今私の周囲で大激論になっているのが「赤とんぼ」の謎です。
「ねえやは十五で嫁に行き、お里の便りもたえはてた」
という部分ですが、まず「ねえやは実の姉か、お手伝いさんか」。
さらに「便り」とは、はたして「手紙」のことか。

(解釈1)実の姉さんが嫁に行き、昔の嫁さんはこき使われるので(又は亡くなったので)里へ手紙を出すこともできなくなった

(解釈2)お手伝いのお姐さんが嫁に行き、当初は噂も聞こえてきたものだが、今となっては姐さんの里(多分主人公の家の知り合い)とも疎遠になって噂も聞こえてこなくなった

おおまかに分けて上の2つの解釈がありますが、皆自分がそれまで信じていたのが正しいと言い張って決着がつきません。
どこで検索しても、「自分はこう思っていた」という話ばかりでこれという決定打が出ません。それともどっちともとれる唄ということで結論の出る話ではないのでしょうか。

決定打がなかった場合は私個人の納得した順にポイントを入れさせて頂きますが、よかったらお教え下さい。

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A 回答 (10件)

 散文的な回答で申し訳ありませんが、この問題はものすごく研究されていますよ。


 ー生き別れになって会うことのできない、母親への思慕と、
母のいない自分を哀れに思い、かわいがってくれたものの、
結婚後もはや行き来の絶えてしまった子守り娘への、思いを、
重ね合わせて表現したものーというのが、定説になっているはずです。

 何年か前に、NHK教育で放映されていた番組で、「名作の風景」
ーだったか、タイトル定かではありませんが、ーというものがあり、
「赤とんぼ」がとりあげられていましたが、「十五で嫁に行ったねえや」の名前どころか、
その後の生涯も紹介されていて、写真まで見た記憶があります。
 
 
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この回答へのお礼

なるほど、やはりねえやは子守り娘、たよりは消息、ということで良さそうですね。
この問題でなぜ激論になるのか、みなさまのご回答を読んで原因が整理できた気がします。このフレーズを、「嘆いている」ととったか、「感慨深い」ととったかで解釈が分かれていたんだなーと。解釈1だと言って譲らない人物は「嘆いている」ものとばかり今まで思ってたんだろうな・・・そうともとれるよな、と納得しました。皆様ありがとうございました。

お礼日時:2001/05/15 22:15

 トンボ、蝶など羽のある生き物は、亡くなった人の魂の象徴とされました。

この世とあの世とを行き来する生き物です。小学校の国語で戦争のお話のラストにトンボが出てきました。
 赤とんぼの詩は、露風が赤とんぼを見て、昔を回想したものです。赤とんぼを見ながら、幼い頃の思い出を手繰り寄せます。赤ん坊のとき、負われて見たなあ。負ぶってくれたあの背中は誰の背中だったのだろう。母さんかなあ。お手伝いのねえやかなあ。そういえば、子守りをしてくれたねえやは、どうしているのだろう。15で結婚したとはいつか、誰かが話していたが、その後のことは、何も聞こえてこなかった。どうしているのかなぁ。
 黄昏時の赤とんぼ。生き別れた母親もねえやもすでに亡くなってしまったのでしょう。時空を超えた異界への入り口で露風が幼い頃にもどったなつかしい瞬間でした。
 
 
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この回答へのお礼

私の感覚と同じでものすごく説得力を感じます!
でも私がこうだと言っているのに反対する周囲がいるので議論になってしまっているわけで、もう少し他のご意見をうかがってみますね。(13日夕方)

お礼日時:2001/05/13 18:41

日本の童謡の解釈を巡ってこれだけ諸説がでるのは、三木露風の住んだ世界が今やわが国にはなくなってしまったからでしょう。

約100年前の世界ですが、戦後日本が復興ブーム、そしてその後の高度成長時代を迎えるまでは、少なくとも赤とんぼの世界が理解できないということはなかったと思います。

私は解釈2)を支持します。

姐やはお手伝いの若い娘(主として子守りを担当)で間違いないでしょう。地方によってはねえやが姉やを指したケースも考えられますが、姉の里は主人公の生まれた家なので便りが途絶えるという表現はなりたちません。(嫁ぎ先を私の里とは言わないでしょう)

三木の母親は彼が7才のとき離縁され龍野市(兵庫県)に彼を残して鳥取県の実家に帰っているので、三木少年は姐やに甘えて育ったのでしょう。彼には同腹の姉は
いなかったようです。おわれて(背中から)みたのは、いつの日か、背負ったのも
当然同じ姐やと理解するのが自然でしょう(そのための子守りです)

100年前の里の便りは、手紙ではなく風の便り(行き来する人々が各地の情報を伝えた)です。奉公人として娘を出す家は親戚ではないと思われるので、その奉公人が暇をとれば彼女の里との付き合いも消滅するわけです。

明治時代の日本はどこへ行っても赤とんぼのような世界が普通(農村人口が圧倒的に多かったので)であり、東京や大阪のごく限られた中心地だけが例外だったと思っていいのではないかと思います。三木が裕福な家庭で易しい母親や兄弟姉妹に囲まれて育っていたら赤とんぼの名詩は生まれなかったことでしょう。
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作者の三木露風がどういうつもりだったかはさておき,歌詞の言葉自体がどのように解釈できるか,という方向から考えてみました(作者の意図と受け手の解釈が食い違うことはよくあります)。



「ねえや」については,『広辞苑』などを引いても,「下働きの女性などを呼ぶ語。また,その女性。」といった意味しか載っておらず,「実姉」を指すのにはふつう使われなかったようです。No.2のgould99さんが紹介しておられるサイトで作者自身が「子守娘」と言っているのに従えばいいと思います。

次に「お里」ですが,『日本国語大辞典』「おさと」の項(1)「生まれ育った所をいう尊敬・丁寧語。特に嫁や婿の実家。生家。」という定義の後に,くだんの歌が用例として引かれています。したがって,ここでは「子守娘の生家」ということになります(「ねえや」が仮に実姉だとしたら,この歌の語り手は自分の家を「お里」と「お」をつけて呼んでいることになってやや不自然でしょう)。

さて,ここからが微妙なところですが,「お里のたより」については,とりあえず次の3つの可能性が挙げられます。
[1]「お里へのたより」=子守娘から生家に宛てたたより
[2]「お里からのたより」=子守娘の生家から語り手の家に宛てたたより
[3]「お里に関するたより」=子守娘の生家に関するうわさ
([1]は文法的に見て「お里への」のほうがよさそうですが,詩ならではの破格と見ておきます。)

ここで前後の歌詞を再びながめてみます。
「15でねえやは嫁に行き お里のたより『も』絶えはてた」
すると,『も』が使われていることからして,
<a>「ねえやが嫁に行った」ことに加えて,さらに「お里のたよりさえも絶えはてた」。
<b>「ねえやが嫁に行った」ことによって,当然「お里のたよりもまた絶えはてた」。
のどちらかということになりそうです。これらと上記[1]~[3]とを突きあわせてみると,

[1] 子守娘から実家への手紙は,嫁に行って初めて書かれるはずのものですから,それがいきなり「絶えはてた」というのは少し唐突。<a>とも<b>とも解釈しにくいと思われます。
[2] 子守娘がいた頃は,折にふれて娘の生家から,娘の親が(娘に宛てて)書いた手紙が来ていたけれども,娘が嫁に行ってそれも来なくなった,という意味になります(上記<b>にあたる)。しかし,語り手は「ねえや」への思慕を述べているわけですから,「娘の親からの手紙」が絶えはてたことに触れるのは,ピントがずれているように思えます。<a>と取れば,「娘は嫁に行き,その後しばらくの間は娘の実家から手紙が来ていたが,いつの間にかそれさえも絶えてしまって娘の近況も聞かれなくなった」となりそうです。
[3] 子守娘が嫁に行って疎遠になったからか,他の事情があったからかはわかりませんが,<a>の意味に取って,「子守娘が嫁に行ってしまった上に,娘の近況を聞く唯一のチャンネルであった娘の実家についてのうわさまでもが,(その後何らかの事情で)途絶えてしまった」と解釈できます。

というわけで,私には今のところ[2]-<a>または[3]-<a>の解釈が妥当に思われます。ご質問の(解釈2)に当たります。

ただし,これら場合,子守娘の実家が同じ村内にあれば,うわさも何も,直接様子が知れるはずですから,娘の実家はある程度遠方でなければなりません。遠方から何かの縁故でわざわざ子守に来てもらっていたのだとすると,今度は,その縁故が絶えて手紙(またはうわさ)も届かなくなるというのはよほどの事情によるとしか考えられなくなります。歌が作られた当時の人にとっては,社会背景に関する知識に基づいて,これだけの歌詞からでもきっと適切な解釈ができたのでしょうね。
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私も解釈2が正しいと思います。

「ねえや」という呼び方は、手伝いの女性を指すのが一般的で、自分の姉を「ねえや」と呼ぶのはあまり聞いたことがないように思えます。ただし、根拠はありませんが。

 また、「田舎で子守りを雇う余裕があったか」という疑問を出している方がいらっしゃいますが、田舎であっても、いわゆる「庄屋」、今で言う「村長」格の家はその地においては裕福で、そこへ小作の家の娘、息子が奉公に出るというのはよくあったことです。私の祖母がそういった家で育ち、「昔はお転婆で、よく子守りを泣かした」という話を聞きました。
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この回答へのお礼

そうそう、周囲(実は家族で言い争ってるのですが)での議論で一番分かれてしまうのが、「苦しい農家の様子を描いているんだ」「いやそれはこの際それほど問題じゃない」・・・という点です。息子(15歳)は「作詞家になるくらいの人なら教育もあり、そんなに貧乏だったはずがない。だからねえやさんくらい雇えただろう。でもこの唄は子供の頃貧乏だろうと金持ちだろうと、今は帰らぬ昔を懐かしむ唄ということでそれは関係ないんだ」。オヤジ(50歳)「ばかもん!貴様は昔の人の苦労を知らんから!」という具合で・・・。ねえやが里に手紙も書けない気の毒な実の姉だと言い張っているのもこのオヤジです。

お礼日時:2001/05/13 18:33

姉や=実の姉、15で嫁に行く


お里=お手伝い、暇をもらって家を出た

つまるところ1人では無く2人ってことです
じぶんの身の回りでおこる変化を
悲しく寂しく感じでいるさまをあらわしている

・・・新しい解釈を出してみたり(笑
実際のところは知りません
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学校で、子守りのお手伝いさんと習った記憶があります。

本の挿絵もそれらしかったし。

姉や:子守りの女の子
便り:直接手紙かどうかは?ですが、嫁に行って風の便りもなくなった=疎遠になったということでしょう。
(解釈2)で正解だと思っています。


この詩は、作詞の三木露風が北海道トラピスト修道院で、母を想い、子供の頃の郷愁とはるかな「ふるさと龍野」をうたったものということなので、肉親と一緒に暮らせなかった寂しい気持ちを歌っているのではないでしょうか?
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一番・二番の歌詞からすると、かなり田舎を舞台としているように思えます。

そうすると、兄や姉が子守りをするという状況だったと思います。お手伝いさんとして人を雇うような裕福な状況だったのかというのが疑問に思えますネ。
一番のおんぶしてくれたのは母親であり、二番のねえやは姉であるという風にとるのが自然なような気がします。或いは、一番のおんぶしてくれたのも姉であるともとれますネ。
15歳で嫁ぐというのは明治時代~昭和初期まではごく普通のことだったでしょうが、想像をめぐらせると、今で言う人身売買的な要素まで浮かんできます。
額面どおりの結婚であったとしても、昔は妊娠していようが、産後直ぐであろうが農作業に借り出されたことから、死亡率が非常に高かったことが知られています。とすると、嫁いで数年のうちに亡くなってしまったとも考えられるので、手紙のようにも思えますが、ここで一つ問題が。
昔の識字率の低さから考えると、手紙を書くことはできなかったのではないかということが指摘できます。
ということで私の解釈としては;
ねえや=姉
便り=噂話、風の便り
ということになり、解釈1と解釈2の組み合わせということになります。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

そうか、識字率という問題があったか!と気づかされました。
そういえばドラマ「おしん」でも、「お前にこの本が読めるわけがない」と決めつけられる場面がありました。ねえやが里に手紙を書く、ということはないかもしれませんね。

お礼日時:2001/05/13 18:16

参考URLの1つ目の「赤とんぼの思ひ出」 三木露風の所に、


「赤とんぼの中に姐やとあるのは、子守娘のことである。」とあります。

「お里の便りもたえはてた」についても調べて見たのですがよくわかりませんでした。
ただ、参考URLの2つ目にあるように、「この歌が懐かしむ背中は姐やではなく母親のそれだという見方がかつては強かったのです」とありますように、離婚して遭えなくなくなってしまった母親への気持ちを表しているように思います。

参考URL:http://plaza26.mbn.or.jp/~ikebe/raum/monthsong/2 …
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NHKのラジオで聞いただけですが、確か、主人公をおんぶして赤トンボを見せてくれていたお守り役の女の子が町に嫁に行ってしまったと言う話でしたよ。

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