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中国の春秋戦国時代の王家(公家)の子孫はどうなったのでしょうか。
秦の始皇帝が天下統一の際ほとんど殺戮してしまったのでしょうか。
羊飼いをしていた楚の懐王の子孫(懐王・義帝)なんて話もありましたが、公式な記録で判明しているケースはないのでしょうか。
(太公望、管鮑の二人、晋の重耳等々、天下に名をなした人の子孫は絶滅ってのはさみしい気がします)

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A 回答 (1件)

太公望の子孫は、斉王家でしたが、秦の成立よりも前に田氏に国を乗っ取られた際に滅亡しています。



管鮑の二人は、管仲については子孫が三国時代(魏呉蜀)に子孫が出てきますし、鮑叔の方も斉の名家として、地味に生き残っています。

有名どころでは、本当か嘘か孔子の末裔が今も生き残っていたりしますね。三国時代に孔融という名で子孫も出ています。

春秋時代の王家は、少なくとも直系は大部分が始皇帝と、その後の項羽と劉邦に殺され、生き残りも相当部分が呂氏に殺されています。
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Q戦国時代の違いー日本と中国

日本と中国の戦国時代の特徴について、
その異同を教えてください。

Aベストアンサー

日本の戦国時代の特徴
・この時の最高権力者(建前上だが)の天皇はいたが天皇を僭称する人はいなかった
・新しい技術の進歩(鉄砲や掘削技術など)
・約100年間
・弱小1地方領主であった人物(織田信長)と無名の人物(豊臣秀吉)の2人により約30年かけて終結
・帰順する者には寛大で全ての大名を滅ぼしての統一ではなかった
・戦争方法の変化(序盤は士族などの少数兵での戦争だったが終盤は農民投入による大兵力戦争)


中国の戦国時代の特徴
・周王朝があり、周王がいたが(建前上は周王が最高権力者)地方領主も王を僭称するようになった(春秋時代までは王ではなく「公」や「候」を名乗っていた)
・思想の発達(『孟子』『荀子』『韓非子』『荘子』などの諸子百家)
・新しい技術の進歩(弩や戦国末期には鐙など)
・約180年間
・縦横家の登場
・7強国の中で最も力を持っていた国に短い期間で2回の名君が出たことにより(秦の昭王と始皇帝)170年続いた群雄割拠をわずか9年で他の6国を滅ぼして統一
・全ての国を戦争で滅ぼし、負けた王は全て処刑された
・戦争の変化(序盤はわずかばかり残っていた戦争においての「礼」も中盤以降はまったくなくなり、勝利至上主義になった。また時間が経つにつれ、参戦兵力が増えていった)


とりあえず比較できることを中心として思いついたことを箇条書きしてみました

日本の戦国時代の特徴
・この時の最高権力者(建前上だが)の天皇はいたが天皇を僭称する人はいなかった
・新しい技術の進歩(鉄砲や掘削技術など)
・約100年間
・弱小1地方領主であった人物(織田信長)と無名の人物(豊臣秀吉)の2人により約30年かけて終結
・帰順する者には寛大で全ての大名を滅ぼしての統一ではなかった
・戦争方法の変化(序盤は士族などの少数兵での戦争だったが終盤は農民投入による大兵力戦争)


中国の戦国時代の特徴
・周王朝があり、周王がいたが(建前上は周王が...続きを読む


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