マンガでよめる痔のこと・薬のこと

他のQ&Aを読んでいて思ったのですが、
第二次大戦で(現在もですが)、ドイツの科学技術力が高かった理由は
何故ですか?
銃器、対戦車兵器、ミサイル、カメラ、人工石油・・・。
いくつかの兵器では、英米ソが勝っていたものもありますが全体的に
ドイツの兵器の優秀さが際立っているように思えます。
戦車生産数も3万両以上(?)の国力も驚異的です。

19世紀まで統一国家ではなく、英仏同様に階級社会だし・・・。
「機械好きはドイツ人の特性だから」の原因は何でしょうか?

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A 回答 (10件)

ドイツの化学技術が高水準であった理由。



教育制度が優秀だったからです。
ヨーロッパの後発国家として、1810年にベルリン大学が作られました。この誕生は、イギリスのオックスフォード・ケンブリッジやフランスのパリ大学などと比較すると格段に後発です。
ただし、キャッチアップする方式として、理工系では、ゼミナール方式という教育方式を作り上げました。それまでの教育が講義方式だったのに対して、研究しつつ教育するというもの。キャッチアップ国家ならではかもしれませんが、学生も教授とともに研究するというスタイルのために、教育効果が上がりました。
イギリスでは19世紀の後半に於いて、すでに、「ドイツの教育に学ばなければ、イギリスは科学全般で負ける、すでに化学では負けているじゃないか」という論評がありました。

世界の大学危機―新しい大学像を求めて (新書)
潮木 守一 (著)

この書籍にその辺の話が書いてあります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
教えていただいた本は、是非読んでみたいと思います。

優秀な教育制度を設けることができたのは、やはり後発国家(遅れた
産業革命)という有利な状況だったからでしょうか?
それともプロシア体制の影響でしょうか?

お礼日時:2007/07/08 00:02

ドイツの(第二次世界大戦前の)武力が主にクルップやIGフェルベン等の当時の世界的大企業群から生み出されたからでしょう。


ですけど、その一方で造船技術がイマイチですし、電機にしてもジーメンス社がある割には電子系が相対的に手薄だった、と私個人としては解しています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E3%83%89% …

"その状況にもかかわらず、連合国(特に米国)と充分に渡合い、遜色がない武器が部分的にあるか?の如きイメージをもたらしている"のはキューベルワーゲンとそれらの車両も駆使し、砂漠の狐の異名があったロンメル元帥の手腕の故、巧くカバーされているから・・・とカキコむと持上げ過ぎでしょうか?
http://www.f5.dion.ne.jp/~mirage/message00/erwin …
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A5% …
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この回答へのお礼

第二次大戦で、司令官が後方にいる軍隊ほど弱く、反対に前線近くにいて
臨機応変に指示を出せる軍隊ほど強いというのがいくつも事例が
ありますね。ロンメルも典型的な後者でアメリカもそれに近かった
ような観があります。
対してイギリスやフランスが始終弱いイメージがあるのは、前者の場合
が多かったからでしょうか。

個々に見れば、ドイツにも不得意分野があるのはしょうがないとは
思いますが。

お礼日時:2007/07/08 15:13

確かに高い所「だけ」見れば、ドイツ兵器は優秀という結論になると思います。



例えば潜水艦では明らかにアメリカに劣っています。別に科学技術で勝っていたわけではありません。
なのに戦果が上がった理由は、必要最低限の性能は満たしていたこと、大西洋が狭い海であったこと、イギリスとドイツの距離が近いからでしょう。
水上艦艇はすでに前の方が言うように、五大海軍に入っていないだけあって劣るというより酷すぎる(勿論技術的に)としか言えませんし、特にボイラーに問題を抱えている為まともに行動できるかどうかも怪しい代物です。

ジェット機に関しても前の方が言うように発動機の運転時間が短いというか機械としての信頼性が低いという問題を抱えています。
まさに無理にして配備量産したようなもので、英米であるならその状態で実戦には出しはしないでしょう。

また、5号・6号が英米の戦車より強いこと=5号・6号が英米より科学技術で優れている、ではありませんし、実際重量過多の為の不具合やエンジン等問題で故障が多かったりしますので、大雑把な言い方をするなら出力不足のエンジンを積みでかい大砲と分厚い装甲を張っただけなわけで、それを考えると科学技術は本当に高いのかなぁ。
戦車の生産数は、イギリスも似たような台数を作っていますので国力が脅威的とは言いがたい。

ドイツが連合軍に対し科学技術力で優れていたものは、あまり多いとはいえないのではという印象を私は受けます。
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この回答へのお礼

確かに。私もだんだんそんな気になってきました。
戦艦テルピッツは、事故が多かったという話も聞くし。
結局、ソ連製の戦車には終始圧倒されてたし。
イギリスは生産台数がドイツ並みなのにアメリカ製兵器に頼っていた
のは兵器の性能に問題があったためですが、ドイツだったらそのまま
戦場に出していたでしょうね・・・。

個人的にドイツの科学技術が優れているという印象を持ったのは
昔、大人たちが「繊維、化学、エンジン、カメラの技術はアメリカ
よりもドイツに学びに行く事が多かった」という話をしていた
からです。
政治・経済はアメリカ。文化・料理はイタリアやフランス。
そんなイメージが強かったからなのですが。
現在でも工業製品で『MADE IN UK』よりも『MADE IN GERMANY』
が多いような印象を私は受けます。

もっと個人的な印象では、仕事で使っている鉛筆は
ステッドラーなのですが、これ以外の鉛筆でいいものに会った事も
ないのです。

お礼日時:2007/07/08 14:41

ドイツが第二次大戦時に英米に比べ優秀な兵器を作っていたとはいいがたいです。

ただ長らくベルサイユ条約で近代兵器の開発を禁止されていて、何週も周回おくれの状況から、一気にほとんど差がないレベルまで持ち上げたのは驚異的といえると思います。
 そこでドイツの何が優れていたか考えてみると、特殊鋼等の製鉄加工と、化学技術だと思います。
 製鉄技術についていえばまず中世ドイツはもともと極めて高い鉄器の鍛、造精密加工技術がありました。ドイツのマイスター技術やゲルマン人の性質に支えられていたのはもちろんですが、もともとドイツに鉄鉱石と石炭という製鉄に必要な環境があり、かつヨーロッパでもっとも食糧事情が貧しかったというのがあるのだと思います。つまりもともと町工場レベルの職人はドイツに圧倒的に多かったのです。そういった素地があるところで、ビスマルクが富国強兵策で近代製鉄業をどんどん取り入れたので、耐熱、耐摩耗性に優れたきわめて強靭な材料を精密に加工できるようになったと思います。これらの技術が、優れた銃器や機関(エンジン)を生みました。
 ただドイツの兵器ってどうでもいいところに凝りすぎ、細かいところはいいからもっと数作れっていいたくなるケースが多いですね。
 化学についても気がむいたら考えてみたいと思います。
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この回答へのお礼

「ドイツの兵器ってどうでもいいところに凝りすぎ、
細かいところはいいからもっと数作れっていいたくなるケースが多い」
結局、軍事・科学技術は一流でも、日本同様官僚・政治が二流だった
のが主因で、きっちりとした兵器開発や生産の管理と指導が不在だった
ということでしょうか。
なしくずし的に戦争に突入した結果なんでしょうね。
日本に似てるなぁ。

ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/08 14:25

プロシアという背景


1810年というのが鍵です。
1806年 イエナ・アウエルシュタットの戦いで、プロシア軍はナポレオンのフランス軍に壊滅的な敗北を喫する。そのフランス占領下のベルリンで行われた講演がフィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」です。

ベルリン大学の創設者は、言語学者であると共に、プロシアの政治家でもあったフンボルトです。
※ ちなみにフンボルトペンギンの語源になったのは弟の方のフンボルト。

なぜ、18世紀に輝かしい歴史を持ったプロシアが負けたのか?という反省に基づく改革が多くなされました。
その一つが大学の設立となっています。

軍事では、シャルンホルストが、グナイゼナウやクラゼヴィッツ(戦争論で有名)などと共に、徴兵制の導入など軍政改革をしています。
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この回答へのお礼

やはり、軍事国家あがりのプロシアがドイツを統一したことが
ドイツの体質を決定したのですね。
フランス人にしてみたら、イギリス同様うざい国が生まれたという
感じなのでしょうか。
シャルンホルスト、グナイゼナウ、クラウゼヴィッツ、ビスマルク、
モルトケ等優秀な軍人や政治家を輩出したドイツが、
ナチスなどというヤクザな連中に政治・軍事を掌握されてしまった
ことが、ドイツにとって悲劇なことだったんだなぁとも思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/07/08 14:16

フランスやイタリアなど、ラテン系情熱のカトリックと比べて



ゲルマン人は、プロテスタントを生んだことからも
合理的で清潔で几帳面な国民性が、科学に向いていた。
カルテとか医学用語もほとんど、ドイツ語。

パリは、便を平気で窓から道端に捨てる
クソまみれの花の都で、ネズミとペストだらけだった。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
カトリックとプロテスタントの違いに関してあまり知識はないですが
確かに宗教改革を行った国民性に、発端があるかもしれませんね。

パリがきれいになったのは、普仏戦争ぐらいからですからそんなに
古くはないですね。

でも、10年ぐらい前フランクフルトに行ったら深夜公園で
多くの若者がドラッグパーティをやってました。
「合理的で清潔で几帳面な国民性」は全てのドイツ人にあてはまらない
事のような気がします。

お礼日時:2007/07/07 23:58

実際にはドイツの技術は連合国と比較した場合、決して手放しで優れていたとは言えません。


例えば水上艦艇の機関では大戦後、調査した米国は「主要国で最低」と低く評価していますし、その他レーダーのような電子機器、通信機などなど連合国に大きく劣っている部門は数多いです。
またドイツの戦車に採用された千鳥型転輪配置など、アイデア倒れで労力の無駄使いと評価されたものも多数あります。
ジェット機の設計など戦後の米ソに大きな影響を与えた優れたものも確かにありますが、例えば高圧のジェット噴流に耐えるだけのエンジン素材が造れなかった為、エンジンの寿命が短く実用性には大きな問題があるなど、一部が突出しつつも総合的には決して高いとは言えないというのがドイツの技術の実情だったと思われます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
質問に書きましたように、英米ソが勝っていた分野も確かにあります。
アメリカの航空機技術、イギリスのレーダー、ソ連の戦車・大砲と
生産技術・・・。
それでは、ドイツは日本やイタリア並みに凡庸な国だったかといえば
そうでは無いように思えます。

強大な海軍力を持った日本の潜水艦を「なんてうるさい潜水艦だ」と
評したのはドイツ人だったし
レーダーや通信機器は英米に抜かれてましたが、英米の戦略爆撃機に
対する(レーダーや無線や組織力を動員した)迎撃システムは
評価が高いですし、
千鳥型転輪配置のパンターやティーガーに戦いを挑むときは
集団でかかるか、航空機の援護を頼めというのが英米戦車兵の
戦闘マニュアルにありましたし、
世界最初のジェット戦闘機とジェット爆撃機を世に出したのは
ドイツです。

確かにアラを探せばいくらでもあるのですが、色々マイナスポイント
をあげても、やはりドイツの技術力は高いという印象は拭えません。
そうじゃありません?
なぜ、そんな力をドイツは持てたのか?不思議でなりません。

お礼日時:2007/07/07 23:50

ドイツはもともと思索的な学問、論理的な学問にたけた国柄でした。


徒弟制度による技術の伝承にも適していました。

それにドイツ統一後富国強兵策をとって世界に先んじて国力の充実につとめたのです。
ドイツは実用を重んじる国で学問も理学系の進歩が顕著でした。
これは資源が石炭くらいの低資源国家であったせいもあるかも知れません。

国民性の勤勉さは他の諸国に勝っていました。
これらの要素が結晶した結果だと思います。
ドイツの技術は個々のものは世界に冠たるものといえますが量産が資源的に難しいこともあって芸術的レベルに達しましたが粗製乱造という概念に欠けていました。
この為ドイツから最新兵器の見本つきで提供された技術レベルが日本で実現出来ませんでした。  ただ感嘆するだけだったといいます。
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この回答へのお礼

なぜ
「ドイツは思索的な学問、論理的な学問にたけた国柄」なのでしょう?
低資源な国なら、イギリスやイタリアもそうです。
フランスだっていばれるほどある訳じゃなし。
「国民性の勤勉さは他の諸国に勝っていた」のは何故だったのでしょうか

お礼日時:2007/07/07 23:22

マイスター制度に有るのでは!



参考URL:http://www.shou.co.jp/waza/myster.htm
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
説得力あるお答えですね!
興味深いです。マイスター制度か・・・・。

お礼日時:2007/07/07 23:19

こんにちは。


ドイツ人はヨーロッパ諸国の中では大変勤勉だったようで、日本人(現在はそうでもないですが)と大変よく似ている所があったらしいです。
第二次大戦では偶然組みましたが、元々、国民性は相性が良かったのかもしれません。

そしてドイツはエールリッヒに始まる医薬合成開闢の地であり、染料合成など化学に関しては歴史的に有名な土地柄ですから、物理系でもやはりそれなりの下地はあったと思われます。

この点が、目がいい事や職人芸など個人的(人種的)素質を重視し科学に目を向けなかった日本との違いになりましょうか。

大戦直前、ドイツの戦車工場のオートメーション化を見学した日本の技術者が「日本もやるべきだ」と論文を発表したようですが、結局受け入れられませんでした。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
なぜ、
「ドイツ人はヨーロッパ諸国の中では大変勤勉だった」のでしょう?
『医薬合成開闢の地であり、染料合成など化学に関しては歴史的に
有名な土地柄」だったのでしょう?
そこが知りたいのですが・・・。

お礼日時:2007/07/07 23:17

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リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q第二次大戦中に現代の自衛隊を投入したら

くだらない質問ですが、気になったので書いてみます。

第二次世界大戦末期の1945年1月1日時点に、現在の最新鋭の自衛隊(航空・海上・陸上)の全戦力を日本本土に投入したら、日本軍は勝てるのでしょうか?兵器の生産設備などは投入しないものとします。

いくら最新鋭の戦力を持っていても核と資源がないのでアメリカが多大な犠牲を出しながらも勝つだろうという見方もできるし、当時の日本はインドネシアを占領していたので資源不足を克服し日本の勝利という考え方もあると思います。

Aベストアンサー

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、護衛空母17隻を含む大艦隊を出撃させてきており、このうちの正規空母12隻、護衛空母4隻が日本近海に現れ本土空襲を行っています。これを狙います。ちなみに、この当時の米艦隊の正規空母の数は14隻ですから全部撃沈できれば、後がかなり楽になります。
F2攻撃機、約80機を中心とする対艦ミサイル攻撃で、空母を撃破します。現代の対艦ミサイルを当時の米軍艦艇がそれほど迎撃できるとは思えないので、うまくいけばかなりの空母を撃破できるのではないかと・・・
また、B29への迎撃にもF15を出撃させます。最大で4発のミサイルを別々の目標に連続発射できるF15の戦闘力に、B29の部隊は大打撃を受けるのではないかと・・・
さらに海上自衛隊の潜水艦部隊によるハワイの真珠湾攻撃を行います。ハープーン対艦ミサイルは対地攻撃にも転用可能とという事なので、ハープーンで真珠湾の燃料施設や艦艇補修設備などに攻撃を行い、打撃を加えます。
要は自衛隊の進んでいる兵器を一挙に出して大打撃を加えるとともに、米軍にショックを与えます。
これでうまくいけば、アメリカは空母艦隊とB29の部隊とハワイの後方施設に大打撃を受け、直ぐには大きな作戦をできなくなるのではないかと思います。

その後は、まずシーレーンの確保です。九州から中国沿岸、そして台湾海峡を通ってシンガポールへの海上交通路の守備に海上自衛隊のP3C対潜哨戒機の部隊や、一部航空自衛隊の戦闘機部隊を派遣します。輸送船団には海上自衛隊の護衛艦隊も付けます。航空部隊の根拠地の設営は大変でしょうが、部隊が稼動すれば米潜水艦隊の脅威へ大きな力になると思います。日本の輸送船の撃沈された半数は、米潜水艦隊の通商破壊戦によるものだそうですが、当時の旧式な潜水艦なら現代の対潜哨戒機と護衛艦でかなりの確率で防ぎ、逆に戦果をあげられるのではないかと思います。
日本本土の防空は航空自衛隊の戦闘機とPAC3ミサイル部隊と、陸上自衛隊の高射特科団(改良ホーク地対空ミサイル部隊)が守ります。
攻撃には海上自衛隊の16隻の潜水艦部隊を使います。潜水艦隊で通商破壊戦を行います。第二次大戦末期のドイツで建造されたUボート21型は連合軍の対戦哨戒部隊にも察知されにくかったそうです。それよりさらに技術の発展している現代の潜水艦なら数は少なくとも大きな戦果を期待できると思います。
未だフィリピンの日本軍の抵抗は続いており、米陸軍20万人が投入されている時点で、米空母艦隊が大打撃を受け、さらに通商破壊戦を仕掛けられたら・・・米軍は楽勝とはいかなくなるでしょう。

米軍としてはこうした進んだ技術の兵器対策に苦慮する筈です。簡単には有効な対抗策は出てこないのではないかと思います。まずは打撃を受けた艦隊の再編と、戦略爆撃部隊の戦術の見直し、フィリピンへの海上補給路の守備を固め、真珠湾の設備の再建をしなければなりません。
建造中のエセックス級空母の建造を急いでも、半年以内に戦闘に参加させる事ができるのは5隻です。
大西洋から部隊を回す必要も出てくるかもしれません。

一方、自衛隊を除く日本の連合艦隊の状態はよくありません。
戦闘可能な空母は小型の鳳翔1隻ですし、戦艦は2隻、巡洋艦も数隻、駆逐艦も二十数隻というありさまです。
南方から資源が入ってきたら、まずは艦隊の増強が急務でしょう。まずは空母で建造途中の伊吹、天城や損傷状態の龍鳳、準鷹、葛城を戦闘可能な状態にしなければなりません。
他にも損傷を受けている戦闘艦艇があるので、大至急修理が必要です。
また、輸送艦の建造も急務です。1945年1月から終戦時までに約180隻の輸送船が建造されています。
しかし、同じ期間に実に700隻が沈められているのです。
まあ、自衛隊の参戦で、その数は減るでしょうが、しかし、1944年だけでも約970隻の輸送船が撃沈されています。
日本の造船所はとにかくフル稼働しなくてはならないでしょう。
また、航空機パイロットの育成や、戦闘機などの生産も必要でしょう。
時間は幾らあっても足りないくらいです。

こうした中で、日本の潜水艦隊がどれだけアメリカに打撃を加えられるかが重要だと思います。
そしてフィリピンの米軍を孤立させ、ハワイを孤立させる事ができれば、新たな展望が開けるかもしれません。
時間が立てば、連合艦隊の戦力もある程度は回復してきます。そうなれば、新たな作戦を立てる事も可能となるでしょう。

なお、そのうち満州にソ連軍が侵攻してくるでしょうが、これについては航空自衛隊の支援を受け、東満山地で持久戦を行えば、かなりの機間、持ち堪える事ができるのではないかと思います。

戦争に「絶対」は無いですから必ず勝てるとは言いませんが、面白い勝負にはなるでしょう。

近代軍では補給が重要な要素を占めるので、どれだけの弾薬や燃料、整備、補給品を保持しているかで、戦い方も変わってきます。自衛隊のそうした物資の正確な保有量が不明なので、推測するのは困難なのですが、とりあえず・・・

1945年1月の時点なら、できるかどうかは分かりませんが、まずは自衛隊の戦力を秘匿します。
2月の米軍による硫黄島攻略あたりで航空自衛隊の全力出撃です。
この次期、米艦隊は正規空母12隻、...続きを読む

Q第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由は?

先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

3 だから、兵士も戦車も大砲も、とにかく数をあつめる

ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
さらに、この考えをスターリンも支持したので、党、治安組織、軍事思考、動員体制、といったソ連という国家の戦争体制そのものが、勝てるまで人命も装備も前線に突っ込むように構築され、上から下まで人命軽視というより、人命より目的達成、のドクトリンが徹底しました。目的達成が勝利なら、なおよし、です。

そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭...続きを読む

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q日本は社会主義国家なのになぜ発展できたのでしょう?

かつてソ連のゴルバチョフ大統領が‘日本は世界で一番成功した社会主義国だ‘と発言したそうですが、確かに日本は表向きは資本主義国家ですが社会主義的要素が強いように思います。税金の累進性は欧米より強く高額所得者は税金をたくさんとられます。貧困層は福祉や公的補助、医療制度など優遇され高額所得者から巻き上げた税金が還元されます。サラリーマンは年功序列で能力で関係なく昇給しました。(以前は)
経済格差は‘悪‘と公言する政治家までいます。ソ連、旧東ドイツ、北朝鮮など社会主義国家はどこも貧困に喘ぎ崩壊しました。日本だけなぜこんなに発展できたのでしょう?またこれからも発展できますか?自分は経済学、政治学には疎いのでどなたかお教えください。

Aベストアンサー

戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義
 「資本主義経済では、政府はなるべく経済に介入せず、市場のメカニズムに委ねるべきだ。それなのに日本では政府がマネーゲームのプレーヤーになっている。これでは社会主義のようだ」との見方もあるでしょう。
 でも同時代の欧州先進国、フランス、イギリス、ドイツと比べると日本は「市場原理主義」とも言えるほど、政府の介入の少ない自由経済であった。
 フランス──戦後のフランスはジャン・モネの考えによる「フランスは未だ十分に市場が成熟していないので、市場に任せず、政府が責任をもって経済を運営すべきだ」との、社会主義と資本主義の折衷政策「混合経済」政策をとった。このため多くの企業が国有化された。フランス石炭公社、フランス電力会社、フランスガス会社、鉄道部門、エール・フランス、フランス銀行 と四大預金銀行 クレディ・リヨネ、ソシエテ・ジェネラル、全国割引銀行+全国商工銀行⇒パリ国立銀行、保険会社、ルノー公社、航空機エンジン開発製造公社が国有企業として活動し始めた。
 石炭・鉄鋼に関してはドイツとの国境周辺地域に「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立し、ドイツなど欧州6ヶ国で、アメリカ政府の援助資金であるマーシャル資金によって運営された。これは一国社会主義ではなくインターナショナル社会主義であった。1983年、フランス企業の売り上げ上位20社の内13社が国有企業であった。
 政治を見れば、ドゴール派の保守政権と社会党とが政権交代を繰り返した。日本に置き換えてみれば、石炭・鉄鋼がアメリカ政府資金による韓国との合弁、トヨタ自動車が国有、自民党と社会党が政権交代を繰り返す、といった状況だ。フランスから見れば日本は「市場原理主義」「自由放任主義」であった。
 イギリス──労働党の「ベヴァリッジ報告」による「ゆりかごから墓場まで」の社会主義政策を戦後の経済方針としていた。鉄鋼は、国有⇒民営⇒国有⇒民営と政権交代毎に弄ばれた。石炭はアーサー・スカーギルが率いる全国鉱山労組が仕切っていた。つまりアナルコ・サンディカリズムをやっていた。戦前アメリカに次ぐ自動車産業国であったが、中小企業が多く、このため国有企業に集約したが成果が上がらずホンダの支援を受けたがダメだった。政権は保守党と労働党が競い合い、その勢力は均衡していた。イギリスから見れば日本は「自由奔放経済」で「保守党独裁の反社会主義国家」であった。
 西ドイツ──アメリカ政府のマーシャル・プランによる援助資金をもとに戦後復興政策を進めた。戦後復興の基幹産業である石炭・鉄鋼は「欧州石炭鉄鋼共同体」という多国家管理による非民間企業に頼った。エアハルトは社会主義と資本主義の良いところをとった「社会的市場経済」を目指した。フォルクスワーゲンは戦後再出発にあたり、その株式20%を連邦政府が、さらに20%を地方政府が保有した。こうした石炭・鉄鋼・自動車産業を日本に当てはめるとどうなるか?それに比べれば日本経済は民間主導の自由経済であった。
 仏・英・独とも戦後何度も左翼政党が政権を担当した。現在英・独が保守政党を破っている。それに比べいかに日本の左翼・社会主義が信頼されていないか、よくわかる。

 日本では行政指導という政府の関与が話題になる。しかしそれ以上に「官に逆らった経営者」がいた。
 (1)天皇とまで言われた日銀一万田総裁に「川崎製鉄が千葉工場建設を強行するならば、ペンペン草を生やしてみせる」とまで言われた、西山弥太郎の大胆な設備投資、それに刺激され他社も追従した。戦争で古い設備が使えなくなったのは仏・英・独も同じ。しかし欧州の官僚にはあれほど大胆な発想は出来なかった。
 (2)「井深さんはトランジスタを使って補聴器を作るのですか?」と皮肉られ、特許導入を1年間遅らされた東京通信工業(後のソニー)。その1年の間に世界初のトランジスタ・ラジオはアメリカにやられた。大宅壮一に「ソニー・モルモット論」と皮肉られたが、今日の電子産業、官に逆らってトランジスタ特許を導入したソニーに始まると言って良い。
 (3)政府が成長産業を育成しようとした特定産業振興法、それに逆らって通産省で大型政務次官と言われた佐橋滋と喧嘩した、本田宗一郎は1983年のテレビインタビューで、佐橋滋と会った時を振り返り、次のように語っている。 「どうにも納得できないということで、僕は暴れたわけで、特振法とは何事だ。おれはやる(自動車を作る)権利がある。既存のメーカーだけが自動車を作って、われわれがやってはいけないという法律をつくるとは何事だ。自由である。大きな物を、永久に大きいとだれが断言できる。歴史を見なさい。新興勢力が伸びるにに決まっている。そんなに合同(合併)させたかったら、通産省が株主になって、株主総会でものを言え!と怒ったのです。うちは株式会社であり、政府の命令で、おれは動かない」(1995年2月5日、NHKテレビ「戦後経済を築いた男たち」から)
 (4)「官と闘った経営者」ヤマト運輸社長・小倉昌男が始めた「宅急便」、この普及は日本の流通業を大きく変えた。郵政民営化が問題になるのも宅急便の普及があったからだ。
 日本が「官民一体」ならば、仏・英・独は「民なしの、官のみ」だ。官に逆らった経営者たちのハイリスクな事業計画、前例を尊ぶ官僚にはとてもできない。戦後の荒廃はどの国も同じ、日本は度胸のある経営者が力を発揮できる自由な経済体制だった。進化論に例えれば、突然変異が出やすく、育ちやすい環境だったと言える。
 はしょって書きました。「官に逆らった経営者たち」「戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義」をキーワードに検索してください。詳しく書かれたサイトがあります。

戦後復興政策 ヨーロッパ西も東も社会主義
 「資本主義経済では、政府はなるべく経済に介入せず、市場のメカニズムに委ねるべきだ。それなのに日本では政府がマネーゲームのプレーヤーになっている。これでは社会主義のようだ」との見方もあるでしょう。
 でも同時代の欧州先進国、フランス、イギリス、ドイツと比べると日本は「市場原理主義」とも言えるほど、政府の介入の少ない自由経済であった。
 フランス──戦後のフランスはジャン・モネの考えによる「フランスは未だ十分に市場が成熟していないの...続きを読む

Q医者の世界は今でも英語よりドイツ語が主なんですか?

一昔前の小説(白い巨塔など)を読むと、医師が論文をドイツ語で書いていることになっていますが、今でも医学者の世界は英語よりドイツ語なんでしょうか?カルテにはわざと患者にわからないようにドイツ語などが使われていると思いますが、国際的な論文などもドイツ語なんですか?

Aベストアンサー

>今でも医学者の世界は英語よりドイツ語なんでしょうか
⇒基礎過程時代にドイツ語は一応遣りますが、その後は英語だけでした。
ただ・・・・大学によってはドイツ語を使っている処が有るとか無いとか・・・其の為、専門書もドイツ語のやドイツ語併記のがあります。

ただ、中心は今は英語ですね。
で、「カルテ」はドイツ語です。(~_~;)
このように日本ではドイツ語を専門語として未だに使っているの<は>あります。

今は、日本では日本人用には日本語で書くのが先端?流行?です。 
下手な英語で書くと今はブラックジャックの世界と違い(~_~;)、チーム医療ですから、コ・メディカルのスタッフが読めないので治療が進まないし、間違う可能性も高いですから。

Qレオパルト2が最強と言われる理由

レオパルト2が最強と言われる理由

現在の西側先進国が保有する第三世代戦車のうち、レオパルト2が最強だと言われている理由は
何でしょうか?
また、よく戦車ランキングが出ますが、これも大方どのような評価の元ランク付けしているのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 この質問に本気で応えようと思えばいったい何時間掛かるのか分かりません。ということでざくっと回答すれば、正直いろいろな分野で様々な兵器が世界最強という言葉を冠されていますが、これらが果たしてどのような視点から見た世界最強なのか、誰もその答えは持ち合わせてはいないはずです。もっとも限定的に言えるなら、やはり数次の実戦を経験したM1エイブラムスが最強の言葉にふさわしいかもしれません。

 とはいえこの手のランク付けは、簡単に言えば単なる主観的な問題でしかないといえるのではないでしょうか。レオパルド2が世界最強の戦車というタイトルを付けられたのはずいぶん昔のことですが、その当時でもかなりの攻撃力と斬新な機能や防御力をもった戦車が世界中にありました。それでもレオパルドが最強のタイトルを持っていたのは、やはりレオパルドが先鞭をつけた先進的な攻撃、防御、機動性能を各国の軍隊が後追いしたことによるものと、なんといっても第二次世界大戦でのあの病的ともいえる、しかしあまりも魅力的だった戦車開発の歴史を、世界の陸軍が忘れきれないでいるからでしょう。

 現代の戦車戦はあらゆる要素と資源をシステム的に機能させなければ、とても戦い抜けないほど複雑になっています。広大な開豁地で大量の数の戦車同士が戦うという構図は、湾岸戦争で終焉を告げたと考えていいかと思います。現在は極言すれば一人の歩兵が携帯したATMであっさりと撃破されるほど、対戦車兵器は劇的な進歩を遂げています。イラク戦争(第二次湾岸戦争)ではあのM1エイブラムスでさえも、イラク兵のRPGで撃破されています。しかもHAがです。

 それぞれの戦車の各能力を数値化して、これを比較すれば確かにそれなりにランク付けは出来るでしょう。しかし実際に360度全てが戦場になっている場所で、この数値は何の意味も持ちません。必要なのはトータルシステム的な戦車部隊とその支援部隊の運用法です。

 戦車はほかのサブ的な支援部隊を引き連れていなければ、その性能は十分に発揮できなくなっています。ということで、これからは世界最強の戦車というランク付けは意味をなさなくなると思います。

 この質問に本気で応えようと思えばいったい何時間掛かるのか分かりません。ということでざくっと回答すれば、正直いろいろな分野で様々な兵器が世界最強という言葉を冠されていますが、これらが果たしてどのような視点から見た世界最強なのか、誰もその答えは持ち合わせてはいないはずです。もっとも限定的に言えるなら、やはり数次の実戦を経験したM1エイブラムスが最強の言葉にふさわしいかもしれません。

 とはいえこの手のランク付けは、簡単に言えば単なる主観的な問題でしかないといえるのではないで...続きを読む

Qなぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なの

なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

米国アメリカ海軍の原子力潜水艦より性能が上な理由を教えてください。

Aベストアンサー

>なぜ日本の海上自衛隊の潜水艦が世界一の軍事技術なのでしょう?

音が静かで深く潜水できるからです。

まず、日本の海上自衛隊のような通常動力型潜水艦と米海軍の原子力潜水艦とでは使われ方が全然違います。

原子力潜水艦は速度が速いが音がうるさい、だから敵に見つかる可能性が高い。
原子力潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら後はバンバン音を出して高速で逃げる戦法。

通常動力型潜水艦は速度は遅いが音は静か、だから敵に見つかる可能性は原子力潜水艦より低い。
通常動力型潜水艦の使われ方は、敵を攻撃したら見つからないようにひっそりと隠れる戦法。

どっちの戦法を使うかですよ。
敵に見つからないようにひっそりと隠れる戦法では日本の海上自衛隊の潜水艦の方が上なんです。

ただ見つかっちゃったらもう終わりですけどね。速度が遅いので逃げ切れない。

Qドイツがソ連に参戦しなければ戦争に勝っていましたか?

第二次世界大戦でドイツ軍が敗北したのは、ソ連に参戦をしかけ戦域を広げたためだと思います。
もしそれがなければ戦争に勝利する確率はどれくらいありましたか?
あるいはアメリカが参戦した時点で勝てる見込みがなくなっていましたか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構えが必要でした。

スペインから、ジブラルタルを攻撃し、占領。
その後モロッコに軍を派遣し、モロッコの防備を固めます。
一方、リビアのアフリカ軍団を増強し、スエズ運河占領。
さらに、インド洋にUボートを派遣して、通商破壊を行えば、イギリスの占領はできなくても、ほとんどイギリスの無力化ができます。

多分、ジブラルタルかスエズが占領された時点で、チャーチルは、辞任に追い込まれるでしょう。
この時点で、アメリカが参戦していなければ、イギリスとの講和が可能です。

ただ、実際の赤軍は、この時ほとんどスターリンにより無能化されていましたが、この作戦中、ソ連軍がドイツに攻め込む可能性が予想された場合、ドイツがこの作戦を行う事には、危険がともなったでしょう。

ドイツが勝つか負けるかは、スペインを同盟に引き込めるかどうかにかかっていたと思います。
スペインで、足を取られたら、ソ連に漬け込まれる可能性が有りました。

そもそもナチスドイツの目的は、ソ連を倒し、東方に勢力圏を広げる事でした。
フランスとの戦いは、ソ連と戦っている時に、後ろから攻撃されないようにする事が目的でした。

(ベルサイユ条約への反感も有りましたが。)

そのため、ドイツとソ連が戦わないという事は、想定しにくいのですが、ヒトラーが、ソ連との戦いを延期し、イギリスを無力化る事を、最優先に考えたのなら、勝つ事は、可能だったと思います。

そのためには、スペインを何としても同盟に引き込み、最悪スベインに攻め込む位の気構え...続きを読む


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