息切れの経験無し。(どうき・息切れの症状がイマイチわからない)

【プロフィール】
*男
*30代後半
*身体や性格はかなり丈夫なので貧血や腰をぬかすといった経験はまったく無し。
*意識を失う経験は無し。
*人生いままでずっと血圧正常。
*大きな病気無し。
*服用している薬無し。
*酒やらない
*タバコ1日、1箱未満。
*過去に薬物使用経験10年程度あり(症状が出る前にとうにやめている)


ちょっと、ここ数日何度か連続して起き、最近は起きた後に数秒「よいん」が残るので質問してみました。
過去に薬物経験とありますが、ちょっとこれは説明が難しいのですが自分は薬物との「直接的な関係」はないと思っています。たとえば「過去に薬物をしていたなら脳が正常ではない」のではないかとかですが、正常か異常かだと「異常」だと思います。脳に関する異常だととくに目立って自覚はないのですが、経験のない人と比べると少なからず「記憶障害」くらいは後遺症としてあるのではないのかと思います。
もし目立って後遺症がでるならば、臓器にでていると思います。
もしあるとしたなら、「薬物と脳」の関係ではなく、血管注入していたので「血液と脳」に関する問題や、心臓には関係しているとは思います。

宜しくお願いいたします。

一瞬落ちたり、一瞬グラっとする感覚です。。。

初めてなったのが3年前くらいです。ベンチに座ってタバコをすいながら友達と会話をしていたとき、自分が話しているときに起きました。その時、会話は継続してできていました。友達の声も聞こえています。なので意識と書きましたが、はっきりしていますので、意識は落ちていません。
時間は0.3秒くらいです。
頭をグンッと絞めるような感覚で、周囲の音も声も絞られるような感じでした。
エレベーターを一階分落ちるような感覚が身体に感じました。
周囲は暗くなっ...続きを読む

Aベストアンサー

一瞬グラッとする・・・瞬発性脳血栓症が疑われます。
人の心臓は,一日24時間でほぼ10万回,或いはそれ以上の回数鼓動します。健康者でもその内の数回~数十回程度の不正常は,ごく普通に見られると言われています。
心臓の構造は左右の心室と心房から成り,心室の拍動信号が弱まるといわゆる心室細動となり,極めて危険です。心房の場合は心房細動となり,数分程度なら気分が悪い程度の感じで治まります。
心房細動も短時間で且つ頻度が低ければ,直接命の危険はありませんが,細動に伴って微細な血栓(血液凝固)を生じます。血栓が脳の微細血管内で詰まると,脳血栓症(脳卒中の一症状)を起こします。
極めて微細な血栓が脳内で一瞬詰まって,ごく短時間に外れて回復するという事例は,四十代前後の成人でも時折見掛けられるようです。加齢と共に血管老化により危険度は増します。血栓が大きくなると,極めて危険です。血栓の大きさと詰まった場所や経過時間によっては,命取りになる事も後遺症を残すこともありますが,ほんの一瞬で血管が開通すれば,貴方のような状態にもなり得ます。
大事に至らないためには,心房細動を防ぐこと,血流を良くするために血液の凝固防止剤(いわゆる『血液サラサラ薬』)の服用など,医師の診断による処方投薬等が必用です。
血栓は心臓弁膜の不正常でも起こります。
循環器内科,ハートクリニック等で受診されることをお勧めします。

一瞬グラッとする・・・瞬発性脳血栓症が疑われます。
人の心臓は,一日24時間でほぼ10万回,或いはそれ以上の回数鼓動します。健康者でもその内の数回~数十回程度の不正常は,ごく普通に見られると言われています。
心臓の構造は左右の心室と心房から成り,心室の拍動信号が弱まるといわゆる心室細動となり,極めて危険です。心房の場合は心房細動となり,数分程度なら気分が悪い程度の感じで治まります。
心房細動も短時間で且つ頻度が低ければ,直接命の危険はありませんが,細動に伴って微細な血栓(血液...続きを読む


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