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支配力を失いつつあったオーストリアのハプスブルク家はハンガリーの主要構成民族であるマジャール人の「マジャール人としては独立したいものの、現実を考えると独力での独立は不可能。」との考えに目をつけ、「マジャール人にだけは特別に強力な自治権を与え、マジャール人はドイツ民族と協力し合って帝国を存続させる。」というアウグスライヒを取り決め、マジャール人は自治の及ぶ範囲内でクロアチア人とナゴドバ法というアウグスライヒのような取り決めをし、いうなれば二重帝国内の二重帝国を作りましたが、この二重帝国時代のマジャール人の評価はどのようなものなのでしょうか?我が身かわいさのため、ドイツ民族と結託して異民族を支配した圧制者と言われているのか、ドイツ民族の支配を受けた被害者だといわれているのかあるいは別の評価をされているのでしょうか?

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A 回答 (1件)

アウスグライヒ以降はオーストリア、ハンガリーは双方内政に不干渉



二重帝国(現在はハプスブルク君主国というらしいが)の最高執政機関は共通閣議
出席者は共通外相、共通陸相、共通蔵相に加え両国の首相、国防相、蔵相で
共通宰相は存在せず、共通外相が共通閣議のイニシアチブを取りました

併合されたボスニア・ヘルツェゴビナは国内スラブ人の比率が高まるのを恐れ、オーストリア、ハンガリー双方が領土編入を拒否したため
共通蔵相の直轄統治になりました

他にオーストリア、ハンガリー双方の議会から60名ずつの両国会委員会が組織されました

共通陸相配下の共通陸軍、海軍は兵力80万
オーストリア、ハンガリー各国防相配下の二線級の国防軍は各々20万


共通外相や共通蔵相にはマジャール人が任命される場合が多く
共通外相になったアンドラーシやティサはかつては1848-49年ハンガリー独立を目指していました
体制側になると今度は
試みがあったボヘミア和協や三重帝国案によりチェコ人や南スラブ人のオーストリア、ハンガリー並みの格上げに猛反対しました
ハンガリーの二重帝国内での相対的地位が低下することを恐れたためです

共通蔵相に任命されるマジャール人が多かったので
共通蔵相直轄統治下であるボスニア・ヘルツェゴビナではハンガリーに有利な鉄道敷設がされました


オーストリアではオーストリア内の12月憲法第19条により表面的には民族的平等が唱われたため
ポーランド人もマジャール人並みの妥協がなされ
歴代共通外相にはポーランド人もいます
20世紀に入ると男子普通選挙が施行され、社会保険も整備されます


一方、ハンガリーではマジャール化が多民族に強制され不満を持つ民族がいました
選挙は大戦まで制限選挙制でした
二重帝国を有名無実化しようとしていた独立党が第一党になっても結局はアウスグライヒ存続させよう妥協します

結論から言えばハンガリーはその二重帝国の国章である双頭の鷲のように片側の頭としてアウスグライヒを機能させていました


敗戦国となった独立後のハンガリーも
ルーマニアとの戦争に敗れ共産政権が崩壊後、ハプスブルク家復権を画策したりして失敗

フランスの支援下のチェコスロバキア、ルーマニア、ユーゴスラビアの小協商国に対抗するため
ファシスト・イタリアの支持下、オーストリアとローマ議定書を調印し再び結ぶのです
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