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懐疑論の論駁がなぜ必要なのか教えてください。

A 回答 (4件)

懐疑することで根拠を導けますね。


それが懐疑の目的なのではなくて、探求の出発点になる。

どこへ向かう出発かというと「独自の方法論」へです。
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誰かが整備してくれた街に住み誰かが作ってくれた洋服を着て誰かが作ってくれた食べ物を食べているにも関わらず懐疑論者は駄々をこねるから

です
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懐疑論を徹底すると、最終的には、「何ひとつとして確かなものはない。

我々は、確実なもとして何も知ることはできない」といった不可知論になったり、あるいは、「何も判断しない」という判断停止状態に陥る危険性があるからかな。

さすがにこれはまずい。論駁しなければならない、
とつながるのかな。

デカルトが感覚的な事物を疑うことからはじまって、
「われ思う、ゆえにわれあり」
という結論に到達したように、
最終的には、懐疑論は克服されなければならない、
といったところでしょうか。
懐疑論は、基本的に、価値などの破壊であり、新しいものを生み出さないという特徴を有しているので。



懐疑論といっても、何から何までその存在を疑うわけではなく、経験や経験的ことがらの蓋然性程度は認めるんだけれどね。懐疑論が否定するのは、あくまで、現象の背後で現象を支配している絶対的真実や神の存在などです。
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我々の行う推測や判断などは誤りやすく、ドクサ(独断)を排除するために、まず一度、疑う必要があるから。


推論が論理的に正しいとしても、その出発点である根拠が間違っていたら、その推論や判断は無意味。なので、その根拠が、はたして正しいのか、疑う必要がある。
その根拠は、自分では当たり前だと思えても、まったく普遍妥当性を有していないかもしれない。
単に個人的な経験に依拠するだけのものかもしれない。
その吟味のために懐疑論による論駁が必要である、といったところからかな。


質問の内容を取り違えていたら、ごめんなさい。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
推論に懐疑論が必要な理由ですね。
なぜ懐疑論を論駁する必要があるんですかね。
再度調べてみます。

お礼日時:2012/06/24 06:51

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