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権力の中枢に君臨した、鎌倉の北条氏を破って全滅させ(一部生き残ったが)権力の転覆を完成させた歴史というのは、この一回だけでしょうか?個人的には、真の革命というものはこういうものだと思うのです。

A 回答 (5件)

質問者さん的な「革命」の解釈に従えば、



①「全国支配=現在の日本の領土全域に対する支配」とする場合(地理的な解釈)

②「全国支配=(現在の日本の領域で)政権が存在しないを除外」した場合(つまりアイヌ等を除外)

のどちらかによって意味合いが異なると思います。

①の考えでいけば、建武期の支配領域は北海道や沖縄に到達していないので、鎌倉末期も不適切なうえに、現在の「小笠原」を正式に領有したのは明治以降なので、一度も存在しなかったことになります

②の考えでいけば、「鎌倉末期」の他に「江戸初期の豊臣家滅亡」が該当すると思います。(「平安末期=朝廷勢力は残存」「承久の乱=それでも朝廷勢力は残存」「明治維新=徳川家は華族化」なので、この解釈に従えば不適切)


ですが、質問者様の「革命」解釈そのものはかなりの少数意見(解釈は人それぞれなので間違いだとは言いませんが、少なくとも一般的な解釈ではないと思われますし、ぼくも違和感を覚えます)だと思われますので、あんまり「真の革命」とか大袈裟なことは言わない方が…
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この回答へのお礼

そうですね。私の感覚で「主権者を殺害する」という過程が含まれないとそうでないという感じなので、はなはだ一般性にかけるかもしれません。分類わけして考察していただいてよくわかりました。

お礼日時:2007/11/28 09:26

#2です


訂正です
ルイ18世→ルイ16世
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敵対陣営を根こそぎ殺戮するのが革命というのであれば、そういう革命は日本には永久的に起きて欲しくないものです。


そういう血を流すのを好む思想は、常に外敵の脅威にさらされている大陸国家にはあっても不思議ではないですが、闘争よりも協調を重んじる島国や海洋国家では不要なものです。

私の考えでは、体制変革という意味では、政治の主導権を武士が朝廷から完全に奪いとった承久の乱、そして徳川幕府から朝廷に戻した明治維新の方が革命としての価値は大きいと思います。
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この回答へのお礼

7月14日を祝ってますしねWあれも困ったものです。社会変革的意味合いを重視するのならば、おっしゃるとおりだと思います。

お礼日時:2007/11/28 09:24

「革命」という言葉の解釈の問題ではないでしょうか?


革命を権力を含めた社会全体の変革と捉えれば、鎌倉時代の末期は革命とは呼べないでしょう。

例えばフランス革命は王政→共和制、ロシア革命も帝政→社会主義体制という社会変革であります。しかし日本の場合、確かに後醍醐天皇による親政があったとはいえ、基本的には北条→足利という武家政権の移行であるので、革命であるとはいいにくいです(この場合クーデタの方がしっくりときます)。むしろ、この定義でいけば平安末期や明治維新が性質的には革命に近いかもしれません。
一方、日本には真の(仏革命や露革命のような)革命は起こらなかったとする意見もあるでしょう。

また、質問者様の定義でいけば、確かに平安末期の平氏は奥州を支配下に入れてないため全国的な為政者ではないので、革命ではないでしょう。しかし、江戸は徳川という為政者(かなり緩やかな共同体であるが)から政権を奪取しているので革命と呼べるのではないでしょうか?

もうひとつ、全滅させるかどうかは、問題ではないでしょう。そうなると仏革命は、その後ブルボン復古王政で、処刑されたルイ18世の弟たちが王となったので革命とは呼べなくなります。
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この回答へのお礼

社会変革ということを条件に刷ればそうですね。支配体制の転覆、それも完璧に排除し絶滅させた歴史ということです。もどきは日本史上におこりますが、なにか冠するような歴史はない。江戸は徳川を生き残らせていますし。フランス革命はやはり王を殺したことで「革命」を冠せるのでは。

お礼日時:2007/11/28 09:23

平家の滅亡は?

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この回答へのお礼

平家は全国支配を成し遂げていないのでは。

お礼日時:2007/11/28 09:21

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