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お世話になります。

 「メルセデス・ベンツ」ブランドの由来となったメルセデス・イエリネク。ハンガリー帝国領事で車好きの富豪のエミール・イエリネクの末娘だということ等、名づけに関するエピソードは検索するといろいろと出てくるのですが・・・

 このエミール領事と娘のメルセデス嬢は、その後どういう生涯をおくったのでしょうか?

 よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

二度結婚して 39歳で結核で死亡だそうです。


http://en.wikipedia.org/wiki/Mercedes_Jellinek
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この回答へのお礼

ご回答有り難うございます。
以前、船舶関係の質問でも、お世話になりました。

 外国語への苦手意識を克服しないと、調べ物一つできないのだな、と改めて感じました。

 自分の実生活上にはあまり関係のない事柄なのですが、名づけのエピソードを知った時から、だいぶ長いこと疑問に思っていたことでした。
 お教えいただき、ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/01 00:07

エミール・イエリネクは、


1897年から販売を手がけたダイムラー車に「メルセデス」
(ドイツ語読みだとメルツェデス)と名付け始め、
1899年には自分のレーシングチームにも「メルセデス」の名を入れ、
1902年のパリモーターショーでは娘のメルセデスのでっかい写真を掲げ
「メルセデス」の名前は世界的に有名になりました。

しかし、
1907年、イエリネクお気に入りのウイルヘルム・マイバッハが
ダイムラー社を去ると、イエリネクの自動車への関心や事業・商売
への情熱も急速に無くなり、
1909年、モンテカルロでのオーストリア=ハンガリー領事職に
専念し始めます。(カジノなどは所有してましたが)
第一次大戦直前に、家族と共にウィーンに帰国。
しかし、オーストリア政府からフランスで稼いだ利益の一部を要求され
フランス生活が長かったイエリネクは祖国に居づらく、
フランスに戻るものの、そこでもスパイ活動の嫌疑をかけられ
1917年、ジュネーブに亡命。(しかし、ここでもスイス政府から
スパイ活動の嫌疑で一時的に逮捕される。)
1918年財産のほとんどを失い病死。64才でした。

娘のメルセデス・イエリネクは、
1889年9月16日ウィーン生まれ。
1893年には、母を病気で亡くすものの、父親の事業成功で裕福な
生活を送ります。
父親とは異なり、自動車への関心は全く無かった彼女ですが
音楽には関心があったようです。
しかし、彼女を有名にしたのは、2回のスキャンダラスな結婚・離婚
だったようで結局、
1929年結核によりウィーンで死去。39才でした。
かなり奔放な女性だったようですね。

メルセデスは、イエリネクの末娘ではありません。
イエリネクの再婚も入れて7人の弟や妹がいます。
メルセデスが4才の時に亡くなった実母レイチェルは、
メルセデスを生んだ後にも3人の娘を生んでいます。
メルセデスは、イエリネクの最初の娘なのです。

イエリネクは、かなりメルセデスという名前が気に入っていたようで
1903年に自分の名前を「メルセデスイエリネク」に改名しています。
「娘から名前をもらった史上初めての父親だろう」と生前イエリネク
は言っていたそうです。

メルセデスは、スペインのカソリックネームで「慈悲」を意味します。
母親がキリスト教アルジェリア系フランス人だったためと思えますが、
イエリネクは、ドイツ系ユダヤ人の家庭で生まれ育ったユダヤ教徒
です。晩年祖国やフランス・スイスで不遇だったのはそのせいかも
しれません。しかし、
1982年、イエリネクはメルセデスの母レイチェルが葬られている
ニースのカソリック墓地に亡き妻の横に再埋葬されました。
晩年のイエリネクの遺言によるものですが、それが叶ったのは
実に64年後のことでした。戦争による独仏間の憎しみやユダヤ差別
の影響があったのは確かでしょう。

19才に親の命令でフランスに外交官として行くまで、
エミール・イエリネクは厳格で学者一家の家族の中で劣等生として
育ちました。
彼の人生が上向いて来たのは、メルセデスの母レイチェルと知り合った
20才のころからでした。
レイチェルの父親と始めたタバコの貿易で一財産築き、その後保険や
金融で商才を伸ばしていきます。
イエリネクが、メルセデスという名前を愛したのは、亡き妻レイチェル
への情愛があったからかもしれませんが、自分の幸運の女神である
レイチェルが残した名前だから自分の「ラッキーネーム」として
考えていたかもしれません。

ちなみに後妻のアナイスは、
1941年ドイツ占領下のパリ郊外で亡くなっています。

戦後ノーベル賞を受賞した、
オーストリアの作家エルフリーデ・イエリネクは、その名の通り
エミール・イエリネクの孫娘にあたります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

 お詳しいですね・・・情報量に圧倒されております。

 名づけのエピソードを知った時から、だいぶ長いこと疑問に思っていた事柄だったのです。仕事でも個人でもコンパクトカーや軽、商用車しか運転しない身の上なので、疑問に思っていたことも忘れかけていたのですが、「そういえば、このサイトで尋ねてみれば・・・」と思い、質問をしてみたところ、懇切にたいへんに詳しいご回答をいただくことができ、感謝いたします。

 なんで末娘だと思い込んでいたのか、あやふやなことですみませんでした。

お礼日時:2007/09/01 00:27

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