26才主婦です。1才8カ月の息子がいます。
いたって普通の主婦です。小さい頃にもあったんですが
死ぬ事を考えるととてつもなく怖くなって動機がして涙があふれてきて体が震えていてもたってもいられなくなってこのままおかしくなるんじゃないかと思うほどです。普段はなんともないんですがたまにフッとその思いがよぎるんです。
学生や働いていて毎日忙しくしている頃にはありませんでした、結婚して子供ができて家にいるようになってからぼちぼちそういう事があるようになりなんども主人に話を聞いてもらったりしていました。出産後は病院にも半年ほど通いましたが薬を飲んでもあまりよくなっているような気がしなくて、そう先生に言って薬を変えてもらっても同じような感じでした、そのうち子供が動き回るようになり現在は子供が相手になってくれる事もありそんなになくなりましたが今でもたまになります。
身じかな人が最近の数年で何人か亡くなったということもあるとは思います。
だんだんそんな自分に嫌気がさしてきてしまいました。
テレビや本もそういった事からは遠ざけるようにしています。そんな事考える暇がないようになにかやる事を見つけようとは思っています、こんなふうな気持ちになったときどんなふうにぬけだしたらいいのか誰か教えて下さい、、、やっぱり病院に通った方がいいんでしょうか。

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A 回答 (14件中1~10件)

 わたしも、失いたくないものがたくさんあって、それを失うことを想像して


ふと、涙をこぼしてしまうことがよくあります。一人の夜とか、二人の夜とか、
寂しいときとか、、、。好きな人たちが死んでしまうことや、自分が死んで
みんなが悲しむ姿を想像したりして泣くことも、今の年になっても結構あります。

 その時、身近な人に「大丈夫だよ」って言ってもらえると、根拠はなくても
安心します。「絶対大丈夫なんてこの世にはない」って、理屈のわたしは
考えているのですけど、心は安心するのです。

 あまり悲しみに襲われる頻度が高く、毎日過ごすのが辛いようでしたら、
やはり皆様の言われるとおり心療内科が助けになってくれると思います。
 また、書物や音楽も心のなぐさめになってくれると思います。

 それから、考え事は明るいうちに、または誰かが周りにいてくれる環境でする方が、気持ちが暗くなりにくいです。
 わたしの母親が「夜に書いた手紙は朝読み直せ」とよく言っていました。
「夜は心に『魔』がさすから」だそうです。もちろん、比喩ですが、
人間の心に朝夜のサイクルも少なからず影響があるようですから、
環境面もちょっと工夫されてみてはいかがでしょうか。
 あまりご自分を追い込まないで下さい。同じことを考える人は
たくさんいると思いますよ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
とてもおだやかな方なのかなという印象を文章からうけました。音楽を聞くのは大好きです。そういうことからリラックスしていったらいいのかな。夜に魔ががすってなんとなく分かるきがします。

お礼日時:2001/03/03 12:02

死ぬのが怖くない人はいないと思います。

あなたはごく普通だと思います。少しだけ考える暇が他人より多くあるだけだと思います。ある人が、飛行機に乗ろうとして、落ちるかもしれないからといい、乗るのをやめました。次に、事故に遭うからと、車に乗ることをやめました。さらに、家から出ることをやめました。そのうち、ばかばかしくなりました。
人は、体という器を預かって生きている心のかたまりだと思います。去年の自分も自分、今日の自分も自分、でも、考えていることは違います。心のもち方次第で、ずっと楽になると思います。泣いて過ごしても一生、笑って過ごしても一生です。楽しいことだけを考えて生きていくように努力してみてはいかがでしょうか。アドバイスになりましたでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
ばかばかしく、、、、なりますか。
楽しいことだけを考えて生きていきたいとつねづね私も思っています。笑いじわがいーーっぱい出来ちゃうくらい笑っていたいですね。
ここにこんな質問をするのも迷っていました。自分にとってプラスになるのか不安だったからです。でも沢山の方々に回答を頂けて色んな考え方を聞かせて頂けただけでもとても勉強になりました。こちらの場所をおかりして皆さんにお礼を言わせて頂きたいと思います。
本当にありがとうございました。
どなたも真剣に答えて下さっているのでポイントをつけるのはちょっと、、、、、と思っております。
ポイントをつけなかった方の回答が良くないなんて事はけっしてありませんのでどうか気を悪くなさらないで下さい。本当にどうもありがとうございました。

お礼日時:2001/03/05 00:33

私も子供の頃や若い時、恐くてしょうがなくって、眠れないほどだったことがあります。


でも、赤ちゃんを産んで、人の親になって、自分の死についての考え方が変わってきました。


大切なのは、生を全うすることです。
生を全うすれば、死ぬときに後悔はないはずなんです。
だから、今はまだ死ねません。
それと、いつ死ぬか分からないのですから、精一杯今を生きること。
いつ死んでもいいように、とは変な表現ですが。


それと失礼なんですがやはり、心の病も考えられるかもしれません。
そうなると、我々OK会員だけの回答では難しく、一度病院で見てもらうなども必要かもしれません。
なんでもなければそれでいいんですしね。
1歳8ヶ月君がいて、なかなか無理かもしれませんが…。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
病院にいきづらいのは子供がいるのもあるんです、、。
症状の軽いうちにやはり診て頂いた方がいいのかな。

お礼日時:2001/03/02 15:06

パソコンがトラブっていたので回答が遅れてしまってすみません。


私はうつ病の経験者で現在も自宅療養中の身です。40代半ばですが、病気も完治しておらず再就職の目処も付かない状態でいます。
あなたの質問内容から推測すると「軽いうつ病」のなり始めという感じがします。
>だんだんそんな自分に嫌気がさしてきてしまいました。
「軽いうつ状態」の特徴である「自己嫌悪感」「劣等感」が出始めているようです。
>テレビや本もそういった事からは遠ざけるようにしています。
なるべく見ないようにして下さい。ご自分がしたくないと感じたことはしない方がいいです。ですから無理して何かをしようとしないで下さい。あなたには心の休養が必要ですから。
それだけ今のあなたの心が疲れていて、エネルギーが足りない状態なのです。ですから、したくないことを無理にするとどんどん悪い方向へ向かってしまって、しまいには本当の「うつ病」になってしまいます。
内科などでくれる「精神安定剤」はうつ病になりかけの人にとっては気休めぐらいにしかなりません。
「死」への恐怖は人間なら誰しも持っているものですが、うつ病になりかけの人は、その気持ちをどんどん悪い方向へ持っていってしまいます。事実あなたも「体が震えてたってもいられなくなる」という身体症状に表れてきています。「死」への恐怖にはあまり深く考えないように心掛けて下さい。哲学書や人生観について書かれた本などを読むこともあなたをますます混乱させてしまうだけです。読むのならうつ病などについて分かりやすく書かれた本などをお読みになって、客観的にご自分の状態を理解される方がいいでしょう。
また他人から励ましてもらったりすることも避けましょう。あなたの気持ちを理解して同調してくれるような友達を選んで付き合った方がいいでしょう。もちろん友達と会うのに抵抗を感じたら会わないで下さい。
端的に言えばあなたの今の状態を作り出しているのは、あなたの脳の中の伝達物質がうまく働いていないことから来ているのです。それはいろいろなストレスが原因で起こる場合が多いのです。
心療内科に行くのなら今のうちです。
早いうちに手を打っておけば重大な状態になることを防ぐことができます。軽い症状のうちに行っておけばそれだけ早く治ります。
心療内科は精神科と違って、不眠症やほんの些細な気持ちの落ち込みやそれによる身体症状を主に診てくれます。精神科に行って「あなたは病気なんかじゃありませんから、気にしないことですね。」と言われるより心療内科の方が病名を付けられないような症状にも応じてくれるので、たぶんあなたのような状態の人には適しているかと思います。
心療内科の敷居は低いですから、お悩み相談のつもりで気楽に行ってみて下さい。
今は副作用も少なく依存性のない良く効く「抗うつ薬」も出ているので安心して受診なさって下さい。少なくともひとりで悩んでいるよりは数段いいと思います。
ではお大事に。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
経験者の方、、、ということでなんだか病院で先生のお話を聞いているような感じがしました。
私自信心のエネルギーを増やすにはどうしたらいいのかと探しています。もう一度病院にいってみようかな、、、。

お礼日時:2001/03/02 15:04

私は生き死には神様まかせにしてます。


神ならぬ小さな存在の人間は一日一日を、泣いたり笑ったり怒ったりしながら生きるのでは。
その積み重ねが、人生と言うのではないでしょうか。

自分が死ぬ事はそれほどこわくないですね。
ただ死に至る病や怪我の痛みは遠慮したいですが。
私はマゾではありません。
サディストだと居眠りしている間にかさぶたを剥がされた息子は言います。

それよりも自分の愛する人に先に死なれるのがこわいです。
この場合は『私は生き死には神様まかせにしてます』などと悠長な事は言っておられません。
スーパーマンにメールを送り、地球を逆回転してもらいます。
それでも最愛の夫に死なれたら、間違いなく後を追います。
保険金で贅沢三昧した後での事ですが。
夫もそう言ってます。
多分そうでも言わないと、おかずが一品減るからだと思いますが。

森総理の最大の短所で最大の長所は、『な~んも考えてましぇーん』だと思います。

こんな私も必ず死にます。
必ず愛する人と死に別れます。
そしたら天国でもう一度逢います。
そして二度と離れません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
御主人との夫婦愛とてもうらやましくおもいます。
私の夫は今仕事が忙しくほとんど家にいません。
そのすれ違いなども不安のひとつなのかもしれません。
私達もreikocatさんご夫婦のようになりたいな、、、。

お礼日時:2001/03/02 14:59

こんにちは。


ー死ぬのが怖い!!ーそう思えるあなたは、幸せなのかもしれませんよ。生あるものは、いつか必ず死にますよね。
でも、あなたが死ぬのは、今じゃない。今このときは、恐らく生きていられる。違いますか?夢をかなえるために、今を犠牲にしたくないっていうのと、似ていますが、死を恐れて今を苦しむのは、まだ先のある、あなたの人生・・あなた自身が、かわいそうなきがします。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
そうですね、自分でもそんな事ばっかり考えて毎日を
楽しく暮らせないなんてもったえないと思います。
今ある幸せを大切にしないといけませんね。

お礼日時:2001/03/02 14:55

死への恐怖は普遍的なものです。

多くの宗教はそういう事から発生しているといっても良いでしょう。死が恐ろしいと感じるのは極めて正常です。

死が恐いというのには、死ぬ瞬間についてのものと、死んだ自分について考える事があると思います。

前者については、死ぬ瞬間には大量のドーパミンがでて、とても大きな快感に包まれる、という話があります。痛みに耐え抜いた後には体験した事もない凄い気持ち良いごほうびが待ってる、と思えば気が楽になるんじゃないでしょうか。

後者は、アイデンティティーの喪失に対する不安、というか、他者のなかでの自分、というポジションが気になっている訳です。
人は社会的な動物ですから、疎外される事を恐れます。自分の存在価値、というのは、社会の中で、という条件が無意識的にある訳です。
しかしながら、ひとつの命の宿主としての自分は、命の入れ物として存在価値がある訳です。社会的に無価値であったとしても、その命の宿主としてかけがえのない唯一無二の存在であります。
その責任をどうはたすべきか、というと、体の方は条件反射や味覚、痛みなどの信号を送って生命を維持しようと頑張っています。精神の方は、というと、恐怖心などで体を危険から遠ざけようと貢献しておるのであります。死は生命にとってもっとも忌み嫌うものですから、精神や肉体がそれを遠ざけようとするのは全く正常な反応です。

結局のところ、人は死ぬまで生きるだけの事であります。死んだ後は何も無しです。永眠といいますが、まさに夢も見ずに永遠に眠るわけです。
では何の為に生きているのか。それは命が生きようとしているからに他なりません。
何をすれば良いのか。これは体や精神が喜ぶような事をたくさん与えてあげる事だと思います。100年ほどで完結する生命の個々には、あまり大層な意義はなく、生命の連綿と続く連鎖にこそ意味があるのでしょう。
一個の生命を与えられたものの使命は、肉体的、精神的な多くの経験をし、多くの情報を取り込む事です。ひらたくいえば、めいっぱい楽しめば良いのです。
死ぬ瞬間に、「あー楽しかった」と思えれば、良い人生だし、命を授かった責任も果たしたというもんです。 ・・まあ、これは私個人の考え方ですが。

以上、なんか哲学的になりましたが、死ぬことはゲームの終わり、位に考えていてちょうど良いくらいだと思います。
とてつもなくつらい不幸に見舞われた時、自己の精神では立ち直れなくなった時、多くの人は宗教によって救われています。既成の宗教に限らなくても、自分なりの生死観を持つという事はとても有効だと思います。おそらくそれで死への恐怖からは解放されるでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
本当に哲学的ですね、、、。読ませて頂いているうちに眉間にしわがよってきてしまいました。(笑)

お礼日時:2001/03/02 14:52

最初に、あおるつもりはありませんので、私の個人的体験を聞いていただければと思います。



8年前より、うつ病を発症し、医者の誤診(医療ミスですね・・・あれは)もあり、今の主治医に変わってからも闘病を続けています。
今の主治医は、休め、休め、という方だったので、思い切って仕事を昨年の4月から休んでいます。(こう書くと長いなぁ。)
「とにかく、ぼぉーっとして、薬を飲んでいればスカッと治るから。」
その言葉に期待して、今まできました。
結果、(結婚してますが共働きです)、一人で布団にいる時間が長くなり、死ぬことが自然に頭にわいてきました。
最初は、頻度も少なかったのですが、今では自分が毎日「なぜ死なないのか」を責めます。
挙句の果てに「死ね」という言葉が幻聴で実際に聞こえました。(解離性障害という特殊な例ですので、ご安心を。これには私自身に長い背景があったためだということは分かっています。)
身近で、自殺した人間が多いからかもしれません。
毎日が闘いになってしまい、何とかしてくれ、と主治医にも何度となく言ってます。でも生きてます。そう簡単には死ねません。

日の光に、午前中2時間きっちりあたるだけでも違うそうです。お散歩も近くならいいと。

心療内科か精神科を受診してください。今までのありのままを伝えてください。
お薬が出ると思います。依存性はほとんどないので、次に妊娠したときだけは医者に言って薬を変えてもらえば、大丈夫です。
心理療法もあります。この分野は3カ月おきに新しい報告がなされているという、日進月歩の分野です。

決して悲観しないで。みんな少なからず悩んでます。自分を見つめるいい機会だと思ってください。

よく「お子さんがいるんだから、そのこと考えないと。」といいます。でも、真っ先に考えなければならないのは、あなたの「こころ」の平穏です。あまりがんばらずに肩の力を抜いてみませんか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
がんばらなくていいと言ってもらえると本当に肩のちからがぬけていくような気がします。
天気の良い日には子供とお散歩しますね、、、。

お礼日時:2001/03/02 14:49

僕なんか逆に何の前触れも無くふっと死んじゃえば良いのにって思いますけどね。


自殺願望なんか無いけど、道を歩いてて上からものが落っこちて来たり、豆腐の角に頭ぶつけたりして。
身近な人が悲しんだり困ったりする事を考えるとあんまり口には出せないんですけど。
でも症状は違うけど何かそう思う所以が過去に経験としてあるんだと思います。近くにカウンセリングルームとかないですか?割と気軽に行ける場所ですよ、カウンセリングって。心療内科でも良いし。合わなきゃ換えれば良いんだし。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
豆腐の角にね。(笑)
カウンセリングって聞いた事はあります。
心療内科の先生にみてもらうのとは、やっぱりちがうんでしょうか、、、。

お礼日時:2001/03/02 14:47

私にもそんな時期がありました。


だいぶ昔のことですが。。。。
毎日布団の中で死について考えていました。
(日中は大丈夫だったのですが。。。。)
死んだら今の意識が無くなる・・・なくなったらどうなるのだろうとか・・・
すごく怖かったです。
そんなときは大抵物事を悪いほうに捉えている時期で、なんでも大げさに考えていたように思います。

そんなときに思いついたのが、「まあ、いいか」ってセリフです。
とりあえずすべての物事を軽く考えてみることにしました。

そうしたらしばらくしてなんとも無くなりました。
多分根底には「どうせいつかは死ぬんだし。しょうがない」っていうのがあったように思えます。

なんか取り留めのない文章になりましたが、なんらかの手助けになればということで。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
そうなんです、私も日中は大丈夫なんです。
だから夜は家中の電気を付けていないと不安なんです。
テレビも朝から晩まで付けっぱなしです。
自分だけ頭がおかしくなったんじゃないかと思っていた事もありました、でも同じ事を思う方がいるんだとわかればなぜだか気持ちが軽くなるような気がします。
全くしらない他人のために皆さんがこんなにも答えてくれているこの事実だけでも私1人じゃないのかと思えます。

お礼日時:2001/03/02 00:51

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Qタナトフォビア(死恐怖症)の症状を抑えたいです。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、何の為に生きているのだろうかとか、宇宙について考えてしまったりして、ここ数日は朝になるまで寝られず、起きている間も考えてしまいます。恐怖や絶望を感じてしまい、食事も無理をして行っている感じがします。情けないですが、自分の部屋で声を殺して泣いてしまうこともありました。

また、母親(60代前半)もいつか死んでしまって、火葬が行われるであろうことも考えてしまい、家で母親の顔を見ただけでも、涙が出そうになってしまいます。ニュースなどで人が死んだことを聞いても、その人について考えてしまいます。

先日、ネットで調べて「タナトフォビア」という言葉があることを知り、自分もそれを発症していると思い、ここのような相談サイトを見て回ったのですが、理論的な理解はできても、感情をなかなか抑えられません。少し落ち着いているときと考え込んでしまうときが交互に来ている状況です。

10代の時に強迫観念症(これが正式名かどうかはわかりません)を複数発症したこともありました。(元々、そのような病気になりやすいのだと思います。)そのときは病院には行かず、程度の差はあれ、自分で症状を改善しました。

心が休まりません。どうすれば、タナトフォビアの症状を抑えられるのでしょうか。

強迫観念症の件で家族には迷惑をかけてきており、また、今回は対象が「死」ということもあり、家族には話していません。なので、ここで質問させていただいた次第です。

長文かつ乱文で申し訳ございませんがよろしくお願いします。

現在23歳、大学3年で就活が間近に迫っている男です。

昨年(2010年)の年末から、死んだら自分はどうなってしまうのだろうという思いがほぼ四六時中、頭から離れなくて心身共に疲れています。

小学校に入学するかしないかの頃から、ふとした瞬間に、死んだら自分はどうなってしまうのだろうと考えて得体も知れない怖さを感じることが度々ありましたが、寝るなどしてしばらくしたら治まっていました。

しかし、今回はすぐに治まらず、死んだら自分の意識は無くなってしまうのだろうか、「無」は何なのだろうか、...続きを読む

Aベストアンサー

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純に感性が鋭い事が原因なんだろうと思いました。
感性が豊かな人なら大なり小なりタナトフォビックであろうとも今は思っています。
死、はいかなる人であれ未知です。
DNAからは死を避ける行動を取るように恐怖という感情を引き起こすよう書き込まれています。
それなので死=恐怖は自然な感情です。ところが死が溢れているがゆえにいつまでも繰り返し
恐怖を引き起こす、どこかで麻痺するのが通常なんでしょうけれど、麻痺しないことが苦痛となる。
麻痺しないことは間違ってはいないと思うので病気だとは考えません。
ただ麻痺しないから困っている現状がある、それをまず客観的に捉えられるようにしました。

そこで繰り返し引き起こされる恐怖への対処法を考え、実行しました。

何をしたかというと、死、の反対を探したんです。
誕生ですね。意識して、意識を向けた結果、溢れる死と同じように
生命の誕生を至る所に感じられるようになりました。
毎日、毎秒、ありとあらゆる生命が生まれている一方で、死んでいく。
繰り返し、繰り返し、です。その感覚を得てはじめて万物流転をきちんと理解できた気がします。
自分の身に起こる死もまた、肉体が解体され、流転する。自然の流れなんだろうと。
そこに魂を信じる気持ちがあれば、輪廻転生も有り得る事とも思いました。

その一方で、死からも学びを得ました。何よりも如何に命が儚いか、です。
だからやはり誠に、生きて存在しているということ事態が奇跡なのだと知りました。
一期一会という言葉の持つ真の意味に触れることが出来たのも、死を思ったが故に。
今は昔、全ての時計に書いてあった言葉だそうです。メメントモリ(死を想え)と。
その昔は今で言うタナトフォビアが当たり前だったのかも知れませんね。
ちなみに朝生まれ、夜死す、それが繰り返されて日々となる、という考えもありますね。
なによりも人は思ったよりも簡単に死んでしまうものなので
限られた日々を一所懸命生きなさい、という智慧なのでしょう。

いつか必ず死にます。死後の世界の話で困るのは、結局死んでみないことには判らないですし、
折角まだ生きているのに、知りたいから今死のう、というのも違います。
なので死後の悩みは死後のお楽しみとしてひとまず置いておきませんか?
死後も意識が継続していましたら、その時にあらためて考える、としておいて
意識が無かった時は諦めよう、としてみましょう。
問題の死への概念ですが、死の意識を振り払うことは大変です。
だったら死に対してポジティブな意識を持つように意識を変えてみませんか?

私の辿った道のりです。
身近に溢れる命が死んでゆく、その切なく脆い命が故に、命に対しての愛おしさに繋がった。
儚さゆえの愛おしさだとしても、溢れる息吹に感じ入り、懸命に生きる大切さが
死を感じるが故に繰り返し伝わってくる。
その時にはじめて死の概念がそのまま命への慈しみへと変わりました。

残された日々を大切な人たちといとおしみ、生きる。それはかけがえのない日々となるでしょう。
命を見送り、自分の最後の時には、素晴らしい人生を過ごせれた、と悔いなく死ねるでしょう。
思い残すことが無いから安心して自らの命を自然へ帰す。
そんな心を最後の時に持てるよう日々、命を燃やして生きていきたい。
それこそが、死を想うが故に苦しみを生むことに対しての最大の対処法として
僕が今、まさしく実践中の毎日です。

繰り返しますが、命は儚いものです。お母様を想う気持ちは慈しみでしょう。
慈しむ思いがあるのですから、まずはお母様への慈しみの行動を取ってみましょう。
具体的に、日々の感謝の気持ちを手紙としてお渡しするのも良いでしょう。
あなたの笑い顔を見せることも、もちろんとても喜んでくださるでしょう。
何も出来そうになければ、ただ、傍に居る、たったそれだけでもとても大きな喜びでしょう。
愛情こそ、死への恐怖から解き放つ何よりのものではないでしょうか。

私事ばかりで恐縮ではありますが、何か拾えるものがありましたら何よりの喜びです。
長々とお付き合い、ありがとうございました。

今晩は。

症状を抑えるのも大事かと思いますが、うまく付き合う、それもひとつの解決策かと思いお返事します。

強迫性障害を持っています。死が対象だったことがあります。
死に捉われ、苦労はしましたが、お陰で意識がとても変わりました。
その経験をお伝えします。

なぜ死に捉われるのかから探りました。
実は身近に死が沢山溢れていることに対し感覚がそれを捕らえていることに気付きました。
だから意識が「死」から離れない。死を感じる結果、それを強く意識してしまう。
だから病気だ、というよりも単純...続きを読む

Q死んでしまう事を考えると怖くなる子供に対して…

小学4年生になったばかりの息子の事で相談です。

少し前(1か月位)前から、寝る前になると
自分が死んでしまう事を考えると怖くなると言うようになりました。

息子には特に、持病があるわけでもなく、
死んでしまうような体験をしたわけでもなく、
昼間は友達と遊びに出かけ、話もよくしてくれるので
いじめられて、死を考えたとかでもないようです。

いろいろ話を聞いてみると
いつかは自分は死んでしまう(おじいちゃんになってから)から
その時に、みんなとお別れになってしまう事を考えると怖いし、
苦しいのでは?痛いのでは?と思っている感じです。

3歳半の頃に、私の祖父が亡くなり、葬儀に参加したのですが
その時には特に何も言わなかったのですが、
4・5歳の頃に思い出したように、死んじゃうのが怖いといった事があります。
その時は、大丈夫だからと話していると、自然に気にしなくなったのですが、
また、それが思い出されたかのような感じなのかも知れません。

大きくなった分、具体的にいろいろ想像している分、
怖さが取り除けないのかな?と思っているのですが、
そんな息子にどうやって話をしてあげたら好いのか困っています。

寝る前になると、いろいろ考えてしまうようですが、
だからと言って、寝付けない訳ではないようです。
下の子がまだ寝付くまで私にいてほしいというので、
兄弟同じ部屋で寝ているため、4年の息子も一緒です。
ひとしきり、話を聞いてあげて、大丈夫だから今日は寝なさい
と言うと、とりあえず寝られるようです。
でも、次の日も「でも~」と同じことの繰り返しをしています。

本当にどうやったら安心してくれるのでしょうか?
心療内科とかに連れて行った方が良いのだろうかとも考えてしまいます。

小学4年生になったばかりの息子の事で相談です。

少し前(1か月位)前から、寝る前になると
自分が死んでしまう事を考えると怖くなると言うようになりました。

息子には特に、持病があるわけでもなく、
死んでしまうような体験をしたわけでもなく、
昼間は友達と遊びに出かけ、話もよくしてくれるので
いじめられて、死を考えたとかでもないようです。

いろいろ話を聞いてみると
いつかは自分は死んでしまう(おじいちゃんになってから)から
その時に、みんなとお別れになってしまう事を考える...続きを読む

Aベストアンサー

No.8です。

>私自身がどう死を理解しているか言葉に表せない

そうです。大人だからわかっているということではありません。
成長の過程と書きましたが、死というテーマは、子供の成長というより人間の成長のための議題だと思います。
だから子供の頃に悩む人もいれば、大人になってからこの問題にぶつかる人もいます。

死については誰も明確な答えを持っていないし、大人が子供を導くようなものでもありません。
お子さんの考えていることは、もしかしたら質問者さまよりも難しいことかもしれませんよ。

だから要は、大人として知ったかぶりの回答をしないことです。
お子さんに聞かれたら例えば
「お母さんも死ぬのは怖いわよ」
などと本音で話し合うのはいいかもしれません。

学校教育でも家庭教育でも同じですが、本音で接した時に信頼が生まれ、安心感を持つのです。

Q高齢者の方は死ぬのが怖くないのか?

「もしも明日の午前0時に、突然死ぬとしたら、何がしたいか?」
という問いをよく自分にぶつけます。

「女性とたくさん関係を持つ」とか「おいしいものを食べまくる」とか
「気に入らないやつを殴りに行く」とか、
低俗で下世話な欲望がいろいろ浮かぶのですが、
結局いつも最後に出るリアルな答えは
「死への恐怖に耐え切れずに、ただ泣きながらそのときを待つだけだろう」です。

しかし、高齢者(特に平均寿命を大幅に超えた)の方々は、
「明日、いや次の瞬間に自分は死ぬかもしれない」という
恐怖を抱えているはずなのですが、
精神面・行動面、
すべての面において、
若者よりも落ち着いているように私には見えます。

少し失礼な言い方になりますが、
脳が老化すると、死への恐怖が鈍化するのでしょうか?
それとも本当は、心の中が死への恐怖でいっぱいなのでしょうか?

私が今80歳になったと仮定すれば、
とても死への恐怖に耐えられません。

そう考えると、ご年配の方々はつくづく偉大だなといつも思っているのですが、
本当のところはどうなのでしょうか?

教えてgooのユーザーさんにいらっしゃるかわかりませんが、
80歳を超えておられるご年配の方々に、
死に対するご意見を聞いてみたいです。

「もしも明日の午前0時に、突然死ぬとしたら、何がしたいか?」
という問いをよく自分にぶつけます。

「女性とたくさん関係を持つ」とか「おいしいものを食べまくる」とか
「気に入らないやつを殴りに行く」とか、
低俗で下世話な欲望がいろいろ浮かぶのですが、
結局いつも最後に出るリアルな答えは
「死への恐怖に耐え切れずに、ただ泣きながらそのときを待つだけだろう」です。

しかし、高齢者(特に平均寿命を大幅に超えた)の方々は、
「明日、いや次の瞬間に自分は死ぬかもしれない」という
恐...続きを読む

Aベストアンサー

高齢になると身体のあちこちにがたが来る。燃えるような希望がなくなる。パワーがなくなる。つまり心身ともに衰え、死期の近いことを悟り(ああもうそろそろだな)とあきらめがつくのです。
わたしは団塊の世代ですが、老化現象があちこちにあり、これが年と共に強まり、衰えて行くのだなということがわかります。淋しいことですがこれが自然です。死なないとこれまた大変なことになります。要するに神によって生かされている間はしっかりと自己表現して生きればいいんです。

Q死への恐怖…体験談、克服談を教えて下さい

 中学生の頃にも一度陥って、その時は一週間程で自然に
忘れていったのですが、三十代に突入して突然、死への恐怖に
再び憑り付かれ、なかなか脱却する事が出来ません。何度か
心療内科にも通った程です。(不安障害と診断されました)

 死が怖いのです。家族や友人の死も勿論怖いのですが、
一番怖いのは自分自身の死です。視覚・触覚・聴覚と
いった全ての感覚が消え去り、自分が完全な無になって
しまう。それなのに世界は変わらず続いていく…そう考えると
心臓が激しく鼓動し、胃がせり上がり、夜も眠れません。
 母に話してみましたが、「あなたはまだ若いし不治の病に
なったという訳でもないのに不思議で仕方ない。お母さんは
死は全然怖くない。いつ死んでもいいと思ってる。」との
事です。母の感覚の方が普通だとは分かっています。
この世で唯一絶対の真実と言っても過言ではない「どんな人
もいずれ必ず死ぬ」事に恐れおののく自分が、貴重な時間を
無駄にしている大馬鹿者に思えてひどく落ち込みます。
 死について考えないように、考えないように、と考えれば
考える程思考がそちらに行ってしまいます。心療内科の
先生は、「気持ちの悪循環」だと仰いました。そして
「哲学者や宗教家が必ず行き着く究極の問いだ。一度
とことん考え抜いてみるのもいいかも。」とも。

 皆さんは同じような考えに囚われて、苦しい日々を送った
事がありますか?また、それを克服した出来事や方法が
ありましたか?そういった体験談を教えて下さると
嬉しいです。

 中学生の頃にも一度陥って、その時は一週間程で自然に
忘れていったのですが、三十代に突入して突然、死への恐怖に
再び憑り付かれ、なかなか脱却する事が出来ません。何度か
心療内科にも通った程です。(不安障害と診断されました)

 死が怖いのです。家族や友人の死も勿論怖いのですが、
一番怖いのは自分自身の死です。視覚・触覚・聴覚と
いった全ての感覚が消え去り、自分が完全な無になって
しまう。それなのに世界は変わらず続いていく…そう考えると
心臓が激しく鼓動し、胃がせり上がり、夜...続きを読む

Aベストアンサー

死があたりまえだと思ってるのは他人の死の経験があるからです。
実際にどんな人も経験しますが、そのどんな人も語ることの出来ない領域です。
「死んだことありますか?」
と誰かに聞けば、頭がおかしいのではと思われるでしょう。

したがってhato-yomeさんが死んだ、と思うのはhato-yomeさんじゃない。hato-yomeさんは思えないのですから、hato-yomeさんは死んだりしないんですよ。死なないんだから怖がる必要は無いんです。

いつ眠るんだろう、その瞬間を見逃さないように小さい頃、時には今でもチャレンジしてますがいつも失敗しています。起きたときに、寝てしまったと思いますが、実際眠りも不思議な世界です。今も、実は夢の世界では?そうじゃないとどうして証明をするかなんて考えたりしますが、答えは出てません。
寝たことさえ認識できないのですから、死んだことも認識できないと思い込んでますが。ちなみにマトリックスの影響ではありません。

自分は、死ぬんだろうけど死なないよ、と考えてます。千の風の影響もないです。

いやー眠りって不思議ですよ。家では自分だけお休みなさいではなく出発しますと言ってます。どっかにいって戻ってきて起きる、という感覚なんで。死は戻ってこないということなんですかね。
絶対にどっかに出発してるんですが、どこかわからないんですよ。日々のことなのに。

とにかくhato-yomeさんは死にませんよ。

死があたりまえだと思ってるのは他人の死の経験があるからです。
実際にどんな人も経験しますが、そのどんな人も語ることの出来ない領域です。
「死んだことありますか?」
と誰かに聞けば、頭がおかしいのではと思われるでしょう。

したがってhato-yomeさんが死んだ、と思うのはhato-yomeさんじゃない。hato-yomeさんは思えないのですから、hato-yomeさんは死んだりしないんですよ。死なないんだから怖がる必要は無いんです。

いつ眠るんだろう、その瞬間を見逃さないように小さい頃、時には今でもチ...続きを読む

Q歳を取るほど死が怖くないのは何故ですか?

 若い人ほど死ぬことを恐れ、歳を取るほど満足したから?かどうか分かりませんが

 怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?


 個人的にはカウントダウンに入っている方が恐ろしと思うのですが
 
 いわゆる「お迎え」っていうものがあるので、宗教的な要因もあるのでしょうか?

Aベストアンサー

Q/怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?宗教的な要因もあるのでしょうか?

A/日本の場合はそうかもしれませんね。
宗教観や倫理観の問題ですね。人が生きる意味は、人によって様々ですが、一つ共通に言えることがあるとすれば、苦しむことを嫌うということです。その逆に楽をしたいという感情もあるでしょう。そして、遺伝的には、次の性を残すことが目的です。

この苦楽と子孫のいずれかが満たされていくと、死を恐れる感情は徐々に抑えられるはずです。

もっと、分かりやすく言えば、親は子供が出来れば、子が死ぬなら自分の命を捧げる覚悟をするケースもあります。人生の目標が親であり、親として子供を育て上げることに目標があるなら、その人の人生は、満たされたことになり、少なくとも一つの大きな未練はなくなります。それは、死しても自分の子孫が残るということで果たされるからです。

苦と楽というのは、子供の頃に死を恐れることにも影響します。苦しみには仏教では四苦八苦というものがあり、生老病死に生きる上で必ず1度は味わうであろう、愛する人と別れる苦しみ、恨んでいる人や憎しみを抱くような相手と会う苦しみ、求めるものを欲する苦しみ(それが手に入らない苦しみ)、精神的な苦しみの4つを加えた8つの苦しみがあるのです。

死ぬ苦しみが、怖いのは年老いても実際には同じですが、子供の場合は、精神的な苦しみが少なく、憎しみを抱くことも普通に育てられていれば少ないはずです。さらに、愛する人が近くにいることも多く、別れる機会も少ないはずです。それに対して、漠然として理解できないのが死の苦しみです。

生きる苦しみは、病気をしたとき、人生において一人立ちをしたとき、生活を自分で設計したとき、子供が生まれ家族が出来たときと順番に、大きくなります。それらは、全てが苦しみではありませんが、生きていることの苦が、死の苦に勝っていけば、自分から死を選ぶようにもなります。

人の喜びや悲しみ、苦しみや、楽しみは人によって様々ありますが、その人にとってほぼ苦と楽は正反対の価値です。楽が10なら苦は-10なのです。ただ、人は慣れる生き物です。そのため、最初は楽が10でも次に同じ楽を味わっても、9に感じます。苦も不条理でなければ同じことですが、楽しか味わっていない人は、それを理解できないため、苦が緩和される前に、諦めてしまい社会に苦ばかりがあるように感じるようになります。
生まれたときから、一定の楽を味わえば、たいていの場合、年齢があがるにつれて、死は怖くなくなるでしょう。
何故なら、死に対する苦しみより、社会の苦しみの方が現実的で、恐ろしいからです。


最初から、死に直面するような社会に産まれ、育っていくと死を重んじるようになり、恐れるまではいかないでしょうが、死の価値を誇大に見るようになります。まあ、よい方向で教育されれば、最後まで生き抜いて、死の苦しみが少ない社会を目指すかもしれません。悪い方向で教育されれば、テロリズムに走り、自分の死を選ぶときに、多くの敵を一緒に巻き込むでしょう。

人の喜びは、価値のある物を手に入れたとき、人に評価されたとき、そしてそれらを合わせて自分の好きなことを好きなだけ出来るときなどに生まれます。死に対する感情は、その教育と幼児期からの育ちによってある程度は決まります。ある方法での死を喜びと錯覚させるように教えられれば、死は恐怖ではなくなるでしょう。
また、社会が苦しみの固まりだと感じれば、死は怖くなります。そして、一番よい死の苦しみを和らげる方法は、目標の幸せを手にして、幸せを一定程度勝ち取ることです。苦をある程度受け入れ生きることが、死を安らかに迎える方法かもしれません。

Q/怖いと思う人が少ないそうですが何故なのでしょうか?宗教的な要因もあるのでしょうか?

A/日本の場合はそうかもしれませんね。
宗教観や倫理観の問題ですね。人が生きる意味は、人によって様々ですが、一つ共通に言えることがあるとすれば、苦しむことを嫌うということです。その逆に楽をしたいという感情もあるでしょう。そして、遺伝的には、次の性を残すことが目的です。

この苦楽と子孫のいずれかが満たされていくと、死を恐れる感情は徐々に抑えられるはずです。

もっと、分かりやすく言えば、親...続きを読む

Qなぜ「どうせ死ぬのに」、頑張って生きるのですか?

20代半ば、会社員です。


最近、あらゆることに対してやる気や情熱が持てなくなってしまいました。
理由は、質問のタイトルにも書いた通り「どうせ死ぬから」というもの。


例えば・・・

自分が勉強して知識を付けても、その内のほとんどは自己満足。

仕事でその知識を使い社会に貢献できたとしても、社会全体から見たらほんの極わずか。

自分が痩せて「嬉しい!やった!」と思っても、ほとんどの他人にとってはどーでもいいこと。ましてや社会にとっては何の意味もありません。

僕本人にしか分からないレベルで小さな変化や成長を自分の中に感じても、他人にとってはどーでもいいこと。

何かの技術に習熟して、他の人ができないことができるようになったとしても、やっぱり社会全体から見たら取るに足らないこと。

僕が何かの資格を取ったりしても、やっぱりそれは地球全体で考えたら本当に些細なこと。


そしてそもそもの話。

どんな風に生きたとて、結局のところ人は死にます。
当たり前の話ですが。

じゃあなんでどうせ死ぬのに頑張って生きるのでしょうか。

しかも、上述したように、何か頑張って成し遂げたとしても、ほとんどが自己満足。
自己満足を超えて社会に幾ばくか貢献できたとしても、その影響は本当に小さい。。。


もしあなたがベートーベンやゴッホなどの世界クラスの才能をお持ちであるならば、その影響は大きいでしょう。
ですが、そんな人は本当に極一握り。

僕を含む、彼ら以外のその他大勢の"凡人"は、結局頑張ってもその努力の跡や功績は後世には伝わらないんです。

じゃあ、頑張っても無駄じゃないですか?


一生懸命、大変な思いをしながら生きるのって、必要なくないですか?


ただでさえ、あなたは日本や世界という基準で見たら、小さい存在で、正直いてもいなくてもいいんですよ。
あなたは後世に残る程の偉人にはならないだろうし、多くの人間に必要とされる人間にもならないでしょう。


その上、悪口を言われたり嫉妬されたり、潰されたり、精神的に辛い思いをさせられたり・・・と、色々な目に遭いながらも一生懸命生きたとして、残念ながら結局は死にます。


じゃあもう、どうせ死ぬなら生きなくてよくないですか?



・・・・っていうようなことを、ここ3ヶ月ぐらい前からずっと考えています。



自分は今20代半ばで、これまで色々とその場その場で頑張って来たつもりです。


高校受験の為に勉強して、部活では一生懸命走って、大学受験をして、そして就職活動をして・・・と、なんやかんや頑張って生きて来ました。


でもここまで生きて来て急に気付いたんですよね。


「俺、どうせ死ぬんじゃん」
「このまま生きてても、どうせ俺は後世に何年も残る偉大なものを作り上げることなどできない。つまり長い歴史で見ると俺の人生なんて何でもないんだ」


ってことを。


これまで本を読んだりして知識を付け、本人しか分からないレベルで成長したこと。
趣味を一生懸命やって、そのスキルを磨いて自己満足を得たこと。
ダイエットして痩せたこと。
何かに感動したこと。
新しい経験をし、新しいことを知って喜びを感じたこと。


これら全て、結局僕以外の人間にとってはどうでもいいことなんだなと。
そして、当たり前ですが、結局死んで無になるんだから全ては無意味なんだなと。


こんなことを最近強く思ってしまうようになったんです。


別に仕事で辛いことがある訳でも、プライベートで絶望的何かがあったとかでもありません。
恋愛で躓いているとか、他人が羨ましくて仕方ないとかでもありません。
特にサボリたいとか、その様な怠慢状態になっている訳でもありません。


単に、

「凡人が生き続けても何も残らないし、自分が何に感動し何に喜びを感じても他の人にはどうでもいいこと。 しかもいつか死ぬ。じゃあ生きてても意味なくね?」

という気持ちが急に湧いて来て、消えないだけです。


巷には

「人間関係を円滑にする方法!」
「コミュニケーションをスムーズにする為の〇〇ステップ!」
「資格試験取得への第一歩!」
「10年先を見据えた生き方をしよう!」


みたいな趣旨を唱う自己啓発本みたいなのが山のようにありますが、こんなのも正直無意味です。

結局あなたに、そして僕待っているのは「死」なんです。



・・・みたいな、「そもそも論」的な部分でしか物事を考えられなくなってしまっただけです。



こんな状態なため、ここ3ヶ月は本を読んで知識を付けようと思っても、

「どうせ俺がこうやって知識を付けて賢くなっても、結局は自己満足だ。 しかも俺より賢い人はゴマンといる。 じゃあやっても意味ないよな・・・」

って考えてしまったり、趣味に没頭しようと思っても、

「どうせ俺がこうやって趣味を楽しんでも、俺よりこの趣味に習熟している人なんて山程いる。。。 じゃあ意味ないんじゃないか・・・」

こんなことを思ってしまい、もう全てに対してやる気が失せ、情熱を燃やすことができないんですよ。



この気持ちが一向に消える気配がないので、思い切って仕事も辞めようかとも思い始めてます。
仕事を辞めて、一切の友人関係を絶ち、部屋に引きこもって餓死するまでずっと横になって生ける屍になろうかと。

冗談ではなく、本気で。


かなり前置きが長くなって申し訳ありませんが、以上を踏まえて質問です。


なぜあなたは「どうせ死ぬのに」生きるんですか?
あなたが幸せになろうが喜びを感じようが他の人にとってはどうでもいいのに、なぜそれらを追い求めて一生懸命生きるのですか?
それと(これはできればで結構です)、どうすれば僕はまた生きることを肯定的に捉えられるようになると思いますか?


これらのあなた自身の明確な意見をお聞きしたいと思います。

(回答する際はお手数ですが、年齢の方も最初に明記して下さい。 その方が回答者様の人生経験などを推測しやすいので)

20代半ば、会社員です。


最近、あらゆることに対してやる気や情熱が持てなくなってしまいました。
理由は、質問のタイトルにも書いた通り「どうせ死ぬから」というもの。


例えば・・・

自分が勉強して知識を付けても、その内のほとんどは自己満足。

仕事でその知識を使い社会に貢献できたとしても、社会全体から見たらほんの極わずか。

自分が痩せて「嬉しい!やった!」と思っても、ほとんどの他人にとってはどーでもいいこと。ましてや社会にとっては何の意味もありません。

僕本人にしか分からないレ...続きを読む

Aベストアンサー

19歳女性です。

生きる意味なんていうのは、私も分かりません。
でも、「なぜどうせ死ぬのに頑張って生きるのか」の答えは何となく分かる気がします。
あくまでも私の考えです。

私は、「どうせ死ぬから」こそ、頑張って生きているのではないか、と思うのです。
もし、いつか死ぬと分かっていなかったら、ここまで生きてこられなかったかもしれない。
「死」という人生のゴールがあるからこそ、そのゴールまでの道のりを全うしたい、と思えます。
さらにいえば、生きる意味が分からないのも当然のことだと思います。
「生きる意味を探す」「生きる意味をつくる」というのも、立派な「生きる原動力」です。

抽象的になってしまい、分かりにくくなってしまいました。
もう少し分かりやすく言うと、私は、いのちの期限が決まっているからこそ、可能な限り、自分に与えられた人生を全うしたいと思うのです。
「生きる意味」というのは、誰かに提示されるものではなく、自分で見つける、さらにいえば、自分でつくるものだと思うからです。
だから、簡単に見つかるものではないのは当然です。
一生をかけて、向き合っていかなければいけない問いなのです。

勉学に励むことも、恋することも、友達と過ごすことも、家族をつくることも、仕事をすることも、全て、無駄なことではないと私は思います。
それらは全て、自分の生きる意味を形成するための重要な材料になるからです。

19歳女性です。

生きる意味なんていうのは、私も分かりません。
でも、「なぜどうせ死ぬのに頑張って生きるのか」の答えは何となく分かる気がします。
あくまでも私の考えです。

私は、「どうせ死ぬから」こそ、頑張って生きているのではないか、と思うのです。
もし、いつか死ぬと分かっていなかったら、ここまで生きてこられなかったかもしれない。
「死」という人生のゴールがあるからこそ、そのゴールまでの道のりを全うしたい、と思えます。
さらにいえば、生きる意味が分からないのも当然のこと...続きを読む

Q「老い」「別れ」「死」が怖い

今日で24歳になりました。
祝ってくださいという事ではありませんが
嬉しい嬉しくないどころか
毎年この日が来るのが辛いです。

何故なら自分や家族の老いが悲しくて
いつか別れが来る事を思うと苦しくて
必ず自分が居なくなる事が怖くてたまらないからです。
歳上の方はまだ若いだろうと思うかもしれませんが
歳を重ねる事自体が怖いのです。

みなさんも誕生日にはこんな辛い思いをしてるのでしょうか
いつもは効いている抗不安剤が全く効きません。
動悸が激しく、視界が暗く感じ
受信状況の悪いFMラジオの音量が最大になったような声が聴こえます。
考えたくなくても嫌というほど頭に入ってきます。
なにか方法はないでしょうか

Aベストアンサー

私は12歳のときに「もうこれ以上年を取りたくない」と思いました。
そして、どうしたら良いか考えて考えて、でも、時は容赦なく流れ、現在37歳です(恐ろしい……)。

12歳の私が37歳の私を想像することなんてできたでしょうか。
37歳の私は12歳の私の気持ちを手に取るように思い出すことができます。
そうです。思い出すのです。
普段は忘れています。
ここまで来ると、年なんてどうでもよくなります。
私の場合は17~18歳くらいから段々どうでもよくなってきました。
15歳くらいでは「あれから3年も生きてしまった」などと考えていましたが。

30歳頃には「いつ死んでもいい」とあっさり思っていました。
ただ親不孝の罪は犯したくなかったので、それだけは守りたいとは思っていました(これは10代の頃から)。

>なにか方法はないでしょうか
考えたくなくても考えてしまうわけですから、不老不死の薬を発明するとか、機械を作るとか、自分で解決する方法を考えてみるのはどうでしょう。
不可能と思われていたことが現実になっている例はいくらでもあります。
せっかく考えてしまうのですから、人より発明発見する確率は高いはず(ふざけているのではなく本気で言っています)。
私も12歳の頃からしばらくはそんなことをよく考えていました(15歳で人生を投げてしまったので何も考えなくなりましたが)。

ちょっと発明発見は……というのであったら、文章にしたためるというのはどうでしょう。
人は書くことや話すことによって自分の気持ちが整理され、それだけですっきりすることさえあります。
magatuさんの場合は「それだけですっきり」にはならないでしょうけれど、なぜ怖いのか、恐れるのか、もしかして書くことによって原因(?)のようなものがはっきりしてくるかもしれません。
原因がわかれば、それからどうしたら良いかも見えてくるかも。

私は12歳のときに「もうこれ以上年を取りたくない」と思いました。
そして、どうしたら良いか考えて考えて、でも、時は容赦なく流れ、現在37歳です(恐ろしい……)。

12歳の私が37歳の私を想像することなんてできたでしょうか。
37歳の私は12歳の私の気持ちを手に取るように思い出すことができます。
そうです。思い出すのです。
普段は忘れています。
ここまで来ると、年なんてどうでもよくなります。
私の場合は17~18歳くらいから段々どうでもよくなってきました。
15歳くらいでは「あれから3年も生...続きを読む

Q死が怖いです

人はいずれ死にます。それはどうしようもない事だと思います。
ですが、その事を考えると異常に怖くなります。
僕は特に宗教などは信じていませんので、
人は死んだら無になると思っています。
ていう事はこの無が永遠に続くわけですよね。
永遠にもう意識が手に入らないわけです。
それを考えると恐ろしくてたまりません。

なのでなるべく死については怖いので考えないようにしてるのですが、
時々ふと考えてしまうと異様な恐怖に襲われます。
どうしたらこの恐怖がなくなるでしょうか。
ちなみに21歳の男です。幼稚な質問でしたら申し訳ありません。

Aベストアンサー

はじめまして。31才・男です。

質問者様のご心境がどれ程のものかよく分かるつもりです!!
私も、幼少の頃から、度々このことを考えては一人恐怖におののき、周囲の人(例えば、父母・祖母など)をびっくりさせていたようです。私の方こそ愚かだったかもしれませんが、このことで母と口論になったことも度々ありました(苦笑)

もちろん、大人になってからも何度も何度も悩まされました。
質問者様が
>時々ふと考えてしまう
と仰るように、シャワー浴びてるときに突然このことが頭をよぎって、パニックになって風呂場からシャンプーの泡を付けたまま飛び出て、当時同棲してた女の子にびっくりされたこともありますから。。σ(^Дヽ^;)

はっきり言って、世間一般によくいう霊魂とか幽霊とかいうのが本当に存在するのならば、それの方が全然怖くないですよね!?むしろ、メチャクチャ嬉しいですよ!
でも、科学的合理的に考えれば考えるほど“死”=“(人としての)無”という現実的蓋然性は高まるばかり(例えば、人が物事を記憶するための機能を持つ前頭葉が“死”ことによって稼動しなくなる。⇒死後の記憶が無くなる⇒すなわち、人としての無、等)。。ww
また、たとえ医療・科学技術が進歩して、寿命を何万年、何億年延ばすことができたところで、それだけではいつか死んでしまうときの“死”=“(人としての)無”の問題解決はできませんもんね。

ただ、もし対策があるとすれば、我々人間の遺伝子情報の中には“恐怖”を感じる因子があるように聞いたことがありますので、それを除去することによって“恐怖”を抑制するという形であれば、近い将来に医療・科学技術の発展&倫理的ハードルのクリアにより、理論上は有効な物質的アプローチによる方法となるとも考えられます。
それから、大昔から人はこのことでずっと悩み苦しんでいたわけで、その中から“死”=“(人としての)無”ということを逆手にとって、「形あるものはいずれ崩れ去り、人はいつか必ず死ぬ(簡単に言えば「色即是空」)。だから、物事に悩むだけ無駄なんだ」という考え方が出てきました。これが仏教だったりするわけですよね。そのような“モノの考え方”“人生哲学”のような精神的アプローチが対極にある方法ですよね。

もちろん、そうは言っても、誰もが簡単に俗世離れした生き方が簡単にできるわけではないし、遺伝子操作等の方法も現実的には早々にできる対策とは言えないですよね。なので、やはり結論的に当面の対策としては“考えないようにする”ということしかなさそうです。

以上、結局煮え切らない物言いに終始してお粗末な回答となりましたが、多少なりとも参考になりましたでしょうか??
今回、私自身、質問者様のお悩みを私の回答で根本的に解決できるなど大それたことは考えてはおりませんが、少なくとも言えるのは、このことに関しては、私も現在進行形で“苦悩する者”ですし、逐一口に出さないだけで心の底から同じ苦しみで悩んでおられる方は大勢おられるはずです。
なので、本来であれば、少しでも人生を充実して送るための心のケアを図るべくこういったことを真摯に考え、話し合える場なり集まりなりあればいいのですが、現実生活の中では心の隙につけ込まれる悪徳商法等をはじめとする様々なリスクがあったりと、なにぶん気軽に相談できないジャンルですので余計に対処を難しくさせることも多いですよね。
その意味では、こういった投稿の場を利用して少しでもお気持ちを軽くする工夫をされるのも1つの有効な手段だと思いますよ!

なお、本当はここでご質問への回答としての範疇を越えてしまうくらいお話したいことはあるのですが、おそらく喋り足りなくなりそうなので今回は自重しようと思います(それでも十分長文回答になってしまいましたが・・苦笑)。
ではでは(´ーヽ`)ノシ

はじめまして。31才・男です。

質問者様のご心境がどれ程のものかよく分かるつもりです!!
私も、幼少の頃から、度々このことを考えては一人恐怖におののき、周囲の人(例えば、父母・祖母など)をびっくりさせていたようです。私の方こそ愚かだったかもしれませんが、このことで母と口論になったことも度々ありました(苦笑)

もちろん、大人になってからも何度も何度も悩まされました。
質問者様が
>時々ふと考えてしまう
と仰るように、シャワー浴びてるときに突然このことが頭をよぎって、パニッ...続きを読む

Q突然死が怖くて眠れない

最近唯一仲良くしていた親友が大学を辞め、これから他の友達とどう接していいのか考えていたらストレスで眠れなくなってしまいました。もう1ヶ月ぐらいは心から寝ていません。そこで最近頭をよぎったのが突然死です。不眠とストレスから突然死になるのでは?と考えると怖くて怖くて眠れません。寝れそうなときでも頭は寝るなと言っていて多少寝ていても途中で起きてしまうというのが繰り返されます。最近あまりにも不眠がひどいので昔心療内科に処方してもらった薬を飲んでしまったぐらいです。助けてください。

Aベストアンサー

No1で回答した者です。

・あなたがまだ大学生で若いと思ったので。
・私もかなりのストレスがあり眠れないことがあります。でも死んでいない。
この2つが突然死をしない根拠です。

突然死の原因は、内科系の疾患がほとんどです。
身体の検査をすれば安心できるかもしれませんね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%81%E7%84%B6%E6%AD%BB

安心して眠れると良いですね。

Qこわい・・・これは病気なのでしょうか?寝るのが怖いです。

教えてください。

おととしの夏に軽いうつ病になりました(医者には抑うつ症と言われました)
薬と通院で治療していました。
その診断をもらう前に初めての怖い現象があり、そのあと2ヶ月くらいして、友達が泊まりにきているときにまたその現象。
それから冬になるころ一応のうつ病治癒となり
年が明けて1月、友達とグアム旅行に行っている間にその現象(友達と同じ部屋で寝ていた)
そして昨日、約1年ぶりにまたその現象。昨日は彼氏と寝ていました。

その現象は、突然息苦しくなり、ものすごい恐怖感、閉塞感がおそってくるのです。頭をしめつけられるような、恐怖感。怖くて、苦しくて、出口がないような気がして、そのまま頭がおかしくなって死にそうです。本当です。
大声を出したい、泣き叫びたいのに、声が出ず、とにかくすごい恐怖です。
心臓がドキドキして、寝るにも起きてるにも、身を置く場所がなく、気を紛らわすために部屋を歩き回ったり、カーテンを開けてみたり、水をのんでみたり。
でも、そのものすごい恐怖は消えません。

でも、時間がたてばなくなる・・・と信じ、ベッドの中で震えながら、呼吸をはやくしながら気を落ち着けます。

うつ病にともなっての、パニック障害のようなものだろうか?と思ったりしましたが、パニック障害はいつ、どんなところでなるかわからない病気のようですし、実際そういう友達もいますが、みんな昼間、仕事をしている最中に倒れたり、けいれんしたりということです。

いったい、私のこの死にそうな恐怖はどういう現象ですか?
うつ病も治り、1年この現象がなかったので、もう、ないと思ってたのに、昨日またなり、怖くてしかたありません。
もう、味わいたくありません。
その恐怖感は絶対おさまるとわかっていても、怖くて死にそうです。
これは病気ですか?教えてください。

教えてください。

おととしの夏に軽いうつ病になりました(医者には抑うつ症と言われました)
薬と通院で治療していました。
その診断をもらう前に初めての怖い現象があり、そのあと2ヶ月くらいして、友達が泊まりにきているときにまたその現象。
それから冬になるころ一応のうつ病治癒となり
年が明けて1月、友達とグアム旅行に行っている間にその現象(友達と同じ部屋で寝ていた)
そして昨日、約1年ぶりにまたその現象。昨日は彼氏と寝ていました。

その現象は、突然息苦しくなり、ものすごい恐...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちわ。つらいですよね。よくわかります。私もまったく同じ経験をしておりましたので、書き込みさせていただきました。私もよく気をまぎらわすため、部屋の中(&外)を夜な夜な徘徊しておりました(笑)

既にみなさんがおっしゃっているように「パニック発作・パニック障害」だと思います。睡眠時のパニック発作はめずらしいみたいで、参考になるものがネットや本などでもほとんど見あたりませんでした。私も病院に行くまで半信半疑でした。医者に睡眠時のパニック発作はパニック障害として症状が重いかもしれませんと言われました。眠るのに恐怖感があると当然不眠症気味になりますので体力が持ちません。早急に専門医(精神科・心療内科等)に診ていただくことをおすすめします。

薬事法?などで詳しくは言ってはいけないみたいですが、お薬で治ると思います。私は結果として比較的軽度だったのかもしれませんが、睡眠時のパニック障害は投薬してからは起こっておりません。

まずは病院に行って安心して眠れるようにしましょう。


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