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「死をもって償う・償え」と言う価値観は日本だけなのでしょうか。
今、死刑制度に関する問題が取りざたされてますが
遺族感情やもろもろを含め、死刑制度に賛成の方も多いようです。

「死をもって償う・償え」
こういった価値観(?)から、賛成も多いのでしょうか。
「死んでお詫びを」なんて言葉も時代劇中にも出てきますね。
どうやらこの考えは武士道から来ている様なんですが......。


「死刑が無くなるなら仇討ちOKに!」なんて意見もありました。
仇討ち、これもまさに武士道でしょうか...?


この「死をもって償う」「死んでお詫びを」の様な
考えを持つ国は他にもあるのでしょうか?
それとも日本独特の物でしょうか?


(歴史カテじゃなかったらすみません...)

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A 回答 (8件)

No.4です。



念の為申し上げておきますが、私は死刑に賛成とも反対とも言っていません。

ここは自説を主張する場ではありませんから、客観的な話だけにとどめるべきと思います。
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>「死をもって償う・償え」と言う価値観は日本だけなのでしょうか。


 「死んだ位で罪が償えると思うなよ!!」的な国の方が多い様な気がします。

 過去のキリスト教国だと犯罪者を処刑後、その遺体を宗教的に貶める事(火葬にする)を行っています。
 キリスト教では死後、神の奇跡で死体から復活し、神の王国で永遠の幸せを得ると信じられている為、復活すべき遺体を無くす火葬は死ぬ事以上に忌避(ジャンヌダルクですら火刑から逃れる為、一度は屈伏した[嵌められて結局、火刑に処せられるのですが…。])します。

 日本の死ねば罪が償える的な考えは、憎悪の連鎖を繰り返さない様にと言う、狭い島国の民の知恵ではないかと思います。
 (狭い島国で憎悪の殺し合いを続けたら、あっと言う間に全滅してしまいそうです…。)

>仇討ち、これもまさに武士道でしょうか...?
 欧米では仇を持った相手を殺すための決闘の代行業が職業として成立するほど頻繁に行われていました。
 (法律で禁止されているにも関わらず、19~20世紀初頭まで行われた記録があります)

 ちなみにキリスト教で現在自殺が禁止と成っているのは、聖書には記述が無く、4世紀頃に殉教と称して自殺する信者が多発した為です。←よって一部には不当に貶められた自殺者の名誉を回復するべきとの主張もある。
 (古代ローマ帝国の頃には老化や病気などで、人並みの生活が出来なくなった際に自ら食を立って尊厳ある死を迎えるべきと言う思想が有った。現在でも尊厳死を認めている国・地域も有る位ですし…。)

 また、王族や貴族には日本の切腹と同等かそれ以上に自殺に対する手順・服装・場所・道具・介助者の決まりが有ります。
 (貴族の場合、服毒などによる自らの意思と行動で死ぬ > 他者の剣による斬殺 > 一般庶民と同じ斧による切断死 > 火刑・車裂き等の極刑)

 なお、死刑の話でよく出てくる

>その時点で頭が真っ白になって、理性を失ってしまえば死刑になるからやめようという自制心や抑止力が働くでしょうか。

 この様な場合、日本に限って言えば死刑になるような事は有りません。
 日本では慣例的に計画的に複数の人間を残酷な手順 or 無差別な殺人でなければ死刑の判決は出ません。

>同じ殺人なのに人身事故を起こした人が死刑になったという話は聞きません。
 殺意の有る無しは、特に重要ですから飲酒による危険運転致死傷罪でも1年以上15年以下の懲役です。

 殺人でも、情状酌量の余地が有るとなれば執行猶予が付いて、刑務所に入らずに済みます。
 (実際に死刑が出た者がどれ程に罪深い事をしたのかこの点からも理解できるかと。)

 少なくとも、人を殺したか否かと言う狭い観点で判決が出るような事は有りません。
 千葉法相が執行にサインした熊谷男女4人殺傷事件や宇都宮宝石店放火殺人事件などが死刑囚の典型的な例です。

 死刑囚が無実を主張し再審請求中の場合、執行を控えるようにしています。

 あと、死刑反対者が良く出す

>死刑を廃止しても、犯罪率は変わらない
 こういう主張で、その死刑を廃止した国の名前が出てきた例を私は見た事が有りませんが、一体何処の国の例ですか?

 ヨーロッパの国だと、死刑を廃止する以前(10~数十年)から死刑が出ていない国が殆どで、その様な国の例で犯罪率の変動を論じるのは意味が無いとかと。
 (少なくとも毎年、数人死刑判決が出ている日本には適さない。)

 またイギリスでは、死刑廃止後に無差別テロ(IRA)が多発する様になり、死刑復活が数度保守党などから死刑復活案が唱えられたほどです。
 フランスでも実質死刑が廃止されて以後は、殺人事件が若干増えており(廃止する直前の年が1576件で以後1700~2800件で推移。服役中の無期懲役囚が倍以上に増加)、保守派から数度復活案は出ています。

 なお、ノルウェーは一度廃止した死刑を売国奴とされたヴィドクン・クヴィスリングを銃殺刑にする為だけに復活させました。
 (他の国でも、実質的に死刑にするしかない様な犯罪者が出たら、復活するのではと疑われたりします)

>再犯率を減らす努力をする方が税金も安く済みそうですけどね。
 再犯率が30%[重犯罪ほど率が高くなるそうで、性犯罪者は50%近くに成るとか]ぐらいですからこれ以上減らすのは理想では有るでしょうが困難でしょうね…。
 (個人的には、3人の内2人はちゃんと社会復帰出来ている事に驚きです。)

 性犯罪者の性癖の改変なんてマインドコントロールでもしないと無理でしょうし…。

 また再犯を犯す者の大部分が、刑務所を出た後に生活できなく成ったからですし…。
 (不況で一般人でも生活に困っている状況で、前科者を厚遇できるのか?)
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No,1さんの意見に賛成です。


人間は元々は猿なんですから、凶暴性もあるし、間違いもあります。
感情に個人差があるだけです。
例えば、喧嘩して包丁を持ち出したとします。
その時点で頭が真っ白になって、理性を失ってしまえば死刑になるからやめようという
自制心や抑止力が働くでしょうか。

それと矛盾に感じるのですが、同じ殺人なのに人身事故を起こした人が死刑になったという
話は聞きません。

裁判所や法務大臣といえども、人の命を奪う権利はないと思います。
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今の世界の動向のように、命を大切に、という風潮自体、20世紀にようやく出てきた考え方です。



とはいえ、日本の武士のように自殺の仕方にまで作法がある国は無いと思いますよ。


死んで詫びる、という思想自体は色々な国でもあるでしょうが、それを教育の中までもりこんだ国は無いのではないでしょうか?
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世界中にあると思います。



中国は今もそうでしょう。アメリカも州によります。
死刑が全世界で廃止になっているわけではありません。
また、現在死刑を廃止した国々にもかつては死刑があったわけです。
もっと昔でしたら、ヨーロッパでも王様から死を賜ったりしました。現代的価値観から見ると、かなり残酷な刑もありました。
アフリカや中南米などはどうか分かりませんが・・・・。

中東の一部やインドなどでは名誉殺人があります。自殺でなくて身内に殺されるんですが。たいてい若い女性が殺されます。一族の恥を死をもって償えということなんでしょう。
(近年では問題視されています)


日本の場合は今現在も「自ら死んでお詫びを」文化が強いのではないかと思います。
キリスト教が関係するのかしないのかよく分からないんですが。

あ、思い出しました。
キリスト教では自殺は罪でした。今は違うようですが、昔の西洋を舞台にしたドラマや物語には、自殺者は教会で葬式をあげられないとか、教会の墓地に葬ることを許されなかったとかいう話が登場します。神からもらった命なので自分で絶ってはいけないのでしょう。

そういう部分で見ると、切腹や自刃が立派なことと思われていた日本は文化が違うのだろうと思います。日本の場合は神との関係でなく、自分でけりをつけるとか、人間世界の中での話でしょう。
現代の西洋では宗教離れが進んでいますが(熱心な人もいます)、我々が無意識に仏教の影響を受けているように、西洋の人々も無意識にユダヤ・キリスト教文化の影響があるんじゃないでしょうか?

それとこれは宗教に関係ないのかもしれませんが、権利意識が西洋と日本では違うように思います。どちらが良い悪いでなくて、何か異質なものがある。

日本は軍人が第二次大戦の終戦時に切腹していたんですから、けっこう最近まで切腹があったということですよね。
半藤一利さんの『日本の一番長い日』を読んだら阿南陸軍大臣の切腹の経緯が書かれていたんですが、ほんと武士みたいでしたよ。昭和でもこうだったんだなと思いました。
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「死んで××する」というパターンなら, 日本に限らず世界中にあるんじゃないかな. とはいえ, 死んだからといって償えるものでもないんですけどね. あと, wikipedia によれば「敵討ち」という形式はワールドワイドみたいですね.


なお, 「死刑に限らず、懲罰の為の刑務所から、刑務所を更正させる場所にして、再犯率を減らす努力をする方が税金も安く済みそうですけどね」というのは微妙>#1. もちろん実際としてどうかという点は問題になるけど, 少なくとも理念において「刑務所」というのは懲罰のための場ではなく更生させるための場です.
ちなみに「死刑をなくしてその代りに仮釈放のない無期刑を導入する」というのは, よく考えると「刑務所を更正させる場所にする」という方針と矛盾します. あと, 恩赦には三権分立の立場から否定的な意見があります.
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死刑と逃避による自殺を混同しているようにも思えます。


軍隊のある国では、一般法廷以外に軍事法廷が存在し、最悪の場合は公開銃殺刑もあります。
もちろん一般人とは比較にならないほど刑罰が重いので、死刑自体は珍しくも何ともない
でしょう。

切腹は日本だけかもしれませんが、高級士官の自殺には、いろいろな手法があります。
したがって、日本独特とはいえないと思いますよ。
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>仇討ち、これもまさに武士道でしょうか...?


死刑に遺族が立ち会えないなど、仇討ち的な考えあまり無いように思います。
遺体を遺族が見る機会も無いようですし、本当に死んだのか確かめようがないですよね。
遺族の為と言うよりも社会正義を貫くためという意味だと思います。
また、昨今の賛否を見ていると、死刑に、犯罪を犯す抑止力や悪い奴は死んだ方が良いというような感情論で賛否が動いているように思います。
ただ、以前弁護士の講演を聴いた時、初めて知ったのですが、死刑を廃止しても、犯罪率は変わらなかったと言うことです。

死刑に限らず、懲罰の為の刑務所から、刑務所を更正させる場所にして、再犯率を減らす努力をする方が税金も安く済みそうですけどね。
なぜ、そのような犯罪を犯すに至ったのか知り、それを未然に防ぐような努力は出来ないのでしょうかね?

また、死刑では、非人道的な事をした人を、非人道的な事で償わせるという解釈には無理があると思います。また、人は必ず間違いを犯す物ですし、えん罪で死刑が行われた歴史もあります。
先進国を中心に死刑は廃止の方向にあるようです。
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Aベストアンサー

 心に常に痛みを持ちながら、生き続けることではないでしょうか。

 もし、私が貴方の一言に傷ついて、「自死」という行為にいたるとします。今考えているのは、「傷つき、死んでゆこうとする自分が、【貴方を恨んでいる】場合も【貴方を恨んでいない】場合」も含みます。
 「一言の言葉に傷ついて死んでしまう弱い人間もいる、ということをあなたは気づいてくれるだろうか、気づいたとして、誰かにそれを伝えてくれるだろうか?」
ということのような気がします。

 ご質問の内容ですと「意図的に相手を傷つける」ということでなく、「それと知らずに、不用意に」傷つけてしまった場合のことのようなので、上述のように感じました。

 勿論、「意図して」「傷つけてやろう」という言葉に負けて「自死」を選ぶときも、「苦しんで生きていて欲しい」と「違う意味で」「生きることを」望むような気がします。

 自殺も死刑も本当の意味での償いにはならないように思います。本当の償いは、「自分の犯した罪に本心から気づき、傷つき、恐れおののくこと」だと思います。そこで自殺するなら、「逃げ」です。「極刑」になるのなら、それまで残された日々を、「自分の犯してしまった取り返しのつかない【現実】と向かい合うこと、生きている限り精一杯被害者に対し、慙愧の念を持つことではないでしょうか。「いつ来る」ともしれぬ、命の終わりに怯えながら。
 ある意味で過去を自己受容し、それでも苦しみながら生きることは「死ぬよりも辛いこと」の場合があるのではないかとも思ったりします。
 決してからかうつもりでなく、この世に「死んだことのある人」はいませんから。
 「死ぬ」ことは「自分で選択出来るのであれば」犯罪者にとっての「権利」でしかありません。いつ、それが来るのか分からないからこそ、人は死を恐れるのではないでしょうか。

 昔読んだ小説の一シーンを「うろ覚えですが」思い出しています。一人の男が自殺を図ります。友人に助け起こされ、「生きるんだ。」と言われた時に、混濁した意識の中で、彼は「ニヒル…?」と聞き違えて問い返したまま逝きます。「生きる」と「ニヒル」(虚無)
 償いのために生きるとしたら、「ニヒルであってはならない」ような気がします。そうして苦しんでいる人に生涯反省し続け、自分も救われることは罪ではないような気がしています。甘いのでしょうか。
 

 心に常に痛みを持ちながら、生き続けることではないでしょうか。

 もし、私が貴方の一言に傷ついて、「自死」という行為にいたるとします。今考えているのは、「傷つき、死んでゆこうとする自分が、【貴方を恨んでいる】場合も【貴方を恨んでいない】場合」も含みます。
 「一言の言葉に傷ついて死んでしまう弱い人間もいる、ということをあなたは気づいてくれるだろうか、気づいたとして、誰かにそれを伝えてくれるだろうか?」
ということのような気がします。

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