よろしくお願いいたします。平家ゆかりの神社は、広島の厳島神社が有名ですが、関東近郊にも、平家に縁の深い神社仏閣がありましたら、ぜひ教えてください。

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A 回答 (4件)

御霊神社ですかね


平家専用ですw
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この回答へのお礼

ありがとうございます。早速お参りに行ってまいります。

お礼日時:2011/04/26 02:33
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この回答へのお礼

詳しく教えてくださり、ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/26 02:32

平将門はあんまり平家ってイメージはないのですが、やっぱり関東だと将門様なんですよね。


そういう関係が多いです。
http://www3.ocn.ne.jp/~thirao/naonokosu1.htm
http://www3.ocn.ne.jp/~thirao/sonota1.htm


平家落人伝説では栃木の湯西川温泉くらいでしょうか。
http://4travel.jp/domestic/area/kanto/tochigi/ki …
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この回答へのお礼

詳しく教えてくださり、ありがとうございます。

お礼日時:2011/04/26 02:34

神田明神とかが コテコテかも


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0% …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。助かりました。

お礼日時:2011/04/26 02:36

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Q平家の縁結び神社(寺)教えてください

我が家(無宗教)は毎年成田山に参拝していますが、最近家族があるものを成田山に奉納する時、成田山の方に「お宅の名字は平家の名字だけどこちらに来て大丈夫ですか?うちは源氏なんです。」と言われました。家族は誰もうちが平家なんて知らず驚きました。
関係ないだろうと思いますが、うちは何十年も成田山に参拝していますが、両親は数年前に離婚、姉がいますが、姉も離婚しました。

私はいい年なのですが最近急にご縁がなくなり、いいご縁を求め縁結びの神社に参拝したいと思っています。そこで、平家をまつった神社(寺)で縁結びのご利益があるところをどなたか知っていたら教えていただきたいのです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

#1です。
それほど喜んで頂けるとはこちらこそ感激です。そのように言って頂けると及ばずながら回答した甲斐があるというものです。
「お寺」についてはあまり触れていませんでしたが、そもそも神社に比べるとお寺に「縁結び」のご利益があるところは決して多くないのです。
何故かというと「仏教」というのはそもそもこの世の中に終わりなく幾度も生まれてきてしまう(「輪廻転生」というやつですね)苦しみから逃れること(「解脱」とか「悟り」とかいうものです)を目的とするものであるからです。
なので本来「現世利益」的なものとは縁遠いという訳なのですが、お坊さんはそれで良くても庶民はやはりいつの時代も「現世利益」を求めてしまうものですよね。
そういうこともあって仏教も間口が広がっていった(?)ようなところはあるのですが、江戸時代以前は「神仏習合」といって仏様達と日本の神様達は本来同じものであるといったような信仰があったもので、お寺も神社も明確な区別がなく「現世利益」はどちらかというと神社の担当のままということで構いませんでした。
そんなこともあって「縁結び」のようなこともどちらかというとやはり(両者の区別が明確になっている)今でも神社が担っている割合が多いのです。
そうは言っても皆無な訳ではなく、仏様の中には「愛染明王」のようにその手のことを引き受けてくれるものもあります。
そのほかにも「大聖歓喜天(聖天)」という象頭の仏様などもあって、これは秘仏だったりするので中々実物を見ることは出来ないのですが、雌雄(?)が抱き合っているような独特なものもありまして、そのような姿からも「縁結び」や「夫婦和合」にご利益ありとされています。
それから調布市にある「深大寺」のように、仏様自身とは関係なくお寺にそのような「いわれ」があって「縁結び」のご利益があるとされているところもありますが、いずれにしても数はそれほど多くありません。
各地に色々な「落ち武者伝説」があるように、勢いを失った平家の者達は散り散りに落ち延びたようなことも伝わっており、それぞれにその菩提を弔うようなお寺があったりはするかもしれませんが、当然のようにあまり「縁結び」のご利益があるとは考え難いです。
それにその多くは西日本でしょう。
質問者さんがどこにお住まいなのかはわかりませんが、「成田山に代えて」ということなので、関東近郊のほうでのほうが都合がよいのではと勝手に考え(的外れでしたらすみません)、諸々の事情も併せて「将門公所縁の神社」などが良いのではないかと思った次第です。
(煩雑にならないよう、説明はかなり大雑把なものになっています。ご容赦下さい)

「縁結び」が主眼にお考えでしたら、こちらなども何かしら参考になるかもしれません↓
http://enmusubida.com/index.html

度々のお邪魔失礼致しました。

#1です。
それほど喜んで頂けるとはこちらこそ感激です。そのように言って頂けると及ばずながら回答した甲斐があるというものです。
「お寺」についてはあまり触れていませんでしたが、そもそも神社に比べるとお寺に「縁結び」のご利益があるところは決して多くないのです。
何故かというと「仏教」というのはそもそもこの世の中に終わりなく幾度も生まれてきてしまう(「輪廻転生」というやつですね)苦しみから逃れること(「解脱」とか「悟り」とかいうものです)を目的とするものであるからです。
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Q東京にある源氏ゆかりの地?

東京に源氏ゆかりの地ってあるでしょうか?もしくは源氏を祭ってある神社とか・・・。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

  こんばんは。

 世田谷区の弦巻稲荷は、源義家はここに太刀を奉げて勧請したのが始まりとあります。

江戸歴史散歩
http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/kami/kami.html


 中野区の氷川神社は、源頼信が勧請して祠を建てたと伝わっています。

中野区の名所旧跡
http://www.gm2000.co.jp/tiiki/meishou.html


 源頼朝が戦勝祈願をした世田谷区の駒繋神社もあります。ここは私も行きました^^

世田谷・めぐろドットコム
http://www.setagayameguro.com/townvoice/kodou/kodou.htm


 都内の源氏ゆかりの地のサイトを貼っておきます。ちなみに私も祖先は清和源氏の系統を受け継いでいるらしいです(^^;
 参考までにどうぞ↓

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/kami/kami.html,http://www.gm2000.co.jp/tiiki/meishou.html,http://www.setagayamegur

  こんばんは。

 世田谷区の弦巻稲荷は、源義家はここに太刀を奉げて勧請したのが始まりとあります。

江戸歴史散歩
http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-enmt/kami/kami.html


 中野区の氷川神社は、源頼信が勧請して祠を建てたと伝わっています。

中野区の名所旧跡
http://www.gm2000.co.jp/tiiki/meishou.html


 源頼朝が戦勝祈願をした世田谷区の駒繋神社もあります。ここは私も行きました^^

世田谷・めぐろドットコム
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Q織田信長は平氏?源氏?藤原氏?橘氏?忌部氏?

『尾張の織田家は元々は藤原氏、橘氏に連なるものであり、熱田神宮とも深いつながりがあったようです。
尾張の物流を司る津島神社の宮司家に連なる者であり、津島港を押さえていたため、尾張守護の斯波氏や尾張守護代の織田本家もうかつに手を出せない立場にあったようです。

尾張における海運の発祥は、日本武尊が東国遠征から帰ったあと婚姻すると約束した美夜受比売の兄、建稲種命。
この人が尾張水軍を率いてた人で、尾張氏。
藤原氏を中心とした物部連に連なる人です。
この美夜受比売がのちに日本武尊から預かった剣こそ、通称、「草薙の剣」と呼ばれる「天叢雲剣」です。
そして、その剣を収め、祀ったのが熱田神宮です。
今でも熱田神宮の奥には「天叢雲剣」が御神体としてあるらしい。
このように熱田神宮は常に、尾張の物流の根幹を握っていたようです。」

という内容を読み聞きしたのですが、本当に織田氏は藤原氏=熱田神宮に関係する家系なのでしょうか?
(信長が平氏を名乗ったのは知っています。)

Aベストアンサー

『織田系図』・『織田家譜』では平重盛の子資盛の遺児、親真を祖とし、初めは近江国津田荘に、そして越前国丹生郡織田荘の織田剣神社の神官へ養子となり織田氏を称したとあります。
 しかし、永正15年(1518)に守護代織田達勝が円福寺に出した禁制では「藤原達勝」とあり、信長も天文18年(1549)に出した禁札に「藤原信長」と署名しています。信長が平姓を名乗ったのはご承知の通り天下統一に向けて、源氏である足利家への抵抗からでしょう。そのため、平氏の落胤に結びつけた系図を作成したというのが妥当ですね。

 ですから織田氏は、藤原氏であり越前国丹生郡織田荘を本拠としていたというのが、通説となっています。ただ信長が途中から平と氏を変えたように、「織田は藤原氏だった」というよりも、「織田は藤原氏を名乗っていた」ぐらいに見るのが妥当ではないでしょうか。昔は地方ほど無姓の者は「藤原」を名乗って、ステータスとしていた時代もあったのですから。それが大量に藤原氏の流れを汲む一族が生まれる一因となります。

 また藤原だったから攻めなかったというのも、後世の後付の域を出ない内容でしょう。今目の前にいる肉親ですら平気に争っていた時代に、そんな大昔の氏族つながりがどれほど意味があったでしょう。

「氏神というものは複数存在するものなのでしょうか」
氏神が本来の“氏の祖神、祖先を祀った神社、あるいは神”という意味ではなく、郷土の産土神や有力神を氏族の守護神としたものという意味で使われているのであれば、複数存在してもおかしくはないでしょう。それ以前に藤原氏であれば氏神社は奈良の春日神社ですが、藤原といっても鎌足や不比等の流れを汲むものではなく、ステータスとして名乗っていた藤原であれば、そほど意識はしないでしょうね。

 尾張氏(おわりうじ)は天火明命を祖神とし、本宗家は天武天皇13年(684)に姓(かばね:氏とともに朝廷より賜る称号)を連(むらじ)からより高いの宿彌(すくね)に改められます。

 熱田神宮は当初、尾張氏が奉斎していましたが、12世紀初頭からは藤原南家の熱田大宮司流が大宮司を勤めます。

『国史大辞典』吉川弘文館
『日本史諸氏諸家系図大辞典』講談社

『織田系図』・『織田家譜』では平重盛の子資盛の遺児、親真を祖とし、初めは近江国津田荘に、そして越前国丹生郡織田荘の織田剣神社の神官へ養子となり織田氏を称したとあります。
 しかし、永正15年(1518)に守護代織田達勝が円福寺に出した禁制では「藤原達勝」とあり、信長も天文18年(1549)に出した禁札に「藤原信長」と署名しています。信長が平姓を名乗ったのはご承知の通り天下統一に向けて、源氏である足利家への抵抗からでしょう。そのため、平氏の落胤に結びつけた系図を作成したというのが妥当で...続きを読む

Q霊感の強い方よろしくお願いします。

霊感の強い方、力を貸していただけたら幸いです。
僕は23歳の男子大学院生なのですが、先日仲のよい女の子友達と久しぶりに会って以来、調子が優れません。
彼女は昨年自宅で療養していたそうで、幾度に及ぶリストカット、さらに家庭環境の悪化が原因のようです。さらに話を聞くと、かつて「厳島神社」に初詣に行って以来様子がおかしいようで、霊感の強い彼女はそれ以来「どの神社や寺へ行っても悪いことが起こる」「先日母に乳ガンが見つかった」「部屋では低い重低音のような音が聞こえる」など、特に最近では夢の中で神社に参拝したとしても命にかかわる事故に遭遇しているそうです。さらに神社へ友達と行って途中から記憶がないなど、不可解な現象が後を絶ちません。
周囲の友人の話からも、作り話ではなさそうです。

僕は母の霊感が鋭いこともあり、母の意見も参考に有名な寺でのお祓いを勧めました。

しかし本人はお寺を怖がり、また助言をした僕は(会った二日後から)原因不明の偏頭痛や熱に悩まされています。母にはもう関わらない方がいいと言われましたが、友人を見捨てることはできません。
これからどうすればよいのかもわかりません。

どなたか経験者の方、またこの分野に詳しい方、ご助言をよろしくお願いしますm(__)m

霊感の強い方、力を貸していただけたら幸いです。
僕は23歳の男子大学院生なのですが、先日仲のよい女の子友達と久しぶりに会って以来、調子が優れません。
彼女は昨年自宅で療養していたそうで、幾度に及ぶリストカット、さらに家庭環境の悪化が原因のようです。さらに話を聞くと、かつて「厳島神社」に初詣に行って以来様子がおかしいようで、霊感の強い彼女はそれ以来「どの神社や寺へ行っても悪いことが起こる」「先日母に乳ガンが見つかった」「部屋では低い重低音のような音が聞こえる」など、特に最近...続きを読む

Aベストアンサー

神社は神様の聖域と看做されがちですが、それだけではありません。人々の苦しみや恨みなどの念が渦巻いている霊域であり、そこには怨霊、悪霊なども集まってきます。(本殿・拝殿に狛犬や狐が配置され威嚇しているのもこのためです)また金儲けや兼業・掛持ちによる荒廃など宮司の体たらくのため、神霊がその不敬ぶりに愛想をつかして出て行きその後悪霊の巣になったところもあります。さらに憑依されて困ってる人がお参りに来て、より憑き易い人へ憑依するということも多々あるので霊感の強い人、霊媒体質の人には決して良いところではありません。
やはり彼女の場合、悪霊に憑依された重度の方とみてよいでしょう。
深刻な方は悪霊の意思が働いて御払い等を極度に嫌いますし、憑依した人の家に居ついて同居人にまでに害悪をもたらします。
あなたにまで悪影響が出ているのですから、お母様の言うとおり、霊的な力のないあなたは彼女には関わらない方がいいと私は思います。
しかるにあなたが見捨てることができないというのは、菩薩的な何かがあなたにはあるのか、働いているのか、してるのかも知れません。ふつう人は御霊が浄化され神霊に近きたいと願うので、負の波動の強い者を忌み嫌う傾向がありますから。ともに一生の不遇・不幸を背負う覚悟で対応されたらいいかと思います。

ここのGooの過去Q&Aにも悪霊を除霊するところが紹介されてましたし、彼女の産土/鎮守の神社では力がなくとも見捨てることはないかも知れません。
mixiでは霊能者、心霊相談的なコミュニティで無料相談があります。
あなた自身、基礎知識を深めるため、【霊媒体質】【悪霊 御払い 除霊】さらに騙す人間もいるので【自称霊能者】等で検索し、学習されることもお勧めします。

神社は神様の聖域と看做されがちですが、それだけではありません。人々の苦しみや恨みなどの念が渦巻いている霊域であり、そこには怨霊、悪霊なども集まってきます。(本殿・拝殿に狛犬や狐が配置され威嚇しているのもこのためです)また金儲けや兼業・掛持ちによる荒廃など宮司の体たらくのため、神霊がその不敬ぶりに愛想をつかして出て行きその後悪霊の巣になったところもあります。さらに憑依されて困ってる人がお参りに来て、より憑き易い人へ憑依するということも多々あるので霊感の強い人、霊媒体質の人に...続きを読む

Q源氏と平氏のおもしろい話を教えてください。

教科書に載ってないような源氏と平氏のおもしろい話があったら教えてください。
一応下関出身ですが、源氏と平氏の話をあまり知りません。大河ドラマの義経も見てません。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

源平合戦最後の勝利者は平氏だったてことかな

 桓武平氏は壇ノ浦で壊滅しますが、それ以外の平氏は面白い行動をしています。
 桓武平氏の一門である北条家及び熊谷家は、源氏について平氏打倒に協力しました。
 平氏滅亡後、北条家は清和源氏を滅亡させ、承久の乱で叛旗を翻した源氏系御家人を殲滅(彼らは落人となって山奥に隠れ住む結果となった。平家の落人村といわれる村のほとんどが源氏の落人村だそうです)、平家は我が世の春を謳歌しました。これが滅びるのが1333年の鎌倉幕府滅亡です。

Q壇ノ浦の戦い後の平家の女性の遊女化等

平家物語の中で不思議に思った事をいくつか質問させて下さい
1・壇ノ浦の戦い後、生き残った女性達が下関で遊女化したという伝説について
1-1まず、どうして生き残ったのか不思議です。入水したのに、どうして多数生き残っているのでしょうか?一応下関の方が助けたとかいう事になってますけど、場所は戦場!間に合いませんよね
1-2なぜ、平家の女性達は、生き残った後殺されなかったのでしょうか?子どもを産むと不利益にしかならないのは源氏も分かってますよね
1-3生き残った遊女化した平家の女性はどのような遊女生活を送ったのでしょうか?(文献等あれば教えて下さい。一応、毎年安徳天皇の墓参りに行った、上座に座って接待した(わちゃですね)という文献だけは見つけました)
2  生き残った女性の中でも徳子について
2-1どうして殺されなかったのか本当に不思議です。源氏の武士に助けられたって事になっていますけど・・・(武士の情け?尼になったから?)

文献等紹介していただけたら嬉しいです。宜しくお願い致します

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日本の場合男系社会ですから、女性は殺されないことがままあります。
例えば、浅井長政の場合は息子の万福丸は殺されてしまいますが、娘たちは助命され、後に秀吉の愛妾淀君や徳川秀忠の正室江与に成長します。
豊臣秀頼の子供たちも、国松は都の六条河原で斬首の刑に処されますが、娘の奈阿姫は助命され、東慶寺住職天秀尼となります。
武田勝頼の母親も信玄に滅ぼされた諏訪氏の娘ですね。
平家の場合も父親が重要で、平家の娘から生まれた子供は父親が平家に無縁なら、最早平家一門では無いと言うことかと思います。
現代で言えば「愛子様」が即位されるかどうかの議論を見れば想像できると思います。
覚悟の入水と言っても、平知盛が鎧を二両着ないと浮かんでしまうと危惧したように、なかなか死ねるものではありません。
群集心理で飛び込んでみたものの、無意識でもがけば浮かんできますから、陸に助け上げられたものも多いと思います。
建礼門院德子もそのような女性の1人で、仮にも安徳帝の母親ですから、上皇の命令が無ければ殺せません。
上皇も頼朝も大勢に影響無しとして許したのでしょう。

http://www.hikoshima.com/photo-oi/oi-01.htm

こういった伝説もありますが、近代以前の戦争では女性も恩賞の一種ですから、陵辱にあったり、婢とされた例もあったのでしょう。

日本の場合男系社会ですから、女性は殺されないことがままあります。
例えば、浅井長政の場合は息子の万福丸は殺されてしまいますが、娘たちは助命され、後に秀吉の愛妾淀君や徳川秀忠の正室江与に成長します。
豊臣秀頼の子供たちも、国松は都の六条河原で斬首の刑に処されますが、娘の奈阿姫は助命され、東慶寺住職天秀尼となります。
武田勝頼の母親も信玄に滅ぼされた諏訪氏の娘ですね。
平家の場合も父親が重要で、平家の娘から生まれた子供は父親が平家に無縁なら、最早平家一門では無いと言うことかと...続きを読む

Q神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願いごとは、上記の神拝詞(となえことば)を唱えたあとに、お願いすればいいのでしょうか?

それとも、個人的なお願いごとをする場合は、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなくてもよいのでしょうか。よく、神社やパワースポット関係の本には、参拝作法に、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなさいと書かれていないと思います。

ただ、時々、神社に行ったとき、拝殿の御賽銭箱の近辺に、上記の神拝詞(となえことば)のうち、
「祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)」と書かれた表示物を見たことがあります。

そもそも、参拝の際に、神前での願い方について、何を唱えればいいか、何が正しいかわかりません。

よろしくお願いします。

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願...続きを読む

Aベストアンサー

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありません。

昨年でしたか、大相撲の朝青龍が、手刀を切り、懸賞金を左手で受け取り、大ひんしゅくをかいました。相撲というのも、神の御前でする神事ですが、形から入り、心が入り、そして、そこに美と調和が生まれるわけです。これを「様式美」と言い、ただ、勝てばそれで良いというわけではない、という端的な例を表しています。

神社では、鳥居の前で脱帽し、礼をし、二礼二拍手一礼のマナーというものがあります。また、手水舎(てみずや)で片方ずつ手を清め、口をすすぐというのは常識ですが、直接、ヒシャクに口をつけてはいけません。今は、常識が常識でなくなってきているようです。確かに、出雲大社などでは違う作法があるところもありますが、それは注意書きが入っていたはずですし、こういう作法は、混沌としているということでもありません。明治以降、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)を一般としてしてきているわけですから、それに従えば済むことです。知らなければ、覚えれば済む話です。この作法は、明治時代に作られた「神社祭式」を根拠としています。

また、女性は、柏手(かしわで)を鳴らさないというのは、占い師の細木数子氏が言ったそうです。しかし、女性は鳴らさないというようなことはありません。柏手は、神様を呼び出すという意味を持っているのですから、死者の前(葬式やお墓)では鳴らさない時(しのび手)があるという常識さえ知っていればよいことです。また、お寺では、二礼二拍手一礼はしないということも心がけてほしいものです。

それが、いつの時代に作られたものであれ、統一されたものなら、それに従わないということはありません。マナーのひとつとして、ぜひ、守って欲しいものです。それを守らなかったら、どうにかなるということではありません。日本的な表現ですが、「美しくない」ということです。

それから、祝詞というのは、簡単にいうと、「かむながら」という言葉がある通り、「神の御心のままで」という意味ですから、もともとは、「神の言葉として上から下に申し伝える言葉」だったわけです。唱え詞(となえことば)で一般的に知られているものは、

「祓い給へ 清め給へ 守り給へ、幸(さきは)え給へ」
というものです。私は、特に参拝客が声を上げて唱えるという話は聞いたことがありませんが、神社に詣でたときに、どこかに書かれていたら、黙読し、心の中で、「清い心で、神様の御心のままに、みなを守り、みなが幸せになれますように」と祈ればよいと考えています。

なお、浄土真宗の話に触れておきます。
日本の宗教の中で、戦前戦後、妥協を許さなかった宗教であり、西洋哲学でいうなら、日蓮宗が日本型の強者の理屈を持つ宗教なら、(浄土)真宗は、それに対抗する弱者の宗教です。

浄土真宗は、現代まで靖国神社を反対している唯一の仏教団体です。ここでは、日蓮系の新宗教団体は除きます。明治政府は、事実上、仏教と神道を分離しました。祝詞を唱えると願いが叶うという発想は、空海の真言密教を起源とする両部神道であるかもしれませんが、仏教色が残るものとして、これ自体も廃仏毀釈運動によって排斥されました。

浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えることは、日蓮宗のように題目を唱え利益(りやく)が得られるというような意味合いを持ちません。念仏は念仏を唱えること自体に意味を持ちません。それは、信仰そのものの現れだと考えています。

真宗大谷派大阪教区『銀杏通信』靖国神社に対する考え方。
http://www.icho.gr.jp/faq/q_a_042.htm

明治の初期、森有礼の建白書や浄土真宗の島地黙雷僧侶が、明治政府に信仰の自由を訴えましたが、逆に神道側は、その体制を整えることになりました。

明治憲法が発布されたとき(明治23年)に、神道とは国家神道として、別格な地位を得て、「国民の道徳」としました。断じて、浄土真宗が、神道に影響されたり、政府に擦り寄り、神道に影響を与えたなどということはありません。

また、見えない霊自体を肯定するかどうかは別としても、霊体が危害を加えようとするという、オカルティズムは、私たちの一般社会には馴染まない考えだと思います。

参考:国家神道

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#cite_note-6

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありませ...続きを読む

Q聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

1年前小観音菩薩像を購入しました

ネットでどんなご利益があるのか調べましたが色々解釈が違いすぎて良くわかりませんでした

聖観音菩薩にはどんなご利益がありますか?

詳しい方教えて下さい

Aベストアンサー

こんばんは

仏さま、菩薩さま、如来さま・・・いろいろ言いますが仏教は基本的に衆生救済です。
地獄に落ちるところを救って頂いて極楽浄土に迎えてくれる。
あるいは末世・末法の世に現れて、人々を救う。
というのが基本的な性格です。

現世利益を求めるのならば、八百万の神々ですね。
五穀豊穣・商売繁盛の宇迦ノ御霊神(お稲荷さん)とか縁結びのお伊勢さんとか、こちらは人々の欲望にダイレクトに応じてくれます

もっとも神仏混淆が長かった歴史もあり、お寺さんでも現世利益に応じているところも多々あります。
ともかく仏格は垂迹が多く、宗派も多岐にわたり、また由緒や縁起に応じて変幻自在なところがありますね
正直言って「お寺によって、仏様のご利益は違う」くらいに様々です
(観音様も「千手観音」・「馬頭観音」・「慈母観音」、はては「マリア観音」なんて観音様までいらっしゃいます)
そういった現世利益的な意味合いでいえば観音様は「あらゆる衆生を救い、あらゆる願いをかなえる、」オールラウンドプレイヤーと言ってもいいかもしれません
なにしろ、マリア様に変身して隠れキリシタンまでお救いになった方です。

こんばんは

仏さま、菩薩さま、如来さま・・・いろいろ言いますが仏教は基本的に衆生救済です。
地獄に落ちるところを救って頂いて極楽浄土に迎えてくれる。
あるいは末世・末法の世に現れて、人々を救う。
というのが基本的な性格です。

現世利益を求めるのならば、八百万の神々ですね。
五穀豊穣・商売繁盛の宇迦ノ御霊神(お稲荷さん)とか縁結びのお伊勢さんとか、こちらは人々の欲望にダイレクトに応じてくれます

もっとも神仏混淆が長かった歴史もあり、お寺さんでも現世利益に応じているところも多々あ...続きを読む

Q(御朱印帳が原因で)御朱印をいただけない寺社?

これまでは集印というほど明確に考えず、
時々旅先で書置きや半紙への御朱印をいただいたりしていました。
いい年齢になってきたので、整理も兼ね、今後は御朱印帳にいただこうと思います。

私自身は、歴史上長い神仏習合の考え方を肯定していますので、
御朱印帳をお寺と神社で分けなくてよいのではないかと思います。
(実家の神棚と仏壇も“仲良く”居てくださってると信じていますので)
興福寺と春日大社など、縁ある寺社をあえて続けて詣でるのも
楽しみ方のひとつではないかと考えております。

ただ、「厳格な寺社では御朱印帳が混在だと書いていただけない」と聞いたこともあります。
実際にその理由で断られた方はおありでしょうか?

泉岳寺のように、恐らく事情があって御朱印帳にのみ書かれる寺社もありましょうが、
知らずに寺社混在の御朱印帳を差し出して断られるのは避けたいなぁ、と思います。
また、そういう寺社は半紙に書いていただけるものでしょうか?

さらに余談ですが…
仏式葬儀のお棺に、神社の御朱印が混ざった御朱印帳が入ったら、
神様や仏様に失礼なのでしょうか…
神社分だけ切り取って入れる? それも失礼な気がします。
葬式仏教自体、色々ギモンもあり? 気持ち次第ではマズイのかしらん、と思うのですが。

みなさんのお知恵を拝借できれば幸いです。

これまでは集印というほど明確に考えず、
時々旅先で書置きや半紙への御朱印をいただいたりしていました。
いい年齢になってきたので、整理も兼ね、今後は御朱印帳にいただこうと思います。

私自身は、歴史上長い神仏習合の考え方を肯定していますので、
御朱印帳をお寺と神社で分けなくてよいのではないかと思います。
(実家の神棚と仏壇も“仲良く”居てくださってると信じていますので)
興福寺と春日大社など、縁ある寺社をあえて続けて詣でるのも
楽しみ方のひとつではないかと考えております。

ただ、「厳...続きを読む

Aベストアンサー

私も断わられたことはないのですが。

想像するに、「厳格な寺社」というのは、自分の宗派しか認めず他宗派を排斥・攻撃するような宗派(具体的な宗派名は言いませんが)の寺社なのでは?

仏教の宗派の多くは他宗派に対して寛容ですし、神社で御朱印を書いてくださるのは神仏習合の名残でしょうから、そう無下に断わるということもないと思います。

個人的には、神さまだ仏さまだと区別せず、「有り難い」と感じるものを敬うのが日本人の特性なのだと思っていますので、御朱印帳に混ざっていても、お棺に入れても、何の問題もないと思います。
それをあーだこーだと説教するお寺さんがいるのだとしたら、「もう一回、修行しなおしてこい」と言いたくなります。

Q秩父の三峰神社の奥宮まで登山したことある方。

秩父の三峰神社の奥宮まで行こうと思います。
妙法ヶ岳の山頂ということで、やはりトレッキングシューズなどがいいのでしょうか?
ザックやウエアも、それなりのものの方が安心でしょうか?

登山などしたこともなく、今後も三峰神社の奥宮以外、登山はしない予定です。
なるべく持ち合わせのものですませたいですが、なにせ初心者のため全くわかりません。

経験者の方、ご存じの方など、ぜひご回答宜しくお願いいたします!
ちなみに、9月下旬を予定しています。

Aベストアンサー

妙法ヶ岳までですよね??
登山装備はなんもいらないです。

靴は履きなれている運動靴で大丈夫です。
逆に新しく買っても靴ずれする & 動きづらいだけなんで、
邪魔です。
観光客も普段着で散歩がてら行くレベルですからね。
そのかわり木の根が多いので足元注意。


格好はなんでも良いですが、
汚れる & 汗かくのでジャージとかが良いかもです。


9月後半でも糞暑いので水分だけは多めに持って行って下さい。
1リットルとか ポカリ 900ミリリットルボトルとかが良いです。

必要なもの
■飲み物
■折り畳み傘
■お弁当♪

あったらいいもの
■軍手
■虫よけスプレー
■小タオル

きちんと天気予報見て、ふらない日を選んでください。
その日は仮に降ったとしても一時的なものなので、
止むか弱まるまで木の下で待って下さい。

かっぱ着て視界悪い中、
うろちょろした方が危険です。
杖代わりに傘持っていくのも雨具にもなるんで便利です。

道は1本道なので、
問題ないと思いますが、
登山届よりも身内に必ずどこに行くか等伝えた方が良いです。
遭難したと警察に伝えるのは身内なので、
身内が把握していないとえらい目にあいます。

気をつけていってらっしゃい!!

妙法ヶ岳までですよね??
登山装備はなんもいらないです。

靴は履きなれている運動靴で大丈夫です。
逆に新しく買っても靴ずれする & 動きづらいだけなんで、
邪魔です。
観光客も普段着で散歩がてら行くレベルですからね。
そのかわり木の根が多いので足元注意。


格好はなんでも良いですが、
汚れる & 汗かくのでジャージとかが良いかもです。


9月後半でも糞暑いので水分だけは多めに持って行って下さい。
1リットルとか ポカリ 900ミリリットルボトルとかが良いです。

必要なもの
■飲み物
■折り...続きを読む


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