この前フランスに行った時、フランスは土葬ということをききました。政府は火葬をすすめているそうですが自分の体がなくなることが受け入れられないらしくほとんどのフランス人が土葬をしているそうです。そこで私は国によって、宗教によって埋葬方法は違うので、いろいろな国、宗教、また古代の埋葬方法やなぜそうするのかという理由を知りたいと思いました。国や宗教による死生観の違いなども知りたいです。詳しい方がいらっしゃいましたらぜひ教えて下さい。よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

再登場です。


先の回答では行われている方法論について述べてみました。今回は、その本当の理由を考察してみたいと思います。
キリスト教やイスラム教は土葬文化ですネ。
仏教は火葬文化です。
高山地帯(ヒマラヤやアンデス等)は鳥葬文化です。
エジプトやアンデス、中国西部では古典的にミイラ文化です。
これは、単に宗教感の違いが原因ではないと考えることができますネ。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の発祥の地は乾燥地帯であるシナイ半島です。これらの地域では木という資源が非常に貴重なものですネ。そういう地域で死者を火葬にふすということは一般には不可能なことであったでしょう。そのまま土葬にしてしまうことが最も効率のよい、無駄のない方法であったと考えられます。
仏教発祥の地であるインドは樹木の豊かな地域です。また、シナイ半島と同じように高温地帯ですが、湿度が高く、死体はすぐに腐敗してしまいます。そうすると、伝染病の発生などの危険性もあり、速やかに燃やしてしまうことが必要であったのでしょう。
高山地帯では土葬にするスペースの問題、火葬にするための樹木がないことなどの問題があり、恐らくは、死体をそのまま放置していたのを鳥が食べることを発見したのが鳥葬の始まりであったのではないかと考えられます。
乾燥地帯の中でも砂漠、あるいは、樹木類の少ない高山地帯の中には、死体を放置して乾燥することを発見したことから、さらに適度な加工を施したエジプトのミイラや、そのまま座位姿勢に固定して乾燥するだけのアンデスのミイラといった形態のものが作り出されていったのではないかと考えられます。
宗教感というものもあるでしょうが、埋葬形態は、その原点となった宗教の発祥の地の必然的要素によるものが大きいのではないかと考えます。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

とてもいい勉強になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2001/04/05 22:45

きっと、宗教観というものも、風土・歴史に基づいているものだと思います。


(ブタを食べないのは、食中毒でたくさんの人が死んだから、など。)
政府が火葬を薦めるのは、衛生上の問題と、墓地のスペースの問題でしょう。土葬にすると面積がいるので、英国では古い墓地を掘り下げて2段3段につかおうと計画されているとか。そういう問題の無い、広々とした土地のあったときには土葬が便利です。

日本でも、火葬にするにはかなりの燃料が必要で、スペースと燃料のかねあいで、スペースのほうが貴重になってくると火葬になったと思われます。小さな島であれば、海に流すのが一番でしょうね。(海流の関係で、帰って来ないのが前提で)

ノーベルの遺言で、ノーベル賞をつくるのと合わせて、遺体を火葬にしてくれ、というのがあったそうです。それだけ、勇気のいることなのでしょう。

日本では(仏教)、死んだ人は極楽へいく、ということですので、遺体が灰になろうと鳥の腹の中にあろうと、気にならないと思うのですが、ちゃんと骨壷にいれて墓に納骨する、というのは、やっぱり土葬のなごりでしょうね。(私は、ごみと一緒に捨ててもらって構わないけど)
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古典的な埋葬方法としては屈葬が有名ですネ。

死者が蘇ることを恐れ、手足を曲げた状態で埋めるというものです。縄文時代や弥生時代の遺跡から発掘されていますネ。
ミイラについては有名なエジプトのもの以外にもアンデスや中国西部などの多くの地域で発見されています。これは死者がいつの日か復活すること、あるいは、死後も現世と同じ肉体を持ちつづけることを望んで行ったものですネ。
少し変わったところでは、食べてしまうというものがありますネ。アフリカやアマゾン流域などには現在でもわずかに名残を残しているところがあります。これは、死者(といっても、戦で殺した敵や食べるために殺した老人が中心となりますが)を食べる事により、その人の能力やパワーを自分の物にするという考えです。食べ残した骨は適当に散骨したり、飾りとして用いられますので、埋葬はありませんネ。
私は過古にいろいろな地域で葬儀に直接立ち会ったことがあります。
チベットの山中(標高5000m付近)では鳥葬に立ち会う機会がありました。ここでは鳥(猛禽類)が死者の肉を食べ尽くすことが死者の魂を天に運ぶことであると考えられていて、骨笛(ヒトの大腿骨で作った笛)を吹いて鳥を呼び寄せ、やぐらの中に安置した遺体を食べてもらうというのが葬儀であり、埋葬というものはありませんでした。
インドやネパールで何度も立ち会ったのは火葬+散骨の形式ですネ。ガンジス川(あるいはネパールでは、その源流)のほとりに薪で土台を作り、遺体を載せ、その上に薪や枯草を積み上げて野焼します。完全に灰になるまで遺族の男性達が火の番をし、最終的には灰をガンジスの流れに投じます。これは、聖なるガンジスに灰を撒く事により、死者の魂が天に召されるということが信じられているからです。
敬虔なイスラム教徒にとって、死というものはアラーの元に近づくための門出であると認識されています。原理主義者が自爆攻撃などの特攻作戦をすることは有名ですが、魂が神の元に行けることと同時に敵を倒すことができるという一石二鳥の効果を持つものなのですネ。かれらは基本的に土葬文化です。自然に帰るということでしょうか。
非日常的な状態となりますが、戦地での死者は土葬、水葬が基本となります。陸上での死者はそのまま埋めますし、海での死者は砲弾などの重りを付けて、海中に投じられます。これは世界各国で同様の手段ですが、場合によっては遺髪や爪などを出生地などに持ち帰り、墓地に埋めることもありますネ。
日本でも江戸時代は土葬が一般的でした。円柱状の棺桶に入れた遺体をそのまま埋めるのが普通でした。それが、衛生観念や用地の問題から現在の火葬に変化せざるを得なかったのですネ。
生死観は国や宗教、教育、風習などによって左右されることから、大きく分類することはできても、個人個人によっての差が大きいものであると思われます。
同じ仏教徒でも輪廻を信じるか否かは個人差が大きいものですし、クリスチャンでもキリストの復活を信じる者と信じない者がいます。
最終的には埋葬形態についても、故人の意思が尊重される状態であるならば、大きく異なっても不思議はないと考えます。
テーマとしては民俗学の範疇に入るご質問でしょうネ。
以上kawakawaでした
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 この質問の答えは奥が深いので(根が深いといった方が適切かもしれません。

)専門書を読むか専門家に訪ねる等して勉強される方がよいと思います。
 ジャンルが解らないようですが、民族学・風俗学といった学問体系で専門書が、有ると思います。数少ないですが埋葬学として研究されてる方もいます。
 私の高校の時の倫理社会の講師の先生は、その筋の専門家でしたが、今どこの大学にいらっしゃるのかちょっと解りかねます。
 一ついえるのは、一般的な土葬は死者が蘇って地上を歩き回らないように土に帰るまでの間、地中に封印する意味合いがあったということです。その先生から教わりました。
 復活を望んで肉体を保存するというのは、土葬とはいわないそうです。なぜなら、そういった目的の場合は儀式的なものを伴ってミイラ化してあるものしか確認できてないからだそうです。
 火葬というのは、天に送るという意味合いがあるので宗教によっては当然抵抗があるらしいです。旧約聖書にはでてきますが、主との契約の中にある生け贄の方法が生きた生命を燃やして天にまします主に捧げるといったもの(細かく決まりはあるのですが)なので、死体を燃やして楚々の煙が天に昇ってはまずく、別のところには土は土にという下りもあるのでどうしても土葬にという意識になるようです。(水葬の風習は、海に帰すという意味合いだそうです)
 
 
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この回答へのお礼

近くの図書館で専門書探してみます。田舎なのでなさそうですが・・・。ありがとうございました。

お礼日時:2001/04/05 22:53

世界にはいろいろな死者を弔う葬式があります。

土葬、火葬はその代表です。(他に風葬、鳥葬など)葬式は現代の宗教以前から存在するわけで、各宗教は人の生から死まで司るため、その土地に伝わる葬式を様式化、あるいは公認したと考えるべきでしょう。

日本の葬式には特色があります。それは火葬でありながら土葬の名残りをとどめている点です。(火葬は骨灰を得るためで、遺骨はお墓に祭られる)これは火葬の国
インド(仏教発祥の地)とわが国に仏教を伝えた土葬の国、中国の習慣が混合されているからだと言われます。もし、日本がインド並に熱い国であれば火葬の習慣が最初から定着したと思われます。しかし、中国や日本は気候がよく、遺体は2-3日
は保管出来たため、遺体を前に別れの儀式(通夜)、葬儀(告別式)を行う習慣が
発達したものと考えられます。

日本仏教では土葬が原則です。現在の火葬方式は衛生上から役所指導型で徐々に
定着したのではないでしょうか。インド仏教が火葬方式のため、庶民の抵抗はあまりなかったのでは・・私の祖母は土葬でした。時代劇映画でも長い葬送の列の中に
丸い棺おけを担いで墓場へ向かうシーンがよく見られます。また一部の日本人が
死後は骨灰をどこそこに流してくれとか、撒いてくれと遺言する人がいます。これは土葬の習慣に反し(反抗し)、仏教本来の様式(インド式)でこの世とお別れしたいという願望ではないかと思います。
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この回答へのお礼

生活様式によっても変わるんですね。ありがとうございます。

お礼日時:2001/04/05 22:51

bieuluneさんの回答とほぼ同じなのですが…。


宗教の影響であることは間違い無いでしょう。

仏教のように輪廻転生を基準とする宗教では死後の魂は新しい肉体に転生するため古い肉体は必要としません。

キリスト教では「アルマゲドンの日に全ての死者は復活し最後の審判を受ける」ということになっています。
結果,復活の為に(一時的にでも)肉体は必要でしょう。
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この回答へのお礼

なるほど。ありがとございます。

お礼日時:2001/04/05 22:48

私はキリスト教徒ではないので自信はないのですが・・・


キリストが死んだときに、3日後に復活したという話はご存じでしょうか?
キリスト教では、その肉体を大事にします。その肉体に、心が宿り、いつか死者は復活する、というのが考え方だったと思います。
どういう宗教は他に何があるのか解りませんが、大元を同じとするイスラムも多分そうかも知れません。
一方仏教(多分)の世界では、魂が大事とされ、その肉体はあくまで入れ物であるという考え方です。なので、肉体にこれと言ってこだわることはなく、燃やすことに抵抗を感じないそうですが、日本でもある一部の地域だけは土葬が認められていると聞いたことがあります。たしか昔長寿を誇った泉重千代さんが住んでおられた島がそうだったと記憶しています。名ので彼は土葬で埋葬されたんだったと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考になります。

お礼日時:2001/04/05 22:47

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