海外旅行から帰ってきたら、まず何を食べる?

このような問題にあたりました。
考え方があっているかどうか不安なのでお教えください。

「次の傍線部の謙譲語はだれがだれを敬った語か」
1、
(僧都が尼君に)「ここにはべりながら、(源氏様の)御とぶらひにももうでざりける。」
ここでの傍線部は「もうで」なのですが
会話文なので僧都が、そして動作の対象になる?源氏様を敬ってると思うのですがどうでしょうか。

2・3、
(かぐや姫の翁宛の手紙)「見捨てたてまつりてまかる空よりも落ちぬべき心地ぞする。」
ここでは「たてまつり」と「まかる」
なのですが
この文章は手紙とはわかるのですが
この問題の前に書いてあった「地の文」なのか「会話文」なのかわかりません。
どちらにしても2つともかぐや姫が、だれかを敬ってるとおもうのですが・・・
たてまつりは翁だとおもうのですが
「まかる」はだれが敬う対象でしょうか?
参る空から、という意味ですよね?なら天人でしょうか・・・?

A 回答 (1件)

>(僧都が尼君に)「ここにはべりながら、(源氏様の)御とぶらひにももうでざりける。



何の巻のどのくだりでしょうか、もう少し前後の文を書いていただけると、的確なアドバイスができると思うのですが。
「若紫」でしょうか?

ここの「とぶらひ」が、質問者さんの仰るように、「源氏への見舞い」であるのならば、たしかに、敬意の向きは「僧都→源氏」で正解です。

ちなみに、「もうで」は仮名遣いの誤りで、「まうで」が正しい表記です。

>会話文なので僧都が、そして動作の対象になる?源氏様を敬ってると思うのですがどうでしょうか。

「謙譲語」の敬意の向きの考え方そのものは、それで正しいです。

>(かぐや姫の翁宛の手紙)「見捨てたてまつりてまかる空よりも落ちぬべき心地ぞする。」
>たてまつりは翁だとおもうのですが
>「まかる」はだれが敬う対象でしょうか?

「たてまつる」は、謙譲の補助動詞で、ここでは、翁をお見捨て申し上げて、とかぐや姫が手紙を書いているのですから、「かぐや姫→翁」で正解です。
見捨てられる(「見捨てる」動作の対象)は翁ですから。

「まかる」は、謙譲の本動詞で、「退出する(貴人の傍を離れる)」という意味です。
かぐや姫が、翁に、「私があなたをお見捨て申し上げて、あなたの傍からお離れ申し上げる、その空から今にも落ちてしまいそうな気がします(それほど、あなたの傍を離れがたく辛い)」と、手紙で別れの悲しみを述べているのです。
ですから、ここも、「かぐや姫→翁」ととるのが普通です。

が。
こうした用法の「まかる」は、もっと視野を大きくとらえる考え方もあります。
つまり、かぐや姫が個人的に翁の住む家から離れて天に帰る、という局地的な内容を述べているのではなくて、帝の統治されるこの日の本を、まあ、ひいては地上の世界を、「まかり」出でて、月の世界へ帰る、というグローバルな考え方をすれば、ここの敬意の対象は、この手紙の文中に明確に存在はしないけれども、「かぐや姫→帝」という解答も成り立つわけです。
まあ、この文だけが断片的に出題されて、機械的に敬意の対象を問うだけの設問であれば、そこまで考えさせるレベルの問題ではないと思いますが。

ちなみに、漠然と「帝」を敬う表現としては、帝のおはします「内裏」へ「参っ」たり内裏から「まかった」りは当然のこと、少し範囲を広げて、「京」へ「参っ」たり京から「まかった」り、外国人は「日本」に「参っ」たり、遣唐使など外国へ行く人は、「日本」から「まかっ」たり、かぐや姫など宇宙人は、地球(地上の国)へ「参っ」たり地球から「まかっ」たりします。
すべて、帝のおはします内裏、京都、日本、この地球、という考え方に基づいているのです。
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