お世話になっております。

ある練習問題の解答を作っております。
この問題は、解答者の裁量にある程度任せる部分もあります。

解答を解答者に配る際に、「解答」とした方が良いのか、「模範解答」とした方が良いのか迷っています。

感覚的に、「模範解答」だとこれ以外にも「正解」はありうる、というニュアンスがあるように思うのですが、如何でしょうか?
知見のある方、アドバイスお願いします。

A 回答 (3件)

>「模範解答」だとこれ以外にも「正解」はありうる、というニュアンスがあるように思うのですが、如何でしょうか?



その通りだと思います。

>解答者の裁量にある程度任せる部分があります。

というのは「正解」はいくつもあるという意味ですよね?


ところで、
出題者が解答を作って配るのであれば「解答例」としてはいかがでしょうか?
「模範解答」というと今回、または過去に実際に出された解答の中から優秀なものをコピーして皆に配るものではないでしょうか。
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この回答へのお礼

#1、#2、#3のみなさま、ご回答ありがとうございます。
「解答例」にさせてもらおうと思います。
ちなみに、当該問題は、数学っぽい問題ですが、営業的に値段をいくらにするか、というような個人裁量の部分がある問題です。
本当に、ありがとうございます。

お礼日時:2008/07/02 14:10

数学などの問題では、その問題を解く過程の違いはあれ、答えは1つきっちり決まりますので「解答」を使うべきだと思います。



国語などの場合ですと、答えが一意に決まらないものもあるかと思います。その場合、「解答」にしてしまっていると、それ以外は間違いであるととられてしまうことはあるかと思います。但し、「模範解答」という表現は、その解答を押しつけている(これが正解でそれ以外はダメだ!と言っているように聞こえる)ようにとられる場合もありますので、「解答例」などの方がいいかと思います。

しかし、中には一意に答えが決まる問題も多いかと思いますので、大見出しとしては「解答」を使い、必要な部分に、補足的に「これ以外の答えも考えられます」という感じで、例示してあげるのが一番いいかと思います。
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その練習問題がどういう設問なのか分からないでどちらが正しいとはいえませんが


模範解答ってのはたとえばこの作者はどういうことを思っていたのかとかに使われますね 数学なんかのようにこの設問に対してこの答えしかないって場合には解答でいいんですけどね。
模範解答の場合はある一定の単語を使っていて回答がちゃんと文章になっているかで判断すればいいと思いますよ。
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このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q「よろこび」のニュアンス

「よろこび」は漢字を使うと「喜び」と書くのが一番多いです。でも、他にも「悦び」、「歓び」、「慶び」と あります。それらは 互換性のあるケースもあると思いますが、微妙にニュアンスが違うと思います。
そこで、分かりやすい例文で ニュアンスの違いを教えて頂けませんか?

Aベストアンサー

喜び:「喜怒哀楽」といった人間の感情のひとつで、心がうきうきとはずんで、ものごとに積極的になる状態。心から発して表情に現れ、「笑い」と結びつく。
「長い戦争が終わり、人々の顔は喜びで満ちあふれた。」

悦び:精神的・肉体的に快く、幸せに満たされた状態。「感動」し、「恍惚」とした状態になる。「震え」や「涙」を伴うこともある。
「愛する人と結ばれた悦びに、とめどなく涙が流れた。」

歓び:相手に対して好意を示すこと。外面的・見た目にうきうきとはずんで楽しそうなこと。
「大統領が姿を見せると、聴衆は星条旗を振って歓びを伝えた。」

慶び:晴れがましい気持ちを、儀礼的・社交的に相手に伝えること。「祝う」「楽しい」気持ちを表わすこと。
「新春のお慶びを申し上げます」

QJLPTN1問題集の問題(ニュアンス問題)

6. 腰を痛めて変な歩き方をする田中部長を見て、(?)笑えなかった。
a. 笑うに
b. 笑おうにも
c. 笑うにも

aが正解だとわかりましたが⋯
大辞林、大辞泉で「にも」調べてみると、こう書いてあります:
(「…にも…ず」「…にも…ない」など,同じ動詞を重ねて打ち消しの形にして)「どうしても…することができない」「…することがためらわれる」などの意を表す。「ひく━ひかれず」「泣く━泣けないありさまだ」
こうしてみれば、cも正解なはずですね?

7. 丁寧に一つ一つ手作りしたものの良さは、機械で量産したもの(?)。
a. とは比べるべくもない
b. にはまねるべくもない
c. には勝るべくもない

aが正解ですが、cはどうしてダメですか。
同じく「手作り<機械で」と意味しているのではないでしょうか?

8. 新しい靴が足に合わず、(?)。
a. 走るべくもない
b. 走ってはいられない
c. 走ろうにも走れない

cが正解ですが、aはどうしてダメでしょうか。そういうふうに言ってる人もあるのではないでしょうか。

9. あっ、本が(?)だ。
a. 途中まで読みっぱなし
b. 片付けっぱなし
c. 出しっぱなし

cが正解ですが、「出す」は他動詞ですよね?どうして「出っぱなし」ではないんですか。(または「が」を「を」に替えれば?)

6. 腰を痛めて変な歩き方をする田中部長を見て、(?)笑えなかった。
a. 笑うに
b. 笑おうにも
c. 笑うにも

aが正解だとわかりましたが⋯
大辞林、大辞泉で「にも」調べてみると、こう書いてあります:
(「…にも…ず」「…にも…ない」など,同じ動詞を重ねて打ち消しの形にして)「どうしても…することができない」「…することがためらわれる」などの意を表す。「ひく━ひかれず」「泣く━泣けないありさまだ」
こうしてみれば、cも正解なはずですね?

7. 丁寧に一つ一つ手作りしたものの良さは、機械で量産したも...続きを読む

Aベストアンサー

6.「笑うにも笑えない」
文法的には間違ってはいません。
ついでに言えば、「笑おうにも笑えない」も文法的には間違いではありません。

「動詞連体形」-に-「動詞」は普通の言い方です。これが標準。

「動詞連体形」-にも-「動詞」は強調です。極端な動詞を挙げて、これもできないのだから、他のことはなおさらできない、という場面で使います。
ここでは「笑う」以外の行為は想定できません。

「動詞未然形」-うにも-「動詞」は「本当は~したい」という気持ちが強く表れます。
笑いたいのを必死にこらえるというのは、腰を痛めている人にはむごすぎるでしょう。

この場面では標準レベルの言い方が一番適切ではないでしょうか。



7. ここは「手作りの品質」>「機械性の品質」
手作りの方が遙かによい、という意味です。

「比べるべきもない」あるいは「比ぶべきもない」は「比類ない」と同じで、他に比べられるものがないほどよい、ということです。

なお、「べくもない」とは、「~したいけれども、無理だろう、できるはずがない、起こらない」という意味ですが、かなりかたい文章語です。
ここでは「比べたくても、とても比べられない」ということになります。



8.ここもおなじく、「べくもない」ですね。
「走るべくもない」は「走ろうとは思うけれども、とうてい無理、走れるはずがない」ということで、言って言えないことはないけれども、あまりにも大げさすぎます。
そういう言い方をする日本人は、よほどふざけているのでなければ、普通はいません。



9.「~っぱなし」は名詞です。
目的語はとれません。
ここでは述語になっています。
「本」はその主語ですから、「本が」となっています。

「本を出しっ放しにする」とも言えますが、その場合は、「本」は「(に)する」の目的語です。
「出す」の目的語ではありません。

同様に、
「公約が言いっ放しに終わった」→「公約」は「終わる」の主語
「公約を言いっ放しに終わらせた」→「公約」は「終わらせる」の目的語


「出っぱなし」は、ずっと出続けている状況を表します。
「水が出っぱなしだ」といえば、水が止まらず、流れ続けている場面です。
「本が出っぱなし」というと、本が次から次にと出てきて、止まらない状況でしょう。

6.「笑うにも笑えない」
文法的には間違ってはいません。
ついでに言えば、「笑おうにも笑えない」も文法的には間違いではありません。

「動詞連体形」-に-「動詞」は普通の言い方です。これが標準。

「動詞連体形」-にも-「動詞」は強調です。極端な動詞を挙げて、これもできないのだから、他のことはなおさらできない、という場面で使います。
ここでは「笑う」以外の行為は想定できません。

「動詞未然形」-うにも-「動詞」は「本当は~したい」という気持ちが強く表れます。
笑いたいのを必死にこらえる...続きを読む

Q文の意味とニュアンスの違いは何でしょうか

文の意味とニュアンスの違いは何でしょうか?
乱暴な文かもしれませんが、ご指導の程、よろしくお願いいたします
よくもこの俺に恥をかかせ<やがった/てくれた>な!
覚悟し<やがれ/ろ>
覚えて<いやがれ/いろ/やがれ/ろ>

Aベストアンサー

一般的に言って
>文の意味とニュアンスの違いは

文の意味:あるひとつの文の意味=文のニュアンス(微妙な部分を言います) とかんがえて良いと思います。ですから、2つの文についての意味の違い=ニュアンスの違い とは普通は言いません。意味は文がざっくりと何を言おうとしているかという内容のことですから、同じような2つの文の間での微妙な差を「ニュアンスの違い」というのでしょう。

さて、これは質問者様が本来聞きたかったことではなく、以下の文についての微妙な意味の差につて聞いておられるのでしょうか。



A、A’ よくもこの俺に恥をかかせ<やがった/てくれた>な!

ほとんど差はないと思います。A’のほうがわずかに丁寧な、冷静な一般人の台詞に近い感じがします。


B、B’ 覚悟し<やがれ/ろ>

普通は暴行に及ぶ直前のことばですから、後者B’の方が適切ですが、仲間を呼んできて複数で暴行を開始するときは、多少間接的な台詞になる場合もありますから、B の場合もありえます。基本的にはBは普通人の使う言葉ではありませんから、やさぐれた感じを出す場合はこちらになります。

C,C’、C”、Cc 覚えて<いやがれ/いろ/やがれ/ろ>

C とC”はやはりやくざっぽいその道の人間の発言に感じられます。C”の方がスピード感があります(急いで逃げる必要があった?)。C’とCcは上記と異なった一般人の発言のようで、迫力に多少欠けます。Ccのほうが余裕がない場面のように思えます。

ご参考になれば。

一般的に言って
>文の意味とニュアンスの違いは

文の意味:あるひとつの文の意味=文のニュアンス(微妙な部分を言います) とかんがえて良いと思います。ですから、2つの文についての意味の違い=ニュアンスの違い とは普通は言いません。意味は文がざっくりと何を言おうとしているかという内容のことですから、同じような2つの文の間での微妙な差を「ニュアンスの違い」というのでしょう。

さて、これは質問者様が本来聞きたかったことではなく、以下の文についての微妙な意味の差につて聞いておられるの...続きを読む

Q文のニュアンスの違いは何でしょうか?

ご指導をよろしくお願いいたします
1.
A「B、少し付き合ってくれ。皆の顔<が/を>見たいんだ」
B「ああ」
--
2.
A「B、少し付き合ってくれ。皆の顔が見<にいきたい/たい>んだ」
B「ああ」
--
3.
A「B、少し付き合ってくれ。皆の顔を見<にいきたい/たい>んだ」
B「ああ」
4.
1.
A「B、少し付き合ってくれ。皆の顔<が/を>見にいきたいんだ」
B「ああ」

Aベストアンサー

「~(動詞の連用形)たい」の前に、その対象を表す語がある場合は、「を」だけでなく、「が」

が使われることがあります。


1.Ⅰ「皆の顔を見たいんだ」 Ⅱ「皆の顔が見たいんだ」
 
  →Ⅰ・Ⅱとも可。ニュアンスの違いとしては、後者は「ほかでもない、皆の顔が見たい」という

   意味が加わります。

   
2.Ⅰ「皆の顔が見にいきたいんだ」 Ⅱ「皆の顔が見たいんだ」
  
  →Ⅰは不可。「~(動詞の連用形)にいきたい」という表現では「が」は不自然です。したが

   て、Ⅰ・Ⅱのニュアンスの違いを論じることはできません。

3.Ⅰ「皆の顔を見にいきたいんだ」 Ⅱ「皆の顔を見たいんだ」

  →Ⅰ・Ⅱとも可。ニュアンスの違いとしては、Ⅰは「皆」が離れた場所にいて、そこまで移動

   するという意味が明確に示されます。「B、少し付き合ってくれ」とも呼応します。

4.Ⅰ「皆の顔が見にいきたいんだ」 Ⅱ「皆の顔を見にいきたいんだ」

  →Ⅰは2.Ⅰと同形なので、不可。したがって、Ⅰ・Ⅱのニュアンスの違いを論じることはでき

   ません。

「~(動詞の連用形)たい」の前に、その対象を表す語がある場合は、「を」だけでなく、「が」

が使われることがあります。


1.Ⅰ「皆の顔を見たいんだ」 Ⅱ「皆の顔が見たいんだ」
 
  →Ⅰ・Ⅱとも可。ニュアンスの違いとしては、後者は「ほかでもない、皆の顔が見たい」という

   意味が加わります。

   
2.Ⅰ「皆の顔が見にいきたいんだ」 Ⅱ「皆の顔が見たいんだ」
  
  →Ⅰは不可。「~(動詞の連用形)にいきたい」という表現では「が」は不自然です。したが

   て、Ⅰ...続きを読む

Q「ぼんくら」という言葉のニュアンスについて

ぼんくら【盆暗】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 

〔もと博打(ばくち)用語で,盆の上の勝負に暗い意〕
頭のはたらきがにぶく,ぼんやりしている・こと(さま)。
そのような人をもいう。まぬけ。 「 -な男」
「文三なんざあ-の意久地なしだつちやあない/浮雲 四迷」

**********************************************
「ぼんくら」という言葉の語源というか意味合いは上記にある
通りのようです。

私自身は「ぼんくら」という言葉は「ばか」、「アホ」と同じ
とまではいかないにしても、それに次ぐくらいの「人格否定用語」
ではないかという感覚があり、少なくとも公の場や資料で使う言葉
ではないように思っています。

しかしながら、上記のような意味合いであれば、それは少し考えすぎ
とも思えなくなりました。

ある(まじめな)経営コンサルタントが、自身のブログの中で、
「ボンクラな○○」という表現を多用しており、その感性の鈍さ
が気になっているのですが、もしかしたら考え過ぎは私の方かも
しれません。

「カタカナ」でも「ひらがな」でも(ボンクラ、ぼんくら)の意味
に違いはないと思いますが、「言霊の響き」というものもありますし、
少なくとも、公式の資料や場で用いる言葉ではないと思うのですが
如何なものでしょうか。

どなたかご意見をお聞かせいただければ幸甚です。

ぼんくら【盆暗】

( 名 ・形動 ) [文] ナリ 

〔もと博打(ばくち)用語で,盆の上の勝負に暗い意〕
頭のはたらきがにぶく,ぼんやりしている・こと(さま)。
そのような人をもいう。まぬけ。 「 -な男」
「文三なんざあ-の意久地なしだつちやあない/浮雲 四迷」

**********************************************
「ぼんくら」という言葉の語源というか意味合いは上記にある
通りのようです。

私自身は「ぼんくら」という言葉は「ばか」、「アホ」と同じ
とまではいかないにしても...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

>少なくとも、公式の資料や場で用いる言葉ではないと思う
それは、その通りだと思いますが、「ぼんくら」というのは、いささか古く懐かしい響きがあります。昭和30~40年代で、めまぐるしく物事が変わる中で、その流れについていけない人に対して、「ぼんくら」とか言ったかもしれません。

概して、「ぼんくら 昭和」でググりますと、なんとなく「らしさ」を感じさせるものが出てきます。他人に対して言うことばではありませんが、「バカ」とか「アホ」に匹敵するような響きは感じさせません。決して、人格否定という用語ではないと思うのです。

>その感性の鈍さが気になっているのですが
落語の世界には、まさに、そんな人たちが、話を沸かせます。「ぼんくら」と相性のよい「良寛さん」なども、挙げられるかもしれません。「大愚」とも呼んでいました。今どきは、流行らないかもしれませんが、そういうことを理想にしているような時代・人たちがいたわけです。「ぼんくら」というのは、利にさとくない、エゴを主張しないという所に、魅力を感じる人たちもいるということです。宮沢賢治の「でくのぼう」という言葉もあります。みな、同じ所にあるような気がします。

こんにちは。

>少なくとも、公式の資料や場で用いる言葉ではないと思う
それは、その通りだと思いますが、「ぼんくら」というのは、いささか古く懐かしい響きがあります。昭和30~40年代で、めまぐるしく物事が変わる中で、その流れについていけない人に対して、「ぼんくら」とか言ったかもしれません。

概して、「ぼんくら 昭和」でググりますと、なんとなく「らしさ」を感じさせるものが出てきます。他人に対して言うことばではありませんが、「バカ」とか「アホ」に匹敵するような響きは感じさせません。決...続きを読む

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