ネットが遅くてイライラしてない!?

教えていただきたいのですが
「頑なまでに・・・する(しない)」という表現と
「頑ななまでに・・・する(しない)」という表現があります。
どちらも使われているようですが、両方正しいのですか?
私は「頑ななまでに」と使っていたのですが、
どちらかは実は間違いなのでしょうか?
それとも両方正しくて意味的に若干違いがあるのでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

厳密には「頑なまでに」が正しいはずです。



単語の構成は「かたくなな」+「まで」。
副助詞の「まで」は体言またはそれに準ずるものに接続しますので、
形容動詞「かたくなだ」の連体形「かたくなな」が前に来なければなりません。

後は表記の問題があるのですが、念の為に辞書も確認したところ、
「頑」の一字で「かたくな」と読みますので、
「頑なまでに」の表記で「かたくななまでに」と読むはずなのです。
にも拘らず「かたくな」で変換すると「頑な」と出て来てしまいます。
この理由は定かではありませんが、推測するに、「頑」の一字では「かたくな」と読み辛いと判断されたための利便性優先の措置ではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

自分のせいですが、表記の問題と読みの問題が混乱しそうなところをキチンと回答していただきありがとうございます。「頑なまで」と書いて「かたくななまで」が正しいと判断していいのですね。

お礼日時:2007/08/03 17:21

再びお邪魔します。



>>>
読みにつきましては、「かたくななまで」が正しいでしょうか?
「かたくなまでに」も良く使われているのですが。
私は違和感があるのですが。

そのものズバリは辞書に載っていませんが、
「かたくななまでに」が正しいようです。

理由
辞書に載っている例
・「意固地なまでに」 ・・・「意固地な」は形容動詞「意固地だ」の連体形。
・「完膚無きまでに」 ・・・「無き」は形容詞「無し」の連体形。
・「久しきまでに」 ・・・「久しき」は形容詞「久し」の連体形。

「かたくなだ」の連体形は「かたくなな」。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

No.2さんも仰ってる通り、連体形で「かたくなな」ですね?自分の感覚が正しかったと分かって少し嬉しいです(笑) 勉強になりました!回答してくださった皆様ありがとうございます。

お礼日時:2007/08/05 16:27

「頑なまでに」と「頑ななまでに」


(読みはどちらも「かたくななまでに」)

結論から言いまして、
どちらかといえば「頑なまでに」のほうが正解に近いです。

似たような例として「懇ろ」(ねんごろ)や「露(わ)」(あらわ)があります。

★辞苑
頑=○、頑な=×、懇=×、懇ろ=○、露=○、露わ=×

某漢和辞典
頑=○、頑な=×、懇=×、懇ろ=○、露=?、露わ=?

某国語辞典
頑=頑な=○、懇=懇ろ=○、露=○、露わ=×

goo辞書
頑=○、頑な=×
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%AB …
懇=×、懇ろ=○
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%CD …
露=○、露わ=×
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%A2 …

MS-IME
頑=出てこない(=×)、頑な=出てくる(=○)
懇=出てこない(=×)、懇ろ=出てくる(=○)
露=露わ=出てくる(=○)


常用漢字で「ねんごろ」は、「懇ろ」と送ると定められています。
#3さんの回答にある「送りがなのつけ方」と一貫性がありませんね。
文科省に聞いてみるしかないでしょうか。(笑)

この回答への補足

ありがとうございます。理解の度合いで表記が変化してきたようですね。まだ統一の途上にあるのでしょか(笑)読みにつきましては、「かたくななまで」が正しいでしょうか?「かたくなまでに」も良く使われているのですが。私は違和感があるのですが。

補足日時:2007/08/05 13:20
    • good
    • 0

#2です。


度々申し訳ありません。

その後気になって別の辞書をひいてみたところ、
そちらの辞書の表記は「頑な(かたくな)」となっていました。
手持ちの辞書では、国語辞典1冊・漢和辞典1冊が「頑(かたくな)」、国語辞典1冊が「頑な(かたくな)」の表記を採用しています。

送り仮名の送り方に関しては昭和34年に「送りがなのつけ方」が告示されており、その通則として「活用語およびこれを含む語は、その活用後の語尾を送る。」とされていますので、これに従えば「頑(かたくな)」が正しいという事になります。
しかし、別条には「なるべく誤読・難読のおそれがないようにする。」「慣用が固定していると認められるものは、それに従う。」ともありますので、難読のおそれありとして、あるいは慣用として「頑な(かたくな)」表記が認められているのかも知れません。

この回答への補足

ありがとうございます。確かに「頑」だけで「かたくな」とは読みにくいと考えますね。すみません。補足質問なんですが、「かたくなまでに」という読みは間違いでしょうか?つまり「な」が少ないというか。

補足日時:2007/08/05 13:13
    • good
    • 0

頑ななまでえに・・・が正しいと思います。


「頑な」がひとつの単語ですから。

おそらく「かたくな」=「頑」と
送り仮名を間違えているのではないでしょうか?
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。やはり表記が混乱のもとになったのでしょうか?

お礼日時:2007/08/03 17:17

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q「初め」か「始め」どちら?

「社長さまをはじめとする職員の皆様には・・・」

この文章のなかの「はじめ」を漢字にすると
「初め」でしょうか?「始め」でしょうか?

Aベストアンサー

かなりややこしい問題です。はっきりと正解・間違いかと答えられる人がいるのでしょうか、と感じるくらい難しいことのようです。(使っている言葉のあとから漢字をあてはめているのでしょうがないといえばそれまでしょうか)

大辞林では、
「はじめ 【初め/始め】
とくに漢字表記については明確化されていません。
ただ末尾に〔普通、順序の意には「初」、開始の意には「始」を用いる〕」とあります。

大辞泉では、
「はじめ【始め・初め】
5 (「…をはじめ」「…をはじめとして」の形で用いる)多くの中で、主となるもの。また、先に立つもの。「校長を―、教師全員」「米を―として食品の多くが」」
  …
「◆ふつう345は「初め」と書くとあります。つまり、5の文例は「初め」を慣用とするとしているようです。

岩波国語辞典では、
「はじめ【始め・初め】」としているだけで、特にどちらを(が)用いる・用いられるかは明確にしていません。ただし、副詞に限っては「初め」としています。

新明解国語辞典
「はじめ【初め】」として、末尾に「「始め」とも書く」としています。

Windows付属のIMEでは、
始め: [一般的][物事に関して][動詞的]
初め: [時間に関して][副詞的]
としています。

IMEだけは、はっきりと「校長を始めとして」と用例をあげています。しかし根拠は ? です。

漢字の由来としては、
「始」は「終わり」に対する「始め」の意味だけです。
[始皇帝、終始、始終、始末、始めは処女のごとく後には脱兎のごとく]
ま、大辞林のとおりですね。

IME他、時間的な始まりと物事の始まり、という分け方をしているものを時々みかけますが、どうでしょうか。
「並んでいる一番目」「第一の」というようにとらえれば「初め」になるようです。初恋、初陣、初夜などは時間とばかりはいえないでしょう。

少なくとも、「社長をはじめ、職員の…」であれば「はじめ」は動詞・連用形と考えられるので「始め」になります。
しかし、「社長をはじめとする職員の…」となると「ははじめ」は名詞ですから、やはり ? です。

歯切れのいい回答にならず申しわけありません。

かなりややこしい問題です。はっきりと正解・間違いかと答えられる人がいるのでしょうか、と感じるくらい難しいことのようです。(使っている言葉のあとから漢字をあてはめているのでしょうがないといえばそれまでしょうか)

大辞林では、
「はじめ 【初め/始め】
とくに漢字表記については明確化されていません。
ただ末尾に〔普通、順序の意には「初」、開始の意には「始」を用いる〕」とあります。

大辞泉では、
「はじめ【始め・初め】
5 (「…をはじめ」「…をはじめとして」の形で用いる)多く...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q「晒す」と「曝す」の使い分け

「晒す」と「曝す」の使い分けを具体的に教えて下さい。広辞苑等では、漢字の使い分けがされておらず、『やわらかい【晒す・曝す】』という載り方をしているのです。恐らく、語源(?)が同じだからだと思いますが…。

Aベストアンサー

さらす[晒す] 白くする 布をさらす 薬品でさらす

さらす[曝す] 当てる 風雨(日・身を危険)-にさらす 恥をさらす

「現代国語表記辞典」三省堂より

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

Q低血糖が出る人は糖尿病なんですか??

以前から空腹になると、吐き気がしたり、
ぐっと血圧が下がるようなかんじになって、
さらにほっておくと手足がしびれ、口もしびれ、
汗をぐっしょりかいて、パニックになり、
過呼吸も引き起こしてしまいます。
甘いものを食べると回復するので「低血糖」なんだな、とぼんやり思っていました。

結婚してから結構頻繁に出てしまい、
そのことを知らない夫には「ただお腹が減って不機嫌になってるだけじゃないのか」と
言われてしまい、わかってもらえません。
「もしそういう病気なら自己管理が甘い!」と叱られてしまいました。
(夫は心持ちでそういう病気は防げると思っているのです)

調べていると、低血糖は糖尿病の人がなると書いてありました。
自分は会社の健康診断でも異常はみられませんでしたが、もしかして糖尿病なんでしょうか?

糖尿病じゃなくても低血糖になることはありえないのでしょうか?

「自分は低血糖の症状がでるのだが、いったいなんなのか調べてほしい」と、
検査目的で病院に行くと保険が効かないと聞きました。

ある人からは、
「低血糖の症状がでたときに病院にいけ」と言われましたが、発症したときはそんな余裕はなく、無我夢中で糖分をとるので、10分後くらいには回復してしまいます。

やはり夫にわかってもらうためにも検査に行くべきですか?
低血糖の症状は糖尿病だからですか?

教えて下さい。

以前から空腹になると、吐き気がしたり、
ぐっと血圧が下がるようなかんじになって、
さらにほっておくと手足がしびれ、口もしびれ、
汗をぐっしょりかいて、パニックになり、
過呼吸も引き起こしてしまいます。
甘いものを食べると回復するので「低血糖」なんだな、とぼんやり思っていました。

結婚してから結構頻繁に出てしまい、
そのことを知らない夫には「ただお腹が減って不機嫌になってるだけじゃないのか」と
言われてしまい、わかってもらえません。
「もしそういう病気なら自己管理が甘い!...続きを読む

Aベストアンサー

#7です。
まず,夕方になることが多いということですが,昼食は取っていますかね。
あるいは12時前に取っていますか?
その場合はおっしゃるとおり,チョコ一粒とかでしのぐのでいいと思います。

回数が増えているのと,最近やや体重が増加気味ということですが,それは大きな一因だと思います。
膵臓が疲れているのかも知れません。
飲酒の翌日に低血糖になることからもうかがえます。

私も全く同様の症状で受診しましたが,境界型糖尿病ということで,
投薬には至りませんでしたが,
厳に体重管理をするようにと言われ,それを守ったら毎週のように起こっていた低血糖がかなり少なくなりました。

私の場合は,食後4時間くらいで起こることが多いので,
朝食後はまずないのですが,夕食前が主でした。
今でもたまにはありますが,チョコで乗り切っています。

食事は炭水化物(ご飯,うどんなど)を総カロリーの半分以上取り,
かつ,総カロリーは少なめにと言うのが良いといわれました。
私は糖尿病患者が買う,食品成分表を購入し,
カロリーの目安にしながら食事を取っています。

いずれにしても,一度受診なさり,膵臓ガンなどの心配が排除されれば,
以上のような注意でよいと思われます。

あと,お酒を飲むときは,まず炭水化物を少し取りましょう。
私の場合は,例えばお寿司3個くらいの量を食べつつ,呑んでます(^o^)
飲酒時は血糖値が,ガクンと下がるのだそうで…

#7です。
まず,夕方になることが多いということですが,昼食は取っていますかね。
あるいは12時前に取っていますか?
その場合はおっしゃるとおり,チョコ一粒とかでしのぐのでいいと思います。

回数が増えているのと,最近やや体重が増加気味ということですが,それは大きな一因だと思います。
膵臓が疲れているのかも知れません。
飲酒の翌日に低血糖になることからもうかがえます。

私も全く同様の症状で受診しましたが,境界型糖尿病ということで,
投薬には至りませんでしたが,
厳に体重管理...続きを読む

Q「相対的」、「構造的」の意味の違い

タイトル通り「相対的」、「構造的」の違いが分りません。本によると

相対的→二つの価値基準で物事を判断する場合。
構造的→様々な部分が相互に関連しあいながら、成り立っている全体
     また、その相互関係。

とあります。そして「相対的とは2つ以上のもので、構造的とは3つ以上のものを比べるときに使う。」とあります。
しかし、成績をつけるときの「相対評価」などの「相対」は上の説明には当てはまらないと思います。微妙なこの二つ評論用語の違いが分りません。
教えてください。

Aベストアンサー

成績の時の『相対的』とは『価値基準』が2つである事を示しています。
つまり、絶対的な評価の基準が存在してるのではなく、『他の人との相対的な差』を評価としているのです。ここでいる2つの価値基準は他者と自分の2つであるため、相対的という言葉が使われていると考えられます。

構造的とは『様々な部分が相互に関連しあいながら、成り立っている』のですから、関係は1,2個の問題ではないという事です。

簡単に言うと、相対的とはある事に対して比較する事で、
構造的とは、ある物の細かな仕組みの事を示しています。

警察の仕組みが企業の上下関係に似ているなどと言う様な事を言いたい時には構造的に似ていると使います。

この味付けは、今までのあなたの味付けの中では辛い方だと言いたい時は『相対的に辛い』と使います。

Q「立ち振る舞い」と「立ち居振舞い」

「立ち振る舞い」と「立ち居振舞い」。
どうやら、「立ち振る舞い」は間違ってて「立ち居振舞い」が正しいらしいのですが、
数々の辞書を調べてみると「立ち振る舞いは立ち居振舞いと同意」とされている辞書がかなり多い。

なのに、やはり「立ち居振舞い」のほうが正しいようです。

なぜ「立ち居振舞い」だけが正しいのか、知っている方はいませんか?

Aベストアンサー

「立ち居振舞い」とは、立ったり座ったりの身のこなし、日常の動作のことです。
立ったり座ったりだから「立ち居」なのです。「立ち振舞い」だと座ることが抜けてしまいます。(笑)

では、なぜ「立ち振舞い」が、同義語として載っている辞書があるのか?
、言葉は生き物です。正しくなくとも使う人が大勢いると誤りもやがては誤りではなくなってしまうのです。
今、試しに完全一致で検索したところ、
「立ち居振る舞い」&、「立ち居振舞い」が121,100件+27,000件
「立ち振る舞い」&、「立ち振舞い」が73,100件+841件

わたしは辞書の編集者ではないのであくまで推測ですが、これは、「立ち振る舞い」も市民権を得た言葉として認めたということではないでしょうか?

Q経験を活かす?それとも生かす

質問の通りなのですが、どちらが正当なのでしょうか?
辞書も見ましたが、「活かす」が正しい様な・・・
どちらでもいいような・・・?
私自身はずっと「生かす」と覚えていたのですが、
活用するという意味だから、
「経験を活かす」がより正しいのでしょうか?

詳しい方よろしくお願いします。

Aベストアンサー

新字源ではどちらにも「いかす」の意味があります。ただし常用の訓読みがあるのは「生」の方だけです。

さてその「いかす」ですが、

「生」…「死なさない」の意味
「活」…「役立てる」の意味。活用

「経験を生かす」とは「経験を役立てる」ことなので、漢字としては「活」がふさわしいと言えます。

しかし、常用訓では「活かす」は現状認められていないため使用する状況を考えた方がいいでしょう。

「たずねる」の意味の「きく」を「訊く」「尋く」と書くようなことと同じで、近年特に目立つようですが(実際仮名漢字変換ではすぐ出ます)、状況を考えずにあまり使いすぎるのは考え物です。

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。


人気Q&Aランキング