
No.5ベストアンサー
- 回答日時:
>平和のためにアイルランド人が土地をあきらめたという理解で合っていますか?
回答・・・違ってると思います。
ベルファスト和平合意の枠組みで、
英国は北アイルランドの領有権を今後主張しない事になりました。
英国政府による北アイルランドの直接統治は終了し、北アイルランド自治政府に権限の移譲が行われる事になりました。
北アイルランドの住民の過半数の合意無しには、北アイルランドの地位を変更しない事になりました。
将来における北アイルランドの帰属は、北アイルランドの住民に委ねられる事になりました。
つまり、ベルファスト和平合意により北アイルランドは英国の直接統治から離れ、北アイルランドに住む人々による自治政府により治められ、北アイルランドの未来は北アイルランドに住む人々の意思に任せられる事になったのです。
ベルファスト和平合意で英国の直接統治は終わり、今後、英国は北アイルランドの領有権も主張しないというのですから、
アイルランド人があきらめたというのは適切ではないと思います。
ベルファスト和平合意では、民主主義と非暴力で、北アイルランドにおけるアイルランド人の政治的権利がこれまでになく拡大されるものでした。
だからアイルランド人の支持を得ました。
回答ありがとうございます。
北アイルランドに相当な権限が与えられていたのですね。
>>ベルファスト和平合意により北アイルランドは英国の直接統治から離れ、北アイルランドに住む人々による自治政府により治められ、北アイルランドの未来は北アイルランドに住む人々の意思に任せられる事になった
確かにこれは多数の支持が得られるのも納得です。
疑問が解決しました。
No.3
- 回答日時:
北アイルランドには
イギリス(連合王国)に残留を望む穏健派プロテスタントのユニオニスト
急進派のロイヤリスト
アイルランドとの統一を望むカトリック穏健派のナショナリスト
急進派のリパブリカンが存在しました
他に中立的な人々も若干はいますが
前二者は他のイギリス人が自分が何人が問われるとイングランド人、スコットランド人、ウェールズ人と答えるのに対しブリティッシュと答えます
口が裂けてもアイリッシュと答えることは出来ないからです
1998年のベルファスト協定締結以前に1985年にイギリス・アイルランド協定が締結されました
それまで北アイルランド議会で常に安定多数を占めていたユニオニスト、ロイヤリストを震撼させ
特に急進派のロイヤリストは反発からダブリンなど南のアイルランド共和国内でもテロ行為に出ました
南のアイルランド人も北アイルランドのナショナリストに共感はするものの
IRA 、後の真のIRAのテロ行為を是認する急進的なリパブリカンは南のアイルランドではあまり支持されず
ことロイヤリストのテロ行為が自国内で行われるのに至り、その傾向は強くなります
急進的なリパブリカンを支持していた国外勢力はアメリカのアイリッシュの政治勢力でした
アイルランド系アメリカ人はケネディやレーガンなど有名ですが
アイルランド系アメリカ人の政治団体NORAID(北部援助委員会)がIRAやIRA暫定派に多額の資金援助していました
南のアイルランド人にとってイギリスは経済的に極めて緊密な関係を持っています
EUの移動の自由を具体化したシェンゲン協定に英、アイルランドとも未加盟にも関わらず
英・アイルランド両国は共通旅行区域を規定し双方国内同様に移動できます
南のアイルランド人はそれは北アイルランドが平和的に統合されればそれこそとても歓迎すべきことでありますが
北アイルランドにはユニオニスト、ロイヤリストが多数を占めており
とても一朝一夕で解決できる問題であり
それがこじれて自国でテロ行為が行われ経済活動が停滞や阻害されることを恐れているのではないかと思われます
特に近年の景気悪化ではなおさらでしょう
回答ありがとうございます。
>>アメリカのアイリッシュの政治勢力
これは初耳です。やっぱり南のアイルランドと北を統合したい人も多かったんですね。
そうならなかったのはIRAが過激すぎる、北アイルランドにはユニオニスト、ロイヤリストが多数を占めているなど様々な要因が重なったのが原因で単純な問題ではないということがわかりました。
No.2
- 回答日時:
通常,我々が「イギリス」と呼んでる国の正式名称は「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」と言います。
更に地域として大きく,イングランド・アイルランド・ウェールズ・北アイルランド他元大英帝国の植民地地域と分かれます。
今は「地域」と言っていますが,過去はそれぞれ独立した国であったこともありました。
言い換えると,イギリスの歴史はイングランドによる周辺諸国の併合と大英帝国として世界を植民地化した歴史とも言えます。
アイルランドに話を戻します。
当然,アイルランドもイングランド勢力によって併合されていきます。
この過程で無視出来ないのがキリスト教の存在です。
元々イングランドも含め西ヨーロッパはカトリック派キリスト教の独壇場でした。
しかし,16世紀に入ると腐敗した教会に民衆の不満が高まっていきました。
この時に登場したのがルターやカルヴァンと呼ばれる思想家です。
彼らはローマ教皇の権威を否定して新たにプロテスタンティズムと呼ばれる思想を主張しました。
ローマ教皇の権威を否定するということは,ローマ教皇が国家の運営に口出し出来ないということでもあります。
ということで,ヨーロッパでは宗教改革の嵐が吹き荒れますが,イングランドもこれに乗っかります。
国内の反カトリック派の人々を統合して「イギリス国教会」という独自の宗教的権威を作りました。
ただ,いきなり王様に「これからは国教会を信じてカトリックの教義を捨てなさい」などと言われても,今までの信仰を捨てて無条件に受け入れるなんて出来ない人も続出します。
特に北の地域であるアイルランドはカトリック派にとどまり続けます。
ところが,イングランドはドンドン強くなり全土を支配下に納め「大英帝国」と言われまでになり,当然の如くアイルランドも併合されます。
併合されると何が起きるかといえば,住民の移動です。
特に,北アイルランド地域に多くの人が移り住みました。
この移り住んできた人々は,当然のごとくイギリス国教会の信者です。
一方で,アイルランドはまだまだカトリックが根強くのこっている地域でした。
昔から住んでる人と入植してきた人とで摩擦が起こるのはしかたのないことです
そこに別々の宗教を信じているという要因が加わりました。
その結果,19世紀後半にアイルランドでは独立の機運が高まりました(また,この時代は民族国家や民族自決権という考えが生まれた時代でもありました)
色々な武装闘争・政治闘争が繰り広げられ,アイルランド独立戦争が勃発。
それによってアイルランド島南側に自決権が与えられましたが,北アイルランドはイギリス側に残されました。
しかし,アイルランド人にしてみたら全島を「取り戻したい」と思うのが人情です。
なので,「独立派」の人々は武装闘争を含めあらゆる運動を行っていました。
特に、強硬派のIRAという組織がテロ攻撃を繰り返していました。
とはいえ,北側の住人がイギリス本島から移住してきたイギリス国教会を信じている人々です。
彼らは当然イギリス人だと思っています。
かと言って,いまさら出て行けと言われても困ります。
なので,政治決着として南アイルランドを「アイルランド共和国」として分離独立を認めるが、北アイルランドはイギリス側に留まることになりました。
その後長い闘争が続いたのですが,和平合意として北アイルランドの帰属はその住民に委ねることになり,結果イングランド系スコットランド系住民が多い北側はイギリス側に留まることを選択しました。
これにより,アイルランド政府は正式に北アイルランドの領有を放棄しました。
また,IRAも武装解除に合意しました。
一応,決着をみた形になりましたが,まだまだ火種を残っている状態と言えます。
簡単ではありますが,以上が1998年4月10日のベルファスト合意に至る歴史です。
ではでは、参考になれば幸いです。
回答ありがとうございます。
宗教での対立というのは日本人からするといまいち実感がわかず、ややこしいイメージしかありませんでしたが、わかりやすかったです。
>>イングランド系スコットランド系住民が多い北側
これで北側がイギリスについたのは納得しました。
No.1
- 回答日時:
そもそ北アイルランドのテロ活動は、北アイルランドに住む独立派が活動していたもので、アイルランドがイギリスから領土を取り戻そうと思って行っていた活動ではありません。
もし後者だったらテロじゃなくて国家間の戦争になっています。
私の認識では武力闘争の道を完全に断たれた結果のベルファスト合意です。
ですが独立派が政治参加をしており、戦いの場を政治闘争に移したものと認識しています。
イギリスは北アイルランドは現地住民の意思で帰属を決めるとしており、今後も現地住民の多数が住民投票でアイルランドへの帰属を決めれば、イギリスの支配を離れる可能性はあります。
そう言った意味では独立運動した当事者は諦めていないと思いますよ。
回答ありがとうございます。
>>イギリスは北アイルランドは現地住民の意思で帰属を決める
というのははじめて知りました。ありがとうございます。
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