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去年癌で父を亡くしたのですが、よく夢で逢いに来てくれた、という話を聞くのに私は全く夢に父が出てきたことがありません。

元々寡黙な人で、病気の事もこれからの事も入院中は何も話してくれませんでした。
本当なら病気だって辛いはずなのに、「痛い」とか「苦しい」とか、そういった弱音を家族の前では決して言いませんでした。
亡くなる前に紙に何か書こうとしたのですが、もうペンを握る力も話す声も出せず、そのまま息を引き取りました。

夢に出てこないのは、残された私たち家族の事を何とも思っていないのでしょうか?
伝えたい事も何もないのでしょうか?
そればかりが心に引っかかってしまっています。

A 回答 (12件中1~10件)

30代既婚者男です。



まずはお父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

>夢に出てこないのは、残された私たち家族の事を何とも
>思っていないのでしょうか?
>伝えたい事も何もないのでしょうか?

大丈夫ですよ。
お父さんはいつでも、あなた達家族のことを思い、そばにいます。
夢に出てこないから、何とも思っていないという事にはなりません。

お父さんがあなたに伝えたいこと。それはいつもあなたに向けて
伝えられています。
目を閉じて、静かにお父さんのことを想ってみてください。
必ず、お父さんからのメッセージが、あなたへと届きます。
あなたが、お父さんを思うだけで、意識のアンテナが繋がるのです。
それは映像や実際の言葉として届くのでは無く、あなたの日常の中の
様々な形で届きます。
あなたがふと目が留まった本やテレビに流れる言葉であったり、
ふと浮かび上がる思いなどです。

寡黙なお父さんだったからこそ、あなたに伝えたかった言葉は
たくさんあるはずなのです。
でも、お父さんは多くを語らずとも、自らの生き方をあなたに
見せることで、伝えたかったのかもしれませんね。

>本当なら病気だって辛いはずなのに、「痛い」とか「苦しい」とか、
>そういった弱音を家族の前では決して言いませんでした。

この中に、お父さんの優しさと強さを感じます。
夫として、父として、最後までお父さんは、お父さんらしい生き方
でしたね。
父親として、最後まで強くあなた達家族を守りたいという思いでは
ないでしょうか?
残していくあなた達家族の為に、お父さんが出来る精一杯の愛情
なのです。

あなたに今、お父さんにしてあげられることは、
あなたの人生を強く今を生きることなのです。
お父さんが安心して、次の場所へと進むことができるような
生き方をしてください。
それが残された者の使命ですよ。最後に紙に書こうとした言葉、
それはきっと、「ありがとう」だったのではないでしょうか。
最愛の我が子と出会い、これまでの人生はお父さんにとってとても
幸せだったと思います
ですから、夢に出てこないことをあまり悲観しないでください。
目を瞑り、心をお父さんへと向ければ、今もきっとあなたの心に
お父さんの言葉が届いているはずですよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに寡黙な人だったので、話さなくても良い、もしくは改めて言うのも照れくさいのかもしれません。
お酒を飲むと多弁にはなりましたが…。

夢に出ない事が悪い事ではないとは聞きますが、やはり寂しい気持ちもまだあります。
でも、他の方へのお礼にも書きましたが、父が生きられなかった今日や明日を後悔なく生きていきたいです。

お礼日時:2011/06/20 22:59

夢は、本人が覚えていない事も考えられます。

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>夢に出てこないのは、残された私たち家族の事を何とも思っていないのでしょうか?


 いいえ。 夢に出てくる・出てこないは、亡くなった方の意思ではなく、あなたの心に起因しているものです。

なんとなくですが、ご家族(あなたは)、亡き父親の看病を一生懸命にされ、そして最期も看取り、思い残すことはないのではないでしょうか。

亡くなった方に対して、生前に「ああすればよかった・・・、こうしたかった・・・」の思いが強ければ、その方の夢も見たりするものだと思います。

それにしても、あなたのお父上は弱音もはかず立派な男だったと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

後悔の念はたくさんあります。親孝行も何もしてあげられないまま旅立ってしまったので…。
実家にもっと早く戻ってくれば病気の異変に気付けたかもしれない、とか1年経った今でもやはり病気で亡くなった事に対して納得しきれない所があります。
亡くなった父より生に執着しているのはこちらかもしれませんね…。

ベッドの上でいつも眉間にシワを寄せながら寝てましたが、看護師さんも「我慢強いのか、痛いと言わないから鎮痛剤が切れたのかどうか分からない」とちょっと困らせてもいました。
父も自分が癌になった事が信じられなかったみたいですが、治してやると思って闘病していたと思います。
やはりもっと長生きして欲しかったです 。

お礼日時:2011/06/20 22:49

お父様が最期に何も言わなかったから、あなたはお父様が何を伝えたかったんだろうとずっと心に引っかかっているわけで、つまり、お父様はあなたに、無限の言葉を遺したってことになりますよね。



夢でお父様が何か言ってくれれば、それが伝えたかったことだろうとあなたは納得できるかもしれないけど、もう少し時間をかけて、お父様の思いをあなたなりにいろいろ考えてみるといいよってことかもしれませんよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

何も言わなかったので逆に気になってしまっています。
父の口から直接聞きたかった、というのもありますね。
本当に入院中は何も話してくれなかったので(軽い日常的な会話くらいで…)

もう何年か経って、私も人間的に成長したら逢いに来て欲しいです。
今はとりあえず父の生きられなかった日々を悔いなく過ごしていきたいと思います。

お礼日時:2011/06/20 22:32

亡くなられた方が夢に出てくるというのは、死んだ側に未練があるか、残された側に執着があるからです。


成仏すれば、生への執着は断たれるので、そもそも、生きている者に干渉しようと言うことすら考えません。夢に出れば、新たな悲しみと妄執をもたらすだけだからです。お父様は仏様に成られたのでしょうね。

ですから、夢に出てこないのは悪いことではないんですよ。
そういや、うちの親父も出てこないなあ、犬は偶に出てくるけど(まあ、畜生だしね)。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

残された私達があまり引き摺るのもあまり良くないですよね。
悪い事ではないと思いつつ、やっぱり音沙汰がないから何も思う事がないのかなぁと考えてしまいます。

お礼日時:2011/06/20 22:25

10年以上前に亡くなった私の父も、質問者様のお父様とそっくりの性格で、強くて寡黙な


男でした。
治療中は泣きごとひとつ洩らしませんでしたよ。病名も同じく癌。
最期まで諦めず力の限り病気と闘いました。

去年と言えば、まだ悲しみも癒えませんよね…。お気持ち、お察しします。

私も父の夢を全く見ません。
でも、長年の謎であった「人は死んだら何処へ行くのか?」の答えを自分なりに
見出したように思います。
「人は死んだら、生きている人の心の中へ行く」。どうでしょうか。月並みですかね。
お父様は今、質問者様やご家族の心の中におられるので、夢にまで姿を現さなくとも良いと
思っていらっしゃるのかも知れませんよ。
寡黙な方ですから「そんな事、恥ずかしくって、とてもとても~」なんてね。
お父様が思っている事、伝えたい事、静かな気持ちでご自身の心の中に問いかけてみて
ください。きっと何かお話をしてくださるはずです。
私なんか、心の中に問いかけて時々喝を入れられていますよ(^_^;)

また、心の中はお父様のいらっしゃる場所。と考えた時、なるべくそこは穏やかに保って
おきたいものですよね。
出来れば悲しみばかりでなく、パッと明るい色のお花が咲いてるような感じにね(*^-^*)

質問者様が元気になりますように。
お父様は病気の重い体から解放されて自由になり、もう苦しんだりしていません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

あなたのお父さんも、ウチの父親と似たような性格だったのですね。
本当に寡黙で頑固でした。ビールとタバコをこよなく愛し、その結果として癌がついてきてしまいましたが…


一度静かな落ち着ける場所でジーーッ…と問いかけてみようと思います。
でもやっぱり照れくさいというか、プライドも高いのでなかなか素直に出て来てはくれないのかもしれませんね。

お心遣い、ありがとうございます。
日常生活はきちんと送れていますし、多分父親としては「さっさと結婚して嫁に行け」と思ってることでしょう^^;

お礼日時:2011/06/19 23:20

あなたは父親に対して心残りなことがありますか?


「やっぱり生きてたんだって、ならないのかな、もっとできたことがあるんじゃないかな、
奇跡が起こせたんじゃないかな。」
・・・と、いいな。と悩み、思うようなこと。

また普段、お父さんを思いだすことはありますか?
ふと、家のなかのあの扉をあけて、お父さんがいつもどおり入ってくるんじゃないかということ。

それがないのであれば、わざわざ夢の中でも出てくる可能性は低くなります。
夜寝ている間、脳は昼間自分が見たこと、考えたこと、深層心理、それらを
高速で再生し圧縮して記憶する処理をしています。

しかし眠りが浅くなったとき、脳は半分起きてその映像を目から受け取った
映像のように見ています。これが夢です。
この途中で、関係のない過去の情報と結びつけて記録したりもします。
夢で突拍子もないことが起こるのはこのためです。

昼間に考える時間が長ければ長いほど、
考えた時間が長ければ長いほど、夢に出てきやすいということになります。

家族でお父さんのことを思い出し話し合う時間をたまにつくってみたらどうですか?
意外とペラペラしゃべるお父さんが夢に出てきて面白いかもしれません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

後悔している事はたくさん、それはもう言い表せないくらいあります…
仰るように「まだ生きられたんじゃないか」とか「もっと早く実家に帰ってれば異変に早く気付けたのかな」とか、挙げればばキリがないですね。
日常でも思い出す事はたくさんあります。毎日お仏壇に手も合わせますし、家族とも話題?になる時もありますし…1日忙しくても何かしら父の事を考える時間はあります。でも、その時間が短いのかもしれませんね。

見たい夢を見れるなんて事はないので、うーん、本当に思い残す事がなかったのかも…。

お礼日時:2011/06/19 23:13

59歳の主婦です。



人間は、誰でも死にます。

お父さんは、貴女達のことには何の心配もないのだと思います。

要するに、「達観」されてるのでしょう。

お父さんの、この世での魂の仕事は終わったので、

この世での修行は終わったので 充分満たされてな亡くなられたのです。

人の死因は何でもいいのです。

この世での修行が終わったので 癌という形をとって亡くなられたのです。

未練や後悔があると 夢枕に立つ、、といいます。

お父さんは、充分に、この世での修行を済ませて旅立たれたのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

何も心配がなければ良いと思いますが…もしかしたら「どうしようもねぇヤツらだな~」と思われてるかもしれません^^;
母と、介護をしている祖母との言い争い?怒鳴り声?が絶えないので……

死は誰にでも訪れるものですけれど、まだ私はあなたのように落ち着いて生と死を深く考える領域まで達していません。言い聞かせようとはしますが、心のどこかでやっぱりまだまだ生きれたんじゃないか?と思ってしまいます。

お礼日時:2011/06/19 23:05

夢って目覚めた時に全部覚えてるわけじゃないですよね?


お父さんの夢を見てても忘れてしまっているのかも。
残された家族が仲良く幸せに暮らしていれば、
天国でお父さんも安心していられます。
それが一番大事なことだと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

確かに見た夢全部を逐一記憶はしていませんね。
もしかしたら見ているかもしれないのに忘れているのかもしれないし、本当に見ていないのかもしれない。

猫2匹と家族と毎日騒がしい日常ですので入り込む余地がないのかも><

お礼日時:2011/06/19 22:59

はじめまして 二児の母です。



私は 貴方が羨ましく思います。
夢に出て来ないのでしょ?

時折私は 母の夢を見るのです。
母は5年前に闘病の末他界してます。
そして闘病を支え、同居してましたし、改善の見込みはゼロと言う事で 自宅静養をなるべく努め、余命半年の宣告を 若干ではあるけど 超えて 孫(私の娘達)と過ごす事が出来ました。
そして最後の入院では <ママ、ありがとうねお世話になりました>と言われてます。

だけど 時折出て来るのです。
何も言わない。。。何か言っているのかも知れないけど 夢から冷めると私は記憶が無い。
何か言った様な気がする、、、言ったっけ?
って曖昧な夢になっているし。
だから とても気にかかるのです。
見ても 見なくても 引っかかりますよ。

だから私は考え方を変えたのです。
いつか私も死にますから、その時に母と堂々と逢える様にするには 私が子育てを母と同じ様にやる事。
家族を思っているから出ない、出る じゃなくて 逢う時にを考えたら結構スッキリしますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

あなたにとっては羨ましい事かもしれませんが、やっぱりどうしても気になってしまいますし、ふと夜一人でいる時なんかはああすれば良かったこうすれば良かった、という後悔ばかりが頭を過ります。

でも考えすぎもあまり良くないですよね。
それに、仰るように夢を見てもちゃんと覚えてられるか分からないですものね。
今すぐには難しいですが、徐々にあなたのような考えを出来るようになりたいです。
まだまだ人生経験も浅く人間的に未熟なので時間がかかるとは思いますが…

お礼日時:2011/06/19 22:56

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親が死ぬと言うことは誰でも経験することではありますが、実際若い身空で親の死を経てフラットになった時、何にもない自分に喪失感が出てくる気持ちは非常によく分かります。

結論からいいますと22歳の私はその踏ん切りつまり親の死を乗り越えたと、自分で思えたのは26の頃でした。質問者さんと同じく22ぐらいの時にはわかったような口を聞く大人に「はやく結婚すれば?」と言われました。結果、26で結婚しました。そのとき初めて肩の荷が降りる思いでした。

19の頃は絶望感ばかりがあり22の時にその加速度が増しました。大学もやめ、バイトをしながら親の貯金を食いつぶし、親が残した有り難くないコトを整理して俺が何をしたっていうんだよ!って毎日思ってました。23、4のとき就職をきっかけに地元を離れ違う土地へ行き、それこそ色んな年相応のことを経験してに両親のことに対して前向きな諦めをつけた瞬間に彼女が出来て、すぐに結婚~という流れになりました。ただし結婚して全てのことが払拭されたわけでもなく10年経っても未だ悩みはつきません。
だけど、自分の経験したことは確実に同世代にはない経験でしたし、自分の友人らにもし突然のことがおきても冷静に対応できるだけの能力は備わったと思っています。

できれば10年前の絶望感ばかりだった自分に今、まともに生きていることを教えてあげたい。

質問者様へも私自身、早く結婚しろとはいいませんが、今すべきこと、10年後のよりカッコいい自分を想像してみてはいかがでしょうか?そのために今自分がなにをすべきなのかが見えてくると思います。
それが答えです。

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃ...続きを読む

Q母が亡くなって3ヶ月…。まだ泣いてしまいます。

30代女性です。
2年間、病と闘った母が3ヶ月前に亡くなりました。
告別式を迎えるまでの4日間…ふいに溢れる涙を自分でもどうしようもなく、本当に泣き続けました。

告別式を終えても、本当はもっと泣き続けていたかったし、母の思い出に浸っていたかったけど、「毎日」は容赦なくやって来て日常生活に引き戻され…。

もう3ヶ月も経つのに、一人の時間に、またふいに涙が溢れてしまいます。

同じような経験をされた方がいらっしゃいましたら、ただお話しをかき聞かせて頂ければ…と思っています。

Aベストアンサー

お辛いですね・・・お察しいたします。

わたしは、随分前に、5年間闘病した母を亡くし、4年前には1年の入院のすえ、
父が亡くなりました。

母のときも長い間、道行く人に母の面影を重ね、枕を涙で濡らす毎日でした。

記憶に新しい父の死のときには、母のとき以上に毎日泣いていました。


最近もいろいろ考えると泣けてきますし、夢も見ます。

闘病のさいの可哀そうな姿を思い出すと、後悔もしますし、罪悪感も感じます。

もっとああすればなどと、際限なくハードルを高くして、できなかった自分を
責めてしまいます。

写真のなかの笑った父を見ると、会いたくてたまらなくなります。

今でもとても淋しいです。


亡くなって半年頃、うつのお薬も飲みました。(2週間くらい。)

特別なことではなく、こういうのもアリなのだと思います。

遺品整理でまた泣けて、父の手帳を見てまた泣けて。


でもそうやっているうちに、少しずつ、涙の量が減っていきました。

今でも思い出すといろんな気持ちが溢れてきます。

ただ、自分の悲しさと少し距離の取り方が学べた気がします。

母のときとはまた違うので、亡くなるたびに、また一からですね。


いつまでも泣いていると亡くなった人が悲しむといったことを聞きますが、
そうでもない気もします。

子どものとき、こけて痛くて泣いていたときのように、天国から、
あーあ、泣いてるね、と、笑って慰めてくれているような気がするのです。

kataomaさん、声が聞けなくて、触れなくて、とても寂しいですが、
きっとそばにいてくださっていると思います。

本当に鵜悲しいですよね、大切で、大好きだったのですから。
だからkataomaさんはとても正常なのだと思います。
(すみません、変な言い方ですが。)

どうぞ安心して悲しんでくださいね。
それが人の通る道なのだと思います。
そしてきっとその分、お気持ちに優しさが増えていくのだと思います。

お気持ちを逆なでしてしまったら申し訳ありません。

お辛いですが、悲しいお気持ちをしっかりとお受け止めになれるといいですね。

そうしながら、お気持ちはまた、少しずつ元気に向かわれていると思います。

悲しくて泣かないではいられないほどのお母様との思い出を、これからも
きっと大切にしていかれるのでしょう。

応援しています。

お辛いですね・・・お察しいたします。

わたしは、随分前に、5年間闘病した母を亡くし、4年前には1年の入院のすえ、
父が亡くなりました。

母のときも長い間、道行く人に母の面影を重ね、枕を涙で濡らす毎日でした。

記憶に新しい父の死のときには、母のとき以上に毎日泣いていました。


最近もいろいろ考えると泣けてきますし、夢も見ます。

闘病のさいの可哀そうな姿を思い出すと、後悔もしますし、罪悪感も感じます。

もっとああすればなどと、際限なくハードルを高くして、できなかった自分...続きを読む

Q突然逝った主人に会いたいです

主人を亡くして何ヶ月にもなりますが、会いたい気持ちが日に日に強くなるばかりです。
かといって、自死すれば主人に会えないと、こちらでも言って頂いたので、そんなつもりはないのですが、ただただ会いたくて会いたくて仕方がありません。

一人息子もうすぐ自立、これから二人の人生を歩いて行くつもりだったのに‥‥。

突然いなくなりました。
病気が彼を連れて行ってしまいました。
大好きでした、笑顔も仕種も、なにもかも。

部屋の蛍光灯もかえたことがない、門限は夜9時、飲み会は送り迎え、大事にしてもらった二十年余り、私なりに主人に尽くしました。主人の口癖は「幸せだね」。でも私の方が幸せでした。

「ただいま」の声に「おかえりなさい」と、毎日玄関に迎えに出られる、そんな普通の事が掛け替えのない幸せだったんだと、毎日思っては泣くばかりです。

愚痴ばかりでごめんなさい。

お時間を頂いて申し訳ありませんが、こんな私に明日からまた、仕事に行く力の出るお言葉をかけていただけませんでしょうか。

Aベストアンサー

会いたいですね。

主人が突然亡くなった時に、「パパはママの幸せを願ってるよ」と息子に言われました。
あれから5年。
一人息子は進学を機に一人暮らしを始め、私も一人に。
辛い時は思い切り泣けばいいと思います。
時間が少しづつ心を楽にしていってくれると思います。
息子と話すと「こんな時パパならこう言うよね~」と今でも普通に主人が出てきます。
忘れる必要も、頑張る必要も無いです。
思い出しながら、浸りながら、少しづつ受け入れていけばいいと思います。
力の出る言葉でなくてごめんなさい。
でも、笑顔が毎日1秒づつでも増えていけばいいですね!

Qがん末期の非常に危険な状態とは

がんの末期において危険な状態の血圧の低下というのはいくつぐらいまで下がっていくと危険なのでしょう。また呼吸の浅さはどうやってわかるのですか。酸素吸入の目盛りを上げると血圧が上がるのはなぜですか?脈拍数の低下の非常に危険なボーダーラインというのはいくつなのでしょうか。他に油断を許さない危険な状態というのは何で判断するのか教えて下さい。

Aベストアンサー

 兄が脳腫瘍で亡くなりましたが、そのときの状況でも。

 病院で血圧を測定する機械に触れましたが、上が60を切ると機械が電子音を出して緊急性を表していました。
 また、血中の酸素濃度が95%を下回ると危険な状態と言えるようです。逆に言うと、95%を上回るように酸素を送り込む必要があります。
 こういった状態のとき、脈拍数は180と非常に高い数値を示していました。血圧や血中酸素濃度が低いにもかかわらず脈拍数が落ちてきたら非常に危険だと言えるでしょう。

 本当に死の直前では、呼吸が見るからに弱弱しくなり、呼吸が止まることがどんどんと多くなりました。呼びかけると思い出したかのように呼吸を始める感じでしたが、まさに「息を引き取る」という表現そのままに死へ至りました。

 全体としては、「血中酸素濃度の低下」「急激な血圧の低下」「呼吸の力強さの低下」の順で危険度が増す感じでした。
 あくまで脳腫瘍の例ですが、参考になればと思います。

Q突然死んだ母に会いたいと思うことがつらいのです。

おととしの春、母が突然亡くなりました。父もすでになくなっているので私は一人で暮らしています。
口うるさい面もあり、よく喧嘩もしましたが心優しい母でした。

父は死ぬ数年前から病気で入退院を繰り返してたので、心の準備ができていて父の死の悲しみは
すんなり乗り越えることができました。

しかし母はある日突然倒れて亡くなりました。まだ70代だったので、まさか突然死ぬとは思っておらず、母の死から2年たってもショックをいまだにひきずっています。

外で仕事をしてるときは気持ちが落ち着いてるのですが、一人で家にいたりすると、「死んだ母にもう一度会いたい」という思いがこみあげ、悲しみで胸が引き裂かれそうになることがあります。

心にポッカリ穴があいて、その穴を埋められないような感じです。

親が突然死ぬとこんなにも長く悲しみを引きずるものなのでしょうか。

悲しみを今も引きずってる私は心が弱いのでしょうか。

親の死の悲しみから、みなさんはどう立ち直ってるのでしょうか。

Aベストアンサー

自分も父をガンで患わって亡くしています。
母も、くも膜下出血で倒れたときはどうなるのかと生きた心地ではありませんでした。
今は何もなく過ごしておりますが、あのとき亡くなっていたらと思うと、平常心ではいられません。
母を亡くされたお気持ち、心に刺さるように解ります。
今も引きずっているのは、決してこころが弱いからではないと思います。
自分でもまだ父が生きていたらと思うことが度々です。

人はいずれお別れしなきゃならい事がくることがあると解っていても、いざその時がくると受け入れられないものですね。
しかたの無いことだと思います。
それを無理に忘れることは絶対に出来ないことです。

しかし、気を紛らわせることは出来るはずです。
おひとりになるときに思い出されるとのことにヒントがあるんじゃないでしょうか。
出来れば結婚されてご家庭を持つことが一番の解決につながると思います。
それには縁が必要ですので、自分の思うままなりませんね。

他には夢中になれる趣味を持つことです。趣味ができれば、その仲間が作れます。
仲間との馬鹿な話で笑っているときは、少なくとも忘れる時間が持てるはずです。

少しづつですが、時間も解決してくれることでしょう。
皆さん、そうやって乗り越えてきています。
質問者のあなたも、あせらずに解決していってください。

自分も父をガンで患わって亡くしています。
母も、くも膜下出血で倒れたときはどうなるのかと生きた心地ではありませんでした。
今は何もなく過ごしておりますが、あのとき亡くなっていたらと思うと、平常心ではいられません。
母を亡くされたお気持ち、心に刺さるように解ります。
今も引きずっているのは、決してこころが弱いからではないと思います。
自分でもまだ父が生きていたらと思うことが度々です。

人はいずれお別れしなきゃならい事がくることがあると解っていても、いざその時がくると受け入れられな...続きを読む


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