カテ違いならごめんなさい。

”好きな人に告白したいが振られたらかっこ悪いから
相手から告白してくれるまで待つ”

というのはプライドが高いのか、自尊心が高いのか
どちらでしょう?

私は「プライドが高い」に分類すると思うのです。

そうなら「自尊心がある」とはどんな例えがあるでしょう?
こちらはなかなか難しくて思いつきません。

よろしくお願い致します。

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A 回答 (12件中1~10件)

No.8、9です。

丁寧なお礼をありがとうございました。
普段、私はプライドと自尊心を明確に使い分けていたことがなく、自尊心の方がややプラスイメージがあるぐらいにしか考えていませんでした。
文化や精神医学といった立場から、言葉の意味も違ってくるということで、もう少し調べて、今回は別の参考資料を基に見解をまとめてみたいと思います。
内容は、前回の自分の回答や他の回答者の方と被っている面もあり、長文ではありますが、よろしくお付き合い願います。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B0%8A% …

自尊心は、自己肯定感を持つためには必要不可欠な感情であるといえるようです。
なので、自尊心がしっかりとしていないと、嵐の中の小舟やマストの折れた船のようになってしまうといえると思います。
逆に、自尊心がしっかりしていれば、マストはたやすく折れず、舵取りもこなせて、目的地の港にたどり着けるといえましょう。
自尊心は、その人がその人らしくあるために必要な感情で、自尊心がしっかりしていると、逃避や依存に陥らずに重責に耐えたり、達成意欲も湧くのだと思います。また、そのような状態にあれば、心が大きく乱されたりすることもなく、余裕が持てるので、自分自身も他者も受け入れていくことが出来るのだと思います。


言い換えれば、「自尊心がある」とは、“自分はこの世界に受け入れられていて、自分自身もこの世に必要な存在であると自信を持ち、自分を取り巻く他者を含めた世界をも受け入れること”を言うのだと思います。
それは、自尊心の定義に“傲慢、自惚れ、驕りとは異なるもの”だとあるからです。この感情が強いと他者を受け入れることは出来ないと思います。
また、「自尊心があれば」何か行動を起こすときも、状況判断能力も当然ながらあると言えると思います。自信がなければ判断は付きかねるものだからです。

ただ、上記サイトに拠れば精神医学的な「自尊心」とは、“ありのままの自分を尊重し受け入れる”ということであり、世間一般でいう「向上心」や「上昇志向」とは異なるのだそうです。
ですから、“身の丈を知ると言う感情を伴う言葉”なのだと私は解釈しました。
自分を大きく見せようとすると、それは、「自尊心がある」とは言わないのだと思います。
また、自尊心が欠如すると、鬱病のような精神疾患になりやすいのだそうです。
逆に考えると、自尊心があるから意欲が湧き、自分を信じることも出来、目標を持って何かを達成したり、人生を楽しむことも出来るのだと思います。
その時その時の自分を大切に思い、過去の自分、今の自分、未来の自分、それぞれを大切に思うことが出来ると「自尊心がある」と言えるのだと思います。


また、プライドについてですが、No.10さんが仰るように、キリスト教の影響が濃い英語圏では、「pride」 は、キリスト教における「七つの大罪」の一つ(和訳では傲慢・高慢)であり、肯定的な意味として使われないことがあるということです。
また、「七つの大罪(七つの罪源)」とは、「罪」そのものというよりは、“人間を罪に導く可能性があると(伝統的にキリスト教徒により)みなされてきた欲望や感情のこと”を指すのだそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E3%81%A4% …


傲慢と和訳されることもある「pride」ですが、傲慢とは、
“高い自尊心、他人より重要、魅力的になりたいという欲望、賞賛をそれに値する者へ送ることの怠慢、過度の自己愛などを指す”とあり、

キリスト教においては、
“旧約聖書の『箴言』に「奢る者は久しからず」(Pride goes before a fall)という言葉がある。*pride(或いは虚栄心vanity)は、自分の能力に対する過信(それは、神の恩恵を理解する上でのさまたげとなる)を意味する”
とあります。
〈 *注釈:参考資料の原文には自尊心とありましたが混乱するので「pride」としました 〉

傲慢は、仏教では、
“煩悩にあたるもので、慢とは自ら他を比較して軽蔑し、みずからを恃み高ぶることと、戒められている”のだそうです。
キリスト教における「pride」にも通じるものがあると思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%B2%E6%85%A2


結論として、やはり「pride」には“他者と競って勝ってこその自分”という側面があると思います。適度な競争心なら良いけれど、自分に都合の良いように事実を歪めるような方向に進むと、自尊心を失う危険性があると思います。
何故なら自分を過信しすぎると、プライドが激しく傷ついて、自分を見失うことがあるからです。
「自尊心があれば、自分は自分だから、本当の自分は変わらずそこにあるので過度に人を貶めることもなく、プライドが傷つくこともなく、自分を失わない」のだと思います。


そして、No.8 の回答ですが、結末を書いていませんでした。
“好きな人に告白したいが、今の自分では充分ではない(身の丈を知っている)から、自分自身の精進(=自分との戦い)を怠らずに相手を振り向かせることが出来るよう、努力をし続けよう。そして精一杯やれたと感じたら必ず打ち明けよう。結果はどうなろうとも受け入れよう。努力した自分を認めよう”

精神医学的に行くと模範解答ではないかもしれませんが、自尊心があれば、自分で自分に納得していなければ打ち明けることは出来ないと思い、前回はあの様な回答になっています。
相手の人を大切に思うのなら、打ち明けることが相手にとって負担になることは避けたいので、自分に納得した上で打ち明けたいと思うのではないかと考えたからです。
現実には一目惚れをして、いきなり打ち明けるということは滅多にないと思います。
自分も相手も大切にしたいという思いが、バランスが取れた段階で告白できるのではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/15 23:04

なるほど。

自尊心self esteemとプライドprideですか。良い勉強をさせていただきました。
私は過去に何度も、日本語には「孤独」の一語しか無いが、英語では
「ロンリネス(大衆の中で感じる悪しき孤独)」と
「ソリチュード(沈黙の中での充実した良き孤独)」の二つがあるのだ、とか、
「Like(好き)」と「Love(愛している)」の違いであるとかを申し上げてきましたが、
自尊心self esteemとプライドprideも、それに類するものなのかも知れませんね。

まず、言葉というのは時と共に変化流動していくものであり、良きも悪しきも、
その大きな流れを止めることはできないでありましょう。

もし定義された使い方が絶対に正しい、ということにこだわれば、
我々は未だに平安時代の言葉を使うしかないのでしょうか。
或いはもっと前の言葉でしょうか。よって定義は往々にして意味を成しません。
むしろ実際に使われている言葉の意味について、それを後付で定義したものの方が有益なことも
往々にしてありましょう。
実は(概して)音楽理論などというものも、実際に人間が行った創作活動について、それを後で理論にまとめたものです。

丁度今話題になっていますが、私はイチロー選手のファンです。まるで現代の侍です。
彼はWBC韓国戦の時「(今日大事だったのは)プライドです。三連敗は嫌」と言いました。
「好き」と「愛している」は、実は全く別のものではなく、地中深くでU字管のように繋がっていると云います。
イチロー選手の言葉の使い方が正しいか否かは別として、プライドと自尊心にも、そんな繋がりもあるのかも知れません。

要は、言葉は変化流動するものだとしながらも、その本来の意味を正確に探ろうとすることで
何かを得ることができれば、これは大変に意味のあることでありましょう。
悪しきロンリネスには「大衆」という対象がある。これは往々にして、
他人との比較の中にしか自分の存在を見出せない弱さ、これに繋がっているものと思います。
プライドという言葉の本意にも、なるほど似たものがあるのかな、と思わせられます。
この違いを探ってみたことは、大いに有意義であったと思われます。

しかし又、いくら変化流動するものであっても、安易に許してはいけない場合もあると思っています。
イチロー選手なども被害に遭っているようですが。
偏見などに繋がる言葉は、これは定義を曖昧にしてはいけないです。
障害者として、のた打ち回るように苦しんでいる人を見れば、そしてその人が自分にごく近い人であったりすれば、
これは公共の場において「言葉の本意を守る必要がある」と思うのは、私だけではないと思います。

先の回答とも重複しますが、改めて。
「好きな人に告白したいが、フラれたらかっこ悪い。
しかし"相手を好きだ" という自分の心を自分で尊重して、告白しよう。
"好きだ" と思う自分こそ本当の自分の核だ。認めることは愛することだし、尊重することだ。
本当の自分を自分が認め尊重し、素直になろう。小我を捨てて大我を取ろう。
ちっぽけな人との比較対象を捨て、本当の自分に忠実に生きよう」
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この回答へのお礼

いろいろな意味があるのですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/13 20:46

自尊心は健康なもので、プライドは不健康な感じがします。


日本語では自尊心self esteemとプライドprideの二つはあまり区別されていません。日本ではプライドが悪だとは認識されていないと思います。
でも西欧の倫理観では、プライドは7つの大罪の一つです。self esteemなら悪にはなりません。

自尊心は(他人と同じように)自分のことも尊重する。状況や環境しだいで生成するものではない。具体的には「ある」もので、人に対して発揮する(「する」)ものではないような。確固とした「あり方」と価値。
プライドは他人より上に立つためのエゴで、「やり方」や状況や相手によって決まる。

”好きな人に告白したいが振られたらかっこ悪いから
相手から告白してくれるまで待つ”

という場合、一見自分を守るためのように見えますが、結局相手がマイナス部分を負うのは結構だが、自分はマイナス部分は負いたくない、相手より下になることを避けることで自分を保つという理屈になります。

この場合「あり方」より「やり方」の問題ですよね。やり方や相手次第でどっちが上かが決まる。先に告白したほうが分が悪い、みたいな。この一時点だけを見た場合、やり方によって増減されるのはプライドで、自尊心ではないと思います。

「自尊心がある」という場合、自分を他の人と同様に大切にするということなので、告白して振られて落ち込んでも「自分の価値を否定された、自分は生きていてもしょうがない」と思わない。相手がどう反応するかによって自分の価値は減少しない。

「そんなみっともないことできるか」とAが言い、そのみっともないことをBにやらせる。つまり「みっともないこと」をしたら自分の価値が下がってしまうから、Bがそれをやればいいと考える。AにとってBの価値は蔑むものとなります(なぜなら「みっともないこと」をしたから)。
しかしAに自尊心があったらそれをやっても自分の価値は変わらないと思っているはず。つまり「やり方」によってマイナスになってしまうもろい自尊心しかないからです。

自尊心領域のエネルギーが足りないと(たとえばゼロ)、一見似ているプライドによって「自分」の価値を保とうとします。
自尊心がなくプライドしか無いと、やり方や状況や相手によって常に上下し、安定しません。マイナスを人にやらせることで自分がマイナスにならないようにするというやり方は、プライドの特徴だと思います。
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この回答へのお礼

やはり自尊心のほうがいいイメージですね。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/12 22:15

No.8です。


蛇足のようですが…補足です。

プライドと自尊心の使い分けは人それぞれなのだと思いますが、
私は、それぞれのを比較した場合、

プライドが高いとは「人に勝ちたい気持ちが強いこと」
自尊心が高いとは「志を成し遂げたい気持ちが強いこと」

と回答を まとめたいと思います。
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この回答へのお礼

再度ありがとうございます。 大変参考になりました。

お礼日時:2009/09/12 22:14

プライド(pride)を調べると、



【プログレッシブ英和中辞典より一部抜粋】

[名][U]
1 うぬぼれ, 思い上がり;優越感, 高慢, 横柄, 自負, 自慢
2 [U][C](…の)誇り, 自尊(心)((at, in ...));(…した)満足(感), 得意(な気持ち)((to do))


【新グローバル英和辞典より一部抜粋】

[1]自尊心, 自負心.
[2]【過度の自尊心】うぬぼれ, 思い上がり, 高慢.


――とあります。


また、自尊心を調べると、

【大辞泉より】

自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度。プライド。


【大辞林より】

[1] 自分を優秀な者だと思う気持ち。尊大に構える心。プライド。
[2] 自分の品位を保とうとする心。プライド。


――とありました。


プライドと自尊心、使い分けている人がどのくらいいるのかは解りませんが、ほぼイコールで使われているようです。
けれど、プライドの和訳に“【過度の自尊心】うぬぼれ, 思い上がり, 高慢”とあるのがしっくりするというか、解りやすいと思いました。
プライドという言葉には、自尊心という言葉よりも打算的で、鼻につくようなマイナスイメージもあるように感じます。

「プライドのお化け」とか、「プライドを懸ける」という言い方があるけれど、あまり、「自尊心のお化け」とか、「自尊心を懸ける」という言い方は聞きません。

「プライド」とは“他者との張り合いの中で生じるもの”で
「自尊心」とは“自分との闘いの中で最後まで残しておきたい自分自身”
という解釈が出来るのではないかと私は思いました。
自分との闘いとは、外部から様々な影響を受けてもなお、自分自身であろうとする自分の核となる信念のようなものだと思います。

となると、

“好きな人に告白したいが振られたらかっこ悪いから相手から告白してくれるまで待つ”

とすると、「プライドが高い」ということになるのではないかと思います。
相手の人に「好き」という気持ち(=他者との張り合い)で負けたくないんですから。

なので質問者さんが、どのような理由で答えを出されたのかは解りませんが、私も見解が一致しています。


逆に、「自尊心が高い」場合だと、

“好きな人に告白したいが、今の自分では充分ではないから、自分自身の精進(=自分との戦い)を怠らずに相手を振り向かせることが出来るよう、努力をし続けよう”

となるのだと思います。
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この回答へのお礼

とてもわかりやすい説明です。
ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/12 22:13

追加致します。

落ち着きがなくてすいません。

森田療法などと言うと、いかめしく感じてしまうかも知れません。
小我="ちっぽけなプライド" でしょう。

♪ちっぽけなプライドなんて捨ててぇ~♪
とか何とかいう歌がありませんでしたっけ?^^
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/12 22:12

そうですね。

自らの保身を優先する態度を時として「プライドが高い」
というように表現しますよね。
このプライドは、日本語で言えば、私が浮かんだのは「小我」です。
ちっぽけな自我です。対義語は「大我」です。
この言葉は、森田療法の祖、森田正馬博士の本に書いてあった言葉です。

まぁ元々、プライドと自尊心は同じ意味だと思うのですが、
あえて英語と日本語を織り交ぜ、別のものを表現しようとすることを、
よく日本人はやります。

自尊心とは自分を尊ぶ(たっとぶ)心ですから、自分の心の中の何を尊重するのか?
これによると思います。
この時の心は、分析してみれば、一つだけの心ではないはずです。

本当の自尊心から発する態度としては、「彼女のことを好きな自分」を大我とし、
かっこ悪い・恥かしいという心を小我とし、大我の方を尊重して、自分から告白をすると。

赤面恐怖症の人が、例えば多数の前で発言するのが怖いと。
この時、顔が赤くなるのが恥かしい、みっともない、などと思う心を、
森田博士は「小我」(或いは「はからい」)と呼んだのです。
そして、この小我を捨て、大我を取れと。
この場合大我とは、例えば仕事としてプレゼンなどするのであれば、
キチンと仕事をこなす、社会的責任を全うする、家族を養う、などの心です。

ご質問に対してうまく的を得たものではなかったかも知れませんが、
参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

小我と大我については始めて聞きました。
ありがとうございます。参考になりました。

お礼日時:2009/09/06 21:24

プライドも自尊心も 他の回答者さんのとおりだと思いますのではぶきます。

 
ただこれらの類はどちらにも該当しないような気がします。
自尊心の高い方は振られるなんて思わないし、プライドの高い方は伴って自身も高いので同様に・・。 この場合は振られたらかっこ悪いという、振られた後の自分の立場を悔やむような計算高さが感じられます。
要は、意外と繊細な感情を持っているような・・。 よくわかりませんが個人的な感想です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/06 21:22

個人的な解釈ですが;



自尊心は「私はできる!」「私は正しい」「私はすごい!」という自分を上に見る気持ち
例:彼は自尊心が高いので答えをゆずらなかった

プライドは「私にだってできる!」「私は間違えてない!」「私はダメなんかじゃない!」という自分を下に見せたくない気持ち
例:彼はプライドが高いのでできないとは言わなかった

だと思いますよ。
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この回答へのお礼

とてもわかりやすいですね。ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/06 21:06

一般に言葉というものは同じ言葉でも使う人によって意味が変わるものです。

自尊心とプライドも同じ意味で考えている人も多いと思います。また区別している人でも人によっては逆の意味で使ったりすると思います。ですから自尊心とプライドもその人の考え方に対応しているはずです。要するに自分の期待希望と相手の考えていることの両方を大切にするかどうかのことではないかと思います。愛の告白以外のことでも同じだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/09/06 21:06

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Q自尊心の意味

現在、いろいろなことに悩み、特に自尊心が低下しがちな30代後半の男です。

少々理屈っぽい質問なのですが、疑問に思うことがあります。
よく自尊心が傷つけられたという表現を聞きますが、自尊心という意味を注意深く考えたところ、
この表現は何かおかしいのではと思うようになりました。
つまり自尊心とは自分を尊敬する心なわけで、自尊心は自分の渦中にあります。
そういう意味では、他人に何を言われようが自尊心が他人によって傷つけられるということはなく、もし自尊心が傷ついているのであればそれは自ら傷つけているのではないでしょうか?
どうかこの考え方でおかしい点などありましたらご教授下さい。

Aベストアンサー

私には質問者さんの仰る意味がわかる気がします。もちろんNO.1さん仰るように、誰でも自分がこれは得意と思っている時、下手だとか言われたら気分は良くないものです。だけど単純な嬉しい嬉しくないは別として、本当に厳密な意味で言うと(心理学的に、潜在意識レベルの話で)人は、他人によって傷つけられるということはありません。

この話は、どういうレベルで語るかによって内容が変わってしまうので、このような文面で表現するのは非常に難しいですが、一応試みてみます。

私がOKWAVEで回答し、本当はルール違反ですが他の回答者さんが「dorce0000の言うことは綺麗事だ」と書かれたとします。ここで私が個人的経験により確信のないようなことを書いていたのであれば、簡単に傷つくと思います。大雑把に言えば自信がないということ。しかしもし、充分に経験して、またその理由やしくみまでも熟知して出した回答に、筋違いな指摘が入ったのであれば、まあ一瞬残念だなと思いますが、それで自尊心が傷つけられる訳ではありません。人により場合により、自分の正当性を認められないと気がすまないこともあるでしょうが、究極を言ってしまえば本当に練れた人というのはそれが無くても心は平穏でいられます。

嘘は良くないといわれますが、一番苦しいのは他人に嘘をついていることではなく、自分に嘘をついているときです。世の中、他人に嘘をついても平気でいられる人がいるじゃない?と思われるかもしれませんが、それは厳密には違います。他人に対してどんなに無感覚で無意識なように振舞っても、本人の潜在意識には刻み込まれています。
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…どうも今回はうまく説明できませんでしたが、究極デフォルメして言ってしまえば、人間は外から何か受けても、それと同じものが自分の心にない場合は心を動かされません。例えばどんなに心がドライだと自覚している人でも、ある風景を見て感動したのであれば、その風景が良いから、その風景のせいで感動したというよりも、その核が自分の中にあったからです。

じゃあ虐められても、人間ができれば辛くないの?そんな綺麗事を…と思う方もいるかもしれませんが、そこまでは中々なれないものの、事実としてはそんな風になります。というか人間力が上がれば上がるほど、傷つけられたりする場面自体が減ってきます。
機会がありましたら、浅見帆帆子さん「あなたは絶対!運がいい」石井裕之「人生を変える!心のブレーキの外し方」等参考にされても。ちなみに私はこうした本で気付いたというよりも、ヒーリングやセラピーや人生経験の結果気付いたことと同じことが書いてあるな、と思いました。

私には質問者さんの仰る意味がわかる気がします。もちろんNO.1さん仰るように、誰でも自分がこれは得意と思っている時、下手だとか言われたら気分は良くないものです。だけど単純な嬉しい嬉しくないは別として、本当に厳密な意味で言うと(心理学的に、潜在意識レベルの話で)人は、他人によって傷つけられるということはありません。

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Qよく、心は折れやすいので「心で考えず頭で考えなさい」といいますが、具体的にはどうしたら良いのでしょう

よく、心は折れやすいので「心で考えず頭で考えなさい」といいますが、具体的にはどうしたら良いのでしょうか?

Aベストアンサー

私の理解ですが「科学的に客観的に論理的に頭で考える」ことかと思います。

例えば、
"心で"さみしいな不安だなと感じたときに
"頭で"なんでさみしいのか、なんで不安なのかを考えると原因が見つかったりそんなことを考えてるとなんか大したことないなと思えることがあります。そして自分で変えれること変えれないことを整理します。変えれることは変えて、変えられないことは諦めます。

ここから難しいかもしれませんが、
不安を和らげるには脳内のセロトニンを増やすことが有効とされてます。増やすには運動や日光を浴びます。こういう仕組みを知ると、"心"で不安だな私はダメだから直すことなんて無理!という感情的な考えから、科学的に客観的に論理的な考えすることができるようになります。
考える具体的な方法としてはマインドフルネスはいいと思いますよ。

Q自尊心とは、何ですか?

変な質問ですが、自尊心って、何でしょうか?
国語辞典を見ても、いまいち分かりません。
自尊心が低いとか、自尊心が高いとか言いますが、
どういう意味でしょうか?

非常に変な質問で、ごめんなさい。

Aベストアンサー

#2さんと同じですが、「自分を大切にする心」だと思います。
>自分の嫌なことは嫌と言える、やりたくないことはやりたくないと言える、
>ということでしょうか?
そうです、そうです。
自分の価値を知って、それを大切に思えている。
自分を誇りに思う気持ちです。
自分の価値を知っていたら、相手に合わせすぎることもないし、犠牲も払う必要もありませんよね。相手に大切にされると、「その価値のある自分」を認識できるし、不当な出来事も「自分のせいではない」と理解できます。もちろん、過度に「自分のせいではない」と思う思い込みとはまったく違う、「自分の価値を知っている」状態です。

>自分の自尊心はあまり育っていないような気がします。
>自分を改良しなければ!
思わず微笑んでしまいましたが、自分を改良する必要なんてないですよ!(*^-^*)
今のあなたで充分です。いい所も悪い所も含めた自分自身を見つめる所から自尊心は始まります。それを抜かした自尊心は中身のない張りぼてなんですよ~。どちらかというと、虚栄心という感じだというと分かるでしょうか。

今まで、「自尊心」はあまり良くないものとして扱われてきました。日本では特にそうです。自尊心よりも、人の犠牲になって、人のために得を積む方が大切だとされてきたのです。だからこそ、日本人は個人よりも団体を大切にでき、成長できたという一面もありますが、今は自尊心も持たないと、本当に人のことも大切にできないことが分かってきたために、自尊心が大切だと分かってきました。少年の殺人事件の報道を聞くたびに、彼らの自尊心のあまりの低さにとても悲しくなります。

そういう歴史を持つものですから、老年の方はまだまだ「自尊心なんて」と思う気持ちもあるかもしれませんし、自尊心が低い人が多いのも無理はないんですよー。だから、自分を責めすぎないこと。これがポイントです。
全てに責任を持つ必要なんてないんです。
そういう歴史も考慮して、「こうなるのも無理ないよな」。ここから始めてみてくださいね。だからって、そのせいにして放っておかないでしょう。「でも、もっと自分を好きになりたい」「どうしたらいいかな?」そうやって、じぶんを責めずに進んでいく方法もあるのです。

自分を本当に好きになるのは難しいけれど、本当に好きになったら、自分を好きだといってくれている人の言葉を信じられるようになります。相手も自分と同じだけ大切な存在だと感じられます。
私は世界中そうやってみんなが自尊心を育てられたら、戦争もなくなると思うのですが…。まだまだ自尊心は発展途上。もちろん私もまだまだ奥に進んでいます。(自尊心も感情も層になっているので、1つ進んでもさらに奥があったりします^^)nyahaさんから、自尊心の輪を広げていってくださいね!
自分を本当に大好きになることができますように(*^▽^*)

#2さんと同じですが、「自分を大切にする心」だと思います。
>自分の嫌なことは嫌と言える、やりたくないことはやりたくないと言える、
>ということでしょうか?
そうです、そうです。
自分の価値を知って、それを大切に思えている。
自分を誇りに思う気持ちです。
自分の価値を知っていたら、相手に合わせすぎることもないし、犠牲も払う必要もありませんよね。相手に大切にされると、「その価値のある自分」を認識できるし、不当な出来事も「自分のせいではない」と理解できます。もちろん、過度に「...続きを読む

Q素直に謝れないのはプライドのせい?

仕事で間違えても素直な気持ちで謝れません。
恥ずかしいというのもあります。

あと、私は人間関係が下手と言われました。
仕事で担当してるお客さんとの人間関係が全くないのです。3年も担当してるのに、昼ごはんはおろか、世間話すら出来ないのです。

何か自分が思うには心を開けないというのがあります。小学校や大学の時などは誰とでも気軽に話せたのに、今は全然です。
友達でも少し時間が空くと沈黙が多くなります。
どうも親しくなれないのでです。

みなさんは経験ないですか?どうしたらいいですか?

Aベストアンサー

プライドという場合もあるかも知れませんが、私の考えはちょっと違っていて、「それについて正しく認識していないから謝れない(反応できない)」のではないか?と想うのです。

だって、本当の心底「ああ、悪かったな」という場面になれば、それは素直に謝れると想うんです。
たとえば、些細なことで、人にぶつかったとか、足を踏んでしまったとか、名前を間違えて呼んでしまったとか、そんなときって、きっと、とっさに謝れるのではないでしょうか?

なぜならば、間違いを自分で自覚しているからです。
間違いに対して、「あ、間違った」と、心が正しく認識したから、素直に謝れるんです。


上記のことを踏まえて逆説的に考えてみますと、もしかしたら、質問者さまは、本当に自分が悪かったという認識が欠けている(気づいていない)から、謝れない(反応できない)のではないかと想うのです。
別な言葉でいうと自覚が無い。んです。

いきなり話を飛ばしてしまうと「あの人は常識が無い」という場合も、これに当たると想うんです。

なんというか、人の心の機微とか、礼儀とか、思いやり・・・といった情緒的な面の成長(EQ)が遅いと、俗に常識が無いような態度になりがちではないかと想うんです。

・・・と、まとまりの無い憶測話でしたが、全く無縁であるとも限らないので、ご一考ください。

プライドという場合もあるかも知れませんが、私の考えはちょっと違っていて、「それについて正しく認識していないから謝れない(反応できない)」のではないか?と想うのです。

だって、本当の心底「ああ、悪かったな」という場面になれば、それは素直に謝れると想うんです。
たとえば、些細なことで、人にぶつかったとか、足を踏んでしまったとか、名前を間違えて呼んでしまったとか、そんなときって、きっと、とっさに謝れるのではないでしょうか?

なぜならば、間違いを自分で自覚しているからです。
...続きを読む

Q自尊心 「高い」とも「ある」とも言いますか?

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「自尊心が高い」「自尊心が低い」という言い方もしますか?
ご教授よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

>「自尊心がある」「自尊心がない」という言い方は聞いたことがありますが、

これはNo.2の方のご意見と似ており,「自尊心がある」といういいかたは,ぼくは不自然に思いますし聞きません。批判的に「自尊心がないやつだ」とか「おまえには自尊心ってものがないのか?」という使い方はすると思います。これは「もう人間じゃないよ」に近似した内容です。

>「自尊心が高い」「自尊心が低い」という言い方もしますか?

自分では,No.1の方が指摘されているように,「プライドが高い/低い」としかいいません。「自尊心」でもありうるとは思いますが,頭の中で「自尊心→プライド」の翻訳をするでしょう。また,「プライドが高い」は,「高慢ちきだ」という意味もになり,ほめ言葉にならない場合が多いようにも感じます。「プライドが低い」は,「人間じゃない」とまではいえなくても,「自己というものがない」というかなり軽蔑した内容だと思います。

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階段を駆け上がることができません。
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普通に登るぐらいならあまり支障はありませんが、たまに足がもたつくことがあります。
特に恐怖心などは感じないのですが…
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自尊心はあると感じているのでしょうか?

私は自分に自尊心があるかわからないので質問します。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

たぶんありますね。

褒められると嬉しいもの。
おだてられると調子に乗るし。

Q心の痛み

5,6年前に仕事で事故にあい

ここ3,4年心療内科のお世話になるようになりました。

お薬は以前よりかなり減って今は3種類を服用しています。

以前の様に仕事を出来るようになりたいのですが、なかなか回復しません。

自殺願望も強いです。病院にいっても癒されない場合はどうやって自分を救っ

たら良いでしょうか?

何か良いアドバイスあればよろしくお願いします。

Aベストアンサー

仕事で事故にあったことが原因で末梢神経の一部が
壊されているんではないかと思います。確かに
貴方は心療内科に通院されていますが、ドクターから
本当の病名を聞いておりますか。私が思うには、貴方には少し鬱状態が感じられます。実は私も8年前ぐらい
に転勤をしましたが、そこで上司から社内虐めにあい
ました。それからと言うものは会社に行くことも出来
ずに悩んでおりましたが、悩んでも自分では解決でき
ない問題ですからとりあえず大学病院の精神神経科へ
行けば何とかなると思い通院を開始しました。
通院して間なしにドクターに言われたことは、鬱の気
が有るので休職しなさいと言われました。
診断書を書いてもらい読んだところ、休職期間1年間と
書かれていました。このときとばかり私は本当に1年間
休みました。休んでいる間は会社のことや仕事のこと
を忘れて自分の好きなことをやりなさいと言われまし
た。毎日朝起きて寝るまでテレビを見たり昼寝をした
りしてすごしました。10ヶ月目ぐらいになったところ
でドクターに言って北海道旅行へ一人できたいと申し出たところ条件付で許可が出ました。その条件とは
少しでもおかしなことがあれば自分で判断しないで
北大病院へ行くように言われました。当然のとですが
北大病院の精神神経科宛の紹介状を持っての旅行でしたが、完全に病気が治っていないため楽しい旅行では
ありませんでした。しかし多少気分転換になったつもりです。今はうつ状態もすっかり治り普通に仕事をしております。私が今回鬱状態になったことで思ったこ
とは患者とドクターの意思疎通がないと治る病気も
治らないんではないかと思いました。
貴方も少し仕事を休んで好きなことをしてみたらいか
がでしょうか。それと処方された薬はきちんと飲んでくださいね。人によっては自分でコントロールして
飲んだり飲まなかったりしている人がいますが、毎日
薬を飲むことによって自然によくなってゆくことを
忘れずにしてください。後もう一つ大切なのは
患者とドクターの間柄だと思います。お互いに何でも
いえる間柄だと酔え惜しいかと思います。私は今も
同じ病院の精神神経科に別の件で通院しておりますが
担当医は8年前にお世話になったドクターを指名して
診察してもらっております。お互い気心が知れた中な
ので好きなことを何でもいえる間柄です。

仕事で事故にあったことが原因で末梢神経の一部が
壊されているんではないかと思います。確かに
貴方は心療内科に通院されていますが、ドクターから
本当の病名を聞いておりますか。私が思うには、貴方には少し鬱状態が感じられます。実は私も8年前ぐらい
に転勤をしましたが、そこで上司から社内虐めにあい
ました。それからと言うものは会社に行くことも出来
ずに悩んでおりましたが、悩んでも自分では解決でき
ない問題ですからとりあえず大学病院の精神神経科へ
行けば何とかなると思い通院を開始しま...続きを読む

Q「プライドが高い」「誇り高い」「自尊心がある」の違いは?

言葉のイメージとしては良い順に
・自尊心がある
・誇り高い
・プライドが高い
なのですが
言葉の意味に違いはありますか?

というのも「自尊心がある」は褒め言葉で
「プライドが高い」は褒め言葉ではないような気がするんです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

自尊心とは一言で言えば『本当に自分を大切に思える心』です。セルフエスティームとも言われるように、プライドとは全く違います。人から否定的な事を言われたり、弱い自分がさらけ出されても自尊心が高ければ、心は揺らぎません。

逆に自尊心が低ければ、他人の評価を異常に気にして本来の自分を糊塗する為にプライドと言う隠れ蓑を使って弱い自分に気付かないフリをしたりします。プライドの高さとは単に臆病な自分を認めたくないだけで、自分をありのままに受け入れ自分が価値ある存在と信じる自尊心とは全く違います。

つまり自尊心の低い人ほどプライドが高くなるので、対極的な意味を持ちます。誇り高いというのはプライドと意味は似てますが、言葉としてのイメージも違いますし、評価を異常に気にしてる訳でないという点で自尊心の高さとは必ずしも対極にならないのが、プライドとの大きな違いですね。

Q心の傷

数年前に遠距離恋愛していた相手が
風俗へ行っていました。それだけでなく
仕事の社員旅行などで海外へ行った時には女を買っていたことも解かりました。
それが原因で別れたのですが
彼に対する嫌悪感、裏切られた事への憎悪
そして風俗、回春などがものすごく不潔な事に思え
それを知らずにその彼に体を許していた事がとても深い傷になり
いまでも私を苦しめています。

もう2,3年前のことなのに、まだ精神的に不安定になります。
その人は遠距離恋愛なのだから、風俗などは許されると思っていたなどと
自分の正当性ばかり言って、結局自分の方が傷ついたような事を言ってきました。
別れた後も、都合よく電話してきては「また前のように付き合いたい」などと言ってきましたが
私は自分が汚い物になったような気がして、嫌悪感しか感じません。
本当は彼に罵声を浴びせたり、汚い物としてののしってやれば、今のように傷は深くならなかったかもしれないのですが
その時は自分を押し殺して(彼が陰湿なので、何をされるか解からなかったのもあります)
あまり傷ついていないふりをしたのも今の心の傷の一つの原因かと思います。

どうしたら、その過去の出来事を乗り越える事ができるでしょうか。
風俗という言葉や、彼が住んでいる地域の名前を聞いただけでものすごい嫌悪感に悩まされます。
そして男の人は、皆女を買ったりするのが平気なんだと
心のどこかでそういう思いをぬぐいきれません。

精神科にでも行ったほうがいいでしょうか。

数年前に遠距離恋愛していた相手が
風俗へ行っていました。それだけでなく
仕事の社員旅行などで海外へ行った時には女を買っていたことも解かりました。
それが原因で別れたのですが
彼に対する嫌悪感、裏切られた事への憎悪
そして風俗、回春などがものすごく不潔な事に思え
それを知らずにその彼に体を許していた事がとても深い傷になり
いまでも私を苦しめています。

もう2,3年前のことなのに、まだ精神的に不安定になります。
その人は遠距離恋愛なのだから、風俗などは許されると思っていたな...続きを読む

Aベストアンサー

彼の事とても好きだったんですね そして信じていたんですね
だからとても傷ついたんですね
彼の事を好きで 彼に体をゆるしていた貴方は
不潔な存在でないですよ 
貴方の信じていた彼を愛して一緒にいたんですから

その彼が好きだったから信じていたからこそ
傷ついたんだと思います
傷つくほど好きだったのは人を好きになった誇りだと思います
罵倒をあびせれなかったのも
彼の性格もあったからとちゃんと 彼の事を考えてあげてたんですね

私も遠距離恋愛をしていた彼と別れた経験があります
理由は色々とあるんですが
私も裏切りを感じてすごいストレスで今でも彼の事を考えると
苦しくなります
丁度その後交通事故にあいその時にいままでたまっていたストレスが
はじけとんで 交通事故もふくめてPTSDになりました

彼がもう一度付き合いたいと言ってきても
もう心の扉が音を立ててしまったので
二度とひらく事はありませんでした
好きでも心がもう開かなくなったんです

lulu11さんとちょっと状況が違うかもしれませんが
信じていた人に裏切られた気持ち
不潔な感じをしてた気持ちお察しします

精神科にいかれれるのはいい方法の一つだと思います
私も精神科にいき EMDRという治療法や
時間をかけて 心の苦しみをとるカウンセリングをうけてきました
精神科でもカウンセリングを主にしてくださる先生はいらっしゃいます
そして 精神科の場合あ薬の手助けも借りれますし
先生によっては 本人が希望しない場合投薬はありませんよ
そして たなたが 言っているように彼にいえなかった罵倒
それを 先生が変わりに開放させてくれる方法などもあります

まず簡単に貴方一人で出来る方法はなんでもいいので
思う事をどんな書き方でも 文章でなくても
方向もサイズも関係なく 書き出してみてください
今心の傷をもういちど 貴方自身分かってきたのですから
一人で発散できる方法の一つだと思います

一人で悩んでいないで
よかったら 精神科やカウンセリングの利用もいいとおもいますよ

そして 今度は貴方が一緒に居たい男性
一緒に居て安心できる男性にめぐりあえば
すべての男性がそうだって気持ちも少しは癒せるかもしれませんね

彼の事とても好きだったんですね そして信じていたんですね
だからとても傷ついたんですね
彼の事を好きで 彼に体をゆるしていた貴方は
不潔な存在でないですよ 
貴方の信じていた彼を愛して一緒にいたんですから

その彼が好きだったから信じていたからこそ
傷ついたんだと思います
傷つくほど好きだったのは人を好きになった誇りだと思います
罵倒をあびせれなかったのも
彼の性格もあったからとちゃんと 彼の事を考えてあげてたんですね

私も遠距離恋愛をしていた彼と別れた経験があります
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