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昨日のNHKで、自衛艦の事故に関するニュースをしていたのですが、画面の字幕に 「操舵室」 というのを 「操だ室」 と表現していました。

字幕を見て、「エッ? 何これ? ああ、操舵室の事か ・・」 となったのですが、これって変ではないですか?

「操舵室」 が、どうして 「操だ室」 になるのですか? NHKは漢字の使い方にどんな基準を設けているのでしょうか?

他にも、最近、一部だけ平仮名にした表現が増えているように思います。 視聴者を馬鹿にしているというか、小学生レベルの漢字知識しかないと考えているように感じました。

「そんなに漢字を使いたくなければ、いっその事、全部、平仮名の字幕にすれば?」 と言いたくなりました。

なお、「NHKに苦情を言えば?」 というお答えはご遠慮下さい。

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A 回答 (8件)

いわゆる「交ぜ書き」ですね。



「舵」という漢字自体が常用漢字表にない「常用外漢字」のため、公用文では、「かじ」も「だ」も通常平仮名で表記します。

それが発展して「操舵」のような熟語についても、「操」は常用漢字なので「操」、「舵」は常用外漢字なので「だ」、合わせて「操だ」とするのが「交ぜ書き」です。個人的な極論ですが、少なくとも熟語における「交ぜ書き」は間違った表記ではないかとさえ思っています。理由は美しくないから。逆に意味が分かりにくくなりますよね。

ニュースについていえば、時代によりますが、1998年に北海道拓殖銀行が破綻した際「破たん」と表記されていました。また2002年小泉首相(当時)が北朝鮮を訪問し日朝首脳会談で注目された日本人拉致事件については「ら致」と表記されていました。

現在では、多くの報道機関で「破綻」「拉致」と表記されています。基本は常用漢字表に従いながらも、読者や視聴者の認知度が高いと思われる熟語については、常用外でも漢字で表現する流れになっているようです。

「操だ」については、日本語にはルビという便利な表現方法があるのですから「操舵」の上に「そうだ」とルビを振ればよいのではないかと思います。

ビジネスでよく用いられる言葉でも、意外に常用外漢字で公用文では平仮名になっているものがあります。例えば「挨拶」「進捗状況」「瑕疵担保」などがそうです。これらは公用文では「あいさつ」「進ちょく状況」「瑕し担保」と表記され、個人的には美しくないと思っています。

「子供」については、「子」も「供」も常用漢字ですので、公用文では「子供」と表記しますが、メディアはもちろん公用文ルールに縛られるはずの文部科学省を始め多くの自治体など役所でも、「子ども」と表記されます。これはまた違った意味で「交ぜ書き」にしています。

「供」だと供え物の意味になり、子供の人格を否定するからけしからん!という一部市民団体のクレームがうるさいので最初から彼らの主張どおり「子ども」と表記しておけばいいだろう、という事なかれ主義からくるものです。

かつて、「婦人」の「婦」は「女」に「箒(ほうき)」と書く。「家事をする女」という意味で男女共同参画時代になじまず、けしからん!ということで「女性」に変えたのと同じ発想です(さすがに「産婦人科」の名称は変えられませんでしたが 笑)。

個人的には、このような特定のイデオロギーが含まれた議論に迎合し、日本語が変えられていくのが残念でなりません。

イデオロギーとは無関係ですが、常用外漢字を排除した悪例と思っているのは「さいたま市」です。埼玉県さいたま市・・・と住所を書いていけば、そのおかしさはすぐ分かると思うのですが(笑)。常用外を排除したければ「さい玉市」でもよかったのでは?なんて軽口をたたきたくなります。

都道府県名に使われている漢字で常用外なのは「埼」のほか「岡」「奈」「阪」「鹿」「熊」「梨」「阜」「茨」「栃」「媛」の11字で、これは逆に常用外であることがおかしい、ということで次回の常用漢字表の見直しで常用漢字に追加されるようです。せっかく市名を変えたのに、「さいたま市」はどうするんでしょうね。

なお、No.6様がご紹介されていた産経新聞については、校閲部長が塩原経央氏だからかもしれませんね。塩原氏は実は詩人でもあり、産経新聞の校閲部長として、紙面の文字、文章が日本の伝統と文化にふさわしいかどうかを、業務として校閲しておられます。

同氏が産経新聞に不定期に連載されている随筆「国語断想」は結構面白いですよ。秀逸だったのは、2003年11月14日掲載の「『返せ』と『帰せ』事の本質きちんと見抜いて」。これは、北朝鮮に拉致された人々を日本に「カエセ」という場合、「帰せ」か「返せ」かで意味合いが違ってくる。記者は国語のプロとして吟味すべきだ、というものでした。残念ながらWebでの掲載はありませんが、他のテーマでも面白くてためになる内容が多いですよ。「国語断想」で検索してみてください。
http://www.michem.jp/2004/040422.html
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この回答へのお礼

有難うございました。
「交ぜ書き」というものなんですか。
元々の漢字を知っている者から見れば、本当に読みにくいんですよね。
漢字には素人なのですが、そもそも漢字は「表意文字」だったはずですよね。 「音」だけを表記するアルファベットやハングルなどと決定的に違うのは、その部分だと思います。
つまり漢字一文字で意味が理解できる点が最大の長所のはずです。
そう考えると、平仮名や片仮名は「表音文字」であり、「交ぜ書き」は漢字文化の素晴らしさを破壊するものだと思います。

私の友人が「さいたま市」に住んでいるのですが、町名が変わった時、「お前の町の住民は漢字も読めないのか」と、からかった事を思い出しました。
たしかに埼玉県さいたま市 ・・ 実に奇妙な表現ですよねえ。

それと、「婦」のように一部の狂信家グループのために漢字が削除されていく現象には溜息をつくしかありませんね。
もっと漢字を大事にしたいものです。

お礼日時:2008/04/22 11:00

新聞紙面のことに限って回答するならば「記者文書マニュアル」(社によって呼び名が違う)があります。

言い回しは各社独自ですが、平易な文章と語彙を目指しての配慮があるのでしょう。たまにヘンなのもありますが、校閲でマニュアルに沿って訂正が入ってしまいます。
(人権に配慮する部分もあります)

NHKも報道機関として何らかの表現規定が存在してもおかしくはありません。それを知っているので私はNHKが視聴者を小ばかにしているとは思えません。スルーです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
NHKにも独自の表現規定があるのですね。
操舵室が「操だ室」になったのも、その規定のせいなんでしょうね。
視聴者を馬鹿にしているとは思いませんが、普通の社会人の感覚からすれば、明らかに変な使い方になっているように感じます。
その規定を作成した人と一般人との間には、何か大きなギャップのようなものがあるのかも知れませんね。

お礼日時:2008/04/21 10:21

新聞でも僧侶は「僧りょ」でしょう。


これを見るたびにウンザリ。
日本のマスコミの気骨のなさの象徴のように思えて。
産経だけはたしか「僧侶」。孤軍奮闘。
わたしの株価ボードで産経株がすこし上がりました。
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この回答へのお礼

有難うございました。
僧侶もダメなんですか。
奇妙な漢字の使われ方は、他にもたくさんありそうですね。
産経新聞は色々と批判する人もいますが、なかなか気骨があるメディアですね。 見直しました。

お礼日時:2008/04/21 10:14

因みに。



「お風呂」の「呂」も常用漢字表にありません。なので「お風ろ」と表記しなければなりません。

これでは、告示の「分かりやすく通じやすい文章を書き表す」と言う趣旨に反し、逆に「訳の判らない文章」になってしまいます。

その為「お風呂に入る」の代わりに「入浴する」など、常用漢字表にある漢字を使った別の単語に置き換えるなども行います。

告示は「分かりやすく通じやすい文章を書き表す」ためにあるのに、告示を基にして、カナ漢字を混在させた文章を書き「分かりにくく通じにくい文章を書き表す」と言う結果になっているのですから本末転倒です。
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この回答へのお礼

有難うございました。
エッ、風呂もダメなんですか。
常用漢字って、日本語をダメにするために作成されたのでしょうか。
誰か権威のある人が「これはおかしいだろう!」と指摘してほしいものですね。

お礼日時:2008/04/21 10:12

『舵』という漢字が『常用漢字』ではないので使えないんだそうです。



※ 最近は見直されて来ているようですが、法令では常用漢字のみを使用することを原則としているそうです(参考:Wiki)

よく使う漢字でも『常用漢字』に含まれないものが多数あります。
私的には、”よく使う”のだから『常用漢字』にすれば良いのにとか思いますが・・・
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この回答へのお礼

有難うございました。
> 私的には、”よく使う”のだから『常用漢字』にすれば良いのに ・・
全く同感です。 発想が逆ですよね。
一体誰が、どんな基準で勝手に使用禁止にするのか知りませんが、何だか日本語をダメにしているように感じますね。

お礼日時:2008/04/21 10:09

「舵」は常用漢字に含まれていないため、ひらがなで表記したのです。


内閣府から「法令・公用文書・新聞・雑誌・放送等、一般の社会生活で用いる場合の、効率的で共通性の高い漢字を収め、分かりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用の目安」として告示されています。
ですから、日常で使うのに常用漢字に含まれない、常用漢字に含まれているのに日常で使う、などの矛盾が生まれるのは仕方ありません。
NHKはこの告示に沿って字幕を作っているだけです。
変な漢字の使い方・・・と思うのは、常用漢字が原因なのです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
なるほど、常用漢字というのが曲者なんですね。
学者たちが集まって決めているのでしょうが、社会的に使用されている漢字を、ダメというのは変ですよね。
「分かりやすく通じやすい」という理由のようですが、その漢字を知っている者にとっては、実際とても読みにくい表記になっていると思います。
「いっその事、漢字全部を使用禁止にしたら?」と、ツッコミを入れたくなりました。

お礼日時:2008/04/21 10:07

1981年10月1日に内閣告示第1号「常用漢字表」により発表された漢字使用の基準に拠ります。



NHKでは、この「常用漢字表」に無い字は、漢字を使用せずにカナで表記する事にしています。

この「常用漢字表」に無い場合、例え小学1年生で習う簡単な漢字であっても、漢字にせずにカナで表記します。

逆に、かなり読み難い漢字であっても、この「常用漢字表」にある場合は、漢字で表記します。

なお、人名を表示する場合は、この限りではありません。
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この回答へのお礼

有難うございました。
内閣で決めた漢字表がもとになっているのですか ・・ その漢字表自体がおかしいというか、普通の社会人から見ると変な使い方になっているようですね。
でも、漢字表に無くても、「子供」を「子ども」と表記するのは ・・

お礼日時:2008/04/21 09:59

NHKに限らず、報道するときに使える漢字が決まっていて、


今回の例だと「舵」という字が使える字ではないのでひらがなになったんでしょう。
(制度で決まっていたような…)

個人的には「子供」のことを「子ども」とするのが好きじゃないです。
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この回答へのお礼

有難うございました。
この「報道するときに使える漢字」なんですが、やっぱり普通の感覚からすると変な規定になっているように思いますね。
子供を「子ども」って、一体誰が、いつから変えたのでしょうね。

お礼日時:2008/04/21 09:56

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Qニュースや新聞などで難しい漢字を使用しないことについて

読みやすさ、伝わりやすさ重視とは言え、難しい漢字(実際にはそこまで難しくない)漢字をわざわざ平仮名で書かれると、かえって侮辱されているような気がするのですが、マスメディアのこの方針は実際に効果があったのでしょうか?

Aベストアンサー

【結論】
マスメディアのこの方針は有意義な効果があったと考えられます。

【解説】(長文ですが引用が大半です)

(1) 一般日本人はさほど漢字ができない

新聞漢字表 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E6%BC%A2%E5%AD%97%E8%A1%A8
常用漢字 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97
(引用開始)
マスメディアのほとんどは、常用漢字のほかに使用可能な漢字を独自にまたは任意に選定し、常用漢字に準用している。一般的な新聞は、新聞協会用語懇談会が示す新聞漢字表に基づき、各社で多少手を加えて、漢字使用を運用している。
(引用終り)

つまり、新聞などの漢字制限は常用漢字表に準じている。一方、今や年間300万人ほども受検しているらしい「漢検」では、2級が常用漢字レベルである。
漢検 各級の程度と出題範囲
http://www.kanken.or.jp/teido/teido.html

「問題例」を見ることができるが、2級の読み・書取の問題は(ご質問者の表現を借りれば)「実際にはそこまで難しくない」ものばかりである。満点は200点で、読み・書取の配点は120点と多い。四字熟語や部首などの問題にはかなり難しいものも見受けられるが、配点は少ない。そして、2級の合格率はわずか20%台後半である(合格基準は160点程度)。
漢検の概要
http://www.kanken.or.jp/kan_towa/kan_towa.html

私の知人は、会社の命令で職場ごと2級を受けに行ったという。大人が漢検2級に合格したって自慢にもなりゃしないが、なんと知人の同僚は不合格者が少なくなかった。漢検の志願者は学生なども多いそうだが、小中学生がこぞって2級を受けたりしているわけでもあるまい。たぶんこの合格率は、日本人一般の漢字力を表しているだろう。常用漢字表の漢字さえ、ろくに読み書きできない人が多いのが現実なのである。そして、この受け取り手の実情に合わせて、新聞などマスメディアは漢字使用の制限を続けていくことになると思われる。

(2) 漢字が滅びなければ中国が滅びる(魯迅)

漢字の本家本元の中国は、20世紀に入ってもなかなか識字率が上がらなかった。劇的に向上したのは1949年の中華人民共和国の建国後らしい。文豪・魯迅(1881-1936)はもちろん漢字に精通していたが、祖国の惨状を見つめて次のように書いた。

『漢字とラテン化』(1934年)
http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/kahen/kanji.html
(引用開始)
この四角い字(引用者注:漢字のこと)の弊害を伴った遺産のお蔭で、我々の最大多数の人々は、すでに幾千年も文盲として殉難し、中国もこんなザマとなって、ほかの国ではすでに人工雨さえ作っているという時代に、我々はまだ雨乞いのため蛇を拝んだり、神迎えをしたりしている。もし我々がまだ生きて行くつもりならば、私は、漢字に我々の犠牲となって貰う外はないと思う。(中略)
たしかに、漢字は古代から伝わって来た宝である。しかし我々の祖先は、漢字よりももっと古い。だから我々はもっと古代から伝わって来た宝なのだ。漢字のために我々を犠牲にするか、それとも我々のために漢字を犠牲にするか? これは心を喪(うしな)った気違いでない限り、誰でもすぐ答えることができるだろう。
(引用終り)

『声なき中国』(1927年)
http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/sankan/koenaki.html
(引用開始)
というのはその文字が、何よりもまずわれわれの祖先がわれわれに残してくれた恐るべき遺産だからです。人々は長い年月をかけても、まだ使いこなすことが難しいのです。難しいために、多くの人々はそれを覚えようとしないのです、(中略)
中国には文字がありますが、現在はもう多くの人たちとは関係のないものになってしまい、使うのは分かりにくい古文であり、述べることは古臭い考えであって、すべての声がみな過去のものであって、まるで零に等しいものであります。だから、人々はお互いに理解しあうことができなくて、さながら盆に撒き散らされた砂のようなものであります。
(引用終り)

漢字が滅びなければ中国が滅びるというのは、あえて矯激に走った一種の修辞であろう。本当に漢字を全廃したら(魯迅も)困る。また、魯迅の主張は白話運動(口語に近い文を書く)が主で、漢字制限は従かもしれない。それでも、彼のような大知識人がこうして極言したことに大きな意義がある。「漢字あっての中国ですね」などと凡庸なことを言ってたら、中国は覚醒しなかっただろう。

(3) 負担軽減の効果

日本は当用漢字表(1946年内閣告示。その後身が常用漢字表)で漢字制限を行い、中華人民共和国は漢字を簡略化した。ただし、(1)と(2)の話は直接にはつながらないかもしれない。また、(1)の「漢字ができない」の大きな原因は漢字制限だろうから、「マスメディアのこの方針は有意義な効果があった」という結論に結びつけようにも、循環論法の嫌いがある。そこで、ふたたび魯迅をひもといて学ぼう。

『吶喊』自序
http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/tokkan/jijo.html
(引用開始)
というのも、薬の処方を書く医者がとても有名な人で、用いる薬の材料もとても変わったものだったから。冬の蘆の根、三年霜にさらされた甘蔗、夫婦のままのコウロギ、実のなった平地木……みな容易に手に入るものではない。だが結局、父の病は日ごとに重くなり、死んだ。(中略)
その頃は経書を学んで科挙を受けるのが真っ当な道であり、いわゆる洋学を学ぶのは、進む道を失った者が、まさに魂を鬼(西洋人)に売り渡すことであると思われていて、より一層非難され排斥される、そのうえ母は自分の子供と会えなくなるのだから。しかし私はそれらのことにもかまわず、とうとうNへ行きK学堂へ入った。学堂では、私は初めて世の中には物理学があり化学があり、数学があり、地理、歴史、美術、体育のあることを知った。生理学は教えられていなかったが、私たちは木版の『全体新論』や『化学衛生論』などを読むことができた。私はまだ覚えているが、以前の医者の見解や処方は、いま私が知ったことと比べてみて、中国の医者というのは意図的にせよそうでないにせよ一種の騙りに過ぎないのだと悟るようになった。同時にまた、騙られている病人とその家族に同情を寄せるようになった。
(引用終り)

漢字や四書五経は中国文明の偉大な遺産に違いないが、その修得は中国人にとって重い負担だった。これにこだわりすぎて、自然科学や西洋医学やその他の学問にまで行き着かないこともあった。しかし魯迅は西洋医学を学んで、ご大層な漢方医も一種のペテン師にすぎないのだと悟る。(極端な言い方をするなら)漢字には多少死んでもらって、新しい学問のために学習スペースを空けてもらわないと、中国人がむやみに死に続けることになる。つまり、これは(2)の「漢字が滅びなければ中国が滅びる」につながる話である。
そして、この話は間接的に(1)にも結びつくだろう。近代から戦前にかけての日本の知的エリートは、難しい漢字も西洋の科学・文物・制度も両方修めていた。しかし、戦後は負担が軽減されたおかげもあって、エリートじゃなくても高等教育(大学など)を修めるようになる。その人数に物を言わせ、経済成長や国家社会の発展を実現していった。今の人の漢字力は、昔の人から見ると笑いものだろうが、各専門分野の知見は昔より進んでいる。
もっとも、麻生太郎の漢字力にはがっかりだ。

(4) 見栄えよりも楽なのが一番

以上述べたように、漢字制限は役立っている面もあるので、今後も「新聞漢字表」などは撤廃されないだろう。ただし、少しずつ制限を緩めて字体や音訓なども増やす傾向にあるそうだ。
新聞で「骨粗しょう症」、「し烈」、「こう配」、「漏えい」、「改ざん」、「ろ過」、「欺まん」、「ふ頭」などを目にすると、確かに見栄えが悪いと思う。しかし、新聞なんて毎日大量に読み飛ばすものだから、楽なのが一番だ。この点でも漢字制限が有意義な効果を挙げている。ご質問者は「侮辱されているような気がする」そうだが、「楽させてくれてありがたい」と感じる人も多いのではないだろうか。

【結論】
マスメディアのこの方針は有意義な効果があったと考えられます。

【解説】(長文ですが引用が大半です)

(1) 一般日本人はさほど漢字ができない

新聞漢字表 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E6%BC%A2%E5%AD%97%E8%A1%A8
常用漢字 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97
(引用開始)
マスメディアのほとんどは、常用漢字のほかに使用可能な漢字を独自にまたは任意に選定し、常用漢字に準用している。一般的な新聞...続きを読む

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

QDVD-Rの「録画用」と「データ用」とは・・・?

年末に念願のDVDレコーダーを購入し、映画やドラマを録画しまくって楽しんでいます。メディアのDVD-Rは1枚50円以下の激安品を使っているのですが問題は起きていません。最近気がついたのですが、以下の2点について教えていただきたくお願いします。

1:同じDVD-Rでも「録画用」と「データ用」の2種がありますよね。どう違うのでしょうか?因みにデータ用を使っても問題なく録画出来ていますが、TVを録画するときは「録画用」を使わないとまずいことがあるのでしょうか?当初「録画用」は高いのかな?と思いましたが、激安SHOPで買った48円のディスクも「録画用」になっていました。(データ用のは39円のを使っています)

2:いまメーカー品の平均単価は1枚150~200円前後といったところでしょうか?でも上述のような数十円の激安品もあれば、5~600円する高価なディスクもありますよね?いったいその差はどこにあるのでしょうか?

初歩的な質問ですみませんが、ご存知のかたよろしくお願いします。

Aベストアンサー

録画用には著作権保護のため販売価格に「私的録画補償金」が含まれています。

仕組み的にはどちらも同じものだったのですが、
コピーワンスの登場で「CPRM」(1回だけ録画可能なコピーガードシステム)
に対応するものは録画用だけになると思います。
コピーワンスの番組を録画するときはCPRM対応でなければコピーできません。

激安品はそれなりの品質管理しかしていないので、書き込めない、消えてしまったとかよく聞きます。
メーカー保証も考えると国産品を私は使用してます。

最近ずいぶん安くなりました。

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Qエクセルでセル内に斜線を引くには

Excel97です。表を作成し、いくつかのセル内で斜線を引きたいのですが、どういう操作をしたらいいですか、ご教示ください。

Aベストアンサー

下記のURLを参照してください。
写真いりでわかりやすくなっています。

参考URL:http://www.excel-jiten.net/cell_format/ruled_line_change_slash.html

Q韓国人の名前は何故漢字?

ちょっと気になったので教えて下さい。

韓国ではハングル文字が国語となってると思います。
(この前提からして違うでしょうか?)
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ハングル文字ではありません。野球選手などもそうですね。

そこで質問なのですが、韓国では人名は漢字と決まっているのでしょうか?
それともハングル文字の名前だけれど、日本で報道しやすいよう
漢字を当てているのでしょうか。
またはどちらの表記も戸籍に登録されているようなものなのでしょうか?
(韓国に戸籍があるか分かりませんが・・・)

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

韓国の子供の名前の届けは正式にはハングルだけ。
(歴史的人名と地名除けば漢字廃止した)
日本のマスコミで政治家やスポーツ選手などが漢字表記なのは歴史上の人物に準じた扱いか習慣でしょう(北朝鮮も漢字廃止したが金日成など残る)

届けには漢字書く欄もあり、漢字併記してもいい(正式にはハングルだけです)
いまの若い人は親が漢字の名前つけなかったから漢字表記がない(俳優女優やスポーツ選手に漢字名のない人がいる)
まぁステファニーちゃんやフィリップスくんを漢字で書いてもいいことはないでしょう。

日本のパスポートでは珍奇な外務省式表記強制されるが、韓国のアルファベット表記は自由です。
李さんは「Li」でも「I」「Ii」でも「Le」「Lee」でも各自が決めた書き方でいい。しかし英語風に言うと「ミスターリー」です(^^)

たとえば元大統領にイスンマン(李承晩)という人がいたが、「李(い)さん」でも(頭のLやRは発音しない)
「ミスターリー」です。(あとに続くときは発音する)

イジュンギくんも名前だけ呼ぶときは「チュンギ」
http://plaza.rakuten.co.jp/hannguru18314/diary/200703190000/

金大中(キムデジュン)元大統領も名前だけならテジュン(にごらない)

韓国の子供の名前の届けは正式にはハングルだけ。
(歴史的人名と地名除けば漢字廃止した)
日本のマスコミで政治家やスポーツ選手などが漢字表記なのは歴史上の人物に準じた扱いか習慣でしょう(北朝鮮も漢字廃止したが金日成など残る)

届けには漢字書く欄もあり、漢字併記してもいい(正式にはハングルだけです)
いまの若い人は親が漢字の名前つけなかったから漢字表記がない(俳優女優やスポーツ選手に漢字名のない人がいる)
まぁステファニーちゃんやフィリップスくんを漢字で書いてもいいことはな...続きを読む

Q大本と大元…

「おおもと」の使い方が調べてもよくわかりません…。
例)事件の発端は彼が「おおもと」だ

と使う場合大本?大元?
goo辞書で調べると「大元」のほうは「だいげん」の意味しか出なくて、「根本」という意味は無いようなのですが、漢字の意味からすると「大元」も正しいような気がします…。

例)政治のおおもとを正す
という場合で「大元」と「大本」両方で検索してみましたが、どちらもそれなりの数でヒットして、ますますわからなくなりました…どちらでも良いのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは。No.3、4です。

手もとの辞書をいくつか調べてみました。
『旺文社国語辞典』には、四つの「もと」の本来の意味と転じた意味を述べた上で、最後に次のように書かれていました。

|使い分け「元・本・基・下」

|~前略~

|ただし、「元」と「本」、「基」と「下」との区別は、必ずしも厳密なものではなく、「もと」とひらがなで表記する方がよい場合も多い。

実際に以下のような書き方をしている辞書も多いことから、ご質問にあった(根本の意味での)「大元」としてもあながち間違いとはいえないのではないかと思います。
No.5様も、辞書の解釈に照らし合わせた、こういうことをおっしゃっているのだと思います。
(さきほどは『学研』の使い分け(根本=本)を書いておきながらこんなことを言い出してすみません^^; 別の辞書の解釈から判断すればということで、あくまでも参考意見としてください^^;)

|もと【本・元】
|(1)物事の起こり。起源。
|(2)それが生じるところ。またそれを生じさせるところ。
|(3)ものの付け根。ねもと。
|(4)物事の根本となるところ。基本。基礎。
|(5)原因
|(6)もとで。資金。また、原価。
|(7)原料。

「根本」という意味で「大本」という言葉が辞書に載っていますが、そのことをもって「元」の使い方を否定する理由にはならないような気がいたします。

上記(4)の意味で「大元」としても、辞書によっては「元=根本」とされている(これが使い方の混乱を招く一つの要因でしょうね^^;)以上は完全に間違った使い方ではないわけです。その言葉が辞書には載っていないというだけで。

しかしそうはいっても、辞書に掲載され人口に膾炙している言葉を使った方が無難だということは間違いないところですが。

上記旺文社に書かれているように、厳密に区別されているわけではなく「もと」単体で使う場合でも表記の「ゆれ」が存在するのでしょうね。実際に辞書によって若干解釈が違っています。使用に際してその混乱を防ぐ意味でも「ひらがな表記」となるのでしょうか。

改めて感じますが、日本語は奥が深くて難しいですね^^;
今回のご質問をご提示くださった質問者様に感謝いたします。
ありがとうござました。

こんばんは。No.3、4です。

手もとの辞書をいくつか調べてみました。
『旺文社国語辞典』には、四つの「もと」の本来の意味と転じた意味を述べた上で、最後に次のように書かれていました。

|使い分け「元・本・基・下」

|~前略~

|ただし、「元」と「本」、「基」と「下」との区別は、必ずしも厳密なものではなく、「もと」とひらがなで表記する方がよい場合も多い。

実際に以下のような書き方をしている辞書も多いことから、ご質問にあった(根本の意味での)「大元」としてもあながち間...続きを読む


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