プロが教えるわが家の防犯対策術!

よく物語伝説を読んでいると、「貴種流離(貴種流離譚)」という言葉を目にします。貴種流離とは、どういった意味・内容なのですか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

 尊い血統を受け継ぐ者が異郷をさすらい、様々な試練に遭いながら自らの資質を顕現していくという話型のこと、です。


 ここで言う「異郷」は、自らが本来あるべき場を離れていることを言いますので、たとえば都を離れて東国や西国へ向かうことも言います。源氏物語における光源氏の須磨・明石への蟄居は、貴種流離の最も完成されたものだと言われます。他にも、伊勢物語の東下り、宇津保物語の俊蔭の流離(こちらは日本内ではなく、異国への流離であり、さらには神仙の世界にも触れます。)などが挙げられます。もともとこの話型は好まれていたらしく、神話の中でも大国主命の妻問いや倭建命の東国への旅、軽太子とその妹の軽大郎女の悲恋物語などが描かれています。
 また、それらの流離によって、何らかの成果を収めて帰ってくるというものもあります。光源氏は明石の君との間に後の明石中宮をもうけますし、俊蔭は流離の中で琴の秘曲を習得、大国主命も得難い二人の妻との出会いを果たします。その一方で、流離の果てに異郷で命を落とすというものもあり、これは倭建命が当たります。
 主人公の特異さや事態の異常さを表現する話型として上代から描かれてきたのが貴種流離なのです。
    • good
    • 1

説話の類型の一種で,高貴な出自の英雄が何らかの理由(自らの意思・他者の陰謀)で本郷を離れさすらい,様々な困難に出会い,それを動物や女性の助けによって克服し成長して本郷に戻ってくるという内容です.



古くは神話の世界から,現代の映画や小説にもモチーフとして取り入れられています.
    • good
    • 0

読んで字の如く、「貴い生まれの人が都を離れ漂い歩くこと」です。



例えば、源氏物語の光源氏が弘徽殿女御の勘気を被り、須磨に蟄居したエピソードなどが代表的だと思います。
ただの旅行ではなく意に反して都を離れる(蟄居、流罪など)と言うニュアンスがあると思います。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q源氏物語

源氏物語は貴種流離譚の完成系といわれるとかかれていたのをよんだことがあるのですが貴種流離譚の定義(高貴な生まれの人間がみずからの罪によって身をやつして遠い地をさすらい、その苦悩によって罪をあがなう)にあわせると須磨へおいやられるところが「遠い地をさすらい」のところだなぁというのがわかるのですが「その苦悩によって罪をあがなう」というのはどういう部分になるのかというのがわかりません
。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

貴種流離譚の箇所は須磨下向の部分だと思いますよ。

ただし、罪と言っても、それは言葉の綾みたいなもので、わかりやすく言い換えれば、「過ち」とか「不徳」とかいうのに近いのではないでしょうか。
あくまでも、朧月夜の君や藤壺などとの外側から眺めた罪ではなく、源氏の心の内だけにある罪だと思います。
貴種流離譚とは、--自分の不徳によって犯した過ちによって、遠いところへ下向(または彷徨)することになるが、そこで成長して帰る--ことを指すものだと思います。

罪という概念には両義性があって、社会的な面から見た罪と内面的な罪と分けられるものと思います。ここでいう贖罪とは、あくまでも自分の内面的な罪(たとえ裁判で裁かれるような社会的な罪であったとしても)に対して、自己を見つめなおして内面的に成長することを言うのではないでしょうか。
源氏では、滝に打たれるとか仏像を彫るなどといった具体的な贖罪行為ではなく、苦悩自体が贖罪なのだと思います。
これは、いわば自罰であって、犯した罪の外形的な軽重とは無関係なものです。「須磨」「明石」のどこに?というよりも、「須磨」「明石」全体に源氏の苦悩が書かれており、それ自体が贖いということです。これが「苦悩によって罪を贖う」の意味なのではないでしょうか。
結局、この罪は次の世代まで背負うことになるのですが…

余談
最近では民主党・菅直人のお遍路さんに、私は貴種流離譚を感じましたね。

貴種流離譚の箇所は須磨下向の部分だと思いますよ。

ただし、罪と言っても、それは言葉の綾みたいなもので、わかりやすく言い換えれば、「過ち」とか「不徳」とかいうのに近いのではないでしょうか。
あくまでも、朧月夜の君や藤壺などとの外側から眺めた罪ではなく、源氏の心の内だけにある罪だと思います。
貴種流離譚とは、--自分の不徳によって犯した過ちによって、遠いところへ下向(または彷徨)することになるが、そこで成長して帰る--ことを指すものだと思います。

罪という概念には両義性があって...続きを読む

Q日本の古典を学ぶ意義

高校生です。
高校で古典を学ぶ意義を教えてください。
僕は、教科書を使って学校で授業を受けていますが古典を学ぶ意義は無いと感じています。
古典を勉強することによって、日本の伝統的な心を学ぶことができるのでしょうか。(それよりは日本の歴史、とりわけWW1以降に重点を置いて学ぶ事のほうが優先順位が高いと思います。なぜなら現在の世界の情勢はここに起源があるからです。)
たとえば「あわれなり」の感覚。これは日本人に独特の感覚と聞いた事があります。確かに他の言葉では説明しにくい根本的な感覚「あわれ」を、古典によって深める・知ることはとても有意義なことです。

しかし、僕は思うのですが、古典というものは中身が無い。薄っぺらい。前述のような日本独特の感覚などを「汲み取る」ために古典を学ぶのならなぜ日本語訳を教科書に書いてくれないのでしょうか。学校ではいつも文法や単語帳をつかって必至に訳をする。そこで終わり。なにかを得たことは一度もありません。将来使うことも無いのに文法をつかって訳をする訓練。これって古典に中身が無いことをあらわしてると思います。

古典を教えることを決めた人たちはどういう目的で決めたのでしょうか?単になにか「日本人らしいこと」をさせるために無理やりに探し出してきて僕ら学生に押し付けているだけではないでしょうか?そう思えてしまいます。

古典を学ぶ意義、もし、あるのなら、教えてください。

高校生です。
高校で古典を学ぶ意義を教えてください。
僕は、教科書を使って学校で授業を受けていますが古典を学ぶ意義は無いと感じています。
古典を勉強することによって、日本の伝統的な心を学ぶことができるのでしょうか。(それよりは日本の歴史、とりわけWW1以降に重点を置いて学ぶ事のほうが優先順位が高いと思います。なぜなら現在の世界の情勢はここに起源があるからです。)
たとえば「あわれなり」の感覚。これは日本人に独特の感覚と聞いた事があります。確かに他の言葉では説明しにくい根本...続きを読む

Aベストアンサー

学習の意義とは何でしょうか?
古典を学ぶ意義、天文学を学ぶ意義、数学を学ぶ意義、科学を学ぶ意義、音楽を学ぶ意義、絵画を学ぶ意義、等等
実用的な面が無いと学ぶ意義は無いのでしょうか?
自分のやりたいことについて、現在の知識のみを学ぶことだけでよいのですか?

古典を学ぶことは、先人の知恵を受け継ぎ、さらに自分で考えを高める上で、強力な手法になります。

昔、理科系を目指すため古典は必要ないと思っていましたが、専門分野を奥深く理解,研究するためには古典の原典を読むことがしばしばあります。
たとえば過去の天文現象の研究に、日本書紀や平安時代の日記類が重要文献になっていることを知っていますか? この研究は世界が注目しているのですよ。欧米などは、当時の歴史書や日記類の記録がなく、非常に残念がっているのです。
また新薬開発に、本草学や医学の古典(しかも平安時代にもさかのぼります)が、大きなヒントになることを知っていますか? 製薬会社の研究者が、古典の解読を行い、新薬の開発をしているのです。
他にも、テクノロジーの分野でも古典の原典を読むと非常に大きなヒントが隠されていることが多々あります。
先人が残してくれた重要な情報を、古典が読めずに繰り返し実験を行っていたことを知ったとき、非常に空しい気持ちになります。
教科書の古典は、これらの文献を読みこなすための、トレーニングになっているのです。教科書の古典だけが、古典の世界ではありません。理学,化学,薬学,数学,政治,経済,処世法等等、古典の中に知識の大海が広がっています。この大海原を漕ぎ出すための小さな手法として、古典を学ぶ意識をもたれてはどうですか?

それともやはり異議が無いと考えるならば、それは個人の自由と思います。

学習の意義とは何でしょうか?
古典を学ぶ意義、天文学を学ぶ意義、数学を学ぶ意義、科学を学ぶ意義、音楽を学ぶ意義、絵画を学ぶ意義、等等
実用的な面が無いと学ぶ意義は無いのでしょうか?
自分のやりたいことについて、現在の知識のみを学ぶことだけでよいのですか?

古典を学ぶことは、先人の知恵を受け継ぎ、さらに自分で考えを高める上で、強力な手法になります。

昔、理科系を目指すため古典は必要ないと思っていましたが、専門分野を奥深く理解,研究するためには古典の原典を読むことがしばし...続きを読む


人気Q&Aランキング