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僕も高校過程の生物をさらっとさわっただけなので、あまり難しいことは分からないし、えらそうな論理も言えないですが、ぶっちゃけ進化論っておかしくないですか?
例えばキリンは高い木の実を食べるために少しずつ首が長くなっていって今の形になったと言われていますが、まだキリンになりかけのキリン(つまり首が中途半端に長いキリン)の過去または現在における存在は確認されていません。
偶然が重なっていまの自然環境ができたといわれてもいまいち納得できない点が多すぎます。

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A 回答 (23件中21~23件)

キリンの首、って結構有名な問題なんだけど


とりあえず
>例えばキリンは高い木の実を食べるために少しずつ首が長くなっていって今の形になったと言われていますが
それは間違い。
進化論はキリンの首が長くなった理由を説明していない、というか
説明できていない。
キリンの首の問題にこだわるなら、まずは考URLをご覧下さい。
(全部読むのはちょと大変ですが。)

進化論の対極にあるのが「創造論」です。
創造論とは基本的には「世界は創造主によってつくられた」とする考え方。
昔は創造論が一般的に信じられたいた、ということはお分かりだと思います。
そして、あるときから進化論の方が支持されるようになった。
以来、両者は戦い続けています。
創造論を支持する側は、キリンの首のような問題をたくさん提起してきている。

この問題は「科学」と「疑似科学」の問題なんです。
疑似科学っていうのは、極端にいうと「トンデモ科学」のこと。
オカルトとか、占星術とか、宇宙人とか。
そして、科学と擬似科学の境界線はどこにあるのか?を考えるとき
進化論と創造論の戦いは大事なケーススタディになります。
ここでは詳しく説明する余裕がないので、興味がおありでしたら
■伊勢田哲治「疑似科学と科学の哲学」名古屋大学出版会
あたりをお読み下さい。

おそらく大切なのは
>ぶっちゃけ進化論っておかしくないですか?
進化論に限らず、相対性理論だって何だって、おかしなところはあるんです。
(哲学的領域に踏み込みますが「完全なもの」「絶対なもの」というのは今だないのです。)
そして、そのおかしなところに対して
より多くの人が支持できる新しい仮説をもった理論が
古い理論に取って代わるのです。
創造論を主張する側は、さすがに現代では「神がキリンをつくった」とは言いませんが
キリンは最初からあのような生物だったと主張します。
ただ、そのような仮説に基づいて組み立てた自然環境の考え方の方が
現在ではあきらかに矛盾する事例が多いのです。
進化論は説明出来ないこともたくさんありますが
創造論よりは矛盾がないので
とりあえず現代知識として採用されている、というぐらいのものだと思います。

参考URL:http://www.google.com/search?hl=ja&lr=lang_en%25 …
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進化論にもいろいろな考え方がありますが、少なくともここであなたの書いていることは進化論ではありません。



>偶然が重なっていまの自然環境ができたといわれてもいまいち納得できない点が多すぎます。

納得できないのは進化論を間違って理解しているからです。そもそも進化論は偶然が重なって今の自然環境が出来たなどとは主張しません。あくまで生存に有利な突然変異が自然淘汰を受けて現在に至ったものだと考えます。

中途半端な首の長さのキリンの化石が発見されてないのは確かですが、だからと言ってそれが進化論そのものを脅かすような問題にはなっていません。
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ですよね。

僕もそう思ってました。
でももし、

キリンが何らかの環境の変化で一気に絶滅の危機に見舞われたとき、かろうじて首の長いキリンだけはナントカ少し生き残り、あとは「短期間のうちに」全滅したとしたら・・・

地層から出てくる化石を順に並べたりしちゃうと、いきなり首が伸びたように「見える」んじゃないでしょうか。

それにしても「半端キリン」が一頭も発掘されない理由の一つは、そもそも化石の絶対数が少なすぎるからでわ?

参考URL:http://jvsc.jst.go.jp/earth/sinka/index.html
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Qダーウィンの進化論が最近あやしくなってきているというのはどういうことですか?細かく教えてください。

こんにちは。

ダーウィンの進化論が最近あやしくなってきていると言うのは
本当でしょうか?どのようなところがどのようにあやしくなってきているのですか?(あやしいと言うより、記述しきれていないというべきか???)
具体的に教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

キリンの首が長いのは
長い首を持っているほうが高い枝の木の葉を食べられて
生存に適しているので
だんだんと首が長い物が生き残っていった

というのがダーウィンかと思いますが、
ではなぜ首が延びている途中の
中くらい長さのキリンの化石が無いのか?

実は進化は突然変異(ウィルス感染の為)によっておこったのだ
というのが新説

という話を聞いたことが有ります。

Q創造論って正しいんですか!?

創造論って正しいんですか!?
創造論が正しい根拠は?間違っている根拠は?
進化論が正しい根拠は?間違っている根拠は?

Aベストアンサー

この世界の生命は空飛ぶスパゲッティモンスターが作ったんです。

というのは置いといて、

創造論は、ある意味では正しいのです。ただし、信奉者の中においてのみの正しさですが。そもそもとして、創造論と進化生物学では、根拠の置き所が違います。

前者はその信奉者の絶対的な宗教的背景に基づきます。つまり、彼、彼女らのなかでは、「神(あるいはデザイナー)が生命を創造した」という、「絶対的な前提であり、揺るがない結論」が存在し、神がかり的な屁理屈で、目の前の観察事実を結論へと強引に結び付けます。なので、間違いようがないのです。信奉者の中では。

では進化生物学はどうかと言いますと、こちらは科学ですので、膨大な観察事実に基づきます。同じ観察事実を前にしても、こちらは、観察結果に基づいた推論をし、結果でてきたものを事実として扱います。そして、創造論との明確な違いは、進化生物学には間違いがありうる、という点です。どういうことかと言いますと、進化生物学は事実をもとに推論を重ねるわけですから、その推論を否定する事実が現れた場合、その推論が間違っている可能性が出てくる、ということです。

そして、膨大な観察事実に基づいた進化生物学の根底部分は、もはやゆるぎない事実として存在します。誰かが言うような、「無神論者の信仰背景に基づく考え」なんかではないってことですね。実際に、進化生物学を専門とするキリスト教徒もいらっしゃいますしね。

創造論は正しい、というよりは、間違いようがない、というべきかもしれません。

この世界の生命は空飛ぶスパゲッティモンスターが作ったんです。

というのは置いといて、

創造論は、ある意味では正しいのです。ただし、信奉者の中においてのみの正しさですが。そもそもとして、創造論と進化生物学では、根拠の置き所が違います。

前者はその信奉者の絶対的な宗教的背景に基づきます。つまり、彼、彼女らのなかでは、「神(あるいはデザイナー)が生命を創造した」という、「絶対的な前提であり、揺るがない結論」が存在し、神がかり的な屁理屈で、目の前の観察事実を結論へと強引に結び付け...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
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Q洞窟の壁画とかはどうして描いたのでしょうか?

タイトル通りなのですが古代人というか原始時代というかそのくらい昔に
洞窟に壁画が描かれていますよね。
どうして壁画を描いたのでしょうか?
調べたのですがわからなかったもので。
どなたかわかる方いましたら教えて下さい。
ふっと疑問に思っただけなんですけどね。

Aベストアンサー

 
まず、尋ねておられるのは、ラスコーなどの数万年前に描かれた洞窟壁画の「描かれた目的」だと考えます。

中国の墳墓やエジプトのピラミッドのなかや王家の谷の王墓の壁画や、あるいは中南米のマヤやアステカにも、壁画があるとか、北アフリカの現在は砂漠となってる場所に、数千年以上前の岩石絵があるなどは、目的の点で、分かっているものもあり、色々違った目的の場合もありえるので、一括で論じるのはどうかと思います。

ラスコーなどの壁画は、クロマニヨン人が描いたものと考えられます。「目的」は何かは、彼らは当然、無言語文化で、記録などもないので、現在から、絵を眺めて、推測するしかありません。その場合、「現代人の心理」では、了解できない目的なども当然考えられます。

基本的に、これらの洞窟絵画は、洞窟の奥深いところに描かれていて、彩色が非常に鮮明で、かつ絵が写実的で躍動性があり、更に、モチーフとして、野牛を初めとして、狩りの獲物になるような動物が「多数」描かれているというのが特徴です。

「狩りの成功」を祈り、「絵に描いた動物が手に入るように、呪術的行為」として、狩りの獲物の絵を描いたのだという説が、有力な説として古くからあります。この場合、いまでいう「宗教的目的」で描いたのだということになります。

記憶ですが、描かれているものには色々なものがあるが、そのなかに、鹿の皮をかぶった、明らかに人間と思える像の絵も描かれていたはずです。(違っていたかも知れません)。

こういう絵があった場合、これは、何かの儀式を行っているときの絵だとも、儀式の目的のために描いたのだと言えます。では、その儀式の「目的」はということになります。

クロマニヨン人だと、狩猟生活をしていたと考えられますが、しかし、食料は、植物性のものもあったはずです。魚もあったと思えますが、そういうものは描かれていないようです。少なくとも、主なるモチーフ絵としてはないようです。

そうすると、単に、狩りの獲物の大量を願うというより、牛や鹿や、その他の動物の持つ「力・生命力」に何かの意味で敬意を表し、それらの偉大な動物の「力」などが、部族や住民に助力することを願って描いたという可能性が高くなります。

絵に生き生きと描いた野牛などの「肉」が欲しいのか、「その象徴的生命力」が欲しいのか、いずれにせよ、「欲しいもの」を絵や像などで表して、象徴的呪術的に手に入れ、これが、現実的な肉や生命力の入手につながるという考えが呪術では一般です。

「ヴィーナス像」という、女性の特徴を誇張した像や、妊娠している女性の像が、やはり、クロマニヨン人が作ったと考えられる時代で出土します。これらも、子孫繁栄と「豊穣」を呪術的に操作しようとしたとも言えます。

洞窟の奥深く、人が入って来られないような場所に描いていること、また、現在でこそ、電気の照明で、全体の絵がはっきり見えるのですが、昔は、そんな明るい照明は持ち込めず、煤や二酸化炭素で窒息してくるはずなので、ごくごく弱い光でしか絵は見ていなかったことなどを考えると、これは、「見るための絵」ではないということになります。

隠された場所、または神聖な、いわば「神殿最奥の至聖所」に描かれた絵だとも言えます。先に述べたように、食料の植物や魚や貝などは出てこないところからすると、「狩猟の成功」を呪術で操作しようという目的と、力があり、生命力に満ちる野牛などの「生命力・力」を、部族などのために確保しようという目的だと思えます。

この場合、「人間の立場」は、一方的に狩りをする「万物の霊長」ではなく、野牛などの方が、高次存在で、野牛を、神などのように崇めていて、その力の分与を願ったのが目的かも知れません。動物が、力強い、生き生きした写実的表現で、躍動感に満ちて描かれているのは、まさに、そのような「力・生命力」を崇拝し、助力を願ったためだと思えます。

部族の秘密の儀式=呪術である訳で、「日常と聖」という二分では、「聖」であり、多様な意味で、「守護の神」の絵として、洞窟の深奥に描いて、近づけないようにしていたのだとも思えます。「力・生命力の分与・幸運の分与・神である野牛等自身が肉や毛皮を分けてくれること」への祈願と、呪術的操作のために描いたのが、目的でしょう。
 
クロマニヨン人の心理など分からないので、「自信なし」にします。
 

 
まず、尋ねておられるのは、ラスコーなどの数万年前に描かれた洞窟壁画の「描かれた目的」だと考えます。

中国の墳墓やエジプトのピラミッドのなかや王家の谷の王墓の壁画や、あるいは中南米のマヤやアステカにも、壁画があるとか、北アフリカの現在は砂漠となってる場所に、数千年以上前の岩石絵があるなどは、目的の点で、分かっているものもあり、色々違った目的の場合もありえるので、一括で論じるのはどうかと思います。

ラスコーなどの壁画は、クロマニヨン人が描いたものと考えられます。「目的...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Qニーチェのいう超人とは一体どのようなものですか?

連続投稿ですみませんm(_ _;)m
哲学でニーチェ先生を勉強しているんですが、難しくてさっぱりです…;

極論ですが永劫回帰とは、ようは地獄(現実)が繰り返される事を意味するんですよね?;
それを受け止め(運命として)精神的に乗り越える人のことを「超人」と呼ぶ、でいいんでしょうか?;
運命を変える人の事を「超人」というわけではないのですね;

なんだか納得できるような納得できないような…;
あと、個人的に「虚無」についても勉強してるんですが、これに打ち勝てるようなものは存在しないのでしょうか?(この質問は任意で結構です;)
もし、何か御存知でしたら教えて頂けないでしょうか?
勉強し始めたばかりで、誰が何が良いかも分かりません(><;)
本も難しいのが多くてどれがよいやら…;

Aベストアンサー

ANo.1 ANo.2です。

◎「そもそも何故、『人間の人生も無意味な無限の繰り返しをしている』となるんでしょうか…;」について

 あらゆるものが救済も保障もされないで、同一の形で回帰するというのは、究極のニヒリズムの形式をいったもので、それは根拠に基づいた真理ではありません。ニーチェの独創的なインスピレーションによって考え出されたものです。しかし、もしそうした究極のニヒリズムの状況に立たされたなら、一般人は運命に流され、主体性を放棄し、ニヒリズムにからめ取られてしまうでしょう。しかし「超人」は、永劫回帰のニヒリズムに対してさえ、「これが人生だったのか、よし、さらばもう一度!」と自己の生を肯定して、より強く生きていこうとする人なのです。またさらに言うなら、「超人」とは、自らが自分の運命をつくり出していく意志を持った人ともいえます。

◎「きみたちが、きみたちの父祖の子孫であることを、きみたちは、きみたちの子孫たちによって償うべきだとは、『過去に囚われるな、未来を見よ』という事なのでしょうか?」について

 この文章の私流の解釈は、「自らの過酷な『運命』や悔恨の『過去』(ある意味では運命とも言える「過去」)を、きみたちは、積極的に『未来』に働きかけることによって、その意味をプラスにすべきなのだ」といった具合です。つまり、肯定的な「未来」を創造することによって、過酷な「運命」や「過去」は自分にとって大切な存在になるのです。ところが、それに「囚われ」ているということは、「運命」や「過去」を呪っている結果であり、「超人」の創造的な生き方ではないのです。

◎「運命(過去?)を愛せよ、という割には「償う」という表現を使うのは矛盾しているような…」について

 自分の「運命」を呪い、現にあるものと違ったものであればよかったのにという考え方は、能力や財力のある者・健康な者に対するねたみや恨みが隠されており、それは弱者の考え方なのです。「超人」は、あらゆる「運命」と向き合い、それを必然なものとして受け入れ愛する人間なのです。なぜならば、その過酷な「運命」が自己を高め、より強大にしてくれる起爆剤を内包していることを、「超人」は知っているからなのです。そして、その過酷な「運命」を、自分にとってプラスの意味あるものにすることが「償う」ということであり、またそれは、過酷な「運命」から逃げず、それと向き合い、それを必然なものとして愛する「超人」にこそ可能なのです。なお最後に、またニーチェの言葉を紹介して締めくくります。 

「いまだに決して歩み行かれたことのない千の小道がある。生の千の健康があり、生の千の隠れた島々がある。人間と人間の大地とは、依然として汲みつくされておらず、また発見されていない」
  

ANo.1 ANo.2です。

◎「そもそも何故、『人間の人生も無意味な無限の繰り返しをしている』となるんでしょうか…;」について

 あらゆるものが救済も保障もされないで、同一の形で回帰するというのは、究極のニヒリズムの形式をいったもので、それは根拠に基づいた真理ではありません。ニーチェの独創的なインスピレーションによって考え出されたものです。しかし、もしそうした究極のニヒリズムの状況に立たされたなら、一般人は運命に流され、主体性を放棄し、ニヒリズムにからめ取られてしまうでしょう。...続きを読む

Q進化論はなぜ「正しい」のか

現在でも進化論を否定してる人はいて、そういう人に対して我々は無知蒙昧であるように思ったり、
狂信的であるみたいに思ってしまっていますが、実際のところその我々にしても進化論を自明のものとして受け入れてるだけで、
どういう意味で進化論が「正しい」のかちゃんと理解してる人は少ないのではないでしょうか?
まあ「正しい」という言葉を安易に使うべきではないので、「進化論は他のアイデアに比べて様々な事をより矛盾なく説明できる」といえばいいでしょうか?
ではそういう意味で言って進化論は何に関してどの程度すぐれた説明をできるアイデアなのでしょうか?
また逆に他のアイデアでは説明できない、もしくは矛盾をはらむ事象は何なのでしょうか?

Aベストアンサー

 進化の定義は「遺伝的な変異によって形質などが変化すること」ですから、"子孫の繁栄に結びつくこと"ということは定義には含まれていません。それどころか進化論に関する(まともな)本を読めば、どの本にも"進化論の誤解されやすい点"として「進化は"進歩"を意味しない」と書かれています。
 中立進化論以来、形質に影響を与えない遺伝的変異も分子学的に「進化」として捉えられるようになっています。

 ウイルスの例だと、日本で分離されたウイルスとアメリカで分離されたウイルス、それにヨーロッパで分離されたウイルスの同じ遺伝子領域の塩基配列の変異を調べることによって、「アメリカで流行したウイルスが日本に侵入したが、ヨーロッパのウイルスは日本からではなくアメリカから渡った」というような疫学的な情報を得ることができます。
 こういうのを「進化系統樹」と言います。この時、それぞれの変異はウイルスの増殖性や感染性とは必ずしも関係ありません。それどころか非翻訳領域(機能していない領域)はしばしば好んで解析部位に選ばれます。自然淘汰の影響を受けていないので得られる情報が多いわけです。

 ヒトのミトコンドリアDNAの解析によって「全世界の人類は10万年前にアフリカにいた1人の女性の子孫である」という話は聞いたことがあると思いますが、これもそれぞれの変異は生存性とは無関係です。

 また、色覚の進化の歴史を辿ると、脊椎動物の祖先は4色視だったと考えられています。魚類や爬虫類、鳥類は4種類の色覚受容体を持っていますから。
 ところが哺乳類の多くは2つの色覚遺伝子しか持っていません。つまり2色視です。残り2つの色覚遺伝子は変異により失われているわけです。これは初期の哺乳類は夜行性だったため、色覚の重要性が低かったためと考えられています。
 それが霊長類では遺伝子重複により1つ色覚遺伝子が増え、3色視ができるようになっています。

 この色覚遺伝子の変異の歴史の中で、色覚遺伝子が増えることについては生存上有利に働いた"進歩"と言えるでしょうが、哺乳類が色覚遺伝子を2つ失ったことについては"進歩"ではないでしょう。このことによって何ら有利にはなっていないからです。「ほとんど使わない遺伝子がいつの間にかなくなっていただけ」という状況ですから。
 このような例はビタミンCの合成能とか乳糖の分解能など、いくらでも挙げることができます。
 つまり、子孫繁栄のためには無関係な進化、あるいは不利になる進化も、実例がいくらでもある、ということです。

 というわけで、"進歩"でなければ進化ではない、というのは非常に初歩的な生物学上の誤解です。

 ダーウィンが進化論を提出した時代は「遺伝」というものの正体すら判っていなかった時代ですから(遺伝子の存在もヒトは知らなかった)、現代でもそのままの形で信じられているわけではありません。
 グールドの断続並行説、木村の中立進化論などがダーウィニズムに反旗を翻すように世に出ては(特に断続並行説はグールドがわざわざそのような自己宣伝をした感がある)、最終的にはダーウィニズムを補強or補足する形で収まっていて、現代のダーウィニズムは非常に強固なものになっています。まだ今後も修正、補強、補足は際限なくされ続けるでしょうけども。

 ダーウィニズムを否定する人々を私達が無知蒙昧であるように思ってしまうのは、それらの人々がダーウィニズムをまともに理解しておらず、ダーウィン(ダーウィニズム論者)が言ってもいないことに対して「ここに現代進化論の限界がある」などというツッコミを入れ、それを説明しようとして荒唐無稽な論理展開を行うからです。これを書いている私は"ウイルス進化論"のことを指すつもりで書いていますが、他にも重力進化論など荒唐無稽な論はたくさんありますね。
 ウイルス進化論などは大学の学者が提唱している説("学説"としては認知されていませんが)なのですが、学者で専門家を名乗る人の中にもダーウィニズムや分子生物学がまともに理解できていない人はけっこう多く存在する、ということでしょう。

 創造説やインテリジェント・デザイン説は"動機"がまた別なのでここでは触れません。まあ宗教に言及してしまうとロクなことがありませんし。

 進化論の骨子は
1.地球上の全ての生物は極めて少数の種(現在ではただ1つと考えられています)から進化、分化を繰り返して現在の多様性を産み出した」
ということと、
2.現在の姿は"その場さえ良ければいい行き当たりばったり"の小さなマイナーチェンジを無数に繰り返した結果である」ということの2点です。

 1の方は遺伝学から強力に支持されていますし、2の方も比較解剖学や発生学にいくつも強力な証拠を見つけることができます。

 勉強すると進化論はとても面白いので、とりあえず入門的な本を何冊か読んでみることをお薦めします。
 もちろんダーウィンの「種の起源」も必ず一度は読むべき本なのですが、最初の本としては取っつきが悪いでしょう。
 最初に読む本としてはリチャード・ドーキンスの「盲目の時計職人」がベストだと思います。早川書房から出ています。

 あとは興味の向くままでけっこうですが、
・「利己的な遺伝子」リチャード・ドーキンス(紀伊國屋書店)
・「人類の足跡10万年全史」スティーブン・オッペンハイマー(草子社)
・「生命40億年全史」リチャード・フォーティー(草思社)
・「ゲノムが語る23の物語」マット・リドレー(紀伊國屋書店)
 あたりが読み物としても圧倒的に面白く、お薦めです。「利己的な遺伝子」以外は"進化論"の本ではありませんが、ダーウィニズムを理解していると内容がよく理解できて興味が増します。

 進化の定義は「遺伝的な変異によって形質などが変化すること」ですから、"子孫の繁栄に結びつくこと"ということは定義には含まれていません。それどころか進化論に関する(まともな)本を読めば、どの本にも"進化論の誤解されやすい点"として「進化は"進歩"を意味しない」と書かれています。
 中立進化論以来、形質に影響を与えない遺伝的変異も分子学的に「進化」として捉えられるようになっています。

 ウイルスの例だと、日本で分離されたウイルスとアメリカで分離されたウイルス、それにヨーロッパで分...続きを読む

Qどうしても使い方がわからない・・・such as とlike

こちらのサイトでも調べてのですが、どうしてもわかりませんでした。 ~のような というときのsuch asと likeの使い分けです。例を用いてなるべく簡単にわかりやすく説明してくださる方いらっしゃいませんか?すみませんが教えてください。

Aベストアンサー

such as ~ のほうは「例えば ~ などのようなもの」という例を挙げるもので、

like ~ のほうは「~ に似ているもの」という類似性を示すもの、

という印象の違いがあると思います。

日本語で「~のようなもの」という言葉には、例を挙げている場合と、形や様子が似ているものを挙げている場合があいまいに混じっているので、和英のときに一緒にまとめられてしまうのですね。

Qアメリカは日本になぜ原爆を落としたのでしょうか

先日、テレビで広島に落とした原爆と長崎に落とした原爆では、種類が違うということを聞きました。
私はなぜ違うのだろうと疑問を感じました。

早く戦争を終わらせるためという理由だけでしたら、同じ種類の原爆でいいんじゃないかなと思ったのです。
アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

B:警告無しの使用の決定
トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。
(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)


この質問は過去にも何度か出ており、警告については、連合軍は爆撃前にビラをまいて避難を呼びかけていたという意見がありますが、それには【広島】と【小倉】は入っていません。(画像参照)

実は、小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。
長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。
(アメリカはこの事を隠していますが)


アメリカの原爆の使用について、日本が降伏をしなかったからだという意見もありますが、それは間違いです。

当時の日本は条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。
しかし、アメリカは曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇制の維持等が保証されていない)を出すことで、日本が降伏できないようにして、原爆を使用する準備をしました。
(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、トルーマンはこの部分を変更しています。)

ただ、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えることとなり、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)

日本は↑のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はでいませんでした。
更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。
そのような内戦になった場合、中ソが介入して朝鮮やドイツのような分断国家になり、冷戦の最前線になってしまう事も考えられます。

以上から、敗戦後の外交や政治まで考えれば、安易に降伏できる状態ではありませんでした。
そもそも、原爆の使用自体が、民間人の虐殺という国際法違反であり、日本が降伏しないことを理由に正当化するのは間違いです。


原爆の使用について、東京裁判で糾弾されていたという意見もありますが、それは誤りです。
原爆については、日本の弁護についたアメリカ人(ブレイクニー氏)が語っていますが、その目的は↓を指摘することで「裁判自体の無効」を訴えるもので「原爆の使用そのもの」を糾弾するものではありません。

【戦争は国家の行為であり、戦争指導者であっても個人に責任は発生しない。
なので、日本の戦争指導者が個人として責任を追及されているのは間違っている。
日本人が「個人」として裁かれるなら、原爆の使用を決定した者も裁かれるべきである。】

それに、彼の意見は、↓の動画では、裁判所の意向に拠って却下されています。

【A級戦犯は冤罪】(動画:東京裁判の映像)
http://www.youtube.com/watch?v=sDTJVZheUwo


この類の質問ではよく言われることですが、戦争は政治であり、外交の一手段です。
である以上、国家間の約束や契約である条約は守る必要があります。
戦争では【国際法】がそれにあたります。
そして、【法】である以上、一国の【都合】や【政治的判断】とやらで解釈や判決が変えられるべきではありません。
勝てば何をしても不問になるなら、国際法は無意味になります。


ご質問の主旨とは外れますが、
対立する意見の者を「ネトウヨ」と呼んで、「歴史の一部」だけを取り出して、「事実」を歪曲したり、印象操作、誤解、させるのは愚の骨頂である。ということを書き加えさせて頂きます。



>だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

質問者様は、WW2が人種差別との戦争であると言われている事をご存じないのでしょうか。
またアメリカ国内の人種差別を知らないのでしょうか。

アメリカには1964年までジム・クロウ法という、黒人は白人と同じ公共施設を使用できないという内容の法律がありました。
こんな法律があるくらいなので、民間でもそれぞれ専用の店があり、トイレも分離されていました。

徴兵されたアメリカの黒人兵は、
【何故我々が、白人と戦っている日本人と戦争をしなければならないんだ】
と言っています。
(アメリカ軍内では、戦闘では黒人がまず先に出され、枢軸軍に応戦させて位置を調べてから、砲撃をしています。)

黒人だけでなく、日系人(アメリカ国籍)も差別の対象でした。

【第442連隊戦闘団(アメリカ日系人部隊)】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC442%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E5%9B%A3
(アメリカ政府は、アメリカ国内の日系人社会の動向を、黄色人種に対する人種差別的感情を背景に(実際に同じく敵国であったドイツ系やイタリア系アメリカ人については、大がかりな強制収容は行われなかった)不安視していたことなどから、1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。)

同じアメリカ人同士ですらこの有様なので、日本人への扱いは更に酷いものでした。

【大東亜戦争における米軍の残虐行為】(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=g6MmpEuGipQ

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為...続きを読む


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