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今日,学校で学力認定試験が行われました。
問題用紙は持ち帰ってもよかったのですが,解答はもらえませんでした。
どの程度あってるか気になるので、僕の答えがあってるか見てもらえませんか?

(1)エとオ,(2)アとオ,(3)イ,(4)アとエ,(5)エ,(6)アとウ,(7)ア


【問3】次の文を読み設問(1)~(7)に答えなさい。

一般に建築家とは建造物の設計を行い,その建設作業を監督する立場の専門家のことを言う。現在のように建築物の設計を中心とした専門家を建築家と考えるようになったのはルネサンスの頃である。この時期から建築家は建設作業とは一線を画した設計者の立場に立つ者という概念で捉えられるようになる。新たな建築論が,[A こうした建築家像 ] の確立に影響をもったのである。ここには形を創造するデザイナーとそれを製作する職人を分離して位置づける西欧的考え方が伺える。
 17世紀になると,建築家を国王の権威のもとに位置づける動きが確立する。建築あういは美術のアカデミーを設立して,その会員に建築家を推挙する制度が誕生し,ここで建築家の立場は芸術家として確立される。アカデミー制はヨーロッパ各国で見られ,建築家がそうした体制のなかで位置づけられることも,ヨーロッパ共通であった。そこでは歴史様式に基づいた建築芸術が教授され,時代の芸術家が選抜されていった。芸術教育の根本には,才能の発見と育成があるから,教育の最終段階はコンクールである。そこでは最優秀賞が栄誉ある卒業証書となったのである。
 このような建築家=芸術家という観念は19世紀に入ると徐々に変わってくる。新しく高度な専門家としての建築家像が誕生する。1834年に英国建築家協会が設立され,[ B ]としての建築家像を社会に示すようになる。この組織は1866年にRIBA(王立英国建築家協会)となって今に至る。
 [ B ]とはプロフェッショナルということであり,これを職能と呼ぶ。そして建築家は近代社会において,医師や弁護士と並ぶ職能だとされる。そこでの建築家像は施主(建築主)と施工者の間に立って,施主の利益を守りつつも建築設計と施工管理を行う存在とされた。近代社会では天才的芸術よりもむしろ安定したプロフェッショナルのほうが信頼されたのである。
 建築家の養成はそれまでは従弟制度による見習修行が中心であったが,1847年にロンドンに建築協会の建築学校が作られ,学校教育による建築家への道が開かれた。これはRIBAの建築家資格を取得するための予備校であり,その本質は資格教育であり根本的理念としては芸術教育とは別種の教育体系を持つ者である。資格教育の目的は全員合格であり,全員卒業である。コンクールで最優秀賞を決めることではない。
 ドイツのデザイン学校であるバウハウスでは,このような建築家教育の歴史に第三の道をもたらそうとしたのだった。バウハウスの教育は予備的基礎構成の学校から始まり,やがて石や木,メタルや繊維といった材料の研究が進み,最後に建築などの設計に至るというものだった。ここには過去の建築のスケッチや様式的細部の模写といった経験主義的手法は見られない。理念的で理詰めのカリキュラムである。バウハウスは技能というよりも方法を教授しようとしたのである。そこから生まれてくるのは職人的建築家ではなく理念的建築家である。そしてそれこをバウハウスが目指したものであった。


(1) 文中[A]こうした建築家像に当てはまるものは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 国王とは一線を画した存在
イ 設計者とは一線を画した存在
ウ 専門職とは一線を画した存在
エ 職人とは一線を画した存在
オ 建設作業とは一線を画した存在

(2) 17世紀の建築アカデミーについて文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 歴史様式に基づく建築技術が教授された
イ 会員制であり国王の権威から独立していた
ウ 全員卒業を目指した教育が施された
エ 職人的建築家ではなく理念的建築家を養成した
オ 芸術家としての建築家の立場が確立された

(3) [ B ]にあてはまる最も適する語句を次のア~オからひとつ選べ。
ア 理論派
イ 専門職
ウ 研究家
エ 職人
オ 実践家

(4) 英国建築家協会によって示された建築家像に合致するものは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア アカデミーに推挙された建築家
イ 高度な専門家
ウ 天才的な芸術家
エ 設計と施工の監理者
オ 理念的な建築家

(5) 19世紀の英国における建築家の養成は次のうちどのような形で行われたか。次のア~オからひとつ選べ。
ア コンクールによる選抜
イ 従弟制度による見習修行
ウ 建築協会における芸術教育
エ 建築学校における資格取得教育
オ 建築アカデミーでの才能の発見と育成

(6)バウハウスの建築家教育について文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 技術よりも方法を教授しようとした
イ コンクールで最優秀賞を獲得できる人材を育成しようとした
ウ 予備的基礎構成の学習から材料の研究を経て設計を学んだ
エ 従弟制度による見習修行制度を導入した
オ 過去の建築のスケッチや様式的細部の模写が求められた

(7) 文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア アカデミーにおける建築家の位置づけはヨーロッパ共通のものであった
イ 次代の芸術家の選抜にはコンクールが実施されるようになり,今もなおその制度が継続されている。
ウ 高度な専門家としての建築家は時代とともに芸術家という概念に移り変わっていった
エ 近代社会では職能としての建築家よりも天才的な芸術家が求められた
オ 建築家教育の第三の道は職人的建築家の育成を目指すものであった

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A 回答 (3件)

塾講師です。



(1) 文中[A]こうした建築家像に当てはまるものは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 国王とは一線を画した存在 ×言及なし。 
イ 設計者とは一線を画した存在 ×逆である。
ウ 専門職とは一線を画した存在 ×
エ 職人とは一線を画した存在 ×この「西欧的考え方」が建築家像の確立の背景に「伺える」と言っているのである。
オ 建設作業とは一線を画した存在 ○

(2) 17世紀の建築アカデミーについて文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 歴史様式に基づく建築技術が教授された ○第2段落に「歴史様式に基づいた建築芸術が教授され」
イ 会員制であり国王の権威から独立していた ×第2段落冒頭に「国王の権威のもとに」とある。
ウ 全員卒業を目指した教育が施された ×これは第5段落の19世紀の動き。
エ 職人的建築家ではなく理念的建築家を養成した ×最終段落にあるバウハウスのこと。
オ 芸術家としての建築家の立場が確立された ○「ここで建築家の立場は芸術家として確立される」とある。

(3) [ B ]にあてはまる最も適する語句を次のア~オからひとつ選べ。
→第3段落の「建築家=芸術家という観念は…変わってくる。新しく高度な専門家としての建築家像が誕生する」がポイント。容易にイ専門職を選べる。
ア 理論派 記述なし。しいて言えば最終段落バウハウスだがどちらにせよ誤り。
イ 専門職
ウ 研究家 記述なし。
エ 職人 17世紀に分離している。17世紀以前に戻ったとあれば別だがそうではないので誤り。
オ 実践家 記述なし。

(4) 英国建築家協会によって示された建築家像に合致するものは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア アカデミーに推挙された建築家 ×第2段落の17世紀の話である。
イ 高度な専門家 ○問3で引用した部分に容易に見いだせる。
ウ 天才的な芸術家 ×「近代社会では天才的芸術よりもむしろ安定したプロフェッショナル~」とある。
エ 設計と施工の監理者 ○第4段落「施主の利益を守りつつも~」にある。
オ 理念的な建築家 ×記述なし。

(5) 19世紀の英国における建築家の養成は次のうちどのような形で行われたか。次のア~オからひとつ選べ。
→第5段落で19世紀以前と対比して述べている部分に注目。
ア コンクールによる選抜 ×第2段落の17世紀の話。なお第5段落最後にはダメ押しで明確にされている。
イ 従弟制度による見習修行 ×「1847年にロンドンに…学校教育による建築家への道が開かれた」とあるから,徒弟制度は19世紀以前のこと。
ウ 建築協会における芸術教育 ×建築協会がしたのは「建築家像を社会に示」したこと。育成については触れていない。
エ 建築学校における資格取得教育 ○
オ 建築アカデミーでの才能の発見と育成 ×ア同様17世紀のこと。

(6)バウハウスの建築家教育について文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア 技術よりも方法を教授しようとした ○「技能というよりも方法を教授しようとした」とある。
イ コンクールで最優秀賞を獲得できる人材を育成しようとした ×17世紀。
ウ 予備的基礎構成の学習から材料の研究を経て設計を学んだ ○「バウハウスの教育は予備的基礎構成の学校から始まり」とある。
エ 従弟制度による見習修行制度を導入した ×17世紀
オ 過去の建築のスケッチや様式的細部の模写が求められた ×「過去の建築のスケッチや様式的細部の模写といった経験主義的手法は見られない」とはっきり否定されている。

(7) 文中に述べられていることは次のア~オのどれか。すべて選べ。
ア アカデミーにおける建築家の位置づけはヨーロッパ共通のものであった ○第2段落17世紀のこと。
イ 次代の芸術家の選抜にはコンクールが実施されるようになり,今もなおその制度が継続されている。×記述はない。
ウ 高度な専門家としての建築家は時代とともに芸術家という概念に移り変わっていった ×記述なし。
エ 近代社会では職能としての建築家よりも天才的な芸術家が求められた ×逆である。
オ 建築家教育の第三の道は職人的建築家の育成を目指すものであった ×第三の道とは,最終段落でいうドイツのバウハウスのことである。そしてバウハウスはどうだったというと,最終段落最後から2行目に「理念的建築家」を目指したとあるから正反対。
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この回答へのお礼

助かりました。ありがとうございます。

お礼日時:2012/10/13 17:22

#2です。



(1)について少し述べてみますが、
「形を創造するデザイナーとそれを製作する職人を分離して位置づける西欧的考え方」
という記述は、
「建築家は建設作業とは一線を画した設計者の立場に立つ者という概念」
を言い換えたものでしょうから、エ と オ で合っているでしょう。
  
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たぶん単純な書き違いと思いますが、(4)の英国建築家協会は19世紀以降でしょうから、解答は イ と エ になると思います。


ア は17世紀についての記述です。
他は合っているでしょう。  
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