”やせがえる負けるな一茶これにあり”
この句の意味、情景を教えて下さい。
よろしくお願いします。(子供に質問され困っています)

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A 回答 (3件)

蛙の求愛活動ですね。

メスを争ってさながら合戦のようになります。
これを見物に出かけた一茶、つい弱そうな奴の味方をしてしまうんですね。

この背景には、彼の長子である千太郎が病弱だった、という事実も
あります。その命乞いという意味もあったのですが、残念ながら
愛児は生後一ヶ月で亡くなってしまいました。

というわけです。求愛活動ってのをどれほど生物学的に詳しく
お伝えするかは…お任せいたします。
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この回答へのお礼

詳しい御説明有難うございました。一茶の息子の事が背景にあったとは。。。
この句の深さは計り知れませんね。子供にうまく説明できるか自信がないですが、自分の言葉で語りたいと思います。本当に有難うございました。

お礼日時:2001/05/14 01:59

mori0309といいます。

いつも持ち歩いている
「名歌名句鑑賞事典」(ベネッセ古語事典別冊)に載っている内容です。

”やせがえる負けるな一茶これにあり”

【季】蛙(春)
【訳】一匹の雌蛙をめぐって、雄蛙が群れをなして争っている。
   負けて押しのけられてしまったやせ蛙よ、負けるな、一茶がここに
   ついているぞ。

でも、こうやって訳してしまうと、これだけの意味になってしまい、感興や
情趣やその余韻は失せますね。
詩歌は、いつもそのままの形で味わうのがいいですね。意味は無限です。

(余計なひとことでした)
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この回答へのお礼

有難うございました。子供には自分なりの言葉で説明したいと思います。
(あまり自信はないのですが。)

お礼日時:2001/05/14 02:02

岩松院(他の場所の説もあるとのこと)の庭の池には、毎年たくさんの蛙がやってきて、メスガエルの争奪戦をやっている。



この時の様子を詠んだもののようです。
詳しくは、URLを参照して下さい。

参考URL:http://member.nifty.ne.jp/marugame/index/kaeru.htm
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この回答へのお礼

有難うございます。子供(小5)の宿題なのですがあまりこの方面には詳しくないので。。。大変助かりました。有難うございます。

お礼日時:2001/05/13 21:12

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Aベストアンサー

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