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(1) 仮説ですが、もし、「尻尾」が退化せず現代人も「尻尾」を有していたとしたら、これまでの人類の歴史はどの様なものに変わっていたでしょうか。
 「尻尾」が残っていたら、人間の生活習慣、文化文明にそれなりの影響があったであろうことは想像できますが、人類としての大きな社会生活や政治史等にどの様な影響を与えたでしょうか。
(2) 二本足歩行も覚束無いオランウータン、チンパンジー、ゴリラ、ボノボ等には目立つ「尻尾」は無いようですが、通常、二本足歩行(跳躍)のティラノサウルスやカンガルー等には巨大な尻尾が残っています。また、二本足歩行の鳥類も「尾羽」を残しています。 二本足歩行と「尻尾の退化」に相関関係はないのでしょうか。とすると、知能が発達した人類も「直立」でなかった場合には「尻尾」が残る可能性もあったと言えるのでしょうか。
(3) 「尻尾」を有した人類は科学的にあり得ないとする理論があれば、それもご紹介下さい。
宜しくお願いします。 

A 回答 (3件)

面白いですねぇ


ちょっと考えてしまいました

1)当然ですが、ファッション・服飾文化は大きく様変わりしていたことでしょう
しっぽ自体がどのような機能を持っているのかにもよりますね
よく動き、モノを掴んだり、感情表現にも使われるとなれば、スカートやズボンの中に隠しておく、と言うのはないでしょう
しっぽが動かせるデザインの服装になる、でもお尻から生えてるわけだから、根元丸出しという訳には行かない・・・
なかなか面白い服飾文化が花開きそうです
それと、言語関係かな? しっぽに関する諺とか言い回し、比喩表現があってしかるべきだし、場合によっては差別的用語も生まれていた事でしょうね
椅子も問題、学校の椅子や丸椅子みたいに後ろにしっぽをたらせる構造ならいいけれど、背もたれのあるベンチシートがNGとなるわけで、自動車や電車、飛行機など多くの交通機関で、デザインがまるで異なってくる
文化面以外、つまり政治経済的な大きな社会構造の経緯変遷においてしっぽの有無・・・
宗教的な部分はかなりニュアンスが変わってきそうですが、それ以外はあまり大きな影響はなさそうです

2)生物的な分類上は尻尾のない猿(=類人猿(エイプ))に人類も含まれます
進化の道筋の中で尻尾を退化させたグループですね
その中で、「直立二足歩行」を獲得し、両手を自由に使えることによって、脳神経系を発達させることができたのが人類です
人間の知能の発達にとっては、直立二足歩行と両手の自由化が必須条件でした・・・
端的に言って、尾の有無と二足歩行に直接の因果関係は無いように思います
しっぽを残したま直立二足歩行を獲得していても不思議ではないでしょう

ちなみに、
カンガルーやワラビーは一見2足歩行ですが、よく観察すれば尻尾を含めた3足歩行です
ティラノサウルス・レックスなどの獣脚類の恐竜については、2足歩行ではあるものの直立ではありません
鳥類は2足だけど本来的な移動手段は歩行ではありません

3)これはたまたま進化の過程で尻尾を失ったという話で「尻尾を残したま」という仮定が不可能なわけではありません
ただしその場合、チンパンジーやオランウータンなどの「類人猿」全般が尻尾を残していないとおかしい事になります


人間に長い尻尾があり自由自在に動かせたりすれば、触手として機能する3本目の腕が、後ろに向かって生えてるようなものです
その尻尾の分の空間把握が加わるわけで・・・空間認識・知覚が、かなり異質になっていると思う
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この回答へのお礼

 早速のご回答を有り難うございました。
 (1)については、当然、御説のように服飾や生活用品を中心に尻尾関連の一大産業分野が発達してるでしょうね。家庭や社会生活における機能分野のデザインが大きく変わるであろうことも理解できます。また、人間の尻尾そのものは、多分、細くて長く毛は短い貧相なサル系のものになるだろうと思うので、秋田犬やリス系のフサフサ尻尾に憧れた染め付け毛が流行るかも知れませんね。ズボンやスカートから、いかに尻尾を出すか出さないか、また、冬季は尻尾用のコートも羽織るとなると大変です。細かく想像を巡らせてみると結構面白いですね。社会制度や宗教等の精神面でも影響が出そうですね。 しかし、人間にこれから尻尾が生えてくる可能性はまず無いので、こうした想像や議論は正に時間の無駄との意見が出てくるかもしれません。

 そこで、今回の質問に関する私の真意は別のところにありました。実は、「尻尾のない人間」が驕り高ぶって作り上げてきたこの人為的な弱肉強食や市場主義の経済体制や精神文化や社会権力構造が余りに酷いので、逆に、人間に「尻尾が有れば」もっと謙虚になって理想的な優しい世の中の実現が出来たのではないか、というところにあります。
 実際には、一般的に「尻尾のある」動物たちの間では今でも本物の弱肉強食や本能任せの実力主義が罷り通っており、「尻尾の無い」人間社会では曲がりなりにも知性の発達や倫理観や公平公正が実現されてきたように思いたいのですが、せいぜい知能の高いチンパンジー程度の社会しか作れてないような気がします。
 しかし、とにかく人間に尻尾が有ったとしても、それに合わせた生活をしていくだけで、人間精神の基本のところで大きな変化をもたらすことはないようですね。

 (2)については、結局、尾は体形上の歩行(走行)バランスを取り易くするためだけのモノと言うことでしょうか。だから、地面に平行な体形をもつ動物ほど尾が発達しているのでしょうか。
 しかし、尾を残したままの「直立二足歩行」の獲得はありえる、とのことなので、私としては、今回の仮説は意味があったと思っています。是非、人間に尾を生やさせたいです。

 (3)については、胎児の成長過程を映像などで見ると、明らかに尾のようなモノが「退化」してから生まれてきているので、進化論的には、尻尾のある人類は原則的にあり得ないと言えるのでしょうか。
 しかし、「尻尾を残したまま」生まれるという仮定が不可能ではないとのこと、また、(2)で、「尾の有無と二足歩行に因果関係はない」とのこと、つまり、尾有りの類人猿(人類)が存在する可能性は十分にあったのに、類人猿の尾がこれほど簡単に退化してしまった理由はどこにあるのでしょうか。

 疑問は尽きませんが、とにかく色々と詳しくお教え下さり有り難うございました。

お礼日時:2012/11/15 01:15

座る、あるいは腰かけるという生態が発達しにくかったのではないかと思います。

座るということは手による作業を長時間行うことに重要な意味を持っていたのではないかと思いました。間接的には二足歩行も発達しにくかったかもしれません。
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この回答へのお礼

早速の御回答を有り難うございました。
人類は、直立することで頭脳を肥大化させて脳の処理能力を高め、手指を使うことで思考回路や思考力を高めてきたと言われていますよね。そこで、確かに、座る腰掛けるという行為は、手を使う作業を容易にするので人類の頭脳の訓練に重要な役割を果たしたといえるかも知れませんね。
しかし、その、座る腰掛けるという行為に「尻尾」が決定的に邪魔だったかどうかには、少し疑問が残ります。何故なら、犬猫も座りますし、ソファーでもない限り尻尾をイスの後ろに出せば尻尾が邪魔にならずに腰掛けることもできます。また、座る習慣が長く続けば進化論的に少し背中側に尻尾の位置が移動して腰掛ける邪魔にならなくなることは可能だと思うからです。
いずれにしても、尻尾の有無は、直立二足歩行時のバランス的なものと関係がありそうですね。

お礼日時:2012/11/14 03:16

(1)尻尾があったら仰向けで寝る文化が無かったと思うw



(2)なんか勘違いしてるようだけど、直立歩行が知能(脳の肥大化)の要因のひとつ
  恐竜の様な二足歩行スタイルは頭脳を肥大化できない

(3)非常に低い確率ですが、人類にはたまに先祖がえりで、
  こぶ状の尻尾をもっている珍しい例が報告されています。
  胎児の成長過程も見ても、進化の段階で尻尾を持持っていたのは科学的に確定です。
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この回答へのお礼

早速の御回答を有り難うございました。
御回答の(1)について、勿論、人間のような「文化」とは言えませんが、犬や猫でも結構仰向けに寝ているモノがいるように思います(過保護に世話をされて警戒本能が薄れた犬猫に多いように思います)。つまり、尻尾は「仰向け寝」の決定的な障害ではないように思いますがどうでしょうか。ただ、犬猫等の動物は一般的に前後脚を縦には広げやすくても、横には広げにくい骨格構造が、仰向け寝を困難にしているように思います。
(2)は、確かにそうですね。恐竜やカンガルーの二本足姿勢は、上半身と尻尾でバランスを取っているようであり、頭脳だけの肥大化は無理ですね。ティラノサウルスなどは、口蓋が大きいのであって脳は大きくなさそうですね。
(3)は、テレビの特番か何かで、10cm程の「尻尾」(こぶ)を持った人間を映していたのを観たことがあります。胎児の成長過程の例でも、確かに「尻尾」が退化してから生まれてきているので、進化の段階として「尻尾」有りで生まれてくる「人類」は(原則的に)あり得ませんね。
色々と有り難うございました。

お礼日時:2012/11/14 02:23

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