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小説『人間革命』第8巻の『学徒』の章(P138~P140)に
日蓮宗の題目にも、功徳があるかのような記述があります。

しかしながら、創価学会の中では
日蓮宗は他宗の中でも、悪の最たるものと
言われていました。
(組織活動していた20年くらい前の話ですが。)

そのことを前提とすると
この小説『人間革命』第8巻『学徒』の章が
何を意味するのか、全く分からないのです。

日蓮大聖人を裏切った、日興聖人に背いた
五老僧を源にする日蓮宗の題目に力があると
読み取れる記述。

創価学会関係の方で
この点について
整合性ある回答が出来る方がいらっしゃれば
回答お願いいたします。


また、上記の件に関連しますが
今現在では日顕による御本尊では
功徳は得られないのでしょうか?

破門前は日顕の御本尊を
拝まされてました。

功徳はある、と言うなら
他宗の御本尊・題目でも
功徳があることになる。

功徳はない、謗法だ、というなら
何時どのタイミングで
しかも何を根拠に
謗法になったのか?

考えれば考えるほど
迷路に入ります。

少なくともこの点について
明確に回答がなされている記述を
読んだことがありません。

創価学会関係者の方
ご回答お願いいたします。


また、単純な話
難しい教義のことなど分からない
年配者や幼少者が
ただ純粋に助かりたいが為に
どの宗派であるとか関係なく
ただただ純粋に『南妙法蓮華経』と唱えた場合
どうなるんでしょう?

功徳がある、と言うことになれば
結局、宗派なんて関係ないってことになりませんか?

逆に、どの宗派に所属していることが重要だ
ということになれば、教義を理解できなければ
功徳を得られないという偏頗な題目ってことに
なると思います。

この疑問に明確に回答できる
創価学会関係の方
ご回答宜しくお願いいたします。

A 回答 (4件)

小説『人間革命』第8巻の『学徒』の章(P138~P140)に


日蓮宗の題目にも、功徳があるかのような記述があります。>>
小説=作り話の類です
功徳云々など
全く無関係なことです

作り話の類に
明確に説明せよとか
求めてもしょうがないのではないですか?

そもそも人間革命の本で
信仰や
題目云々を考えるのがどうかと

当方学会員です
暦50年近い・・・・・・
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こういう質問をいくら学会員に問うても貴方にとって満足な答えは得られません。

この質問の中で中傷誹謗の箇所がありますので最初に指摘致します。「日顕の御本尊を拝まされていました」、何ですかこれは、正しくは日顕上人猊下、現在は御隠尊日顕上人猊下です。人間革命にどのような事が書いてあるのか別として、日蓮正宗の信心の根本は本門戒壇の大御本尊です。それをニセものだと批判しているのが学会で、信徒としてふさわしく無い行為があったからこそ「破門」されたのです。その時点で学会は新興宗教団体、学会員は謗法の人となったのです。これは現在の日蓮宗身延も同じです。「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師たるべきなり。(中略)就中(なかんずく)我が門弟等此の状を守るべきなり。」日蓮大聖人は御入滅に先立ちこのような相乗書をしたためられ日興上人に付属されたのです。日蓮正宗への中傷誹謗はすべて脱会者を出さない為であり、ニセ本尊配布も全くの謗法行為で、だから最近の学会員に突然死が多い、私の知人もニセ本尊持っていて「脳膜炎」で亡くなりました。御本尊の右側に何と書いてありますか?「頭、七部に割れ脳乱する」と書いてあります。本門戒壇の大御本尊を根本とし、代々の猊下様によって書写されたのが我々各家庭にある御本尊です。そして本門の戒壇の大御本尊様に宗門に願い出て「御開扉」を賜る。信徒としての基本です。だから功徳を得られるのです。分からない事はまた質問して下さい。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

ただ、質問本文にも書いてあります通り
今回の質問につきましては
創価学会関係者の見解をお聞きしたく投稿したものです。

従いまして、今後私の投稿したこの質問に関して
自論を展開されることは
どうかご辞退くださいませ。

投稿者の意思・趣旨を尊重くださいますよう
お願い申し上げます。

お礼日時:2011/04/18 12:32

整合性ある回答が出来る方がいらっしゃれば


回答お願いいたします。


それなら、同じく、小説『人間革命』第9巻『発端』と『小樽問答』の章(P3~143)を熟読するのがよいでしょう。

基本的に、誰が書写した御本尊でも、その相貌(そうみょう)さえ間違いなければ、功徳に変わりはありませんが、宗門は創価学会を破門した際、御本尊の下付を停止しました。すると、それを見かねた栃木・浄圓寺の、宗門離脱僧である住職の申し出で、平成5年10月12日から日寛上人書写の御本尊の付与を開始したのです。

宗門では、この御本尊のことを「授与書きを削り改変したニセ本尊」と騒いでいますが、「授与書き」とは、御本尊の願主の名前のことであり、それを書くのは、その信徒の強盛な信心を讃えるためなのです。したがって、「授与書き」は、信仰の根本対象である御本尊の相貌や力用、功徳に関して、まったく影響を与えるものではないのです。「授与書き」云々と騒ぐのであるなら、宗門の末寺こそ、願主である池田名誉会長の名前を御本尊から削っていますが、これは「ニセ本尊」にあたらないのでしょうか。

「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」(生死一大事血脈抄)。日蓮大聖人の仰せに一切違わず南無妙法蓮華経を実践する者に、信心の血脈は流れるのであるということです。僧侶とか俗とか形式は何ら関係ありません。ゆえに、僧侶の格好をしていても、「受けがたき人身を得て適ま出家せる者も・仏法を学し謗法の者を責めずして徒らに遊戯雑談のみして明し暮さん者は法師の皮を著たる畜生なり」(松野殿御返事)なのであり、功徳など一切ないのです。「僧も俗も尼も女も一句をも人にかたらん人は如来の使と見えたり」(椎地四郎殿御書)。大聖人の御書を根本にして信心に励む人にこそ、南無妙法蓮華経の功徳は厳然と現れるのです。
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学会員の相変わらずのこじ付け難癖が始まりました。

だから学会員に聞くな!と言ったのです。先ず、破門された創価学会と日寛上人とは一切関係ありません。学会に買われて行った脱落僧が御本尊云々と言える立場では無いでしよう。ましてやそれらの脱落僧が、血脈云々と言う事自体、おかしいでしよう。「血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相乗の稟承唯授一人の血脈なり」、戒壇のご本尊の護持並びに御本尊の書写と授与など、御本尊に関する一切の権限は、唯一一人血脈付法の御法主上人に限る。学会の「和合僧団だから本尊の配布は出来る」と言う主張は日蓮の教えではありません。宗門の中で「猊下のメロンより、俺のメロンの方が小さい」と難癖を付けた人がいます。一体誰でしょうか?
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