宇治拾遺物語の

「そこは物すむ所にてなんありける。
大きなる池の釣殿に・・・・

・・・・・この男をただ一口に食ひてけり。」

の現代語訳をどなたか教えてください。
学校のテスト範囲なので現代語訳を知りたいのです!

お願いします。

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A 回答 (1件)

「宇治拾遺 浦島の」でググッて見てください




日ごろの授業をまともに聞いてないから 今になって慌てなきゃならなくなるんです  
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この回答へのお礼

ありがとうございます ^^ 
見つかりました。

これからは真面目に授業を
聞くことにします。
ありがとうございました!

お礼日時:2009/05/19 16:51

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Q宇治拾遺物語の現代語訳

宇治拾遺物語、第129話の現代語訳が知りたいのですが
訳が載っているサイト知っていましたら教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
手元の「宇治拾遺物語」の文庫をちょっと見てみたのですが、「129話」みたいのがないです。
巻1~15まであって、それぞれに10~20ぐらいの話が入っているという感じ。

なので「宇治」ではなく別の物語ではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。

私の認識不足で、それらを通算して「129話」と数えるやり方があるのでしたらすみません。

Q宇治拾遺物語の現代語訳って………

古典で宇治拾遺物語の「今は昔、大隈守なる人、国のまつりごとをしたため行ひ給ふあひだ、郡司のしどけなかりければ…」で始まるお話を勉強しています。
自分なりに単語を調べて現代語訳に挑戦してみました。ですが言葉のつなぎなど、やはり難しく自然に訳せません…。そこで自分の現代語訳と本当の(?)現代語訳を比べてみようと思い現代語訳の載ったホームページを探していたのですが、このお話の載ったものがなかなか見つかりません。もしこのようなホームページを知っている方は是非教えて下さい。それとも現代語訳は本でしか載っていないんでしょうか?教えて下さい。

Aベストアンサー

宇治拾遺物語 第111話 「歌よみて罪をゆるさる〃事」 ですね。
たしかに、その現代語訳のあるウェブサイトを検索してみましたがみつかりませんでした。
同じエピソードは今昔物語集 24巻56話や十訓抄などにもみられるので参考になるはずですが、それらの現代語訳もみつかりませんでした。

というわけで、図書館の本や受験参考書などで調べることをおすすめします。

むづかしいのは歌の訳し方ですね。わたしのもっている本には、「わたしはこのように老人になって、頭の雪 (白髪) がつもっており、霜などは何でもない筈ですが、しもと (苔と霜をかける) を見ますと身が冷えて寒気がいたしますの意」( 日本古典文学大系 27 岩波書店 ) とあります。
最後の一文の 「人」 は歌をよんだ郡司、 「なさけ」 は風流の意味です。 「さればいふ甲斐なき下臈の田舎人の中にもかく歌読む者もあるなりけり」 (今昔物語集) と、歌について感嘆しているのですね。ご参考まで。

Q初めての投稿です。 宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてくださ

初めての投稿です。
宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてください!

Aベストアンサー

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就職して屈辱を感じつつ生活を送っているとある日山に消え虎に変身し、この結果彼は何か後悔している様子で虎の姿で旧友の前に現れたわけですが実際の所虎になって何より強い存在として獣や人を無意識に食らいつつ生きる暮らしは彼がかつて望んだ詩人としての気ままな暮らしと本質として類似したものだと思えます。それどころか実際には彼は詩人になりたかったわけですらなく本当は何より強い存在として獣や人を食らいつつ生きるような放埓な生き方がしたいという本音が詩人になりたいという歪められた形で心に浮かんでいただけで実際には虎になって常人では一生叶えられない望みを完全に達成したのではないでしょうか。
また この話の中においてさりげなく実現されている発狂したあげく人間から虎へ変身すると言う現代のみならず恐らくこの話が書かれた当時であってもあまりに荒唐無稽すぎて到底何かの比喩としてしか捉えられない表現は、実はこの文章を読んだ読者に人間が変身し別の生物になりうるという奇跡が現実に起こりうるというできごとを現実として潜在意識に認識させ、そのような奇跡的で劇的な変質が読者の人生に起こりうるように読者の潜在意識を改良しようとするもくろみがあったのではないでしょうか? 不可能だと潜在意識が信じていると例え実際には可能であってもできなくなり、一見不可能であっても可能だと潜在意識が信じると実際に可能になったりする原理からして、この山月記の中に記された描写を読んだ後読者の中で生活に不満を持つものはいくばくかこの李徴のようにー例え肉体までは変質しなくともー生活に変化が生じ自分が本当に望んでいた生活を送るような変化が起きるようになる可能性があるように感じます。この文章には発狂という本来理性持つ人間にとっては死と同義の意味合いを持つできごとが実は本質的な、理性が自分にとって正気であると判断できる程度の状態のままでは達成できない程の大きな変容の開始になりうるという深い洞察が込められているようにも感じられます。この文章を読んだ後精神状態が不安定になったり生活に不安が出てきたりという人生での失敗の結果起きる不幸に見舞われた人間はこの話を思い出しいくばくか自分もその虎のようになるのかも知れないという漠然とした不安にとらわれる可能性があります。と、ここで願望の実現と起きて
欲しくないできごとが逆転するのです 本来いかなる方法をもてしても常人には達成できない変身という大業をたかだか自身一人の不幸や発狂程度が原因で成し遂げられてしまうかも知れないという奇怪な不安をしかしここでこの文章を読んだ人間は持つ事に成功するのです。不安に感じるできごとが頭の中で何度も再生され自分はそうなってしまうのではないかとつい思うーここに本質的な希望、「人間が変身できる」という希望ーそしてここで本来人間社会においては決して考える事を許されない考えー「森の中で仕事等の苦悩から逃れ最強の獣として悠々と生きる」といった風に実際に自分がなるというできごとが自分の人生の上にも本当に起きるかも知れないという考えが浮かぶ事が許されそうならないように自分は努力しようという社会的に見ると謙虚な努力が生じるようになるーこれらから考えてこの話は巧妙に組み上げられた、この話を見て反省するものにとっては社会的に容認される方向の努力を促進される警鐘としての意味を持ち反省できなかったり反省してもそれでも努力できず生活への不満を捨てられなかったり精神が不安定になってしまった人間にとっては自身の肉体的変質という奇跡か自由な生活への劇的な変化いずれかが促進されるどのような人間にとってもどのような状態の人間にとっても有用な文章だと考えられるのです。

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就...続きを読む


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