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下記松尾芭蕉の病状です。病名はなんと推定できます?
(旧暦)この年大阪で赤痢、腸チフスなし。
持病に痔あり。

9月4日から連日の句会で体力を消耗し、熱を出して下痢。
9月7日伊賀上野から大阪へ向けて出発。
9月9日大阪に到着。大阪に入る前に駕籠から下りて、雨の中を薦(こも)をかぶって市中に出る。
9月12日句会を開く。
9月13日夕方、悪寒に悩む。
9月14日気分よくなり、句会を開く。帰宅後熱が出て頭痛始る。腹は痛み、下痢続く。
9月19日震えが止まらず発熱頭痛が続くなか、句会を開く。病状悪化。
9月21日句会を開く。病状回復せず。
9月23日毎晩午後4時から9時まで、寒気、熱、頭痛がおこり、熱さましの薬を飲んですっかりよくなったと手紙に記す。
9月25日熱が出て老い朽ちた、と手紙に記す。
9月27日園女宅で句会。山海の珍味で饗応、芭蕉よく食べる。きのこも食べる。
9月28日句会を開く。容体悪化。
9月29日泄痢(せつり)のため倒れる。物言う力もでず。
10月1日下痢二十余回。
10月2日下痢三十余回。
10月3日下痢三十余回。弟子の手を握って放さないほど憔悴。悪寒、震え、足のさきが冷える。
10月5日駕籠で宿を移動。
10月6日小康を得る。床に起き上がり庭を見る。顔は枯木のように痩せる。
10月8日下痢の回数減る。よく眠る。
10月11日誰もが死期がきたのを悟るほど衰弱。
10月12日没す。

A 回答 (1件)

松尾芭蕉の死因は諸説あり、主に食中毒や赤痢だと言われていますが、単に食中毒であるわりには下痢、発熱、悪寒の持続期間が長すぎるような気もします。

「この年大阪で赤痢、腸チフスなし」であるとすると、旅の疲労による免疫力低下のため、感染力がそれほど強くない何らかの感染症を患ったことが推測されるかと思います。感染性腸炎、あるいは感染症ではありませんが、潰瘍性大腸炎か何かでしょうか。

現代では、長年痔が治らず病院で検査したら潰瘍性大腸炎であったというケースがありますし、症状が収まったり(緩解期)、強くなったり(活動期)を繰り返している状態が似ている印象を受けます。周囲の人間に同様の症状が出なかったとすれば、感染性の腸炎よりは、潰瘍性大腸炎の方を疑いたくなりますね。

その後、病体にむちを打って旅や句会を継続し、さらに免疫力が低下。そこで「山海の珍味」を食べたことで、何らかの菌あるいはウイルスに食物感染した(食中毒)。しかし、すでに腸の機能が衰えていたため、自然治癒力が働かず、下痢による脱水や栄養失調による体重減少で衰弱。死に至るという感じでしょうか。

以上は、私の勝手な推測ですが、9月9日の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という句、9月10日の「一生旅で過ごし、かねては草を敷き土を枕にして死ぬ自分と覚悟していたのに、こんな立派なしとねの上で、大勢の人々に付き添われて死ぬとは冥加に尽きる」という発言を見ると、芭蕉には明らかに自分は病んでいるという認識があり、死を意識するほどの病状であったことが伺われます。潰瘍性大腸炎自体で死亡することは考えにくいですが、そこで感染症に罹患すれば、昔の医療事情のもとであれば、あり得ることかと思いました。以上、ご参考までに。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
芭蕉の死因は、一般に園女宅で食べたきのこが原因の食中毒とされていて、園女や弟子たちもそう信じていたようです。
しかし、きのこをたべた他の人は食中毒になっていません。
調べてみるとそのだいぶ前から症状は出ているので、単純な食中毒ではないとおもい質問させていただきました。
専門家の意見が聞けて幸いです。

お礼日時:2007/09/18 04:40

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