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蕪村の句です。
「粛々」は「ひっそりと静まっているさま」でしょう。
「粛々として」は、どこに係ると思いますか。
「石に日の入る」でしょうか。
「枯野かな」でしょうか。
「粛々」は、日が石を照らしている様子なのか、枯野全体の状態なのか、という質問です。
情景を思い浮かべながらご回答いただければ幸いです。
  
  

A 回答 (4件)

手元に「蕪村句集」がないので確認できないのですが、次のような句を散見します。



「蕭条(しょうじょう)として 石に日の入る 枯野かな」
http://kuuon.web.fc2.com/BUSON/BUSON.71.html
http://www.incl.ne.jp/hase/koten/k061-070/k068.h …
http://suk2.tok2.com/user/kou2/?y=2011&m=06&d=08 …


「満目蕭条(マンモクショウジョウ) 見渡す限り一面にもの寂しいこと。…満目荒涼は荒れ果てて寒々したさま。」(「四字熟語の読本」小学館)

蕪村は、難解な漢語を句頭において、意表を衝きながらも独自の世界を描き切ろうとする作品が少なくないですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ご指摘をいただき、大変助かりました。
いつも、お世話になりっぱなしですね。
元来、おっちょこちょいの上に、最近特に勘違いが多いようです。
誠に申し訳ありません。
ネットの怖さと有難さを同時に実感した次第です。
  

お礼日時:2013/02/07 13:23

>粛々」は「ひっそりと静まっているさま」でしょう。



以前、ある国政の審議官が、反対意見が出ている大型の公共工事を「われわれは粛々と(当初計画通り)進めるしかない」と公の場で発言し、問題になったことがありました。私はそのときこの言葉を巨大なものの、静粛でありながら、堂々とした(動きのある自然)活動にも使われるのではないかと思いました。

>粛々として石に日の入る枯れ野かな

私は入り日がゆっくりと枯野の地平線へ入っていく状況(その厳かな動き)を「粛々」で形容しているのではないかと思います。

ご参考まで。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

実は#4さんに指摘されてわかったことですが、質問文の句は誤りでした。
正しくは、
「蕭条(しょうじょう)として 石に日の入る 枯野かな」
です。
元来、おっちょこちょいの上に、最近特に勘違いが多いようです。
誠に申し訳ありません。

お礼日時:2013/02/07 13:20

静かにひっそりと日の光が吸い込まれるように石を照らしている枯れ野の風景ではないか。


ということだと思います。「石に日の入る」にかかっている。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

実は#4さんに指摘されてわかったことですが、質問文の句は誤りでした。
正しくは、
「蕭条(しょうじょう)として 石に日の入る 枯野かな」
です。
元来、おっちょこちょいの上に、最近特に勘違いが多いようです。
誠に申し訳ありません。

お礼日時:2013/02/07 13:19

「石に日の入る」で良いんじゃないでしょうか。



秋吉台の夕暮れを連想しました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

実は#4さんに指摘されてわかったことですが、質問文の句は誤りでした。
正しくは、
「蕭条(しょうじょう)として 石に日の入る 枯野かな」
です。
元来、おっちょこちょいの上に、最近特に勘違いが多いようです。
誠に申し訳ありません。

お礼日時:2013/02/07 13:18

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