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映画「Uボート」をみて不明のことがありましたので質問します。
(1)駆逐艦が近くにいたり、真上に来たときに攻撃しませんでした。
 攻撃方法が無いのでしょうか?
(2)Uボート同士がすれちがったとき無線で話をせず、灯りで会話をしたのは何故ですか?
(3)ラストでドッグを襲った敵の戦闘機は何ですか?
(4)ドイツでは空襲警報が鳴らないのでしょうか?
(5)狭い海峡を通れという命令の意図は何ですか?何のメリットがあるのか。
(6)パンにカビが生えていましたが、小麦粉からパンを焼く方式にすればよいのでは?

よろしくお願いします。

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A 回答 (9件)

>潜水艦は垂直に立って魚雷を発射することはできなかったのでしょうか?



潜水艦それ自体は水中でかなり姿勢を変化させることは可能です。トリムタンクと呼ばれる空気室が艦の前後左右に装備されていて、この中の空気と海水の量のバランスを変化させることによって前後左右に傾けることができます。また、水中を動いていれば、舵を使って姿勢を制御することもできます。だから浮上の瞬間などは、垂直はさすがに無理としても、かなりの急角度で上を向いた姿勢で海面に姿を現したりもします。

しかし、肝心の魚雷が垂直に走行できません。魚雷は、ジャイロを利用した方向安定装置の働きによって、狙いをつけた一定の方向に向かって走行するとともに、水圧を検出して一定の深度を保って走行するように設計されています。だから遠くの目標でも狙って命中させることができるわけですが、このメカニズムゆえに真上や真下の敵を攻撃することはできないのです。

結局、質問者さんが質問文にお書きのように、真上に対しては攻撃方法がなかったということです。


Uボート同士がすれちがったときの信号のやり取りですが、私もNo.4さんの「手っ取り早いから」という意見に賛成です。

たしかに嵐の中ですから、電波を傍受されて位置を補足されたとしても、すぐに攻撃を受けるようなヤバい状況ではないと思いますが、当時Uボートの無線機はモールスを打つ電信機が主力です。艦内の通信士に伝えてモールス打って、相手の艦が受信して艦内の通信士から艦長に伝えるより、発光信号の方が「手っ取り早い」でしょう。もうひとつ、当時のUボートがマイク片手に直接交信できるラジオ級の通信機を運用していたかどうか私は知識がありませんが、もし装備していたとしてもあの嵐の中では使用を控えたことでしょう。完全防水の信号灯の方が使い勝手が良いと思われます。


>「ノルドゼーからスペインで食料を積み、イベリア半島を回って地中海に入れという命令」
>この命令の意図は何でしょうか?
>Uボート一隻がイタリアの港に入ったからといって何のメリットがあるのか不思議です。

映画の時代設定は1941年頃ということでしたね。それを手がかりとして、考えられる理由を書いてみます。

この時期は、北アフリカでロンメル元帥のアフリカ軍団が戦っていた時期に当たります。飲料水にも事欠く厳しい戦いを繰り広げるアフリカ軍団に対して、当然ながらドイツ側は物資を輸送する努力をしますし、連合軍側はそれを妨害しようとあらゆる手だてを尽くします。

地中海には、西端のジブラルタルと中央部のマルタ島、それに東部のアレキサンドリアにイギリス軍の要塞化した拠点があり、ここから出撃するイギリスの海軍と空軍によって、地中海を横断するドイツの補給路がしばしば妨害を受けました。ドイツにとっては目の上のたんこぶのような存在でしたが、厳重に防備されたうえ強力な軍事力を配備されたこれらの拠点をたやすく占領することもかなわず、睨み合いの状態となっていました。

ところが、途中でドイツ軍がソビエトに侵入して独ソ戦が開始されるという展開となり、地中海方面のドイツ軍の一部は東部戦線に引き抜かれて手薄になってしまいます。と、なれば、大西洋に於けるUボートの群狼作戦とのバランスを考慮しつつも、戦力を地中海に廻さざるを得ない状況になってきたとは考えられないでしょうか。もちろん、一隻だけということはない筈で、ある程度のUボートがまとまって配備されることになるでしょう。

上記は私の想像です。あくまで映画のストーリー背景ですし、史実がこの通りであったとは言えませんが、時期的に考えるとこのあたりが一番ありそうな話になります。
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知る限りでお答えします。

他の方の補足として捕らえて頂ければ宜しいかと。

(1)駆逐艦対潜水艦では駆逐艦に分がありますので近距離ではまず攻撃しません。Uボートは水中での移動速度が極めて低い(2-3ノット)ので鴨にされます。基本戦術は「見つかる前に逃げる」です。真上での攻撃は戦後アメリカ海軍だったかで検討された事があります。

(2)あくまで推測ですが、実際には当時無線は傍受されており、かつ通信することで自艦位置がバレてしまっていました。(HF-DF)そこで灯による交信を行ったのではないでしょうか?

(3)これは映像忘れてしまいましたので省略します。

(4)これは詳しくないのでパス

(5)ジブラルタル海峡は連合軍の支配下であった。また海峡が狭く探知されやすく逃げ場が無いので自殺行為でした。映画では海峡を抜けイタリア国内にあった自国基地を目指すよう指示されています。トゥーロンではなかったかな?

(6)艦内は狭くキッチンはありましたが、パン焼き器を置くスペースは確保されなかったのではないでしょうか?大戦後半には補給専門のUボートが有り、焼き立てのパンが支給されています。
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ANo.2です。



>「ノルドゼーからスペインで食料を積み、イベリア半島を回って地中海に入れという命令」
>この命令の意図は何でしょうか?
>Uボート一隻がイタリアの港に入ったからといって何のメリットがあるのか不思議です。

一つ訂正です。 このU-BootはフランスのLa Rochelle(ラ・ロシェル)から出航したそうです。 そして、スペインで商業船から食料を供給されました。 イタリアに入港するのは妻の様態が悪い機関長とヴェルナー少尉をドイツに陸路で帰す為でしたが、客船の接待を受けて気が変わり、U-Bootに乗り続けました。

地中海は当時連合軍の輸送船団がマルタ島からジブラルタル海峡を行き交うところでした。 イタリア軍の援軍としてヒトラーの命令の様です。 (棚から出された封筒には赤い封印がされていた)
当時、ジブラルタル海峡にはイギリス軍のH部隊が居ました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/H%E9%83%A8%E9%9A%8A

1941年にヒトラーが潜水艦を地中海に出動させた理由として他に考えられるのは、アーク・ロイヤル (HMS Ark Royal, 91)とバーラム (HMS Barham)を攻撃するためだと思われます。(Wiki.引用)
●1941年の間、アーク・ロイヤルは地中海で活発に活動し、また、マルタへの戦闘機の輸送にも何度も従事した。HMS Ark Royal
●1941年1月3日、戦艦ウォースパイト、ヴァリアントなどとリビアのバルディアを砲撃した。3月、マタパン岬沖海戦に参加した。5月、クレタ島沖で爆撃を受けて損傷した。
1941年11月25日、イタリア船団の攻撃に向かう途中、ドイツの潜水艦U-331の発射した魚雷3本が命中し、左舷側に横転、艦橋部が水面に沈んだ直後、爆発を起こし沈没した。これにより、861名の人命が失われた。また、この様子は映像に収められており、沈没に至る様子を確認する事が出来る。 HMS Barham


また、最後のシーンでの空襲はイギリス軍です。 イタリアは当時日独伊の三国同盟(1940年9月27日)でドイツを攻撃することなどありえないです。 
また、Das BootのWikipediaに(Die Ueberlegenheit der Englaender im Luftraum,)「空軍においては英国が優位で、」と書かれています。 場所は出航地と同じLa Rochelle。
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>現在の原子力潜水艦の場合だとミサイルで一度空に発射してから頭上の敵艦を撃つのでしょうか。


えーとさきほど説明した魚雷に収納されたミサイルは西側諸国ではハープーンなのですが、これらのミサイルの振る舞いは基本的には機密ではないかと思われます。
ただ探索モードがあり周辺海域を探索して敵艦を発見し攻撃する方法がありますので、ソナーの情報から座標を入力して真上の敵を探索し攻撃することは可能かと私は推測します。
また原子力であろうと通常の攻撃型潜水艦であろうと、基本的に兵器としては同じUGM-84ハープーンですので同じことです。
ただしミサイル攻撃のメリットは基本的に射程の長さです。
また潜水艦が位置をつかまれ敵艦に至近距離につけられる時点で圧倒的に不利です。
そういった状況にしないことが第一ですし、そういった状況であえて攻撃を選ぶ艦長がいるとも私には思えません。

倒立して敵艦を攻撃できないかとの質問ですが、潜水艦はバランスを保持するのが難しい乗り物です。
倒立してバランスを維持して攻撃は、現代でもほぼ不可能に近いかと思っています。

Uボート地中海廻航の理由はすでに書かれていますが、当時イタリア~北アフリカへの補給船団が、イギリス海軍に散々痛めつけられてます。
そのイギリス海軍に自由な行動をさせないために地中海に潜水艦を配備しようとするのはよくわかります。
確か5~60隻くらいが地中海に入り、空母アークロイヤルと戦艦バーラムを沈めていますから、損害もあったでしょうが大きな戦果をあげているといえます。
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(1)だけ回答します。


 魚雷が勝手に敵艦へ向かうならどんな状態でも撃つでしょう。
 当時の魚雷にそのような機能はありませんから当てるには、潜望鏡を使って狙わないといけません。
 潜望鏡を使うには浅い深度になりますから、接近されると逃げられなくなります。

 余談ですがアメリカはこれを逆手に取る戦術を使いました。
 日本の駆逐艦に潜望鏡を上げた状態で魚雷攻撃し、外しても攻撃の為に接近する駆逐艦に至近距離から魚雷を撃ちます。
 この戦術により駆逐艦が餌食になりました。
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 すでに適切な回答がでていますので、補足程度に記させていただきます。



(2)Uボート同士がすれちがったとき無線で話をせず、灯りで会話をしたのは何故ですか?

 手っ取り早いからです。


(4)ドイツでは空襲警報が鳴らないのでしょうか?

 あくまで映画の世界です。レーダー網にかからないように低空で来襲してきた、という理解でよいかと思います。日本やドイツのような敗戦国の映画は、ハッピーエンドで終わってはならない掟があるのか、大概は全滅する運命にあります。もし、警報が鳴ったならブンカーの中に逃げ込めたでしょう。

 ブンカーは、映画の出発シーンにうまく再現されていました。「Uボートブンカー」で検索されてはいかがでしょうか。

(5)狭い海峡を通れという命令の意図は何ですか?何のメリットがあるのか。
 
 大西洋から、イタリア(地中海)へ行けという命令の具体内容はわかりません。任務を果たすためには狭いジブラルタル海峡を突破せねばならず、たしか潮流に乗って進入する手を使ったものの敵に発見され、苦闘の末、浮上に成功し水上航行してフランスの母港(ロリアンとかブレスト)へ帰還する、という内容でした。艦内シーンのなかで、ある乗員がフランスの娘と恋仲になり妊娠させてしまったと告白するシーンがありました。

 
(6)パンにカビが生えていましたが、小麦粉からパンを焼く方式にすればよいのでは?
 
 これも映画の中の演出で、実際にはパンは500gの缶詰になっており、焼き方によって20日まで、20日以降、30日以降と分類されていました。副食はバター、サラミソーセージ、チーズ。生野菜は3週間までは玉葱の輪切り、ジャガイモの丸茹でを食べ、それ以後は主として缶詰のジャガイモとなりました。なお果物、特にレモンが珍重されました。その他各種ビタミン剤を必ず服用し、コーヒーも愛飲されました。

 資料:泉雅爾「日本潜水艦の居住性はどう変わったか」中「ドイツ潜水艦乗員の生活」 『世界の艦船』1977年3月号所収



 なお、質問6937428 回答補足中に、あなた様の「学徒出陣で軍隊に入った人は幹候の試験を受けるのか?」という内容のコメントを見落としてました。学徒出陣の場合、陸軍は「特別甲種幹部候補生」(特甲幹)、海軍は「予備学生」(予学)というコースを選びましたが、まだ疑問をお持ちなら改めて質問していただければ、詳しく説明いたします。 
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1今も昔もありません。

現代であれば前に・当時であれば前と後ろに魚雷管があります。
現代では魚雷管から魚雷に収納されたミサイルも打てますが、結局前に打つだけです。

2すでに出ているように、敵に傍受され内容や特に位置を特定されないためです。

3デ・ハビランド_モスキート でしょうか?全然記憶にありません。

4ラストのシーンはイタリアです。イタリアに優秀な防空警戒網が無かったということでしょう。

5命令は大西洋からイタリアへの回航です、ジブラルタル海峡はその唯一の通り道です。

6粉から焼くのはスペース的に不可能です。また一度潜航すれば限られた電力、おそらくいちいちパンを焼く電力の余裕も無いと思います。

この回答への補足

ありがとうございます。

潜水艦は垂直に立って魚雷を発射することはできなかったのでしょうか?
現在の原子力潜水艦の場合だとミサイルで一度空に発射してから頭上の敵艦を撃つのでしょうか。

ラストシーンはイタリアだったのですか!
ドイツに逃げ帰ったとばかり思っていました。

補足日時:2011/09/05 15:51
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(1)駆逐艦を見つけたのが遅すぎたので、対応が間に合わず もぐるしかなかった。


上の敵に対して、当時攻撃方法が無かったのだと思います。

(2)ANo.1さんの回答通り。 映画の中にもありますが、レーダーが無いので、相手の音を拾って攻撃していました。 無線はめったなことでは、使うことを許されなかったと思います。 映画の中では普通の食器を使ったりしていますが、U-Bootと言うと普通はプラスチックの食器で、靴も歩いても音が出ない物を履くのが一般的だと思います。

(3)イギリス軍。 撮影では間に合わせでフランス軍の飛行機を塗りなおして使ったとか。

(4)最後の橋げたがかかった後に空襲警報が鳴っていました。

(5)最初ノルドゼーからスペインで食料を積み、イベリア半島を回って地中海に入れという命令文をキャプテンが棚から見つけました。
スペインのジブラルタル海峡えを通過する時に、当時英国に発明されたレーダーに引っかかり英軍の飛行機に攻撃をくらいました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%96% …

(6)日本にも戦前、電熱器のパン焼き器(トースターとは異なる)がありました。 でも、製パンは大変な仕事で、あんなに狭いところでは大変で、たぶん作れません。 ドイツのU-Bootって本当に身長の小さい人しか乗組員になれなかったようです。本当に高さがなく、狭いですよ。 
30日目くらいにパンにはカビ、人にはタムシなどの不衛生さを強調したのだと思います。(実際にたいへん臭いでしょうね)
映画の中では缶詰や瓶詰めの物を多く食べてましたね。 ドイツや北欧には乾パンや缶詰のパンが今でもあります。

この回答への補足

ありがとうございます。
「ノルドゼーからスペインで食料を積み、イベリア半島を回って地中海に入れという命令」
この命令の意図は何でしょうか?
Uボート一隻がイタリアの港に入ったからといって何のメリットがあるのか不思議です。

補足日時:2011/09/05 15:48
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(1)駆逐艦が近くにいたり、真上に来たときに攻撃しませんでした。

 攻撃方法が無いのでしょうか?

眼下の敵などで、潜水艦からの逆襲などが描かれています。
一発必中狙いの奇襲など一定の状況下なら可能かも知れないが、そもそも機動性や攻撃能力が格段に異なるのでまともには対抗できない。
(潜水艦の魚雷は搭載数も限られるし、装填にも時間が必要なので初射を躱されたら・・・)


(2)Uボート同士がすれちがったとき無線で話をせず、灯りで会話をしたのは何故ですか?
無線を使ってしまったら、無線観測している敵方に自艦の存在を報告しているようなモノ
そう言う状況を無線封鎖と言い表し、潜水艦だけではなく行動を秘匿したい場合は水上艦艇だって行います。例えば真珠湾攻撃に向かった連合艦隊など。

灯火信号を使えば、至近距離にいない限りその通信を確認することが出来ない。
昼間の場合は、旗を使った伝達を行います。

(3)ラストでドッグを襲った敵の戦闘機は何ですか?
ん~。見たのは何十年も前なので、何だったか記憶にない。

(4)ドイツでは空襲警報が鳴らないのでしょうか?
連合軍側はレーダー技術の開発が進んだけど、それに比較するとドイツ側は充分でなかったと記憶している。
制海権も制空権も充分に確保できていない状況(舞台設定が何年頃か確認できないが、戦局が怪しくなって以降のはず)

(5)狭い海峡を通れという命令の意図は何ですか?何のメリットがあるのか。
さあ?
戦時下では、しばしば無意味な命令が下るのはあり得る。
その命令が史実に基づいているのか?物語設定上のモノか?不明なのでなんとも言えず。

(6)パンにカビが生えていましたが、小麦粉からパンを焼く方式にすればよいのでは?
どこで焼く?誰が焼く?小麦粉から練って寝かせて焼き上げて、狭い艦内でそんな悠長な事をしていたら戦闘など出来ない。
それに潜水艦での火災は極めて危険で、オーブンなんて以ての外。
パンを焼けば排気しなければならないけど、その排気はどうするのか?

この回答への補足

ありがとうございます。
調べてみると時代設定は1941年でした。
レーダーの開発もまだ未熟だったのでしょう。
イギリス軍の地中海要衝であるジブラルタル海峡を突破し、イタリアに向えという意味不明の命令でしたが史実ではなさそうです。
パンの件ですが、Uボートには2つの電気式レンジがあり、数日に一度作りだめしていたそうです。
もぐっているときは作らなかったのでしょうね。

補足日時:2011/09/04 23:22
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先日、池上彰さんのテレビ番組で「第2次世界大戦のソ連の戦死者は2000万人を超えている」「その恐怖からスターリンは、隣国を共産国にした」ということを知りました。

日本の太平洋戦争での戦死者は300万人くらいと聞いてますが、日本の戦死者と単純に比較できるのかどうかわからないのですが、日本の7倍の戦死者の数には、とても驚きました。

第2次世界大戦のソ連の戦死者が多い理由をお教えいただけましたら助かります。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

もちろん精鋭であり戦略予備といえるシベリアの部隊はありましたが、ノモンハンのときに日本の帝国陸軍と正面衝突を初めてして大損害をうけた経験から、軽々しく欧州戦線に移動させるつもりに、ソ連軍指導部はなれなかったのです。
そのノモンハンのソ連軍総司令官が、スターリン直々に任じられたジューコフでした。

ジューコフは、

1 ソ連軍は弱い

2 だから勝つためには、敵より多くの兵器と兵士を前線に惜しみなく投入し、その重みで押しつぶすしかない

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ということを、理解していたので、必要なだけの兵力を敵がつぶれるまで投入しました。当然ながら自分より強い相手を数でつぶすのですから、犠牲はふえます。
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そのような体制のもとで運用されたソ連軍の基本的ドクトリンは、

最低でも幅50kmの線に分厚く、最低でも敵の3倍、普通なら5倍、理想は7倍の二陣の部隊を結集させ、

まず砲撃と航空攻撃だけで相手の6割に損害をあたえ、

そして第一陣が弱った敵に突っ込みその第一陣が自分の損害を省みず敵をなぐるだけなぐったら、

味方第一陣の残骸を乗り越えて無傷の第二陣が第一陣と戦ってボロボロになった敵を蹂躙する、というものでした。

装備は更新されたし、戦車・武器も疎開した工場と米英のレンドリースでそろえてはいるが、兵士の教育が低い軍隊にむずかしいことはあまりできません。字の読めない兵士が珍しくないどころか、ロシア語がわからない兵士も珍しくありません。
なので、時には下級将校は選挙で選び出され、そのような将校には反抗するものを軍法会議抜きで「処分」する権利はあたえられました。戦争をしている国家と党に異を唱える者はいらない世界です。
また、女性が前線で銃をとったり、戦車兵をやったり、戦闘機・爆撃機パイロットをしたりしたのも、ソ連軍だけでした。

この残酷な単純化となりふりかまわなさが、精鋭のドイツ軍相手に血を流しつつも、ソ連軍を勝たせたのです。

まあ、漫談です。

ソヴィエト軍はバルバロッサ作戦当初にその主体が壊滅したので、1941年のタイフーン作戦を乗り切って以降の部隊が、みな新兵、という特徴がありました。
また旧式の機械装備も壊滅したので、結果的に機械装備が新式のものにいれかわりました。
T-34は名高い戦車ですが、他につかえる戦車が当初はなくなってしまっていたから使った、というのが実態です。
最新装備と新兵がまぜこぜになった軍隊が、モスクワ正面の戦いを乗り切った、1942年当初のソ連軍でありました。

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Q250ccで高速道路は無理ですか?

160センチの女の子ですが、初乗りバイクを購入予定中です。

昔からTWに乗りたかったのですが、街に溢れているのでもう論外になってしまいました。カワサキの250TRを考え中ですが、エストレアと同じエンジンのせいか、どうやら馬力の無いエンジンだそうです。けどそれでも充分だというならもう決めてしまおうと思っています。

別に速さを求めているわけではありません。高速で160キロぐらいの距離(岡山→広島)を月に1~2回ペースで往復できたらいいです(日帰りではありません)。ビラーゴの友人は高速は250ccでは無理だといいます。
250ccで高速道路は無理なんでしょうか?まだ中型免許をとったばっかりだから教習所以外では乗ったことがありません。決してスピード狂では無いことを付け加えておきます。

Aベストアンサー

高速道路走行に際して、私からも一言アドバイスを。

バイクは60km/h程度の速度では気持ちがよい乗り物ですが、
それ以上になると「風になる」どころか「風が敵になります」。
つまり風が常に体に当たることになりとっても体力を消耗することになります。
慣れればそれ程でもないのですが、やはり
風防効果の少ないバイクで高速道路を走行する時は気を付けるべき事項がいくつかあります。
まず、十分休みを取ること。
まさかないだろう?と思っているかも知れませんが、
道が単調ということもあり、走っている時には容易に眠たくなります。
いそいでいても無理はせず、サービスエリアなどで定期的に一服されることをお勧めします。
次に、スピード。
他の方も云われていますが、高速道路は交差点がないぶん一般道より安全だと思いますが、
そのかわり走行速度に注意する必要があります。
高速道路では、スピードの無さ過ぎが逆に危険な場合が多いです。
(高速道路での安全運転とは、スピードを出さないことではありません。)
周りの状況に気を配り、流れに身を任せる感じで走ることをお勧めします。
ただし、バイクで気持ちのいい速度は80km/h程度までで、それ以上になると
次第に苦痛に変わってきます。
高速道路では必ず80km/h程度で左車線を走っている車が居るはずです。
自分の気持ちのいいペースに近い車を見つけて、その後ろを走るのがよいと思います。
車間距離を取ることと、先が見えなくて危険なのでトラックの後ろにはつかないように気を付けてください。
車線の真ん中を走ると良いと思います。
左過ぎても右過ぎてもトラックなどに追い抜かれる時危険ですから。
(左過ぎる場合は、中途半端な車線変更で抜かれされるので危険です)
あと、250ccは軽いので、突風にも気を付けてくださいね。
高速道路の各所に「のぼり」があると思います。目安にしてください。
突風が吹いているようなら速度を緩めて風に備えると良いです。
(速度が出ているほど風の影響に弱いです)
トンネル出口付近も突風が吹いていることがあるので気を付けてください。
トンネル出口は速度を弱めると危険なので更に注意が必要ですが・・・
また、高速道路に入る前に給油をしておくとガス欠の心配が無くて良いですよ。
その時に、タイヤの空気圧なんかも見ておくことをお勧めします。
各バイクには規定のタイヤ圧があって、低すぎても高すぎても高速走行に良くないです。
これはタイヤが冷えている時に行う必要があるので、
さぁ高速乗ろう!と思ったら、一番最寄りのガソリンスタンドに行って
給油と一緒に空気圧も見て貰うとか、
前日に買ったバイク屋サンとかで空気を見て貰っておくとか色々方法がありますよん。
(高速道路を走らなくても、月に一回くらいは見ておくことをお勧めします)
最後に服装です。
半キャップグローブなしは以ての外ですが、
ばたつく服だと風の影響をもろに受け疲労度が増します。
荷物がある場合は、リアシートにしっかりとくくりつけ、
服装もだぶつかないものがよいと思います。
あと、ヘルメットに風が当たって耳も疲労します。
バイクを降りた後は「ぐわーん」となっています。
なので、私は高速道路走行の際は、イヤーウィスパーを付けています。
全く聞こえなくなるわけではないので私は気にせずしていますが、
こればっかりは「危険」が伴う可能性があるので参考程度に聞いていただければ幸いです。

ちょっと書くつもりだったのですが、ついつい長くなりました。
もうちょっとあるのですが、これ以上長くなると読む気もなくなると思います。(笑)
しかし、その他補足要求があれば云って下さい。

取り敢えず結果的には、250ccでもツボさえ押さえれば
高速道路走行も十分だとお思いマス。
要は慣れです。いっぱい走って慣れちゃってください。

それでは、安全運手に心がけて楽しいバイクライフをおくってください。

高速道路走行に際して、私からも一言アドバイスを。

バイクは60km/h程度の速度では気持ちがよい乗り物ですが、
それ以上になると「風になる」どころか「風が敵になります」。
つまり風が常に体に当たることになりとっても体力を消耗することになります。
慣れればそれ程でもないのですが、やはり
風防効果の少ないバイクで高速道路を走行する時は気を付けるべき事項がいくつかあります。
まず、十分休みを取ること。
まさかないだろう?と思っているかも知れませんが、
道が単調ということもあり...続きを読む

Q第二次大戦中の潜水艦からの魚雷攻撃は?

第二次大戦中のUボートやその他各国の潜水艦が敵船に魚雷攻撃をかける時、どのくらい接近しなければならなかったのですか? それとその時の潜水艦は水深どのくらいに位置取りしたのでしょうか? また、潜水艦の船首は敵船に対して垂直に向けるのですか?(素人的考えですが斜めから魚雷を撃っても信管にちゃんとヒットしないような。。。) 宜しく御願いします。

Aベストアンサー

第二次世界大戦当時の潜水艦の魚雷の有効射程は一応数千~1万メートルくらいありますが、実際の射程距離は1千~3千メートルくらいで、やはり近い方が命中率は上がるので、ベテラン艦長ほど接近してから撃つ傾向にあったようです。

雷撃時の深度=潜望鏡深度は大体15~20メートル程度ですが、既にダメージを受けた敵船に止めとして魚雷を発射する場合は極至近距離(数百メートル)から浮上した状態で撃つ事もありました。もっとも魚雷は高価なので、ほとんど戦闘力のない商船極力浮上してから自身の大砲で沈めることが多かったようですが。

雷撃時の艦の姿勢は基本敵船に対して垂直方向に近いのですが、敵船は大抵動いており、また魚雷の速度も30~40ノット(54~72km/h)なので、直接敵船を狙っても魚雷が到達した頃には先に進んでしまっていて当たりません。なので敵船の速度と距離を計測して魚雷が到達したときに敵船がいるであろう未来位置を予測して発射します。
なので敵船が鈍足で動きも単純であれば魚雷節約のために一本だけ発射することもありますが、比較的速度も速く、潜水艦を警戒してジグザグに動いている場合などは、未来位置に対して複数本の魚雷を扇状に撃って、そのどれかが当たれば良い的な撃ち方をします。

また航洋型の潜水艦の場合、艦尾にも魚雷発射管を持っている艦がほとんどなので最初の斉射で外れたときは180度ターンして艦尾魚雷で二次攻撃を行うこともありました。なお当時の潜水艦は魚雷再装填するのにかなり時間と労力を必要としたため、戦闘中の再装填はまず行えませんでした。

ちなみに発射された魚雷は、潜水艦の深度に関わらず、一定の深度に自分の深度を調整しながら進みます。ただしあまり深い場所(100メートル以上)では、潜望鏡は使えず魚雷発射管も水圧で開けなくなってしまいますので、魚雷攻撃はできません。

第二次世界大戦当時の潜水艦の魚雷の有効射程は一応数千~1万メートルくらいありますが、実際の射程距離は1千~3千メートルくらいで、やはり近い方が命中率は上がるので、ベテラン艦長ほど接近してから撃つ傾向にあったようです。

雷撃時の深度=潜望鏡深度は大体15~20メートル程度ですが、既にダメージを受けた敵船に止めとして魚雷を発射する場合は極至近距離(数百メートル)から浮上した状態で撃つ事もありました。もっとも魚雷は高価なので、ほとんど戦闘力のない商船極力浮上してから自身の大砲で...続きを読む


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