汎神論と多神教(八百万の神?)の違いは、簡潔に言うとどのような点にあるのでしょうか?また、汎神論は一神教特有の考え方でしょうか?宜しくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

汎神論は哲学に似て難解で、多様な形があるので、


一概には言えませんが、極力簡単にいうと、
人間に似た人格的存在の神を否定する考えです。
もちろん宮崎監督のアニメの世界とは似ても似つかないものです。
(宮崎アニメは寓意具現が多いのでむしろ多神教的)
一切万有は神であり、神と世界とは同一であるとする宗教観・哲学観は、
英雄神的な神格を見るギリシャ神話のような世界の対極といえます。
多神教が、すべての自然現象、ひとつひとつに人格的な神の存在を置くのに対して、
汎神論は、いっさい人格的個別の存在の神を置かないのが特徴で、
人間も含めてすべてが神の内包物であると考えるわけです。
神が恣意的に世界を動かすというのではなくて、
人間も含めて宇宙全体が神を構成する一部にすぎないので、
そこには神の意思が存在しないか、
あるいは存在しても人間のレベルと遠くかけ離れている高次元的であるので、
その意思は人間が認識できる人的な意思・精神とは全く異なるというわけです。
汎神論は一神教の考えに加えて、数学的な世界観が影響してます。
一神教も、精神主義・神秘主義から離れて、世俗化して
多神教と大差ない人格を持つ”神様”をあがめ、
天使とか悪魔とか、聖人うんうんと、神様以外の神的存在を
多く求めるようになったので、その対極として哲学の世界で
神とは何か、を真剣に問うていった過程でさまざまな思考がうまれたわけで、
汎神論もそのひとつということになります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

お礼日時:2008/09/23 10:20

一神教での神は宇宙神となります。


それ以外の存在は神霊とよばれ、強力な力を持った霊であり、これ全て神の子であります。
キリスト教ではイエス・キリストがこれに相当し、あるいは天使とよばれる存在も同じです。

そして多神教の神々も神霊にかわりがなく、一神教と多神教の違いは
結局神霊を神にカウントするかどうかの違いだと考えれば分かり易いでしょう。

汎神論は分かり易くいえば全ての物質には霊が宿っているということです。
人間には勿論、動物や植物にも昆虫にも宿っています。この辺は有機物だから理解は難しくないでしょう。

鉱物には物霊が宿っています。パワーストーンとか聞いたことがあると思いますが、
鉱物にはあまねく物霊がついていて一定のオーラを発しています。

物霊の理解が難しいのは例えば人間が記憶を持つのは物霊の作用です。
また、万有引力は地球の物霊という説もありますが、ここは私では説明不可能です。

更に人間が言葉を発すると、場合によってはカルマが発生します。
このカルマも霊となります。というようにかなり霊に関することは多いのです。

この辺りの話は永遠の大道とかを読まれると理解できるでしょう。

参考URL:http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_library/sp-bo …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

お礼日時:2008/09/23 10:22

汎神論は、世界を、神の(体の)一部、あるいは神そのもののように考える。


多神教は、自然現象や人間の情念を、人間や動物の姿で象徴して、それを神として信仰する。

子供(といっても中学生以上)に私が説明するとしたら、上記のようなものになると思います。

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

でも、やっぱり、Wikipediaには敵わない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%8E%E7%A5%9E% …
“ほとんどの宗教における神理解は、一神教・多神教を問わず汎神論的要素を含んでいるとされる。”


 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 


神は世界とは全く別に、世界のはるか上に存在していて、世界のすべてを統べている。…こういう考え方をするのが一神教。(一神教信者の中にはそんな意識をもっていない人も多いと思うが、エッセンスを取り出せば、結局はこういうことになるかと思う。)
私見を言わせてもらうと、こういう、現象や人間を含む動植物そのものよりも、それらの背後にあって、それらを支配しコントロールしているとされる存在(つまり唯一神)の方が尊いのだとする考え方は、物質的で現世的なもの(つまり肉体や世界)を不当に卑しめがちで、それが結局は環境破壊などの遠因にもなってしまうようで、あまりいい気がしません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

お礼日時:2008/09/23 10:21

#1さんの回答の補足をしておきます。




一神教信者や、西洋崇拝者達には、

>一般的に一神教よりも程度が低い宗教と見られるようです。

という修飾語を付けておくのが正しい表現です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

お礼日時:2008/09/23 10:19

阪神論、じゃない汎神論は、自然信仰の一環だと思います。

植物や動物が神のこともあるわけで、教義がありません。同時に論理がありません。宮崎監督のアニメの世界ですね。結局なにがいいたいのかわからないし、それらしい主張があるように見えても、結論が示せません。

多神教は、いちおう、一人一人の神の教えはあるように見えますが、全体としては、「こうしなさい」ってのが打ち出せません。

一般的に一神教よりも程度が低い宗教と見られるようです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大変参考になりました。

お礼日時:2008/09/23 10:18

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q日本には八百万の神がいるそうですが葬式の神様は

日本には八百万の神がいるそうですね。


かまどの神様→カグツチ・オキツヒコ・オキツヒメ(神道) 三方荒神(仏教)
トイレの神様→ ハニヤスビコ・ハニヤスビメ(神道) 烏枢沙摩明王(仏教)

葬式の神様っているんでしょうか?

記紀にはアメノワカヒコの葬儀が行われるという記述があったようにおもいますが
他にもいますか?

Aベストアンサー

氏神の担当では?
http://www.e-osoushiki.jp/osoushiki3-4.html

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E8%91%AC%E7%A5%AD

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%A2%E3%82%8C

Q出雲神社の八百万の神を迎える祭り???

先日TVニュースで「海の彼方からお越しになる八百万神を迎える準備をしている」「よって出雲のみ神在月、他は神無月となる」と馬鹿アナウンサーが原稿を読んでいました。
ついては、具体的質問内容ですが、「何故八百万の神が海の彼方から来る」点です。
旧暦10月以外は海の彼方(大陸?半島?)におられるのであれば、他の地域は年中「神無月」の筈。
古事記では海の彼方から来られる神様は1柱のみで、他の神様はこの国又は高天原におられる筈。
よって、何故海の彼方からなのか不明です。

Aベストアンサー

 出雲のみ神在月、他は神無月となる」と馬鹿アナウンサーが原稿を読んでいました

 確かにお馬鹿な内容ですね。

 神無月と言うけれど、実際には神社には沢山の神様が居て神無月には、神社には留守居神がていますねん。


 神無月(旧暦10月)に出雲に赴かない「留守神」とされたえびす神・・・

 http://ja.wikipedia.org/wiki/えびす講

 はいえべっさん以外にも留守居神が居てますから完全に留守に成るわけはなく、出雲のみ神在月では無く、出雲以外も神在月なのね・・・・

 原稿作った人、留守神しらないんでしょうね・・・・

Q悪魔は八百万の神?

西洋の悪魔というものは、元々は異教の神であったり天使だったりしたものだと聞きます。
一神教のせいで悪魔にされてしまった異教の神は、もし仮に日本に来たとしたら八百万の神として迎え入れられるのでしょうか?

Aベストアンサー

八百万の神という時、普通仏は含めませんよね。
既に1000年以上共存しているというのに。
であるならば、仏教以外の異教の神はやはり別のものとして捉えられる(パラレルに共存させる)のではないでしょうか。

Q八百万の神について

八百万の神とは日本独特の考えなのでしょうか?

Aベストアンサー

八百万の神=多くの神様 という解釈では

自然崇拝=多くの神様 という式が成り立つと思います。大きな木があれば、そこには神が宿り、高い山があればそこにも神様はいました。太陽にも、月にも、火にも、雷にも神様はいました。古代ギリシア神話の世界、ローマ帝国、キリスト教がはびこる前のヨーロッパ(ケルト人、ゲルマン人の宗教:森に多くの妖精がいた時代)、中国の道教、仏教の如来様、菩薩等多くの神様がいる例が多いです。自然崇拝は世界各地のごく自然な感覚でした。多神教の世界です。
一神教は砂漠の民の宗教で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ流れの宗教です。ごく一部の地域の宗教(一神教)が今は世界の多くを占めているだけです。多神教がごく自然の形態でした。

八百万の神=神様に席順は無く、外国の多くの神様も自国の神様と同等に扱い という拡大解釈では

ローマ帝国も同じようにギリシャ等の神様もローマ帝国古来の神様同様に扱うものありましたが、滅亡してしまいました。日本は日本古来の神様と仏教のほとけさまを融合しています。七福神などの道教の神様や最近の例では一神教のキリスト教まで、クリスマスには御利益のある神様として、八百万の神様の一員としてお祝いしています。そういう意味では、日本独特の考え方だと思います。

八百万の神=多くの神様 という解釈では

自然崇拝=多くの神様 という式が成り立つと思います。大きな木があれば、そこには神が宿り、高い山があればそこにも神様はいました。太陽にも、月にも、火にも、雷にも神様はいました。古代ギリシア神話の世界、ローマ帝国、キリスト教がはびこる前のヨーロッパ(ケルト人、ゲルマン人の宗教:森に多くの妖精がいた時代)、中国の道教、仏教の如来様、菩薩等多くの神様がいる例が多いです。自然崇拝は世界各地のごく自然な感覚でした。多神教の世界です。
一神教は...続きを読む

Q【政治と宗教】エジプト文明が滅びたのは統治者が神の力を借りたから。民衆は神を讃え、統治者より神が

【政治と宗教】エジプト文明が滅びたのは統治者が神の力を借りたから。

民衆は神を讃え、統治者より神が偉くなり、統治者が神を制御出来なくなり、神を頂点とする世界に統治者は不要となった。

エジプト文明が滅びたのは神の力に頼ったから滅びたのですが、なぜこの世は過去に世界統一に失敗した神の力を未だに頼っているのでしょう。

エジプト文明は国民が統治者より神が偉いと思ったから国を統治者が統制出来なくなり滅びた。

違いますか?

Aベストアンサー

統治者が、神の名を借りて統治していたようですよ。
アレクサンダー大王の時に、王の家系がギリシャ出身者になっても、太陽神の名を借りて統治し続けていました。
結局ローマの覇権争いを利用しようとしたクレオパトラが自滅を招いたということらしいです。
神は信じる人の心にあります。
鰯の頭も信心から(いわしのあたまもしんじんから)
亡くなった祖母は何にでも手を合わせていました。口癖は「守ってくれよる」でした。今も、祖母が守ってくれていると感じる私もきっと有神論者に入るのでしょうね。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報